感情シンタイプ   作:小沼高希

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2月中旬、自宅、一人で

あと数日で、二次試験がある。

 

ベッドの中で布団にくるまって深呼吸をする。冷たい空気が肺に入る。暖房が効いているはずなのに、身体の芯が冷えているような気がする。

 

模試の点数は合格点をたまに切ってしまう。今のところ、正直五分五分といったところだ。客観的な意見はこの場合役に立たない。僕が僕を信じられるかの問題だからだ。

 

正直耐えられる気がしない。眠れないというわけではないし、朝になればすっかり忘れているのだけれども、こういう夜を今後も過ごさなくちゃいけないのが嫌だ。

 

スマホを開く。もうすっかり暗闇に慣れているのに冴えている目が少し痛む。明るさを最低に落として、アプリを開く。

 

今度、話聞いてもらってもいいですか?

 

耐えきれなくなって送信ボタンを押してしまう。大丈夫。寝よう。

 

今でもいいよ

 

寝てください

 

少し前に今日になったぐらいの時間だ。朝から仕事がある大人は寝ていなくちゃいけない時間なんじゃないだろうか。

 

寝れないなら、寝るまで話そうか?

 

いいんですか?

 

ちょっと疲れているというか色々疲弊している僕の心に、先生の誘いを断る力はなかった。

 

鹿染さんのまわりの状態によるけど

 

お願いします

 

そう言ってスマホをマナーモードに切り替える。直後に手に伝わる振動。スピーカーから音が出るようにして、ボリュームを調節する。

 

『調子はどう?』

 

「あまり良くないですね」

 

そういう話をしながら枕元にスマホを置いて、布団に入って目を閉じる。

 

『受験前はそういうものだよ、私は忘れちゃったし君ほど頑張ってなかったからあまり偉そうには言えないけど』

 

守森先生が僕に対して「君」みたいな言い方をする時、これは個人的な邪推だけど恋人として扱っているような気がする。それ以外の時は友人とかに近い。まあそれでもめったにそう呼んでくれないんだけどさ。

 

「いえ、実際に経験した人が近くにいるっていうだけで助けになるんです」

 

『だといいけど。まあ納倉さんに頼りすぎるのもほどほどにしないといけないけどね』

 

「……先生は、僕が納倉と仲良さそうにしていて大丈夫なんですか?」

 

『嫉妬するか、ってこと?』

 

先生が小さく笑う声が聞こえる。

 

『するよ。性別とか、年齢とか、関係とか、そういうの関係なく、私は君を独占できないことに心がざわついてしまう。君が受験を優先して私の所に来てくれないのも、私だけを見てくれないのも、嫌ではあるよ』

 

「……はい」

 

『ま、もちろんこの嫌だって感情は本当は私の中だけで留めなくちゃいけないものだから伝えてごめんね』

 

「謝るべきは僕では?」

 

『そこまで献身的というか卑屈にならなくていいよ』

 

「そういうふうになってますか?」

 

『鹿染さんのいいところではあるんだろうけどね』

 

「……ありがとうございます」

 

『いいのいいの。私は年下にかなり精神的に依存している、世間的にはあまり良くない関係を築いている人だから』

 

「そういう側面があることは否定しませんけど、誰でもそういうものじゃないんですか?」

 

僕がそう聞くと、先生は少し黙り込んだ。

 

『だといいんだけどね』

 

「……何かあるんですか?」

 

『納倉さんから、昔考え直せって言われたのを思い出して』

 

「納倉が?」

 

『……いや、私が君にこう面倒な感情を持っていることは知っているでしょう?』

 

「……恋、みたいな話ですか?」

 

『そうやって括れればいいんだけどね、実際はもっと複雑で、直視したくなくて、認めたくない感じがする』

 

「少し嬉しいですね」

 

『そう?』

 

「いえ、先生からそういう感情を向けてもらうっていうのは悪い気がしません」

 

『私以外からなら?』

 

「守森先生以外にそんな話したりするひと、ほとんどいないので……」

 

『ふうん』

 

訝しんでいるのだろうか。残念ながら本当なんだよ。納倉みたいにインターネット上の仕事をしているわけでもなければ、先生みたいに仕事上の付き合いがあるわけでもない。

 

いやたしかに僕だって担任や授業の先生とかと話したり、グループワークをすることはあるよ?別に名前を覚えていないってわけでもないけど、わざわざ僕から話しかけることはない。

 

人間関係が嫌いか、といえばあまりそうではないはずなんだけどな。面倒かといえばそう。納倉とはまあ、昔ながらの付き合いってことで。別に同じぐらい一緒のクラスの人はいるにはいるんだけど、話したことがほとんどないし。

 

『でさ、納倉さんにそういう相談したのよ』

 

「高校生になんてこと聞いているんですか」

 

ちょっとアウトな気もするが、僕と付き合っている時点でそもそも駄目だった。いや年齢とかそうじゃなくて、関係とか立場とか僕がまだ高校生だとかそういうのも含めて。最後のやつはもうすぐ無くなるけど。

 

『いや、それでも納倉さんはすごいね。そこらへんの価値観がしっかりできている。私よりも色々経験しているんだろうなって』

 

「……妬いていいですか?」

 

『可愛いなぁ』

 

先生の嬉しそうな声に自分の身体をどういう姿勢にしていいのかわからないあのもぞもぞとした感覚がある。ひとまず呼吸して寝返り。

 

『いいよ。いっぱい私を想って』

 

やっぱり納倉はともかく、僕は守森先生に勝てそうにない。

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