感情シンタイプ   作:小沼高希

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2月下旬、守森先生の家、二人で、つづき

上着を脱いで、薄いシャツ一枚とズボンだけになって先生の匂いがするベッドに横になる。先生は部屋着のまま。あ、今日は部屋着がワンピースではない。気がつくのが遅いな。

 

柔らかそうな黒い長ズボンと、同じような素材で作られている長袖。冬の寒い時期の寝間着だ。

 

「……お腹ぐらいなら、触っていいからね?」

 

そう言って、少し離れた先生がズボンに入っていた裾の部分を引き上げる。ちらりと見える肌色。

 

「……そのために、その服着ていたんですか?」

 

そう言って、自分の言葉に恥ずかしくなってしまう。なんだこれ。いや言語化はある程度できますとも。僕との触れ合いのために先生が行動してくれたって可能性を考えてしまったわけで。

 

その、エロいじゃないですか。そういうの。もっと本当は適切な、慎ましやかで控えめな表現があるんでしょうけれども、思春期の高校生男子の脳で僕が動いているのも相まって語彙力が減ってしまう。

 

「いやこれは本当に偶然だよ?最近寒いから買ったんだ」

 

「……冷えてきましたもんね」

 

「身体を暖かくしておかないと、気力とかかなり急速に減るからね」

 

そう言って、先生は僕に近づく。呼吸がわずかに感じられるぐらいの距離。

 

「……はい」

 

「カイロとか、持っておくといいよ。厚着もいい。どうせ会場は温かいけど、そこに行くまでで体力削りたくないでしょ?」

 

ブランケットが先生の手で引き上げられる。

 

「……いや、これは私の趣味だな」

 

「何がですか?」

 

「こうやって、君のそばにいるの」

 

「僕の趣味でもありますから」

 

「それはわかっているけど、それでも。別に私が傷つかないと君に何かを与えられない、ってわけじゃないけど」

 

「……先生は、自然体の時でも僕に色々くれますから」

 

「君の前で、自然体であったことはあまりないんだけどな」

 

そう言って、先生が足を絡めてくる。

 

「……どういうことです?」

 

「私はずっと心の中は必死なふりした無気力だよ。それはたぶん、自然体じゃない」

 

距離が全体的に近くなる。布二枚を重ねて伝わってくる熱。

 

「……それが好き、って言ってはいけませんか?」

 

「君が私の何を好きになってもいいけどさ、私にもあまり君に見せたくない部分も、好きになられるとちょっと気まずいと言うか、正直嫌な部分はあるよ」

 

「はい……」

 

「いやでも、結局は向き合わなくちゃいけない部分なんだけどね。……謝りたくなっちゃうな」

 

「何を、ですか?」

 

「私を好きでいてくれる君に。本来するべきことが感謝だってぐらいはわかっているけどさ」

 

「……したい時に、言ってくれればいいですよ」

 

「ありがとうね、いつも」

 

思ったよりすぐに言われて、思わず惚けてしまう。

 

「……はい」

 

ここですべきことは否定じゃない。先生の事を受け入れること。そういえば、先生はさっきからずっと僕のことを名字で呼んでいない。

 

「僕の方も、いつもあなたに助けてもらってばっかりです」

 

口がむずむずする。かなり気恥ずかしいな。こんな呼び方、慣れる日が来るとは思えない。いや先生って呼び方もいいかどうかわからないけどさ。

 

「……やっぱり、私をそういうふうに呼ぶのって嫌?」

 

「……苦手です。嫌なのかは、わからないです」

 

辛い。やりたくない。とはいえそれはできればしたいことだ。僕はこういった相反する感情を持つような行為をなんて呼ぶべきかを良く知らない。

 

「両面感情、みたいなものかな」

 

「……名前が、あるんですね」

 

「心理学の用語。ドイツ語だとAmbivalenz(アンビヴァレンツ)。提唱はブロイラー」

 

「とりにく……」

 

「ちがうよ」

 

「はい……」

 

少しだけ気が楽になって、少しだけ緊張がほぐれていく。先生の声も授業の時のような張ったものではなくて、柔らかいものになっている。

 

「何かを好きである感情と、嫌いである感情を同時に持つこと。そういう面倒なものを持つのは、そう変なことじゃないんだよ。まあだからといって抱えているのが辛いっていうのは変えられないけどね」

 

「……何かを突破したいって思いと、突破したくないって思いは両立するんでしょうか」

 

「するよ。それぞれにリスクがあって、それぞれにリターンがある。その間で苦しむのは、私も経験が多少はあるから言えるけど、辛いけど乗り越えれられるものだ」

 

「……ありがとうございます」

 

先生を抱きしめる。厚手の布地は、正直いつもよりかは先生を感じさせてくれない。

 

「ところで、どうしてこういう事を知っているんですか?」

 

「教員だから、一応発達心理学とか大学でやるんだよ。独学もあるけど」

 

「そうなんですね」

 

「ま、実際に使えるかどうかはまた別だけどね。理解するだけで実行できるほど簡単じゃない」

 

「……はい」

 

先生も僕に体重をかけてくる。少しだけ湿度が上がっている気がする。

 

「……で、触らないの?」

 

「……何をですか?」

 

「いやさっき言ったでしょ……また言うの、多分今だと口が回らない」

 

先生もそういうことあるんだ。いや僕もそうだしな。おそるおそる手を動かして、背中側のめくれた裾から手を入れた。

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