感情シンタイプ   作:小沼高希

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2月下旬、広場、納倉と

受験会場となるのは、普段授業が行われている教室なのだろう。そこから少し歩くと、小さな草むらがあった。二月らしい乾燥した冷たい空気を感じるけれども、厚手のコートの中は比較的落ち着いていられる。

 

ぱたり、と倒れ込んで仰向けに空を見る。雲がまばらに見えるいい天気。視界内にはビルというか高い建物が二つほど映る。

 

呼吸をする。冷たい空気が肺を冷まし、酸素を吸って二酸化炭素と熱量を吐き出した血液がオーバーヒート気味の脳を冷ましている気がする。気分の問題だ。

 

ちょっと短く刈られた草が頭に当たってチクチクするのでフードをかぶろう。ジーンズ越しでも腿を刺してくるのだ。コートがなかったら背中をグサグサにされていただろう。

 

周りに人はいない。あれだけの人が集中して、合格を勝ち取るために苦労しているのに、僕はここで一人のんびりだ。

 

そうでもしないと心の優位性を保てないなんていうことからは目をそらす。物理じゃなくて生物を選択した人は別の教室に分けられている。なので納倉とは少し遠い場所で試験をしたわけだ。

 

だから、あの教室の中の人がライバルになるってことだ。数学の時に、あれだけ長くて集中力が切れそうな試験なのに、みんな顔色一つ変えずに解いていっているのは怖かった。

 

いや多分僕だって他の人から見れば悠々自適に見えるのだろう。それでいい。まだ試験は始まったばっかりなんだ。数学の配点が高めなことからは目をそらしておこう。

 

楽しい生物は明日の午前中。マシな英語は今日の午後。バランスがいい。これで疲れた終盤に数学が来たり、あるいは初日が数学と物理とかならちょっと心が折れていたかも知れない。

 

「……楽しそうだな」

 

僕を見下ろすのは懐かしい顔。いや数時間しか経ってないんだが、あの試験は時間感覚を狂わせるからな。時計の持ち込みがなかったらと思うとぞっとする。

 

「……なんで、納倉が?」

 

「いやなかなか数学がうまく行ったからな、自慢しようと思ったがいなかったし」

 

「僕の教室、覚えてたの?」

 

「受験番号見ればわかるだろ」

 

「それもそうか」

 

そう言って、納倉は僕の顔の近くにあぐらをかいて座る。

 

「昼食は?」

 

「……後で食べるよ」

 

「あまり時間があるわけじゃないぞ、いいのか?」

 

「ちょっと喉通りそうになくて」

 

数学で、どの大問も自信を持って解ききったと言えるものがない。一応答えらしきものが出た、というのが限度。それがどこまで正しいかはわからない。

 

「……ま、ウチは今なかなか悪くない点数が取れそうで調子がいいんだ」

 

「聞いた」

 

「だからさ、ウチにできることがあったら言ってよ」

 

「ある?」

 

「……あまり思いつかないな」

 

納倉が少し引っかかるような首の振り方をして言う。

 

「そ、ならいいけど。少し話でもする?」

 

なんかあるのかもしれないが、本人が言わないなら別に問う必要もないか。かわりの僕の案はまあ、悪くないだろう。

 

「そうだね。次は英語か」

 

「僕の得意な分野」

 

「過去の点数はどう?」

 

「悪くない。ここしばらくかなりの量の英文読んだのもあって、勘みたいなものもついたし」

 

基本的に僕はきちんと根拠を持って答えるタイプだが、ちゃんと理解して知識が身についてくると脳がちょくちょく思考をショートカットしてくる。生物では選択肢を読みながら同じぐらいのスピードでどれが正しいかを判断することができるが、英語でも文章の流れがつかめれば似たようなことができるようになってきた。

 

「勘、ねぇ」

 

「よく当たるんだよ」

 

「まあウチも物理でどういうアプローチ使って問題を解くかとか聞かれれば勘としか答えられない事はあるけどさ」

 

「あるよね。守森先生とかはそういうのをちゃんと言葉にできるんだろうけれども」

 

「あの人は逆算しているところもあるからな……」

 

「どういうこと?」

 

「問題を多く見ているし、出題者側の意図も読めるから、ウチらよりも高い視点で問題を見れる、と言えばいい?」

 

「……なんとなく」

 

そう考えると、明らかに僕や納倉とステージが違うのだ。もちろん受験形式に慣れていて、高校範囲内の問題だと練習を重ねた僕たちのほうが単純な点数では上ではあるだろうけどもっと広い知見とかの観点なら勝てなくなるだろう。

 

「ま、大学で追加で四年もやればそういう域になるのかもしれないけどね」

 

「まずはそのために合格しないとな……」

 

そう言って、僕は立ち上がる。

 

「結構草が付いてるぞ」

 

そう言って納倉は僕の背中とお尻のあたりをぺしぺしと叩くようにする。

 

「脱いでバサバサやったほうがいいかな」

 

「そのぐらいだ」

 

というわけでコートを脱ぐ。風がちょっと強くなってきて、体温を奪ってくる。思ったよりも細かいものが色々ついていた。室内に持ち込まないように、丁寧に切れ端を落としていく。

 

「行くか」

 

「だね」

 

納倉の声に、僕は答える。コートをはためかせながら、暖房がやけに効いていてコートはおろか上着を脱がないとちょっと汗ばむぐらいの受験教室に向けて僕たちは歩き出した。

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