感情シンタイプ   作:小沼高希

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7月上旬、体育館、納倉と

高校三年生にとって、特に受験を目指す僕たちにとって体育というのはあまり面白くない授業だ。今日は体育館でバレーボール。なお僕も納倉も二軍なので体育館の隅でぼんやりと比較的動ける同級生たちが響かせるレシーブの音をぼんやりと聞くだけだ。

 

「……なあ、納倉」

 

僕は壁によりかかりながら、体育座りでどんよりしている隣の人物に声をかける。

 

「気分が最悪なウチに何の用事?」

 

「いや、どうしたのかなって」

 

「昨日見た映画がクソだった……」

 

「用事って映画だったんだ」

 

昨日、納倉が予定があると言って帰った後で守森先生と少し話して別れたのを思い出す。

 

「何見たのさ」

 

そう僕が聞くと納倉はタブレットを触って映画のホームページを見せる。体育館にまで持ってくるなよ。

 

「なぜこんな見るからにB級の映画を?」

 

「いや馬鹿笑いしようと思ったが全体的に酷かった……」

 

「そんなに?」

 

納倉のことだ、作中の物理法則に文句でも言うのではなかろうか。

 

「なんで終盤でいきなり出てきたキャラクターだけが生き残るんだよ!最初の方に出てきた見るからに主人公っぽいやつをさっくり殺すな!」

 

「あっ思ったよりまともだった」

 

「なぁにがまともだ」

 

そこまで言って納倉は少し落ち着いたらしく、ゆっくりと顔を上げた。

 

「で、あの後どうしたの?」

 

「いや帰ってご飯食べて寝たが」

 

「ああそうかい、ウチが酷い映画を見たのは無駄だったか……」

 

「どういうこと?」

 

納倉は一体何を言ってるんだか。あ、逆恨みか。

 

「わからんならいい」

 

「さすがに変なもの見たのは僕の責任でもないし守森先生も悪くないからな?」

 

「ウチだってそんくらいわかっとるわ」

 

時々納倉はちょっと訛りが出る。今のはお嬢様っぽい話し方じゃなくて語尾を上げるほうね。

 

「まあ、生物のほうがやっぱ面白い話になるのかね」

 

「守森先生の本の話?」

 

「そ」

 

「あれなぁ、ウチらよりもレベルの高い高校生が読むもんじゃないかな」

 

「……それって」

 

「オリンピックとか出るような」

 

「僕はそこらへんよく知らないんだけれども、納倉は詳しいの?」

 

「……まあ、もう二年経ったからいいか。この話、絶対ほかに言うなよ」

 

僕は一般常識としてこういう風に前置きされた話が恐ろしい速度で流れていくのを知っているし、僕は非常識なので納倉以外に話す人がいないのもあって秘密を守るつもりだ。

 

「いいけど」

 

「ウチの中学時代の志望校、知ってる?」

 

「さあ」

 

僕がそう返すと、納倉はある高校の名前を言った。

 

「……ここらへんじゃ一番偏差値高いところじゃない?」

 

「そこ目指してたんだよ。まあ落ちて、ここがもうウチの母校だけどさ」

 

僕は最初から家に近いこの高校が第一志望で、一般入試で普通に通ってしまったのでそういう話にあまり興味がないが。

 

「……そうだったんだ」

 

「で、あそこは国際科学オリンピック常連校なのよ。物理は得意だったから少しは、と思って」

 

「ああ、そういう」

 

僕は守森先生から理科準備室でそういう話を聞いて初めてその存在を知った。あの時に先生が言っていたそもそも知らなければ出れないという言葉を思い出す。

 

「ああいうのに出る人達が読むものだよ。ウチらみたいな今の時点で共テの範囲が終わっていないやつが手を出していいやつじゃないって」

 

「……だからじゃないかな」

 

「何が?」

 

「守森先生は、そういう層は放っておいても勝手に専門書を読むからもう少し下を狙っているんじゃない?」

 

「……好意的に捉えれば、そうだな」

 

「そう捉えなければ?」

 

「……いや、ちょっと思考が今日は駄目だ。やはりクソ映画の呪いか」

 

「そんな酷い作品だったんだ」

 

「今日にでも一緒に見に行くか?」

 

「いや、納倉がさらに落ち込むことになるとあれだし」

 

「なら守森先生とでも行ってこい、何なら奢る」

 

「納倉がそこまでして犠牲者を増やしたい映画、逆に気になってきたな……」

 

あまり映画を見る機会がないのでよくわからないし、映画館に前に行ったのは下手すれば小学生の頃かもしれない。

 

「というか納倉って、お金に余裕があるの?」

 

「というと?」

 

「こういうのもあれだけど、なんかケチな印象があったから」

 

「……自分が価値あると思うことにはお金を出すし、そうでなければ払う必要がある分だけ払う。それだけ」

 

「だからちゃんと払ったりするのか。ってことは案外守森先生との話が楽しかったりした?」

 

「そりゃ詩明せんせは本当に知識の幅が広いんだから。ほら、どこに玉が落ちても取れるレシーバーみたいな」

 

「本当にそれであってるんだっけ」

 

正直バレーボールのルールは全くわからない。いい感じにボールを落とさないように相手の陣地の中に戻せばいいという理解で十分な気がする。どうせならちゃんと体育でも座学をやればいいのに。

 

「さあ」

 

「……一応、僕たちもやったほうがいいかな。このままだと見学になりそうな気がする」

 

「じゃあ頑張りますかっ」

 

そう言って納倉がこちらに伸ばした手を僕は掴んで引く。できればあまりボールが来ない場所がいいのだけれども、具体的にはどこなんだろうな。

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