感情シンタイプ   作:小沼高希

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2月下旬、廊下、二人で

試験が終わって、電車の中でもう気力もなくなって二人とも列車の中で互いに体重をかけて寝てしまって、次の日も学校のために無理矢理に起きて、大掃除があって、そして放課後。

 

ワックスのために廊下に出された椅子と机。変な姿勢で座って、動けなくなっている僕と納倉。

 

「……なあ」

 

納倉が僕に声をかけてくる。いつもとは違う、弱々しい声。

 

「……ん?」

 

僕の方も、返事をするだけでかなり億劫だ。昨日一昨日とそこまで動いているわけではないし、この消耗は精神的なものだろう。たぶんそう。

 

「まず、お疲れ様」

 

「昨日は話すほどの余裕もなかったから、ね」

 

絶対に背中の骨とかに悪い、変な姿勢になっている。机の上に足を置いて、首を椅子の背でぐいっと曲げるような。後でちゃんとストレッチしないと。

 

「……どうだった?」

 

会話が続きそうな気配がしなかったので、次は僕から声をかける。

 

「まあまあ、かな。合格は……わからない」

 

「僕も」

 

自己採点するほどの気力はない。

 

「……そう考えると、その日のうちに予想解答とかを出してくる予備校の先生とかってすごいよね」

 

「あれはまあ、そういう仕事だと考えれば」

 

「まあ、そうだけど」

 

一応昨日の時点で公開されているのでやろうと思えば点数はわかる。過去の傾向とか、難化易化とかの情報を合わせれば合格点の目安もわかる。

 

「……やる気、ある?」

 

僕は頑張って首を動かして、僕以上に後で傷めそうな姿勢をしている納倉を視界の片隅に入れる。

 

「ない」

 

「だよね」

 

「ひとまず明日は休み、で予行演習、予行演習、で卒業式?」

 

「そんな感じだったはず」

 

僕たちが卒業証書を受け取るのは来月の頭。昨日までの試験の結果が出るのはその数日後。もうこれ以上何をやっても、合否が変わることはない。

 

「……滑り止め、は?」

 

「確認したくねぇ……」

 

一応そろそろどこかが出ているはず。確認してはいない。本番前にそういうことを確認して、気力が抜けたり、無駄に追い詰められたりするのもあれだと思ったから。逃げだけどさ、逃げた先でちゃんと掴めるもの掴めればいいじゃん。掴めればいいけど。

 

「そろそろ帰らないと、色々面倒だよ」

 

「わかっちゃいるけどさ……」

 

そう納倉が言うと同時に積み上がっていたものが崩れる音がする。反射的に立ち上がって一歩足を出して、そうして床に仰向けで倒れる納倉が目に映った。下半身が机の足の間に突っ込まれている。

 

「……大丈夫?」

 

「痛くはないし、挟まってもいない」

 

「よかった……」

 

僕も足から力が抜けて、床に身体を横たえる。天井には消えたLED。床の冷たい空気。間接的に差し込んでくる日の光はまだ赤くなってはいない。

 

納倉が深く息を吐きだす。

 

「……なあ、悠」

 

「なんだよ」

 

「……楽しかったか?」

 

「何が?」

 

「ウチといるの」

 

「まあ、高校生活で多分一番の楽しみだった」

 

「悠には詩明せんせがいるでしょ」

 

「いや高校生活でって言ったでしょ。……確かに先生だった頃の守森先生との思い出もあるけどさ、僕にとっては納倉との思い出のほうが印象深いかな」

 

「へえ、それはまあ悪くないな」

 

口ではそう言っているが、実際は結構嬉しかったりするのだろう。ここらへんは声色でわかる。僕が何年間納倉といたと思っているんだ。三年だよ。

 

「……三年、かぁ」

 

思い出せば、かなり短かった気がする。

 

「三年も、かな」

 

「そんなに色々、納倉にはあったの?」

 

「むしろ辛かったからかな」

 

「楽しいことは速く過ぎる、みたいな?」

 

「……ま、そういうことかな。今思えば悪くない体験も多かったけど」

 

納倉の言う悪くないっていうのは、かなり肯定的な評価なのかもしれない。

 

「思い返せば、っていうのはあるよね」

 

「……何にでも、な」

 

「……納倉ってさ、大人びているよね」

 

「色々あったからな、言うつもりはないぞ」

 

「先取りしないでよ」

 

こういう機会なら聞けるかと思ったが、少し残念だ。

 

「まだウチはその件については、悠に話せるぐらい飲み込めてない」

 

「……そうなんだ」

 

「ただまあ、いつか話せるようになりたいな。なりたくないとも思うけど」

 

どういうものか推察するのは、それはそれで野暮だろう。だから、あまり踏み込みはしない。一応唯一なせいで無二の親友だけど、だからこそこの関係を崩したくなくて言えないことぐらい僕にだってある。あった、かな。これについては納倉に気が付かれていないはずなのでずっと黙っていて、多分いつか忘れられるのだろう。

 

「忘れるってことは、ありそう?」

 

「……難しいかな」

 

「そう」

 

なら、それを抱えて今後も生きていなくちゃいけないのか。それは辛そうだ。

 

「まあ、今後納倉に何があっても納倉に割く時間ぐらいは作るからさ」

 

「悠に何があっても、ウチは遠慮しないが?」

 

「まさか僕が落ちるとでも?」

 

「悠もウチの力を信じていないのか?」

 

「まさか」

 

「だよなぁ」

 

そう言って、僕と納倉は小さく笑う。強がりだ。でも、そうでもしないと動けない。

 

「っと、帰ろうか」

 

僕は立ち上がって、まだ床に寝ている納倉に手を伸ばした。

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