正直、先生と会うというのはかなり精神的な負荷があるということがわかった。嫌なわけじゃないってことは強調しておかなくちゃいけないけど。
だから断って、試験での疲れの回復に注力させてもらった。なお滑り止めは受かっていた。よかった。国公立の後期は受けていないので、一応受験は終わっているんだ。
とはいえ今の卒業式についての実感すらない僕にとって、受験が終わったということを受け入れろというのは難しい話で。
まだポケットの中に単語帳は入っている。時間があると見てしまう。
過去問を解くことはないけれども、それは共通テスト前に戻ったようなもので。
空いた時間は今まで削っていた睡眠時間を埋め合わせるように寝て、それでも足りなくて、今でも眠い。
そんなことをぼんやりと考えていると拍手が鳴る。周りに合わせて立ち上がる。これが現実だという感覚がない。ここで目が覚めて、また課題と過去問の日々がやってきた方が安心してしまう。
なるほど、僕の心はどうやらまだ受験に囚われているらしい。ただのテストなのに。
「悠、どうしたんだよ」
背中を小突く納倉の声。
「ぼんやりしててさ」
「何だ、制服をもう纏うことはないだろうってことか?それともいつもとは違う雰囲気に飲まれたか?」
「……そういう、ものかも」
「大変だなぁ」
そう言う納倉はいつも通りだ。少しだけ安心する。
まあそういうわけで教室に戻って、あまりお世話になった記憶のない担任の先生から卒業証書が配られた。残念ながらあの開ける時にポンと音が鳴る筒はもらえなかった。かわりに額縁みたいなものがもらえた。
「写真でも撮る?」
「ウチはあまりそういうの好きじゃなくてさ」
そういうわけで僕たちは特に卒業アルバムに書き込みをするわけでもなくされるわけでもなく、感極まった同級生たちが変なことをしだす前にささっと教室を抜け出す。
何度も登った階段を降りる。いや登った分だけ降りているんだけれども。ああでも別の階段を使うこともあったからどうなんだろう。
そういうことを考えているとスマホが震える。
卒業式って終わった?
「あ、守森先生からだ」
「なんで?」
不思議そうに言う納倉。まあこう聞いてくるってことはこの後どこか行こうみたいな話なのかな。
「ほら、あの人一応ここの先生だったわけだし」
「……昔教えていた生徒の顔を見に来た、とかかな」
「先生がそういう事するかなぁ」
僕は首をひねる。一応怠け者とまでは言わないけど、わざわざ動くのをどこか嫌うところのある先生だ。それに先生は僕と納倉以外からはあまり人気というわけではなかったし。
終わりましたよ、今教室出たところです
それじゃあ体育館の前あたりで待っててもらえる?
「来てるらしいよ、ここに」
僕は納倉に画面を見せて言う。
「来るんだねぇ」
「まあ行こうか」
そう言って蕾になっている桜の木の横を通り、さっきまでいた体育館に向かう。保護者の人がいる中で、若めの女性が一人文庫本を読んでいる。
「や、おめでとさん」
ここで教えていた時のようなしっかりとしたパンツスーツで、先生は小さく手を振って言う。随分と久しぶりな気がする。受験以来会ってないからたしかにそうなんだけど、それでも一週間ちょっとだ。
どうやら僕は先生への依存症みたいなものを起こしているのかもな、と思いながら手を振り返して歩いていく。
「待たせました?」
「いや、ちょっと顔見知りに会ってね」
僕の質問に先生はちょっと気まずそうに言う。
「元同僚ですか?」
切り込むように半歩前に出て言う納倉。
「まあね。ったく、逃げたのは事実だけどああいう言い方はないだろ……」
「というより、入れたんですね」
「守衛さんが顔覚えていてくれたのが驚きだよ。別に身元確認されるわけじゃないけど」
「確かに祝ってくれる人は血縁とは限りませんしね」
納倉と先生が話す横で、僕はぼんやりと両親に卒業の報告をしたり看板の前で写真を取っている人たちを見る。
「……鹿染さん?」
「悠?」
二人から声をかけられて意識をこっちに戻す。
「……ごめん、聞いてなかった」
「合格はどうなりそう?」
先生が聞いてくる。今まで意図的に避けてくれていた話題だというのはわかっている。
「……わからない、です」
何かをやっていないと焦燥が襲ってくるので、解き直しと自己採点をやった。厳密な採点基準は示されていないけど、予備校の先生たちが色々と推測していた。その結果を元にすると、たぶん合格圏内。
「納倉さんのほうは?」
「ウチは、まあ、多分大丈夫ですね」
それが強がりなのかどうかは声色からはあまりわからない。ただ、もし合格確実な点数ならもう少し明るいだろう。いやこれは不安定な僕に配慮してくれているのかな。
「この後、予定ある?」
首を振る僕と納倉。今はお昼すぎだが、スケジュール管理の出来ない学校のせいでお昼ごはんを食べる時間はなかった。
「食べに行かない?卒業祝いに奢ってあげる」
先生は笑顔で言う。そういう顔をしないと財布からお金が消えていくことに耐えられないのかもしれない。