「ま、ひとまずお疲れ様!」
そう言ってコップを掲げる先生。おずおずと僕もお冷の入ったコップを持ち上げる。納倉はさくっと乾杯をして飲んでいた。
「そう言えば二人の制服姿見るのも久しぶりだなぁ。あのまだちっさかった二人が……いやあまり変わってないかな……」
「一応僕は一センチぐらいは伸びたんですが」
なお一番背が高いのは僕である。納倉と守森先生が同じぐらい。ちょっとだけ納倉の方が背が高いかな?それでもほんの僅かだ。
「そういう意味じゃないって事ぐらいはわかっているだろうに」
先生はそう言ってコップの中の水を一息に飲む。喉乾いていたのかな。なお誰もドリンクバーを頼んでいない。こういう場所ではみんな頼むものじゃないかと思っていたが、そうでもないらしい。
納倉はけっこうストイックだし、先生は金欠だし。僕については正直炭酸とかが駄目なので別に要らないかなってなった。
「で、この後の予定はあるの?」
硬いプラスチックのコップをコツンとテーブルに置き、先生が口を開く。
「予定……?」
「第一志望に受かったにせよ、落ちたにせよ、大学には行くんだよね?」
「そうですね」
「もし受かってたら向こうの方に住むんでしょう?」
「はい」
「手続きってしたの?」
「しなくちゃいけないんですか?」
僕の言葉に先生は天井を仰ぎ、隣の納倉は深い溜息を吐く。そこまでだったのか。
「不動産屋への連絡は?寮に入る?ルームシェアとかは最初はやめておいたほうがいいよ、ああでも一応始発なら通えなくはないのか?」
「一応可能だけど、毎朝六時前起きは身体壊すと思う。ウチは嫌だ」
「そうなると……一限に必修入れないぐらいしか無い?」
「時間割みたいなもの、調べられるんですかね」
「シラバスは外部から検索できるし、履修方法も公開はされているはず……」
「あの、二人とも、ちょっと待って」
会話を僕をまたいで始めてしまった納倉と先生の間に手を出して話を止める。
「……ごめん。ウチがこれは悪い」
「今回は私のほうが悪いよ」
「で、結局何が問題なんですか?」
「……新しい生活を始める時の家の場所。手続きとかはした?」
「……親が、お金は出すから自分でやれって」
「一応連帯保証人とかはつくけどそうか、十八超えてるから民法上は可能か……。ただ、やっぱり経験ある人いないと難しいかな、変なもの掴まされることもあるし」
「変なもの、ですか」
「大学に近いけど門から遠い、とかね。それで地図上では近いからっていって無駄に高い。正直大学のすぐ側に住む必要はないんだよ」
「そういうものなんですね」
「ま、受験生が終わるっていうのはやっぱ実感ないか。まあでも間に合わなくはないし、しばらくは……まあ、色々手もあるし」
「手、ですか?」
「比較的近くに住んでいる人の家に泊まる、とかな」
納倉がそう言って、僕は先生の言いたいことを理解して顔が赤くなって水を飲む。
「……詩明せんせ、悠をからかうのもほどほどで」
嫌そうな声で納倉が言う。いやそういう気配りはありがたいんだけどそれはそれで恥ずかしいな。
「とはいえ候補として考えていいからね。納倉さんのほうは?」
「ウチはもう決まってる。まあまだキャンセルはできるけれども」
「ならそっちのほうが……」
「ウチは悠を泊まらせるつもりはないんで。あと先生も本当にそういうこと言うのやめたほうがいいですよ、知っているでしょう?」
「わかった。私が軽率だった」
納倉もまあ流石にパーソナルスペースまで侵食されたくないか、と思いながらちょっと思ったより深刻な状況であることに気がつく。
「まあでも最悪合格発表後でもいいのでは?滑り止めの方は家から近いんでしょう?」
「ええ、まあ」
そう答えて大学の場所を思い浮かべる。電車に少し乗って、しばらくバスで行く場所。昔の模試で会場になっていたから何回か行ったことがある。
「そこは別に悪い大学じゃないし、入学金振込みも合格発表出てから間に合うし、そこまで急ぐ必要はないけど……」
「それでも何も考えてないのと計画練っとくのではかなり違うからな」
そう言って納倉はタブレット端末を取り出す。
「ひとまず考えなくちゃいけないことを整理していこうか。受かった場合と落ちた場合で、それぞれで何が必要か。どれだけの時間的余裕があるか。どれだけお金がかかるか。手続きがどれだけ進められるか。そういうのをちゃんと確認しておかないと」
「私が入学したの、もう結構前だけど参考になる部分があれば相談乗るよ」
なるほど、僕よりこの分野では頼りになる二人が手を貸してくれるというのだ。それにお金については比較的心配はない。大丈夫。もし失敗したとしても先生の家に転がり込めばなんとかなる。ちょっとまずい気はするけど。
「……お願いします」
「とはいえ今はあまり考えるのやめたほうがいいよ」
「どうしてです?」
守森先生の言葉に納倉が首をかしげる。
「お腹が空いた時に考えることは大抵碌でもないから」
先生がそう言うと、ちょうど頼んでいた食事が届くところだった。