感情シンタイプ   作:小沼高希

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3月上旬、守森先生の家、二人で

ブラウザの再読み込みをするが、ファイルはなかなか更新されない。

 

「あまりそういう事すると、大学側のサーバーに負荷かけるからほどほどにね」

 

そう言って先生は苦笑いする。平日ではあるが今日は会社には行かないらしい。そうは言っているが在宅業務として何か色々やっている所を見ると、僕のために家にいてくれたのかなとも思ってしまう。

 

「……そうは言っても」

 

合格発表の予定時刻は数分過ぎているが、まだ来ない。

 

「ま、落ちたらいっぱい慰めてあげるから」

 

そう言ってちょっと優しい声で言う先生に僕の中の邪な部分が落ちてもいいかということを考えてしまう。おい、これはさすがにマズいってわかるからな。

 

「……受かりますよ」

 

「だといいけど」

 

そういうことを言うと、いきなり電話がかかってきた。発信者は納倉。

 

一瞬ためらって、受信ボタンを押す。一応先生もいるのでスピーカーフォンに切り替え。

 

『おめでとさん』

 

納倉の上機嫌な声。

 

「……こういう形で知りたくはなかった」

 

どうせ納倉のことだ。僕と先生が話している間に更新されたファイルを検索して僕の番号を見つけたのだろう。これで納倉の番号がなかったら多分心折れていそうなので、納倉も合格したってことかな。一応聞いておくか。

 

「ところで、納倉のほうは?」

 

『どうだと思う?』

 

あからさまに浮ついた、ちょっと煽りも入っていそうな声。問答無用で通話を切る。

 

「……よかったの?」

 

先生が心配そうな声で聞く。

 

「いや納倉ですし……」

 

「本当に、仲がいいんだよね」

 

「三年来の付き合いですからね。追加で四年は入りそうですけど」

 

そういう事を言いながらページを更新。あ、重い。時間がかかったが、ちゃんと合格者一覧のファイルを確認できた。僕の受験番号は……ちゃんとある。一応納倉のも確認しておこう。

 

「おめでとう、鹿染さん」

 

「……ありがとうございます」

 

あ、納倉のもあった。よかった、もしこれでなかったら納倉の心の傷が酷いことになりかねなかった。

 

「さて、これで受験は終わりだね。十八にもなったし、高校も卒業したし、これでもう君は立派な大学生ってわけだ」

 

「まだこのあと入学金とか学費とか色々払う必要があるんですよ……」

 

奨学金は申し込むが、それまでの色々の資金は提供してもらうことにはなっている。余裕があるというほどではないけれども、切り詰めなければいけないというほどではないはずだ。

 

「……それについては、まあ、親御さんに頼って」

 

「はい」

 

嬉しいのか、気が抜けたのか、良くわからない感覚がある。実際に気合を入れたのはここ半年ちょっとだと思うが、それでもやり切ったという思いが少し出てきた。

 

「さてさて、頑張った君になにか合格祝いでもあげたほうがいいかな」

 

「あ、インクが切れたので買ってくれませんか?」

 

「万年筆の?」

 

「はい」

 

あれ以来こつこつと使っていたので、インクの出が悪くなってしまったのだ。

 

「……あのね、インクの値段は昼食より安いでしょ」

 

「……あまり高くないほうがいいかなって」

 

「別に私が渡せるものの中には純粋に金銭的なものとか物質的なもの以外あるでしょ、言葉とか、関係とか、あるいは……」

 

先生は僕の方を見て、ちょっと視線を下げる。なんていうか、その言葉の意図がどこまで僕の邪推というか邪念と一致しているかはわからないけど、その顔はちょっとずるいと思ってしまう。脚を組み替えないでほしい。指をもじもじさせないでほしい。

 

「……関係、といえばですね」

 

「何が?」

 

「先生は、僕の恋人なんですか?」

 

「……定義にもよる」

 

「それはそうですけど」

 

定義というのは話の前提であって、それと同時にその後の議論の方向性を全部決めてしまうものだ。例えば生命の定義というものを考える時に、ウイルスやウイロイド、プリオンを生命に入れるかどうかを事前に考えた上で定義をしているのだ。

 

だから、定義からそれらが生物でないって言うのは誤っている。もしウイルスとかを生命に入れたいなら、定義を調整してしまえばいいのだ。そういう意味では数学的な証明とかとは雰囲気が違うと思う。別に証明にそこまで詳しいわけじゃないけど。

 

「鹿染さんは、恋人というのをどう定義したい?」

 

「どう、って……」

 

「それは一方的な感情でも成り立つ?排他的、つまり誰か特定の人、あるいは人たち以外と結ばれないものってしたい?」

 

「世間一般で言う、っていうのではダメですか?」

 

「恋愛にホロタイプ……タイプ標本はある?」

 

タイプ標本。生物の学名を、つまり名前を決める時にこれがその生物だと示すためのもの。

 

「……個人差が大きいので、たぶんないかと」

 

「ならあとは……シンタイプみたいな方法かな。色々な『恋人』と呼ばれるものを列挙して、それらから基準を作る」

 

「何ですかそれ」

 

「何って分類学の用語だけど……」

 

そう言えばどこかで読んだ気もするな。ちゃんと覚えていない。試験に出てこないから頭の中から追い出されてしまった可能性がある。

 

「あるいは再帰的になりかねないけど、私達の関係をレクトタイプとして『恋人』を定義することもできるよ」

 

「それをやると、どんな関係でも恋人になりません?」

 

「私はそれでいいよ。鹿染さんは?」

 

「……今は、それでいいです。後でちゃんと固めましょう」

 

「……よし」

 

先生は小さく嬉しそうに言って立ち上がり、ぎゅっと僕を抱きしめた。




あとはまあ、エピローグとかおまけになります。
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