感情シンタイプ   作:小沼高希

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5月上旬、守森先生の家、二人で

「終わった?」

 

先生がネグリジェがわりのよれたワンピースを着て髪を拭きながら言う。

 

「なんとか終わりました」

 

毎度毎度千字超えのレポートを課してくるのってどうなんだろう。辛い。おかげでブラインドタッチの速度は上がったけど。

 

「締切は……かなりギリギリだったんじゃない?」

 

直角を成している長針と短針を見ながら先生が言う。

 

「いつものことなんですけれどもね」

 

「やめなよそういうの」

 

「先生が言うと説得力がありますね」

 

ええ知ってますとも。先生がいつもギリギリになるまで動けないということは。たまに動けてもそれで時間的余裕が生まれるかと言えばそうではなくてこの生み出された時間で何かしなくちゃという焦燥感だけで動けなくなるのだ。つまりは僕と同じ。

 

「……君もシャワー浴びてきなさい」

 

「……そういう意味ですか?」

 

「好きに受け取ってくれていいよ」

 

一応もう大学生で、それぐらいの判断ができると見なされるような年齢で、爪はちゃんと切ってあって、歯ブラシは持ってきていて、終電はなくて。

 

「……ずるくないですか?」

 

「んー、じゃあ言ってしまおうか」

 

そう言って先生は床に膝をつき、僕の耳元に顔を近づける。熱と湯気を感じる。

 

「したいから、ちゃんと洗ってきて」

 

「……はい」

 

「……顔赤くするの、やっぱり可愛い」

 

「そう言われるとかなり辛いんですが」

 

恥ずかしさがかなり大きい。先生を押し倒せるとかではない。むしろ力が抜けて押し倒されてしまう側。よくない。

 

「ま、明日は休日なんだからゆっくりしなよ。私も昼まで惰眠を貪るつもりだから、ちょっとぐらいなら長引いてもいいよ」

 

「……何か買い物とかあります?場合によってはお風呂前に買ってくるので」

 

「アイス食べたいな……」

 

「わかりました」

 

「待って待って!冷凍庫にちゃんとあるから!冗談だから!」

 

「本来の意図はあまり冗談ではないんですが」

 

「……買ってあるよ。結構前のやつだけど別にそう劣化するものではないし」

 

「……具体的には、いつ頃買ったんですか?」

 

「……三月」

 

恥ずかしがっている先生を見ると変な気分になるが、これが正のフィードバックというやつか。

 

「あの、もしかして合格発表の日の話って、本気だったんですか?」

 

「……直接的には言ってなかったし。早くお風呂入ってきな」

 

「わかりました。石鹸とかは使っていいですか?」

 

「いいよ。シャンプーとリンスはわかる?あとは化粧水とか使う?」

 

「前半は多分わかります。後半はちょっとわからないです」

 

「使ったほうがいいよ、顔の手触りとか変わるから」

 

「……触っていいですか?」

 

「いいよ」

 

湯上がりなのかあるいは別の理由なのか、ともかく紅潮している先生のほっぺたに触れる。しっとしとしていて、柔らかい。ちょっとしばらく触りたくなるような感触。

 

「……あまり時間かけるようなら、寝ちゃうよ?」

 

「寝ていたらしませんからね」

 

さすがにそれぐらいの良識はある。いや寝ている先生はそれはそれで好きだし無防備な姿を見せているという事実に興奮しないと言ったら嘘になるけどさ。

 

「それはお願い。純粋にそういう場合だと私が責任取れないからさ」

 

「わかりましたよ」

 

そう言って服を脱いで、持ってきた寝間着を用意しておいて、まだ空気が温かくて湿気のあるお風呂に入る。ここはユニットバスじゃなくて、浴室が独立しているタイプだ。

 

身体を流して、先に洗おうかとも思ったがひとまず湯船に入ってしまう。水圧で押されて変な声が出る。身体を伸ばせるほどじゃないけど、脚を曲げないで入ることはできる。

 

先生がさっき使った石鹸の匂いと、十分あからさまと言ってもいい誘いと、さっきまでやっていたレポートのせいで残った緊張感のせいであまり落ち着けない。

 

深呼吸をしようにも、この湿度だとあまり落ち着かない。水圧で胸も押されているし。

 

脚を組み替えて、換気口のある天井を見上げる。

 

少しだけ、頭が冷めている。行為に伴うリスクは知っている。もちろん経験が欠如しているから本当に知っているかと言われれば難しいところだけど。学んだ知識はどこまで自分のものか、みたいなものだ。ちゃんと扱えるほど知っているかと聞かれたら黙るしかない。

 

嫌だとは思わない。したい。男子高校生……じゃないんだ。もう大学生か。比較的色恋沙汰の噂の少ないと噂の大学ではあるが、それでも聞くには聞くのだ。

 

別に行為をする二人が同意していれば特に問題ないはずなんだけれども、どこか居心地が悪い感じがする。

 

感染症とか、皮下出血による血栓の発生とか、どうでもいい知識が回ってくる。ああ、こういうのでいいんだよ。あまりこう変な欲求に突き動かされるのもあれだし。

 

楽しむときは没入する必要があるだろうけど、始まるまではある程度切り分けておかないと。

 

ともかく、しっかり身体を洗ってしまおう。髭は昨日剃っておいたけど、ちょっとだけ伸びている。チクチクするな。剃刀は持ってきていないのでこれで行くしかないか。できるだけ綺麗にしておかないと、と考えて石鹸を探した。

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