元暗殺者、宮益坂女子学園へ赴任する 作:俺っちは勝者の味方ー!
―――星空を見上げるのが好き。物心のついた頃からこの想いはずっと変わらない。
大切な幼馴染と一緒に流星群を眺めた時なんて、空に向けて手を伸ばせばお星さまを捕まえられるんじゃないかってはしゃいでいた。首が痛くなるまで、ひたすらに。
そんな幼い私たちの記憶を飾る綺麗な星空。そこにはいつも…白く煌めく
◆◇◆◇◆◇◆◇
「みてみてみんな! こんなにたかくのぼれたよ!」
「さ、さきちゃんっ!! いつのまにのぼったの!?」
「えへへ〜、すごいでしょー」
ある冬の日。
咲希が背の高い木の上に登って、自力で降りられなくなってしまったことがある。最初は自慢げで意気揚々としていた咲希だけど…そんな彼女から徐々に余裕が
――気づいた時には、考えるよりも先に体が動いていた。
「さきっ!」
「ぐずっ、ひっぐっ……。いっ、ちゃん…?」
「まってて! すぐにいくからっ」
必死で幹にしがみつく。腕がぷるぷる震えていたけど、この時の私は涙を浮かべる咲希の姿しか眼中になかった。
丈夫そうな枝に跨る彼女の手を掴もうと限界まで腕を伸ばす。咲希もまた、怖い気持ちをぐっと堪えて私との距離を詰めてくる。お互いの指先はもうほとんど触れられそうな位置にあった。
あと少しで届く…! そう確信した瞬間、
「――――あっ…」
「「「いちか/いっ(ちゃん)!」」」
ふわっとした感覚が体を包み込む。咲希の表情に希望の色が見えた途端、安心して思わず力が抜けてしまった。
咲希たちの悲鳴が聞こえる…。私はそこでようやく、自分が木から真っ逆様に落ちているのだと気づいた。
……けれど、もうどうすることもできない。重力に従い、いずれ訪れるであろう衝撃を待つことしか何も――
ヒュッ
「おっと危ない。高いところにいる時は決して気を抜いてはいけませんよ。可愛いらしいお顔に傷が付いてしまいます」
「ふえっ?」
ドヒュンッと、一陣の突風が頬を撫でた。
すると浮遊感は霧散し、代わりに
☆
「はい、よいしょ。二人ともお怪我はありませんか」
「あ、えっと…けがしてない、です」
「それは何より」
無事に私と咲希を降ろしてくれたその人は、私たちよりもずっと背が高くてとても綺麗な丸顔をしていた。腕の関節がやたら曖昧なのがすこし不気味だけど、せめてお礼は言わなきゃと…勇気を振り絞る。
「あ、あの。ありがとうございまし
「ヌルフフフ。ええ、どういたしまして。しっかりと感謝の言葉を伝えられて偉いですね」ナデナデ
「わ」
なんて不思議な撫で心地だろう。手つきもすごく
咲希も元気いっぱいの「ありがとう!」を伝えると私と同じように頭を撫でられ、嬉しそうに目を細めていた。
「でもねぇ…君たちの今の年齢を考えると、この高さの木に登るのは些か危険です。今後はこのような無茶をしないよう、十分に気をつけてください」
「「うぅ…」」シュン
当然と言えば当然だけど、危うく怪我をしかけたのは事実なので褒められた後にきっちりと注意されてしまった。
あからさまに落ち込む私たち…。それを見たおじさん(?)の大きな手が、私たちの小さい肩にふんわりとかけられる。
「
……例えば、アレなんかどうでしょう」
「「「「 ? 」」」」
「こちらの木よりも背が低く、足場となる枝同士の間隔も比較的に小さい。しかも、あの枝々は程よい頑丈さとしなやかさをも両立させている。君たちの遊び場にはもってこいです」
「え、と」
「さあ! 先生がしっかりがっちり見守っておくので思う存分遊びましょう。そちらの二人も遠慮なんてい〜りませんよ!」
「「「「え…えええ!!」」」」
☆
10分後。
「ほなちゃんこっちこっち!」
「まて〜!」
自称 “せんせー” に催促された私たちは木登りを目一杯楽しんでいた。大きなせんせーが話した通り、枝に足を引っ掛けやすいから、この木全体が絶妙な難易度に出来上がっていてすごくおもしろい。まるで天然のジャングルジムのようだ。
「どうですか? 自分たちの力で存分に遊べる気分は」
「さいこうー!」
「うん…たのしいっ」
もちろんちょっとした高さがあるからおっかないけど、それ以上の達成感とわくわく感でさほど気にはならない。咲希だけでなく、最初はあまり乗り気じゃなかった穂波や志歩も心から楽しんでいる姿を見て、思わず笑みが溢れた。
「せんせーはだいじょうぶなんですか? なにかようじがあったらたいへんなんじゃ…」
「ああ、私に関してはお構いなく。ちょうどお買い物も済ませて暇でしたので、君たちが怪我をしないよう見守ることは吝かではありません」
ふと気になった疑問をおそるおそる尋ねてみる。何かしらの仕事の途中だったならすごい迷惑をかけてしまってるんじゃないかと心配だったけど、本人の口からその可能性は否定された。
…ということは、せんせーが手に提げている紙袋はその買い物の戦利品なんだろう。
「へ〜、せんせーなにかったの?」
「
「「「あ…」」」
「にゅ?」
バッ!「どのくりえいたーがつくったきょく? そのきょくをえらんだりゆうは? ミクのどんなところがすきなの? おしえてせんせー!」ギンギン
「にゅやっ!! じゅ、順を追って説明しますから落ち着いて!? そんな不安定な体勢じゃ流石に落ちますって!」
…と、私は同じ失敗を犯しそうになり、またしても怒られるのであった。さっきよりもお説教の時間が長かったのはきっと気のせいじゃないと思う。
☆
それから色々質問しまくった結果、せんせーは自分の教え子の薦めでミクを知ったことがわかった。二次元の萌えキャラを熟知している生徒、二次元を住まいとする(?)生徒からの情報を元に、自ら進んでボカロの沼にハマっていったのだとか。
「初めは機械的で無機質な声音に慣れませんでしたがねぇ…何度も聴いていくうちに、ボカロでしか得られない独特の魅力に心を動かされたんです」
「うんうん、わかる! わたしもミクのうたごえ、だいすきだからっ」キラキラ
ありったけの自信と共に、そう宣言したところでふと思い出す。
「とくべつだよ!」と、今の今まで私がミクのうんちくをかなり一方的に披露してしまったこと。辟易する素振りも見せず…ずっと私のペースに合わせて、せんせーが話を聞いてくれていたことを。
「あっ。……ごめんなさい、わたしミクのことになるとついむちゅうになっちゃって…」
「いえいえ、謝ることなど何もありません。むしろ、さらなるミクの魅力に気づけた私の方が感謝したいくらいです。…君の “初音ミク” が好きだという想い、しっかりと伝わりましたよ」
つぶらな瞳を細め、せんせーは穏やかに心の内を明かしてくれる。それならいいかな…と、私も後ろめたい気持ちを捨て去った。
存分に話し込んだ余韻が、ギターの音色のように残り続ける。自分の『大好き』が伝わった喜びで体が飛び跳ねそうになるけど、それよりも早くせんせーは立ち上がった。いかにもわくわくしていますと言いたげな
「そのお礼になるかはわかりませんが、私も君たちの遊びに混ぜさせてはもらえないでしょうか? さっきも話した通り、いかんせん暇で暇でしょうがないんです…」
「えっ。いっしょにあそぶくらいなら…――いいよね? みんな」
「「うん!」」
「うん。わたしもいいとおもう」
満場一致でオッケーだった。そして、その答えを聞いたせんせーのテンションはさらにさらに高くなる。私たちもそれに同調したのもあって、もう誰にも彼を止められそうにはない。
「ヌルフフフ、ありがとうございます。
となれば、先生も久々に
――
☆
「 “けんけんぱ” …ですか。話には聞いていましたが、これを遊ぶのは初めてです」
「え? そうなのせんせー」
「はい。それに足場の輪っかも私が踏む分には少々ギリギリかもしれない。
…
「「「「……」」」」ゴクリ
「はああっ…!」
「ア、ケンケンパ!ケンケンパ!ケンケ―――にゅやっ!?」ツルン! ズテン!
「「「「………は?」」」」
| 殺せんせーの弱点 ① カッコつけるとボロが出る |
|---|
| 殺せんせーの弱点 ㊵ 触手が多すぎ(太すぎ)て “けんけんぱ” が出来ない |
|---|
「恥ずかしい恥ずかしい…超超超恥ずかしい///」
「「「「……」」」」
〜〜〜〜〜
「「「「にーらめっこしましょ♪ わらうとまけよ♪ あっぷっぷ――」」」」
「( ˙-˙ )スン」
「「「「ぶっほぉぉww(まがおうっすっっ!)」」」」
〜〜〜〜〜
「お次は “ながなわ” です。縄の回ってくるタイミングをうまく見計らって入りましょう」
ヒュンッ ヒュンッ
((((なんかあのなわ、せんせーのそでからちょくせつのびてるような…))))
☆
2時間後。
「いやぁ遊んだ遊んだ。…それにしても、 “あそび” というのは奥が深くて実に面白いですねぇ」
「え〜まっさかー。せんせーうそついてるでしょ?」
「いいえ。『子どもは “あそび” の中で “学んで” ゆく』のだと、とてもいい勉強になりました」
『遊びの中で学ぶ』…どう言う意味だろう。疑問に感じていると、せんせーは話を続ける。
「先ほどのながなわが
『社会性や決まりを守る大切さを “あそび” を通して理解する』。――それを身に沁みて実感しました」
「…せんせーにもしらないことってあるんだね」
「ええ。ですが、これでまた先生は一つ賢くなれました。他でもない君たちのおかげでね」
思わず体がこそばゆくなる。まさか一緒に遊んだだけでこんなにもお礼を言われるとは思ってもみなかったから。
…すると、そのむずがゆい感覚とはまた別に、からっ風がぴゅうと吹きつけ温まった私たちの体を冷まそうとする。悪戯な風がやってきた方角では、太陽が茜色に輝きながら少しずつ傾き始めていた。
「今日はみなさんと過ごせて本当に楽しかった。これなら、心にぽっかり空いた寂しさも乗り越えられそうな気がします」
「あ、そっか。たしかせんせー…せいとさんとあえてないからさびしいんだっけ。じぶんからあいにいくっていうのはダメなの?」
「ダメです」
即答。
咲希の問いに対し間髪を入れずそう答えたせんせーの表情には、一片の迷いも無かった。
「彼らは今、冬休みの宿題を解いています。こればかりは生徒たちが自分の力で答えを出さなくてはなりません。
――だから。どんなに寂しくても、先生は我慢して…彼らを信じて待ち続けるんです」
ふぅと小さく一息。一番星を見上げながら話すせんせーの表情は、とても優しかった。こんなにせんせーに信頼されている生徒さんっていうのも、なんだか気になるな…。
「変な話に付き合わせてしまってすみません。さあ、冬の日の入りは早いですから、そろそろお家へ帰りましょう」
「ええ〜、もっとあそびたいのになあ」
「もう、さきちゃんたら…」
「その気持ちはわかります。ですが、楽しい時間がすぐに終わってしまうのは仕方がありませんよ」
「はーい」
「――あの」
「?」
「またこんど、あえますか? きょうみたくわたしたちといっしょにあそんでくれますか?」
「! ……………ええ。またいつか、
「うん!」
――今となっては少し後悔している。もっとちゃんとした約束をしたり、指切りで念を押したりするべきだったな、と。
その後の「さようなら」の挨拶が、私たちが
あの日以来、不思議なせんせーとは一度も会えていない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
宮益坂女子学園 校門前。
「――っていう…懐かしい夢を見たんだ」
「おお〜! それってあの大きいせんせーのことだよね。アタシも覚えてる!」
「一歌ちゃん、もしかしてその先生のことが恋しくなっちゃったの?」
「ち、ちがうって! 純粋に優しい人だったから、もう一度会いたいなって思っただけで…」
穂波に揶揄われて、頬が茹でダコのように熱くなっていく。朝の登校時間は、人が多くて恥ずかしいから勘弁してほしい…。
「ふふ。きっとあの人今もちゃんと先生してるだろうし、またどこかで会えるよ」
「そう、だよね。…会えたらいいなあ」
夢で見た光景と実際の思い出とを頭の中でぼんやり重ね合わせていると、校門前に響く快活な挨拶にはっとする。そっか…今日の挨拶運動を担当してるの、渚先生なんだ。
「「「「おはようございます!」」」」
「おはよう、みんな。今日も一日頑張ろうね」
――間違える時もすれ違う時も沢山ある。
それでも…私たちは
『幼児期にしちゃ賢すぎない?』とか、『あのタコまんま不審者じゃねえか!』とかいうツッコミは受け付けない。