元暗殺者、宮益坂女子学園へ赴任する 作:俺っちは勝者の味方ー!
月明かりが注ぎ、夜風が大分涼しくなってきた頃。
勤務時間内に始末できなかった資料をまとめながらふと考える。クラスの生徒それぞれの成績や生活態度を記したそれは、僕が四苦八苦しながらも宮女での教員生活に勤しんできた証なのだと。
根がいい子ばかりなのもあって手を焼かされる場面は少なく、むしろそのフレンドリーな雰囲気に助けられた覚えさえする。勉強に限った話ではない。行事や指導においても、僕という人間を拒まずに受け入れてくれたみんなには本当に感謝しかない。
――ただ一つ。悩みのタネがあるとするなら、
「(朝比奈さんだよなあ…)」
…もうじきこの学園へ赴任してから三ヶ月半が経とうとしているのに、未だ核心には迫れずだ。いい加減もどかしくもなってくる。
それでも、一応収穫はあった。
先日の文化祭で宵崎さんと絵名さん、暁山さんと話す彼女の心が僅かに動いていたのを…僕は見逃さなかった。普段の波長との違いからして、あの三人が朝比奈さんにとって特別な存在であることは明白だ。きっと難しいだろうけど、彼女たちとも話を出来たらと思う。
まるで “難攻不落の要塞” みたいだと、素直に考えてしまった…。
堅実に外堀を埋めていかなければ、現状つけ入る隙は全く無い。この難題をどう攻略するべきか…頭をうんうん唸らせていると、ベッドの上に乱暴に放っておいたスマホから着信音が鳴り響く。
こんな夜遅くに誰だろう…? 疑問に思いながらも画面を覗き込む。えっと、相手は―――
「!」
意外な人物が画面に表示されていて、脳内を侵食しつつあった眠気が吹き飛んでしまった。同時に込み上げるのはなんとも言えない気まずさ。丁重かつ穏便に断っているとはいえ、
――…いや、アドバイスも貰ったりしてお世話になってるんだから、ちゃんと失礼の無いようにしないと。
そんな考えが過り、僕は緊張を抑えて静かに応答ボタンに触れた。
『やあ。久しぶりだね、渚くん。こんな夜分遅くに電話をかけてすまない』
「いえ、お気になさらず。
浅野學峯。かつての殺せんせーの
彼から話を持ちかけられる時は大抵が私塾への
―――だが。今この
◆◇◆◇◆◇◆◇
後日 ファミリーレストラン。
「わざわざシブヤまで来て頂いてありがとうございます、浅野先生」
「なに…私から頼んだことだ。折角承諾してくれた君に苦労をかけさせるのは申し訳が立たない」
「申し訳なんて、そんなことありませんよ」
僕がにこやかに微笑み返せば、浅野先生もふっと落ち着いた笑みを見せてくれる。僕たち二人を囲う空気はいつもより平和なものだった。
…それもそのはず。今日は単なる食事会をしに来ただけで僕を塾講師として迎え入れるためのお誘いではない。思わぬ内容に少し拍子抜けしたけど、それでも断る理由は無かったから僕はそれを快諾――今に至るというわけだ。
「それにしても浅野先生から相談なんて珍しいですね。てっきりフェイントで勧誘してくるものかと思ってました」
「………私がそこまで信用ならないのかい?」
「中学三年の時はいろいろと
「はは。君も随分と口が達者になったようだ」
「…す、すみません」
「いや、謝罪は不要さ。むしろ変に畏って話されるより気分がいい。私の
「(うん…そういうところが原因だと思う)」
未だに支配者らしい思考を残してるけど、
「さて。早速本題に入りたいところだが……」
「?」
「まずは食事がてら渚先生の近況報告を聞いてみようかな。散々私からの
全く…この先生には敵いっこない。拒否権は認めないと言わんばかりの不敵な笑みに対して、僕は内心呆れつつも了承の意を示すことしかできなかった。人ってやっぱり、根っこの部分は変わらないのかな。
ちなみに全く関係はないけど、こういったチェーンストアで食事をする機会が少ないからか…注文したデミグラスハンバーグに舌鼓を打つ浅野先生の姿は意外にも可愛らしかった。
☆
30分後。
「なるほど。同学園の生徒のツテで、他校の生徒とも幾ばくか交流する機会に恵まれたと」
「は、はい…」
まずい。いらんとこまで話しすぎたかもしれない…。つい口を滑らせて、小豆沢さんや鳳さんたちと
変な思惑がないとはいえ『教師としての自覚が足りない』とか言われてしまったらどうしよう……。僕は返答が怖くてただただ縮こまっていた。すると、
「ふむ。本来は強く注意喚起をして然るべきだが…」
「…っ!」ビクッ
「君の献身的な姿勢は、極楽高校で教鞭を振るっていた頃となんら変わりない。校外でその生徒たちと出会った時もほとんど無意識に教師としての本能が働いたと見える。決して意図したものではないようだし、私からは何も咎めないよ」
「…え?」
まさかの言葉に、拍子抜けを通り越して僕は固まった。鋭すぎる正論と共に凍てつくような視線も喰らう覚悟を決めていたのに、まさかのお咎め無しだなんて…。
「私は君の
「!」
「まあただ、私とて一介のベテラン教師だ。一つ忠告はしておこう。
…『過ぎた善意は己の身を滅ぼしかねない』――生徒の力になろうと努力する。大いに結構。…だが、人は己の技量と器に見合った仕事量しかこなせないことも忘れないように」
「………はい」
「素直でよろしい」
そう言うと浅野先生は少し満足げに笑みを溢した。その
彼からもらった言葉を強く噛み締めていると、ソフトドリンクを飲んで唇と喉を潤わせた先生が再び僕に向き直った。
「さあ、ここからが本題だ。余計な前置きは無しにして…君に率直に聞くとしよう」
いよいよか…。僕は固唾を飲み込む。
店内の喧騒が聞き取れなくなるくらい意識を研ぎ澄ませて、次の言葉を待った。
「
その口振りは
「――はい。僕が担任を務めるクラスの生徒です」
「では、君から見て朝比奈さんはどういう生徒なのか…教えてくれるかな?」
続け様に問いを投げかけられるが、僕は少しも怯まなかった。良いところも悪いところも…それらを全て引っくるめた生徒の個性を分からずして、教師なんて名乗れるわけがないと。
「彼女――朝比奈さんは、他人を思いやることができる優しい生徒だと思っています。勉学や部活動での大会においても非常に優秀な成績を収めていますし、ほとんど非の打ち所がありません。
……一方で、彼女は常に
なので、その問題さえ乗り越えられれば彼女のさらなる健全な成長が見込めるはずだと、僕は確信しています」
「………」
僕がそう言い終えると、浅野先生は熟考するために押し黙った。…正直このタイミングで場が静寂に包まれるのは心臓に悪い。
さては僕が抱いている朝比奈さんへの印象が気に食わなかったのではないか…。なんて心配をし始めたところで、
「うん。君の正直な意見に感謝する。私も…彼女は見捨てるには惜しい生徒だと思っているよ」
…よくわからないけど、どうやら共感してもらえたようだ。肩の力が抜けてしまい思わず姿勢を崩しそうになる。
それに加えて今は区切りがいい。先ほど浮上しかけた疑問について思いきって尋ねてみた。
「あの…浅野先生、あなたが朝比奈さんを知っている理由は一体?」
「? ――ああ、そういえば話していなかったね。彼女は我が浅野塾の生徒の一人なんだ。君が驚くのも無理はない」
「は、はあ……
――――え゛っ!?」
初耳なんだけど!? 条件反射でそうツッコミそうになるのを必死に抑えたら、代わりに変な声が出てしまった。
「ちなみに…いつ頃から塾へ通ってるんです?」
「新学期が始まるより前、春休みの半ばに入塾してきたよ」
「僕の赴任とほとんど同じ時期!? し、知らなかったぁ…」
それなら浅野先生が僕と朝比奈さんの関係性を知っているのも納得だ。朝比奈さんが僕の情報をぽろっとこぼしてしまったか、浅野先生が彼女から巧みに聞き出したかの二択になるけど、これ以上踏み込んでも今さら意味が無い気がしたので諦める。
「――――何度も驚かせておいてなんだが、まだこの
「っ…」
刹那、浅野先生の視線の鋭さが増した。
…今度はそれに嫌悪らしき感情が込められており、睨みを効かせるだけで人を殺せてしまいそうだ。だから僕も、激しすぎる温度差に僅かに翻弄されつつも至って真剣な態度を取ることで彼の言葉に応えた。
すると、固く閉ざした口を重々しく開いて浅野先生は語り出す。
「朝比奈さんが抱える『心の問題』…その
「いえ、見当は付いてるんですけど、実はわからなくて……
――――っ! まさか…!」
「ああ。君の見立て通り、
皆まで言わずとも気付いた。そうでなければ…わざわざこんな回りくどい言い方はしないだろうと。
しかし、この食い付きっぷりは想定の範囲内だったのか、答えを急かす僕を宥めるように先生は続ける。
「ふむ。すぐに教えてもいいのだが、君が立てた予想というのも気になるね。ここは一つ、 “答え合わせ” といこうじゃないか」
「ええ……?」
悲しいかな、この人が何をしたいのか嫌でも想像できてしまった…。
この期に及んで僕を
…それにもう視線が「早く喋れ」って訴えかけてるんだもん。最早新手のパワハラである。―――いやまあ、ちゃんと話すけども。
「…あくまで推測の域を出ませんが、朝比奈さんを苦しめる原因は
「ほう」
生徒から聞き出した…朝比奈さんの優等生ムーブが定着し始めたおおよその時期、友達と過ごす中で(僅かながらも)時折本当の笑顔を浮かべる事実、そして…ご家庭の話題を上げた時必ずといっていいほど激しく乱れる波長。
「――それら全ての情報から考えた末に辿り着いたのは、
沈黙。
また微妙に居た堪れない雰囲気になるのかと思われたが、浅野先生がくつくつと笑い出したことで早くも静寂は破られる。
「くっ、ふふふふ…。いやあ、私の想像していた以上だ。やはり君という教師は実に素晴らしい」
「と、いうことは――」
「君の推測は的を射ている。
………そう、朝比奈まふゆの心を束縛しているのは他でもない彼女の
そう言うと浅野先生の表情は再び険しくなった。対する僕も、きっと同じ
……そこに大きな驚きはなかった。心のどこかでは『どうか間違いであってくれ』と望んでいながら、これこそ決定的な見解であると確信していたから。
とは言え、決してショックを受けなかったわけではない。僅かな希望が完全に潰えてしまったこの絶望感もひとしおだ。
「さあ。これでようやく、今後の方針について話し合えるね」
「今後の方針?」
「いかにも、今日の相談の肝がそれだ」
いわゆる作戦会議のようなものなのだろう。このまま朝比奈さんを苦しみの沼に放置させ続けるか、あるいは現状から脱出させるべきかを決めるための。
「……あの、朝比奈さんのお母様がどういう人物なのか知らないのでそろそろ教えてもらってもいいですか?」
流石に何の情報も無くては戦略なんて立てようがない。
「…厳しい現実を突きつけてしまうが、君が知っておくに越したことはないな。わかった、話そう」
…と、浅野先生の目が据わった途端、今日一番のおっかない表情へと様変わりした。
「
「ヒエッ…」
腹の中でぐつぐつと煮込まれた怒りや絶対に相容れないと言わんばかりの嫌悪を少しも隠そうとせず、彼は言った。相当鬱憤が溜まっていたのだろう…未だ興奮冷めやらぬという状態だ。
「入塾の面接時、朝比奈さんも交えて小一時間ほど話をしたんだ。彼女は既に予備校に通っていたそうだが、塾と掛け持ちするにあたり至極真っ当な理由を提示されたので私も特に口は挟まなかった。
――だが、話せば話すほど…母親の異常性が浮き彫りになってきてね。『自分と娘はまさに以心伝心である』と公言した上で、一方的に話を続けたのさ。朝比奈さんが意見する猶予も与えず」
「……」
「口では
同じ子持ちの親である私からすれば、彼女は教育者としても母親としても三流以下。最底辺に位置する存在だと断言していい」
…僕は怒涛の罵倒ラッシュにただただ圧倒されるばかりだった。話を聞く限り擁護できる点が一つも見受けられず、どのように意見すればいいのかも正直わからない。
そんな僕の戸惑いを知ってか知らずか、浅野先生はさらなる爆弾を投下する。
「……最悪証拠が揃い次第、私はこれを児相に掛け合っていいものと捉えている」
「え?」
「これは児童虐待の根源にあたる
「それは、そうですけど…」
果たしてそれが
結果的に朝比奈さんが母親の呪縛から解き放たれたとしても、彼女を真に救えたことになるのか?
疑問は尽きない…。自分が望む未来が見えない…。でなければ、彼女の力になる方法さえも思いつかない…。
…
――そうだ、簡単なことじゃないか。
「浅野先生」
「なんだい?」
「朝比奈さんの件は、僕に全面的に任せてくれませんか」
「………理由を聞こう」
「はい。僕は――
朝比奈さんのお母様が自身の過ちを自覚し、朝比奈さんと正面から向き合うことが最も大切ですが…それだけでは足りません。
だから、お母様を悪と決めつけたりどちらか一方に変化を強要したりするのではなく、
……まだ浅野先生のように具体的な解決策も豊富な経験も持ち合わせていませんが、どうか…僕にやらせてください」
これが今の自分にできる精一杯だった。
叶うはずのない夢物語だと揶揄されてもいい。せめて少しでも彼の心に響いてくれれば、それで――
「顔を上げなさい、渚くん」
「…」
黙って顔を上げるも、なかなか浅野先生の顔を直視できない…。僕は無意識に返答を恐れていた。
けれど、
「――――君の意志はしかと受け止めた。茨の道へと進むその覚悟も。
確かに理想論ではあるが、決して実現が不可能なわけでもない。私にできることがあればいつでも協力するよ」
返ってきたのはなんと肯定の意を示す言葉だった。加えて、こんな中身の無いすかすかな方針に協力までしてくれると言う。
彼らしからぬ意外な答えをにわかに信じられない僕は、思わず問い質した。
「どうして僕と協力を…?」
「単純なことさ。朝比奈さんをより『強い生徒』に育てるには君が考える方針が最も適切であると、そう判断したに過ぎない。
それに…私は生徒を強くするのに長けてはいるが、生徒や保護者の心に寄り添うのは少々不得手なのでね。そこは渚くんに任せるとしよう」
苦手とか言ってるけど、あなたも大概やり手でしょうに…。
「何より――」
「?」
「君の真っ直ぐな眼差しが、
「! …いいえ。僕にとっては勿体ないお言葉です」
「ふふふ。期待しているよ」
「はい。ありがとうございます、浅野先生」
―――この日、初めて僕はスタートラインに立つことができた。
例え道のりが遠く険しくとも…一度決めたことは最後まで貫き通すし、絶対に諦めたりしない。朝比奈さんが本当の笑顔を取り戻すまでは―――
◆◇◆◇◆◇◆◇
センター街。
「(いつもより人、多いな…)」
絵名も瑞希も、同じファミリーレストランばかり行っていて飽きないのだろうか。私にはよくわからない。
「奏、平気?」
「うん、まふゆが引っ張ってくれてるからなんとか…」
ちょっと目を離すとすぐ人混みに揉まれてしまいそうな奏を気にしながら進んでいく。
…すると、前方への注意が散漫になった瞬間、私は通りの角から現れた人影を避けきれずぶつかってしまった。
「きゃっ」
「おっと。これは失礼…………おや? 君は――」
ぶつかった人と目と目が合い、そこでようやく気が付いた。格好や髪型こそ違っているけど、この切れ長で何を考えているのかが読めない目は…間違いない。
「あ、浅野先生っ…!」
「こんにちは、朝比奈さん。今日はご友人と一緒にどこかへお出かけかな?」
っ……ダメだ。私が奏たちと一緒にいるのを、よりにもよってこの人に見られるなんて。これじゃいつお母さんに報告されてもおかしくない…。そんな可能性を考えた途端、急に頭が真っ白になった。
「やあ。はじめまして、こんにちは。私は、朝比奈さんが通う塾の塾長を務めている…浅野學峯です。どうぞよろしく」
「「「ど、どうも」」」
――――え?…
「せん、せい」
「? どうしたんだい、朝比奈さん? 何より顔色が優れないようだが」
「なにも……言わないんですか」
もう質問がめちゃくちゃだった。けれど、要領を得ない…ただ単語を並べただけの片言にも関わらず、浅野先生は懇切丁寧に答えてくれた。
「――当然だよ。私が朝比奈さんの友人関係に口を挟む権利は無いからね」
「あの、お母さんには…」
「まさか。絶対に告げ口をするわけがない」
…とは言うものの、目を見ただけでは本心かどうかもわからず結局半信半疑のままだ…。奏たちとの関係を断ち切られるかもしれない恐怖に苛まれ、顔を少しだけ俯けていると、
「私にもついに強力な助っ人ができたのでね…これからは出し惜しみしないでいかせてもらうよ」
耳元で静かに、そう囁かれた。疑問に思って顔を上げるも、既に浅野先生は「さようなら、みなさん。良い休日を」と台詞を残して去ってしまっていた。
彼の後ろ姿が見えなくなるまで見届けてから、ふと考える。
「(もう……潮田先生も浅野先生も私の心を掻き乱してばっかりで、本当になんなのっ…!)」
この行き場のない感情は打ち上げの会場に着いてもなお収まることはなかった。それをみんなに相談したら、なぜか生暖かい視線を送られたし……本当に、今日はわからないことだらけでうんざりだ。
毎日巡回してる読者もいるくらいだし、投稿頑張ります。感想がいっぱい届いたらさらにやる気が上がると思う(多分)