元暗殺者、宮益坂女子学園へ赴任する 作:俺っちは勝者の味方ー!
進学校なだけあって、宮女の学力レベルは高水準だ。
前の学校と同じように…殺せんせーの授業から着想を得た僕なりの教え方が果たしてここでも通用するのかと不安を感じていたけれど、存外これが功を奏している。
例を挙げるなら、勉強が苦手だという子はその問題を解けない理由を自力で解き明かしたり、元々勉強のできる子は得意な科目をさらに伸ばすきっかけを掴めるようになったり、などなど…僕の授業は多くの生徒に様々な影響を与えられた。
それも嬉しく思うけど、僕が個人的に注目しているのは実は平均的な成績の生徒たちだったりする。授業を通して、自分の足りない要素をどのように補って本番に活かしてくれるのかが楽しみだからね。
最近は僕の元へ質問しにきてくれる子も多くなった。小テストの作成やら授業の要点の網羅やらと併せて質問に答えるので忙しくはあるが、それよりも楽しい気持ちの方が勝るので一切苦には感じていない。
一つ不満を挙げるとするなら……
「失礼します、なぎちゃん先生!この構文の解き方のコツを教えてください!」
…僕は男性として見做されていないのかもしれない。お互いの緊張を早くほぐすためにと生徒との交流を図りまくっていたら、いつの間にかこの頼れる友人的な距離感が成り立っていた。こと放課後個別に訪れる生徒はラフというか、フレンドリーである。
「こら。その呼び方はやめるようにって言ったはずだよ、天馬さん」
「えへへ、ついうっかり。ごめんなさい〜」
その代表とも言えるのが1年C組の天馬 咲希さん。二日に一度の頻度で職員室に顔を出してくれる彼女の目標は『テストで満点を取る』ことだ。それを実現させるために熱心に勉強に打ち込む姿を見ていると、嬉しさの余り込み上げてくるものがある。
何より、生徒のやる気に全力で応えるのが教師の役目。だから、
「今日もみっちり教えていくよ。君がテストで満点を取れるよう応援してるけど、僕も手を抜くつもりは一切ないからそのつもりでね」
「はい!よろしくお願いします、なぎちゃん先生!」
うう…僕の教師としての尊厳、どこ……?
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ、あれ?この問5の語順、どう並び替えるのが正解だっけ?」
「この問題は“ 動詞+副詞 ”で作られた熟語がポイントだね。目的語が代名詞のときだけ使えるルールを思い出してみて」
「う〜んと………そうだ、わかった!これ、代名詞はサンドイッチにしなきゃいけないんだった!」
「ふふふ。そうそう」
☆
「天馬さん。その古文と世界史の教科書…」
「あ。これですか?なぎちゃん先生以外にも質問しにいきたい教科の先生がいるので、それ用に持ってきてるんです」
「へえ。一教科だけの勉強に満足しないなんてすごく熱心なんだね」
「いや〜、そんなことありませんよ」
「……」
「先生?」
「努力家な天馬さんに一つ提案。君さえ良ければ、僕がその教科の中でわからないところ…教えてあげようか?」
「え……えええ〜!?」
☆
「ーーーーーーはい。よく頑張ったね、お疲れ様」
「す、すごい。先生、英語以外も教えるの上手すぎるよ…」
僕と天馬さんによるマンツーマンの個別指導が終わる頃にはすっかりお天道様の顔は見えなくなっていた。相当気合いを入れていたのだろう、天馬さんの表情には疲労の気色が浮かんでいる。手を抜くつもりはないとは言ったけど、休憩も無しにほとんどぶっ通しで勉強をするのは些かハードすぎたのかもしれない。
…うん。今英語科の職員室には僕しかいないし、もう少しだらけさせてもバチは当たらないよね。
「天馬さん、勉強してる時すごく楽しそうな
「あはは。わかっちゃいます?」
素直で人懐こい笑顔が魅力の天馬さん。この一週間でもっといい笑顔をするようになった彼女の近況について聞いてみたいと思った。
そんな僕から振られた話題に、幸せな感情を噛み締めるように天馬さんは話してくれた。曰く、長らく疎遠だった幼馴染と復縁し、かつてのような親しい仲に戻れたこと…『普通』の学生らしく、勉強や部活やバイトを頑張れることがとても嬉しかったんだと。
「また昔みたいにいっちゃんたちとバンドを組んだんです。ブランクもあってまだまだ下手っぴだけど、私たちの想いが誰かの心に響くような演奏ができたらいいなって」
「……すごい、素敵な夢だ。君の目が輝いて見えたのは僕の勘違いなんかじゃなかったみたい」
僕が褒めちぎると天馬さんは「えっへん!」と自慢げに胸を張った。高校生活がスタートして間も無く…大なり小なり抱えているであろう不安をものともせず夢に向かって一直線に突き進む彼女は、教師という役柄に関係なく応援したくなる。
「でも…目標に向けて頑張る努力と同じくらい、天馬さんには自分の体を大切にして欲しいな」
「えっ?」
「親から貰った、たった一つしかない贈り物だからね」
僕の突然の独白に天馬さんは思わず呆けているけど、それでも僕は自分の胸中を語ることを止めない。
遠く彼方で羨望の眼差しを向けるだけだった憧れが、今では天馬さんの手の届くところに五万と並んでいる上に、彼女にはその青春を存分に謳歌する義務がある。成功や楽しいことばかりでなく、その中で多少の羽目を外してしまうのも失敗や挫折に苦い思いをするのも、きっと大事な経験の一つとして刻み込まれるはずだ。
しかし、全ては心身共に健やかであってこそ真に意義のあるものになるのだと、僕はそう考える。
「色々なことにチャレンジしてみたい気持ちはよく分かる。けれど、焦り過ぎる必要はない。頑張る時には精いっぱい頑張って、時にはゆっくりと…自分のペースで歩くことも大切なんだよ」
「自分のペースで、ですか?」
「うん。それとも…その幼馴染は君が立ち止まってしまった時、落ち込んでいる時に、君を置いていってしまうような子たちなのかい?」
「! そんなことありません!しほちゃんの練習はちょっと厳しいけど、こまめにアタシの体調を気遣ってくれるし、いっちゃんやほなちゃんだって…みんなすっごく、すっ〜〜ごく優しいです!」
「…ふふ。自信を持ってそう言えるなら、きっと何も心配はいらないんじゃないかな。天馬さん」
「あ〜!!今のもしかしてわざとなの!?
もう!なぎちゃん先生の意地悪〜!」
頬を膨らませながら怒っている天馬さんの声色は、要所要所にわざとらしさが混ざっていて不自然だ。多分、照れ隠しなのかな。
それからやいのやいのと騒ぐ彼女の様子はなんとも微笑ましかったが、本人が徐々に落ち着きを取り戻し始めると、僕にこんなことをお願いしてきた。
「じゃあ、明日の放課後アタシたちのバンド練習見に来てよ。アタシといっちゃんとほなちゃんとしほちゃんの本物の『絆』、先生に証明してあげる!」
「へえ?…楽しみにしてていいんだね?」
「もっちろん!」
僕自身、世辞にも音楽への造詣が深いとは言えないし、彼女たちに専門的なアドバイスをかけてあげることはおそらく不可能だ。
けれど、
受けて立とう。そして、受け止めよう。天馬さんたちの本気の努力の結晶を。
殺せんせーが命を懸けて、僕たちにそうしてくれたように。せんせーの教え子として恥じない教師でいたいから。
そして後日…僕が天馬さんたち幼馴染組で結成されたバンド、Leo/needの演奏に思わず涙ぐむことになるのはまた別の話。
渚が諭せば、どんな綺麗事も綺麗事じゃなくなる説。