私はしがない村娘、名前など覚えてもらう必要はありませんでしてよ。あいえ、しがないとはいっても一応村長の娘ではあるのですが……如何せん斯様な村ではその肩書に意味など毛ほどもありませんので。
そんな私には幼馴染が一人いました。ああ、昔はもっといたらしいのですが、物心ついたころには彼一人だけしか生き残っていませんでしたので。
彼はとても軟弱な男でした。常に泣き言*1を吐き、妄言*2を垂れ流す、とても軟派な男。そのくせ私のような乙女には大層気が強く、よく私を「胸が貧弱」とからかってくるので折檻してやるのが通例となっていました。私はこんなにもか弱いというのに、それに簡単に打ち負ける彼の何と軟弱なことか!あの頃の私は、なぜ彼が死んでいった同胞を差し置いて生き残れたのか常に疑問に思っていました。
その疑問が晴れたのは、それから少し後のこと。
我が村は塩の神に呪われているというのが父の口癖でした。それは実際その通りで、私の村では地を掘れば塩が湧き、井戸水は常に塩味といった有様。ハッキリ申しまして人間の暮らす土地ではありません。そこにあえて暮らし続けるのにはそれはもう禄でもない経緯がありまして……まあそれは置いておいてですね。そのような厳しい土地では子供であろうと大事な大事な労働力なのですが、幼馴染の彼は度々藻刈り*3をサボって何処かに行っているようなのです。それも私がそのことに気が付くよりもずっと前からのようでした。
不審に思った私は、こっそりと彼の後を付けてみることにしたのです。
その先で私を待っていたのは、手のひらから水を出してはしゃぐ幼馴染と、それを見てはしゃぐ怪しげなオッサンの姿だったのです!
いやオッサン誰だよお前。
そんな疑問はともかく、幼馴染の行使する謎パワー。もしかしなくともボンクラファーザーから知らされていた魔法なるものでは?先の戦争で王国最大の山脈を消し去った*4という、あの!?魔法使い!?
なるほど、精神面が軟弱でひ弱な彼でも、魔法が使えるとなれば話が別でしょう。そこらへんに沢山いる魔物を狩って腹を満たすことも容易なはずです。どうりであんな男が今まで生き残ってこれたわけです。なるほど合点がいきました。
となると彼の傍らで幼子のごとく目を輝かせながら「スゴイぞー!!」「カッコイイぞー!!」とはしゃぐオッサンが彼の魔法の師なのでしょうか。魔法を平民に教えた者は一族郎党皆殺しと聞いたことがあるのですが、何と奇特な人なのでしょう。
私は彼と番うことにしました。
そうすればこのクソみたいな村の状況を、彼の魔法で少しでもマシなように出来るのではないかという算段があったからです。
そのために私は彼が魔法を使える事実を父に告げ口し、彼を一族に迎え入れることのメリットをこんこんと言って聞かせました。数時間言い聞かせると、父は「わかった、もう好きにしてよ」と足を小鹿のように震わせて言ってくださいました。やはり対話はしてみるものですね。
そして彼に私と結婚してもらう旨を父より伝えてもらって、晴れて私たちは婚約関係になりました。
まあ、ここまで頑張らなくてもこの村には私と同年代が彼の他いなかったので、自動的に彼と結婚することになっていたのでしょうが……万が一ということもあるので。私は心配性なのです。
それからは彼が私と結婚することに対して納得感を持ってもらうため、もう色仕掛けしまくりました。あんなに「貧乳」と騒いでいた彼も、実際に私の胸を揉ませたら瞬殺でした。うわっ……私の夫、チョロすぎ……?実際チョロくて少々心配になりましたが、まあ他に手ごろな女性もいないですし浮気の心配はいらないでしょう。
これはもう勝ち確でしょ。
……などと慢心しておりましたが、結婚してみると全然そんなことがなかったと判明。
なんと期待していたほど彼の魔法が役に立ちそうになかったのです。火起こしには便利だったのですが、土壌改善にはまるで役に立ちませんでした。「俺ってチャッカマン程度の価値しかないの……?」などと意味不明な言葉を吐いて意気消沈する夫。彼の尻を蹴り飛ばして「使えねぇな!」と叫んでやりたい気持ちをぐっとこらえながら、「魔法で作物を成長させられないの?」と聞いてみます。私は良妻賢母を目指していますので、暴力はなるべく振るわない方針なのです。すると彼は「無理かな」との答え。
「チッ」
おっと失礼。舌打ちをしてしまいました。
私の舌打ちに気分を害したのか、「お前と結婚してなきゃ俺は今頃、王都で冒険者してたんだよ!」などと喚き散らしてきました。冒険者ってなんなのでしょうか、聞いたこともないのですが。まあいつもの妄言でしょうと彼を文字通り一蹴してやって、「男のくせに弱音を吐くな」と忠告しておきます。あなたがそうではこれから生まれる私たちの子供はどうなるのですか。まったく父親としての自覚をもっと持ってもらいたいものです。
あ、今おなか蹴ったかな。