【第1章完】スキル【編集】を駆使して異世界の方々に小説家になってもらおう!   作:阿弥陀乃トンマージ

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第2話(1)体を張った取材

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「ふう……」

 

 私は今、街からかなり離れた場所の荒野にいる。スーツ姿で。砂埃が激しく舞っている。そんな中に私はいる。スーツ姿で。何故そんなことをしているのかというと……。

 

「……モギ君」

 

「……モリです」

 

「ああ、失敬。しかし、今はそんなことはどうでもいい」

 

「どうでもいいって……」

 

 この失敬なことを宣う、白髪頭の老人はクレイ先生という方で、かなり名の知られた画家だ。先生の描く絵には大変ファンが多く、発売する画集はいつもベストセラーだ。

 

 それがこの度、我がカクヤマ書房から画集を出版するということになった。何故にしてマイナー出版社の我が社が、人気画家のクレイ先生と仕事が出来ることになったのか。

 

「……見たまえ」

 

「!」

 

 大きな岩の陰に隠れながら、クレイ先生はあるものを指し示す。その指し示した先には、巨大な灰色の狼が歩いていた。あれが噂に聞く、伝説級のモンスターか。こうして距離をとっているだけでも、物凄い迫力に呑まれてしまいそうだ。

 

 私は恐怖で震える両足を両手で抑えつけ、その狼へ視線を戻す。幸いにもこちらには気が付いていないようだ。砂埃が強いということも影響しているのだろうか。こちらの臭いがうまいことまぎれてしまっているのかもしれない。

 

「これは幸運だよ、モズ君」

 

「……モリです」

 

「ああ、失敬、しかし、そんなことはささいなことだ」

 

「ささいなことって……」

 

「見たまえ」

 

「見ております」

 

「あの威容、その辺の野良狼には百年、いや、千年かけても醸し出せないだろうね」

 

「そこまでですか」

 

「ああ」

 

「そのようなモンスターにここまで接近出来るというのは大変幸運ですね」

 

「……」

 

「ああ、もちろん、先生の長年にわたる研究結果が実を結んだということですが……」

 

「…………」

 

「あとは先生、この辺りを拠点とし、あの伝説級のモンスターをキャンバスに存分に描いて頂きたいと思っております……」

 

「……足りないんだよねえ」

 

 私は嫌な予感をしながら振り返る。

 

「はい?」

 

「なんかこう……違うんだよねえ……」

 

「ち、違うというのは……?」

 

「イメージとは程遠いのだよ」

 

 嫌な予感は確信に変わりつつあったが、私は尋ねるしかなかった。

 

「先生の思い描くイメージとは?」

 

「良い質問だ、モロ君」

 

「……モリです」

 

「ああ、失敬……君、脚の速さには自信があるかい?」

 

「ひ、人並み程度かと」

 

「決まりだ」

 

 いや、なにが決まりなんだよ、これから嫌なイメージだけが脳内を支配しているぞ。どうしてくれるんだよとかなんとか思っている内に……。

 

「うわあああ!」

 

「シャアア!」

 

 私に課せられた任務はこの巨大狼に出来る限り接近し、ちょっとばかり挑発し、巣から引きずり出すということだ。引きずり出した後? 全力で逃げ回る、スーツ姿で。

 

「いやあああ!」

 

「シャアアア!」

 

 狼の唸り声を背中に受けながら私は必死で逃げ回った。頭上からクレイ先生の喜ぶ声が聞こえてくる。

 

「これだよ、これ! 私が追い求めていたものは! モンスターというのは捕食対象を追いかけているときの姿が一番美しい! そうは思わんかね、モネ君!」

 

「モリです!」

 

 名前を訂正しながら、私は全速力で走る。なるほど、こういう取材姿勢だったわけだ。そりゃあ大手も中堅も敬遠するわけだ。これでは命がいくつあっても足りない。

 

 もう少しで追いつかれるというところで、念の為に雇っていた青年二人の放った弓が巨大狼の両脚を射抜いた。狼の私を追撃する足は大分鈍り、私はなんとか逃げおおせた。九死に一生を得るとはまさにこのことだろう。

 

「……うむ」

 

 私は先生の下に戻る。先生はキャンバスを眺めながら満足気に頷いていた。納得のいく一枚が描けたということだろうか。それなら私の苦労も報われるというものだ。

 

「クレイ先生」

 

「おっ、君か、よく無事だったな」

 

「ええ、なんとか……」

 

「君の奮闘のお陰で良い絵が描けたよ」

 

「本当ですか?」

 

「ああ、見てみなさい」

 

 先生がキャンバスを指し示す。そこには巨大な灰色狼が全身を躍動させながら、獲物――スーツ姿の私――を追いかける獰猛な様子が生き生きと描き出されていた。私は感動のあまり、疲れもどこかに吹き飛んでしまった。

 

「これが先生の描く、かの伝説級のモンスター、『フェンリル』ですね?」

 

「いや、違うよ?」

 

「え?」

 

「これはフェンリルの亜種、フェイクリルだよ」

 

「フェ、フェイクリル?」

 

「毛色と言い、よく似ているのだけど、大きさが全然違う」

 

「は、はあ……」

 

 私は全身から力が抜けていくのをはっきりと感じる。

 

「とはいえ、この『フェイク』シリーズ、上々のスタートが切れたね」

 

「ちょっと待って下さい……」

 

「うん?」

 

「フェイクシリーズとはどういうことでしょうか?」

 

「伝説級のモンスター……によく似たモンスターを描くシリーズさ」

 

「伝説級のモンスターを描いていただけるという話では⁉」

 

「伝説級のモンスターはこの辺では滅多に遭遇しないからねえ……遠征に出る必要がある。その為には……もうちょっと取材費がないと」

 

 クレイ先生は言い辛そうにこちらを見る。詳細をしっかり詰めなかった私のミスだ。いや、そもそも遠征隊を組織するような資金を我が社が工面出来るはずもない。死ぬ思いをして走ってこれか……私は思わず天を仰いだ。

 

「ああ……」

 

「空を見ているのかい? そうだ、空と言えば、この辺にもあの怪鳥のフェイクが……」

 

「先生、それはまた後日……」

 

 結果として、クソジジイもとい、クレイ先生の画集は発売された。我が社にとっては久々の大ヒット作だ。編集長も喜んでいる。早速第二弾という話が出てきたが、私は上手いことはぐらかした。あれでは命がいくつあっても足りない。それに私が主に任されているのは、小説でヒット作を出すことだ。こちらに専念したい。今日も若い女性との打ち合わせだ――下心がないといえば、嘘になるが――獰猛な狼よりはこちらのお相手の方が遥かにマシだ。

 

「こんちはーっす‼」

 

「⁉」

 

 狼の耳を生やした褐色の女性が入ってきたので、私は反射的に机の下に潜った。

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