シキは、ただただ狩りに勤しんだ
ランクが上がったこともあり、タマミツネ、ディアブロス、リオレウスなど強力なマスターランクのモンスターを次々と捕獲していった
装備作製も順調だ。武器はハンター就任祝いに師匠から授かった“鉄刀Ⅰ”を順当に強化した愛刀“夜刀【尖影】改”、防具は『レウスX』シリーズを中心に『ウツシ裏【御面】真』や『ホークグラブ』などを組み合わせていく
防具ごとによって得られる力(テッカはスキルとよく呼んでいた)は使う武器ごとに選別する事で、よりスムーズに狩りを行えるようになると師匠は言っていたが、本当にそれをよく実感出来る。特に“翔蟲使い”や“納刀術”は、教わった太刀の戦い方に必須なほど強い影響を及ぼす
多くのハンターは1種類の防具シリーズを着込む事が殆どだ。装備がバラバラのハンターだって、その理由は装備一式の素材を集め切れるほどの実力がないからだ。無論、それが悪いわけではない。強いて言うならば比べる対象が悪い
何故なら、テッカと同じ考えに到れるレベルのハンターは、それこそ歴史に名を大きく残すような…人々から「英雄」と崇めたてられる、上澄み中も上澄みの実力者のみなのだから
しかし、そんな領域に1歩踏み入れているシキでも苦戦するようなモンスターも当然存在する
例えば、タドリ発見の報告を聞き、しかし発見場所の“密林”近辺で見つけた“電竜ライゼクス”。このモンスターは火竜並みの飛行能力を持ちながら火竜以上に縄張り意識が強く、非常に獰猛な性格をしている。さらに体に強烈な電撃を蓄積していく能力があり、とりわけ「電荷状態」になってしまえば、元からある苛烈さは手がつけられないものになる
他には“千刃竜セルレギオス”。昔は樹海の奥地にしか生息しないため目撃例が少なかったが、“セルレギオス事変”と呼ばれる事件をキッカケに生息域が拡大に広がったモンスターだ。こちらもリオレウスと同等の飛行が出来て、相手をその強靭な脚力で蹴り砕き、鋭利な『閃裂爪』で切り裂く。何より全身の『刃鱗』を逆立たせる事で、セルレギオスそのものが激しく動き回る凶器に変貌するのだからたまったものではない。鱗を飛ばすことで遠距離にも対応出来る
どのモンスターも初めて戦うこともあり手強かったが、フィオレーネの助力もあり、なんとかこれらのクエストもクリアする事が出来たのだった
そして、“オロミドロ亜種”を捕獲した翌日……
「…材料がない?」
フィオレーネの疑問に、和装に薬草などが詰まった籠を背負う、眼鏡をかけた知的な雰囲気の竜人族“タドリ”が答える
「ええ…バハリ達がキュリアの毒のデータを、事前に事細かに調べていてくれたおかげで、想像以上に早く薬の案は完成しました」
「ま、まだ3日も経ってないのに…」
「流石だな、タドリ殿。しかし、その話をわざわざ私とシキ殿を呼んで話すということは…」
「お察しの通り、その材料ってのはモンスターの素材だよ」
バハリが繋げるように言うと、タドリが固い面持ちでその名を口にする
「その必要な素材というのが…“
「何…!?エスピナスだとっ!」
驚愕するフィオレーネの様子に、「最近知らないモンスターの名前ばかり聞くなぁ」とちょっと呑気なことを考えていたシキが質問する
「そのエスピナスって…?」
「…樹海や密林みたいな草木の生い茂った場所を根城とする飛竜種だよ。“棘竜”の名の通り、全身の至る所に棘があって、しかもそこから危険な毒も滲み出ている」
「別名『禁忌の邪毒』…しかしその毒を使えば、キュリアの厄介な毒を中和する事が可能なのです」
「だが、あのエスピナスを狩れというのか…」
苦虫を噛み潰したような顔をする彼女の顔に、シキは思わず口にする
「強いのか?」
「強いのもそうだが、生命力が異様に高くタフなのだ。おまけに異常に硬い。かつて王子は1人でエスピナスを狩りに行った事があるのだが…あまりに凶暴でキャンプに逃げることも出来なかったらしく、三日三晩戦い続けてようやく討伐し切れたらしい」
「みっ!?」
テッカの狩りに関わる才能は、多くのハンターを見てきたギルドの人間からしても稀代の才能と言われるほどのものだ。その彼が、まだ子供だったとはいえ三日三晩戦い続けてようやく殺し切れるなど、まるで古龍に匹敵する生命力を持ったモンスターじゃないかとシキは思った
(思えば……王子がモンスターを討伐ではなく捕獲することに拘るようになったのは、エスピナスを狩った後の、次のクエストを終えてからの事だったな…)
懐かしい思い出にふけるフィオレーネだが、思考を一旦切り替えてタドリに言った
「とにかく、そのエスピナスを狩れば良いのだな?」
「はい、その毒さえあれば、すぐに薬を調合して王子の体内にある毒を解毒出来ます」
「そうか…分かった。今すぐに狩りに行こう」
「密林で目撃報告があったので、そのクエストが発注されてるはずです。くれぐれもお気を付けて」
サンサンと太陽光が降り注ぐ、海に囲まれた小島のジャングル“密林”
そこのキャンプでは、装備の点検を終え、アイテムの確認をしつつ今回の狩猟対象の話をするシキとフィオレーネの姿があった
「──ハァ!?麻痺も使ってくるのか!?」
「正確には、奴が放つ火球に当たるとそうなるらしい。エスピナスは棘から出血毒を出すが、体内には筋肉を痙攣させる麻痺毒もあると言っていた。2つの混ざりあった毒の塊を燃焼させて吐き出すのが火球の正体ということだ。だから火球が着弾した後に残っている燃焼跡にも近づかない方がいい。きっとガスが残っているはずだからな」
「火と毒と麻痺に加えてガス、しかもめちゃくちゃ硬くてタフ…そんなモンスターに勝てるのか…?」
古龍でもないというのにあまりに多彩な能力の数々にしり込みするシキだが、見下すわけでも見損なうわけでもなく、フィオレーネは淡々を答える
「恐ろしいならばやらなくても構わない。王子でさえ3日も掛けて倒したのだ、最悪死んでもおかしくないだろう」
「別にそういうわけじゃ…」
「……しかし、私は行くぞ。一刻も早くエスピナスの毒を手に入れて、王子を助け出さねばならない。死ぬつもりはない…必ず生きて帰って、王子を救わねば…!!」
それを見たシキは目を静かに閉じ…そして開かれた瞳には、さっきまであった怯えがなかった。『百竜夜行』という災厄を収束させた英雄“猛き焔”としてのシキが現れる
「…そうだね…俺達がやらないと、師匠が危ない。それに、1人で戦うより、2人で戦った方がずっと勝算がある。…頑張ろう、フィオレーネ!!」
「…ああ!頼りにしているぞ、“猛き焔”!!」
大きな荷物を手に、キャンプから出発した2人が行先には、曇天の空が広がっていた
ジャングルの鬱蒼とした雰囲気と湿気に鬱陶しさを感じながらシキとフィオレーネは、洞窟のある場所に辿り着く。中を静かに覗き込んで、フィオレーネは振り向いて小さく頷く
「居たぞ…見ろ、エスピナスだ」
「あれが“エスピナス”……」
木の枝を大量に積み重ねて出来た巣の上で、巨大なモンスターが丸まって寝ていた
バハリ達の説明通り、赤紫の棘を全身に生やした姿。濃緑の甲殻には野生のモンスターにありがちな傷や罅が大小問わず見つからず、棘竜自体の大きさも相まって非常に分厚く感じて、見た目は全然違うがまるでカムラの里にあるカラクリ蛙に命が宿ったみたいだとシキは思った。
「寝ているな」
「棘竜はその硬さ故に危機感が薄く、本気で怒らない限りはずっとああらしい」
「野生生物とは思えない呑気さだね…」
「それほど奴の実力が高いということだろう…手筈通りに行くぞ」
「うん」
2人は自分達で1つずつ、そしてガルクに1つずつ持たせていた大きな物体…“大タル爆弾G”を手にグースカ寝ているエスピナスに近づく
時折首を動かしてカンタロスなどを寝ながら追い払ってる様子を見て、近過ぎるのは危険だと頭からギリギリ離れた位置に爆弾を全部置く
「起爆するぞ?」
「ああ」
そして、十分に距離を取ってから爆発させるべく手投げクナイを投げようとし……
「ッ! 伏せろ!!」
「うわっ!?」
突如、フィオレーネがシキを巻き込む形で大地に倒れ込んだ
その直後!巨大な影が刃物のようなものをギラつかせて2人の頭上を通過した。もしフィオレーネが庇わなければ、シキはその質量で頚椎をへし折られて死んでいただろう
2人は即座に起き上がり、そして影の正体を見る
『グルォォォォォ!!』
「ナルガクルガ!?」
「しまった!ここは本来
エスピナスはその図太さ故に平気で他のモンスターのテリトリーを侵す。本来ならばここで苛烈な縄張り争いが起こるものだが、あまりにも硬過ぎる上、軽く振るう力だけでも並のモンスターを凌駕して、だと言うのに激昂するまではまるで攻撃してこないエスピナス
その姿に殆どのモンスターは縄張りを諦めるか、極力エスピナスに接触しないようになる。まさしく
『グルルゥォォォォォッ!!』
咆哮と共にナルガクルガが高らかに尾を上げ、鞭のように振り下ろそうとする。当たる対象はシキとフィオレーネと…その近くにある大タル爆弾Gが4つ
「不味い!離れろおぉぉぉっ!」
「うおおおおおっ!?」
2人が飛び離れた直後、風を切る音を鳴らしながら迅竜の靭尾が叩きつけられ──
ドグォォォォン!!
空洞を大きく揺るがす大爆発が起きた
「ぐうぅ…!…ハッ!無事か、シキ殿!?」
「な、なんとか…」
どうやら爆風のダメージは受けなかったらしいシキとフィオレーネ。2人は起き上がって臨戦態勢に入ると、タルGの大爆音で怒り状態になったナルガクルガが赤い残光を残して飛び掛ってくる
『グルルルルル!』
こうなっては仕方がないとシキは割り切り、この爆発で大ダメージを負ったであろうエスピナスと縄張り争いをさせて操竜しようと考え
その時、土煙の中から大きな影が揺らめく
「何!?」
フィオレーネが驚きの声を上げた…その直後、煙幕を掻き分けて深紅の角がナルガクルガに突き刺さる
『キュィィ!?』
甲高い悲鳴が上がる。その状態を作った下手人は止まることなく加速し、迅竜の体を真っ赤な剛角で串刺しにする。さらに背後の壁面まで押し出して…
ドゴオオオンッ!
壁と自身の体でナルガクルガを挟み潰したのだった
『キュイイィィ…ィィィ……』
体の風穴、骨折、内臓破裂、凶悪な猛毒が一気に襲い掛かってきたことにより、密林の暗殺者はその生涯を呆気なく終えた
「ナ、ナルガクルガを一撃で…!?」
シキにとっても馴染み深く、最も戦ったであろうモンスター。その実力を知っているからこそ、実際にこの目で見た光景だとしても信じられないものがあり…
『キィィィィイインッ!!』
そして英雄のそんな動揺もお構いなしに、棘竜は翼を広げて己を大きく見せ、超音波のように高い咆哮を上げたのだった