先制攻撃をしたのはエスピナスだ。その巨体を大きく斜めに傾けて、全身の棘を地面に擦り付けるようにシキを押し潰そうと前進する
「わっ!」
咄嗟に後ろに飛んで回避するも、今度は反対方向に体を傾けて逃げるハンターを追撃する
「やば!」
これは躱しきれないと判断したシキは、居合の構えを取って練気を溜める。そしてエスピナスの体と接触した瞬間、翔蟲の糸が衝撃を受け流し、カウンターを一太刀“棘竜”に入れた
だが
ギィン!
「
全く切れた手応えがなかったのだ。切りつけた箇所にはかすり傷しかついてない
“夜刀【尖影】改”はナルガクルガの素材を使った太刀。攻撃力は中の下だが、その斬れ味の良さ(と説明は出来ないが会心率の高さ)は師であるテッカが太鼓判を押すレベルだ。実際最良の斬れ味を維持すれば、“バサルモス”の硬い岩の甲殻すらも辛うじてだが切り裂ける
その斬れ味をもってしても食い込みすらしない鱗や甲殻。なるほど、フィオレーネが爆弾による先制攻撃を提案するのも納得の硬さだった
「でもどうすればいいんだよ!?」
爆弾で確実にダメージを与え、怒らせることで血管が浮き上がり全身が軟化する。その隙に攻撃してエスピナスを倒すという作戦だったのに、初期段階で失敗しちゃ何の意味もないじゃん!とシキは思わざるを得なかった
近くでウロチョロする羽虫を振り払うように、尻尾を振り回してシキを追い払おうとするエスピナス。巨体故に隙間も多くしゃがんで回避出来たが、その場で飛び上がってから全身を使ったプレスは大きさもあり、後転する事で避けられた
『キュィゥゥゥ!』
すると今度は距離を取ったハンターに向かって火球を吐き出す。単純な動作だったから簡単に避けられたが、着弾地点の草木が燃え尽きるより先に枯れていく光景に、シキはしかめっ面をする
(動きはリオレイアやディアブロスに似ているっ!速さも今のところ緩慢だから辛くはないけど、これ以上の動きと三日三晩…!)
考えただけでゾッとする。ハンターでもそんな長時間は休みなしに戦えない、絶対にどこかで集中が途切れて死ぬ自信があった。それなのに今の自分よりずっと子供の時にこんなモンスターを倒すとか、小さい頃から
しかし、師が狩った当時とは年齢も、人数も、武具も、情報も、環境も何もかもが違う
「シキ殿!離れろっ!!」
騎士の言葉を聞いて一時前線から離れる英雄。彼を追おうと棘竜が動く中、翔蟲を使って上を取ったフィオレーネが手に持った巨大な物をエスピナスに投げつける
ドオォォォォン!!
それは大タル爆弾Gだった。突如背中に襲った衝撃にエスピナスは鳴き叫び、怯んでいるタイミングを狙って太刀を勢いよく脚に振り下ろす
ザリ!
「ッ! 脚だ!!脚なら今でもギリギリ切れる!!」
「脚か、分かったっ!」
鱗が1枚2枚裂けた程度だが、それでもかすり傷しか付けれない他の部位に比べれば遥かに攻撃が通りやすい
そうと分かればと2人は脚に密着し、互いに切り合わぬよう気をつけながらエスピナスの外殻を一つ一つ削り落としていく。そして…
ザム! ブシィ!
「血…!?き、切れた…切れたぞ!!」
「ようやくダメージが」
入ったか、と言おうとしたところで、眼前の深緑の甲殻に赤みが帯び出した事にフィオレーネは気づく。いや、眼前のみではない。胴体、翼、尾、頭部、全てに赤い色が…血管が浮き上がったことよる
それが意味することは何か?
『キィィィィイインッ!!』
──棘竜が完全に怒り狂い、2人を自分の命を脅かす外敵だという判断を下したことに他ならなかった
凄まじい肺活量から放たれた轟音は容易く2人を吹き飛ばした。まるでティガレックスのようだと受け身を取りながらシキは考えるが、前を向けばもう既にエスピナスが角竜以上のスピードで土煙を上げながら突進していた
(強……!
無理!!
受け流す
否
己の死を覚悟したシキ
しかし寸前で翔蟲を使った加速でフィオレーネが飛び出し、連れ去らう形でシキを引っ張ってギリギリ突進から救った
「ハッ、ハッ、ハッ…!た、助かった、フィオ」
「油断するな!!」
「まだ来るぞ!!」
そう、エスピナスの攻撃はまだ終わっていない。かの飛竜はあれ程の速度で走っていながら屈強な足腰で即座に止まって反転し、再び猛スピードで迫ってきたのだ
「うわああああああ!!」
「くうううう!!」
左右に別れて飛び込んで、これまたギリギリで回避する2人。だが走って行った方向を見てみれば、既にエスピナスは反転を終えてこちらに向かってきているではないか
「また!?」
この世界の住人には分からぬ例えだが、まるでダンプカーが物理法則を無視して何度もこちらの方を向き、最高速度で突っ込んでくるかのような理不尽かつ恐怖を煽る光景だった
「このままでは埒が明かない!一旦シビレ罠で動きを止めよう!」
「分かった!」
流石、歴戦のハンターとしての実力があるわけか、シキの判断は早かった。即座にフィオレーネと合流してシビレ罠のスイッチを入れると、それを突進の直線上に置き、2人はエスピナスが倒れ込むであろう場所に予め移動する
そして、エスピナスは凄まじい速度を維持したままシビレ罠を踏みつけ…瞬間襲ってきた痺れに棘竜は硬直し、前方向に勢いよく滑り込んでそのまま痙攣する
シビレ罠を食らったモンスターは筋肉の痙攣によりその場で立ったまま硬直するが、何事にも例外はある。轟竜や角竜のように自分でもコントロール出来ない勢いで走った時にシビレ罠を食らえば、硬直したままその勢いで前のめりに倒れ込む。急に転けるため受け身も取れず、固い地面ならば追加でダメージを負う事さえある
その現象がディアブロス以上に速く、そして怒り状態で血管が浮き出ているエスピナスに起きればどうなるか
『キュィゥゥゥ!?』
体が痺れたまま地面に滑り込み、さらに強い摩擦で甲殻の表面を擦られた事で血管が傷つき、棘竜は予想以上のダメージと出血を負うのだった。しかもまだシビレ罠の効果が残っており、倒れた姿勢で苦しそうに呻いている
「畳み掛けろ!!」
「ハァァァ!!」
そんなチャンスを逃す狩人と騎士ではなく、切れるようになった厚鱗や重殻を次々と切りつけて剥ぎ取っていく
しかし、天然の重装甲はあまりにも厚く、かなりの量の鱗や甲殻が落ちたというのに肉の一欠片も顔を出さない
「厚過ぎる!!」
「ッ! 離れろ、エスピナスが動き出すぞ!」
その叫びを聞いて2人は一斉に距離を取る。直後、その場でのたうち回るように暴れ狂うエスピナス
質量による一撃の重さもそうだが、少量皮膚吸収しただけで血液の成分や血管を破壊する毒の棘が全身に生えている為、ただ適当に暴れるだけでもハンターにとっては脅威なのだ
「クソッ!!」
「焦るな!こちらの攻撃は通るようになったのだ、攻撃し続けていれば必ず消耗する!」
「それって何時だよ!?」
「分からん!分からんがやるしかない!」
それからも、激しい戦闘が密林の中で続いた
必死に攻撃が直撃しないようガルクとも連携して立ち回り、たまに被弾してしまった時は相方がフォローし、その間に回復薬グレートや解毒薬を飲んで立て直し、戦闘に参加する。時には野良のモンスターを操竜し、有利な状況を作ったりもした
最初の方こそ危なげなく狩猟を行えていた
しかし、30分経ったところから始まり、次第に1時間、2時間、3時間……空が曇り、雨が降り出し、日が暮れ始めた頃には、既に約6時間以上もの時間が経過していた…
「ゼェ…!ゼェ…!ゼェ…!」
「ハァ…!ハァ…!ハァ…!」
シキとフィオレーネは、まさに満身創痍といった状態だった。全身に擦り傷を作り、砂と土と泥に塗れ、雨に濡れ、防具は一部が欠損している。肩で大きく息をする2人の顔色は明らかに悪く、疲労による消耗が色濃く顔に表れていた
有数の実力者である2人がこの様ならば、その2人を同時に相手取っていたエスピナスは、一体どんな状態なのか?
『キィィィィイインッ!!』
正確に言えば、エスピナスも消耗“は”している。翼は爪も膜もボロボロで、尻尾は半ばから断ち切れており、鼻先の角もへし折られていた
だがそんな消耗も感じさせないほど、棘竜はまだまだ動き回る。そしてハンターと騎士の動きの精彩さが明らかに欠けていることを考えれば、どちらが優勢なのかは一目瞭然だ
(なんで…なんでまだ動くんだ…!?7、いや、8回は操竜したんだぞ!?あれだけ攻撃を食らえば普通死んだっておかしくないのに…なんで
ダメージは与えている。消耗もしている
しかし、全く追い詰めている気がしなかった。むしろ、逆に自分達が追い詰められている事実に恐怖すらしていた
(勝てない、負ける、いや、死ぬ…死ぬ…?俺が…死──)
「──キ殿………シキ殿!!気をしっかり持て!」
思考の海から無理やり引きずり出されるシキ。そして目の前から飛んでくるオレンジ色の熱
「ッ!」
叫ぶ余裕もないほど死に物狂いで火球を回避する。エスピナスはそれで満足せず、軽く飛び上がってガトリング砲のように火球で大地を焼く
焦熱地帯からいち早く逃れるシキとフィオレーネ。しかし、シキは突然訪れた眩暈に倒れ込み、早く起き上がろうとするも吐き気をするほどの気持ち悪さに失敗する
(しまっ…ガスを…!)
『キィィィイ!!』
隙を見せた獲物に、無情にも棘竜はぬかるんだ地面に強い足跡を残す踏み込みでシキに突撃する
(死──)
ドン!
(え──?)
しかし、彼の体に伝わったのは体を粉砕する衝撃ではなく、自分を押し出そうとする感覚であり
「フィオ──」
そして、シキの目に映ったのは
ドカンッ!!
盾ごと胸当てを粉砕され、棘竜にはね飛ばされるフィオレーネの姿だった