どけ!!!俺は(姫様の)お兄ちゃんだぞ!!!   作:ジャギィ

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第16話

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!!!」

 

冷たい雨も蒸発させそうな怒りの咆哮が轟く

 

直撃だけは避けていたようだが、それでも粉々に砕けた盾と胸当て、そして口の端から血を流すフィオレーネの姿を見れば、どれだけその一撃が彼女にとって重かったのかは嫌でも想像が出来た

 

「お前っ!!お前っ!!お前えええええっ!!」

 

視界が真っ赤に染まっていくのが自覚出来る。まさに怒髪天を衝くといった様相のシキは、体の底から湧き上がるパワーに身を任せて跳び、唐竹割りを棘竜の頭部に叩き込む

 

『キュィゥゥゥ!?』

「オラァアアアアアッ!!」

 

喉が裂けんばかりに絶叫し、桜花鉄蟲気刃斬でエスピナスを切り刻む。今、最も肉質が柔らかくなってるエスピナスは全身から迸る痛みに悲鳴を上げる。そして今のシキと同じように憤怒を力に変換して、それを目の前の人間にぶつける

 

『キィィィィイインッ!!』

(殺す…!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!)

 

殺意の高まりがピークに達し、シキが完全に冷静さを失おうとしたその時だった

 

「殺ッ」

 

…横たわるフィオレーネを連れて行こうとする2匹のガルクと、担架を持ったアイルーの姿を見たのは

 

(────)

 

それだけで、冷たい雨でも冷やす事が出来なかった憎しみの熱が、一気に冷え込んだ。同時に、シキの脳裏に師の言葉が浮かぶ

 

 

『いいかシキ、何があっても考える力だけは捨てるな。俺達人がモンスターと戦えているのは、先人の知恵の積み重ねがあるからだ。頭で色々考えられるからだ。それが無ければ人間はとっくの昔に龍に滅ぼされている。例え親の仇を前にしようと、頭の冷静さだけは決して失うな──』

 

 

(ああ──そうだ。こんな大事なことを忘れてしまうなんて…俺はなんてバカ野郎なんだ。チッチェ姫がイビルジョーに襲われたところを見た時、師匠は怒り狂ったはずだ。耳にタコができるほど可愛さ自慢をしていた師匠がキレないわけがない)

 

だが、テッカは我を失わなかった。心が烈火の如く燃え上がっても、冷静さだけは残していた。それがどれだけ難しいことか、シキは今強く痛感していた

 

(凄いなぁあの人は……遠いなぁ)

 

実力ももちろんだが、何よりその心の在り方にはいつまでも追いつけそうになかった。進めば進むほど遠くなる師匠の背中に嫉妬してばかりだ

 

今ここで怒りに任せて暴れ狂えば、ガルクの背に乗せられたフィオレーネも巻き込んでしまうことになる。思考を捨てれば倒せるものも倒せない

 

(俺に出来ることはなんだ?やるべきことは?)

 

疲れ果てた体を無理やり動かし、水月の構えを取る。突っ込んでくるエスピナスに対して真正面からカウンターを狙うのではなく、サイドステップで被弾面積を極力減らしてから…最小限のダメージを水月の構えで迎え撃つ

 

(フィオレーネがここを離脱するまでにコイツ(エスピナス)を釘付けにする。イブシマキヒコの時もナルハタタヒメの時もそうだった。何も変わらない)

 

後ろに飛び上がりながら放たれる火と毒と麻痺のブレスを、翔蟲で即座に着弾地点から飛び上がってガスから逃れ、落下の勢いを利用した振り下ろしで切りつける

 

(命懸けで戦う…!)

 

『よく…無事に帰ってきた』

 

(だけど、必ず生きて帰るっ!!)

 

シキの体の動きが、見切りが、太刀捌きが、驚くスピードで洗練されていく。研ぎ澄まされながらもシンプルな動きはスナミナの消耗を大きく抑えていき、振り絞った力の最小限の分だけで戦えるようにしていく

 

そして被弾がなくなれば、心の中の余裕が生まれてくるのは必然

 

(あんなに恐ろしかったエスピナスが、あんなに怖かった棘竜が、全然脅威に感じない…そうか…!師匠がかつて言っていた「当たらなければどうということはない」ってのはこういう意味か…!無茶苦茶な言葉だと思っていたが、今なら分かる。どんなに恐ろしく強い攻撃も、1回も当たらないなら恐れる必要は何もない…こんなに簡単な事だったのか!)

 

シキは、その言葉がテッカが悪ふざけで吐いた言葉だと気づかず、この世の真理のように受け入れる

 

肉体の限界を超え動き続け、まるで機械のように、まるで未来が分かっているかのように行うその狩りは、王国の人間が見れば誰もが口を揃えて言うだろう

 

テッカ王子とそっくりだ、と

 

ヂッ!

 

「ッヅゥ!!」

 

しかし、それでも今のテッカと比べればまだまだ荒削りな面があり、判断も甘かった。テッカならば防ぎ切ろうとする広範囲攻撃で回避を選んでしまって攻撃を掠めてしまったり、逆に躱すべき場面を水月の構えや居合で受けてしまい、結果押し切られて無駄な消耗をしてしまう

 

時折棘から飛び散る毒液すらも掠らないテッカに対し、シキは『レウスXメイル』や『ホークグラブ』を毒と雨の混合液で滴らせ、毒液が触れた皮膚は小さく爛れている。蓄積した毒の症状がシキの体と意識を蝕み、ジワジワとエスピナスを有利にしていく

 

そして、無情にも神は竜に微笑む

 

『キュィィ!!』

 

至近距離で吐いた火球を避けた時だった。体を大きく揺らしたエスピナスの体から勢いよく毒が飛び散り…その内の一滴がシキの右目に掛かってしまった

 

「う”ぁ”あっ!?」

 

眼球の焼けるような痛みに思わず右手で押さえる

 

「がッ…!!」

 

僅かな隙、その一瞬の間に振るわれた靭尾が強かにシキの横腹を打ち付け、メキリと嫌な音を立てながらしめやかに吹き飛ばす

 

ドシャ!

 

雨でぬかるんだ地面の上に落ち、体と防具を泥で汚す。痛みに少し呻いていたが、すぐさま転がってその場から離れると、先程までシキが居た場所を棘竜が猛スピードで通過した

 

木々を次々とへし折り、壁面を砕いても止まらないエスピナス。絶体絶命の状況だ

 

(攻勢に出れない!どうやれば止まる!?クソ、こんな時に師匠がいたら…師匠が、助けて…)

 

そこまで考えて、シキは下らない妄想を断ち切った

 

(違うッ!!師匠が俺を助けに来てくれる!?違うだろ、寝ぼけるなっ!!()()()()()()()()()()!!その為にここに居るんだろうがシキ!!)

 

己を奮い立たせて思考を張り巡らせる

 

(どうすれば止まる!?どうすれば!?どうすれば、どうすれば、どうすれば──)

 

無理やり開いた右目に紫色に染まった景色が映る。必死に逃げ回りながら考えるシキの視界が、上空で蔦に絡まった岩の塊を捉えた

 

(これだっ!)

 

背後には止まることなく急速に接近してくる棘の化身が如き竜。最も太い蔦を投げつけたクナイで切断すると、重さに耐え切れなくなった他の蔦が千切れていき…岩が落下する。落下物の真下に迷うことなく走り、エスピナスも追従していく

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

そして岩がシキとエスピナスに直撃する…その直前に翔蟲を使って岩の落下範囲外まで逃れる

 

ドゴォォォン!

 

『キュィゥゥゥ!?』

 

岩が巨大な何かにぶつかって砕ける大きな音と、甲高い悲鳴が耳に伝わる。シキは振り返る前に“ 夜刀【尖影】改”を抜き、迷うことなく振り返った先にいるエスピナスに太刀を振るう

 

「俺は…!俺は…!俺は…!」

 

 

「俺は……死なないッ!!」

 

 

斬っ!と切り裂いた太い首元。動脈を切断したのか、切り口から夥しい量の紅が吹き出し、血の雨が英雄を濡らす

 

「うっ…」

 

ドサ!

 

膝をついてうつ伏せに倒れる。限界を超え続けたツケが一気に押し寄せ、おまけに毒血を浴びた事により指先1本動かすことすら億劫になるほどシキの意識は薄れていった。それでも目玉だけなんとか動かすと

 

『キュィィ…!キュィィ…!』

(うそ…だろ…?)

 

なんとエスピナスはまだ動いていた。流石に多量出血だった為かフラついてはいるが、それでも強靭な後ろ脚でしっかりと立っている姿に、シキは尊敬の念すら覚えた

 

(すご、い…なぁ…)

 

モンスターに敬意を抱くなどハンターとして異端なのだろう。しかし、それが悪いこととは思えない。何故ならこのモンスターもまた…この大自然の中で死ぬ気で足掻いている、1匹の生き物なのだから

 

大地が半分を占める視界の端に、電流と黄色い粉のようなものが飛び散るのが映る。同時に桃色の煙が、捕獲用麻酔玉の煙も見えた

 

クエストも、雨も、夜も、全てが終わったのだ

 

(フィ…オ…レ──)

 

キャンプに送られていた仲間の声と、巨体が崩れ落ちる音を聞きながら、シキの意識は闇の底に沈んだ

 

 

 

次にシキが目を覚ましたのは、アプトノスに引っ張られて揺れる荷車の中だった

 

傍には胴体と左腕に包帯を巻き、三角巾で左腕を吊り下げたフィオレーネもいた。どうやら肋を2、3本、左上腕の骨を折ったらしく、シキ自身も同じように肋をやったからか『レウスXメイル』を外した状態で包帯を胴に巻いていた。右目にも包帯が巻かれていたが、治療したハンターズギルドの医者曰く失明や後遺症の心配はないらしい

 

どちらかというと、重度の疲労による骨折寸前の骨が複数本見つかったり、極度の栄養失調状態になっていた体の方がヤバかったらしい。数年前に王国で開発されたという点滴という医療道具がなければ、衰弱して死んでた可能性もあったとの事だ

 

閑話休題(話は変わるが)

 

あの戦いの後…エスピナスはフィオレーネの手によって無事捕獲されたらしく、捕獲報酬と目当ての毒液は入手したとの事だ。あれだけの怪物を相手にこの程度の怪我で済んで(シキは死にかけたが)クエストも成功したのは奇跡という他ないだろう

 

それに、今回のクエストはシキにとって大きな実りにもなった。あの戦いを通して、確かにシキはテッカ(バグ)の領域に足を踏み入れたのだから…

 

 

 

クエストから出発して4日目…シキとフィオレーネはエルガドに帰還した

 

怪我を負った状態で帰ってきた2人を最初に確認したのは、受付窓口にいたチッチェ姫だった

 

「おかえりなさい、シキさん、フィーネ…って、大丈夫ですか!?す、すごい怪我です!」

「大事ありません、チッチェ姫」

「大変だったけどなんとかエスピナスの毒は手に入れてきた。これで師匠は治るはずだ」

 

そう言って“棘竜の濃毒血”がたっぷり入った容器を見せつけるシキだったが、それを見たチッチェは、明らかに顔色が変わった様子で言い淀む

 

「ふ…2人とも…えっと、ですね…」

「? どうかしたのですか、姫」

「2人が、クエストに出発した、その後にですね…その…お兄様の、容態が」

 

そこから先の言葉を聞く前に、シキは飛び出すように走り出した

 

背後から「シキ殿!?」やら「ああ!待ってください、話を最後まで…!」などと聞こえたが、シキにはもはやどうでも良かった

 

クエストに出発したのは4日前だ。4日も前に容態が悪化したのであれば…脳裏に最悪の事態が浮かぶ

 

(師匠!師匠!!師匠!!!)

 

最短で辿り着いた医務室の扉を勢いよく開けて…

 

「師匠ォッ!!」

 

 

「はいお兄ちゃん、あ〜ん」

「あ〜ん」

 

 

「…………ハァ?」

 

妹分(ヨモギ)にうさ団子を食べさせてもらっている、元気な師匠の姿がそこにあった。あまりに嫌な想像と乖離した光景に脳が理解を拒む

 

そんな唖然とした弟子に声を掛けるのは、テッカの治療をしていたタドリだった

 

「ああ、シキさん、話は聞いています。エスピナスの狩猟、お疲れ様です」

 

ギギギ…と、錆び付いて壊れたカラクリのような挙動で首を動かすシキ。かっぴらいた目が「どういう事だ?」と如実に語っており、意図を正確に把握したタドリは申し訳なさげに答える

 

「…実はですね、お二人が狩猟に向かった後に王子の意識が戻ったのですが、事情を説明した後に王子が「エスピナスの毒液なら自室のアイテムボックスにある」と仰りまして…」

「ハァ?(怒り)」

「言われた通りにアイテムボックスを調べてみれば、確かに“棘竜の濃毒血”があったのです。それもしっかり保存された状態で」

「ハァ?(殺意)」

「なので、王子の容態は3日前から良くなっておりまして…お二人には大変ご迷惑をお掛けして…」

 

タドリの謝罪を聞き流しながら、シキはベッドの上で寛いでいるテッカの元に行く。団子を堪能していたテッカはようやくシキが居ることに気づいたらしく、いつものようにお気楽な態度で言った

 

「お〜う、エスピナスの狩猟おつかれ〜。あいつも倒せるようになるなんてホントに強くなったな〜。あ、団子食う?」

 

ブチン

 

「…ザ……」

「…ザ?」

 

 

「ザッケンナコラァァアアアッ!!!」

 

 

ドバキャア!!

 

 

「 う わ ら ば っ !!? 」

 

 

弟子が放った見事なアッパーカットがクリーンヒットしたバカは、奇妙な悲鳴と共にベッドの上から宙を綺麗に舞うのであった

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