「ヤッホ〜、猛き焔クン!怪我のチョーシどう?」
「あ、ラパーチェさん」
あの激闘から3日が経過した
療養も兼ねてエルガドの街並みを散策していた俺に話し掛けてきたのは、王国騎士の中でも指折りの実力を持つと言われる特命騎士団の副隊長ラパーチェさんだった
硬派なイメージが強い王国騎士達だが、ブナハ装備(ブナハブラの素材で作られたドレスのように煌びやかな防具)を着込んで華やか過ぎる雰囲気で話し掛けてくる彼女は、騎士達の中で異端な存在とも言える。彼女みたいなタイプの人は里の中にも居なかったから、どう対応したらいいか分からなくて、初めて会った時は相手するのが少し苦手だった
まあコミュニケーションをとっていく内に、ラパーチェさんも彼女なりに王国の為に頑張る人だということが分かったから、今となっては頼もしい仲間の1人だ
ちなみに彼女を従えてるはずの師匠は、時々ラパーチェさんに対して酷く低姿勢な態度を見せている時がある。なんで?
「うん、傷はもう大丈夫。毒もワクチン?…を事前に接種していたおかげで、特に影響はないよ」
「そっか〜!よかったね!」
「ありがとう」
それでも、メル・ゼナの狩猟は死闘という他なかった。あれ程の激闘は風神龍…いや、百竜ノ淵源との戦いに匹敵するレベルだったろう。師が威力偵察で手に入れた情報、仲間の存在、ルナガロンの介入…そのどれかが欠けていれば、みんなエルガドに帰ってくるなど出来なかったかもしれない
「あ、でも師匠は王都に直行したんだっけか」
「ん〜?何の話?」
「ううん、こっちの話」
テッカ師匠はメル・ゼナ討伐後、ガレアス提督への報告を俺達に任して、レッカと共に王都に向かった。おそらく女王陛下に今回の騒動の元凶を片付けたと報告する為なのだろう
メル・ゼナは倒れた。キュリアはメル・ゼナに護ってもらう事で一定数の群体を残し、生き延びていた生き物だ。寄生先のモンスターがいなくなった以上、自分を守る術がないキュリアは細やかに滅びていくはずだ…
(でも……なんだ?この胸騒ぎは…)
だと言うのに、俺の中にはまだ漠然とした不安だけが渦巻いていた。竜宮ノ跡地でナルハタタヒメを撃退した日、夜の宴の終わり際に見つけた、古龍と『共鳴』するヒノエとミノトを見つけた時のような…
ヒラッ…
「!?」
バッ!
「……気のせい…か…?」
「……? どうしたの、シキく…イタッ!?」
そんな俺を不思議そうに見ていたラパーチェさんだったが、唐突に右の二の腕に手を当てながら痛みに訴え出した。そのまま左手で何かを掴むと
「オラァッ!!」
と叫びながら、それを勢いよく地面に叩きつけた
(オラァ…?)
「いったたたたぁ…?も〜痛かったぁ〜!」
「…あっ!だ、大丈夫?一体何が──」
華奢な女性から出たとは思えない野太い声に疑問はあったが、それはひとまず置いといて彼女が叩き落としたものに目を向け…俺は青ざめた
だってそれは、フルフルに似た形状の、小さな深紅の体は
「キュリア…!?」
どうしてここに…!?ここはどの狩り場からも大きく離れてる拠点。1番近い城塞高地でさえ船で1時間は掛かるほど離れているのに、
「…あ!ラパーチェさん、もしかしてキュリアに噛まれて!?」
「うん…でも大丈夫〜。私を含めたエルガドの騎士のみんなは、薬師さんからお薬打たせてもらってるから」
「そ、そっか…良かった…でもスタミナの消耗も著しいって師匠が言ってたから…ほら、強走薬」
「問題ないよ?バハリちゃん、フィオレーネちゃんから渡されてたキュリアの新情報を元に、薬師さんと作った新しいお薬を昨日完成させてたもん」
「早くない!?」
3日、いや2日でワクチンとやらを改良してみせた手際の良さには敬服するしかなかった。だからあの2人、昨日あんなに眠そうだったのか…って、そうじゃない!こんな離れた地にまでキュリアが飛べるようになったとしたら、人間の生活圏にも入り込む可能性が…!
普通なら、人的被害が広がるより先にキュリアが死滅する方が先だと考えるけど…俺の中の警鐘が大音量で鳴り響いていた。
「ヤバい…ヤバいっ…!!」
「シキくん…?」
「ラパーチェさんっ!この事を早くガレアス提督、いやっエルガドの」
瞬間、エルガドの空が
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「ハァ、ハァ、ハァ!!」
心臓が破裂しそうな程に痛い。本来ならば到着に3日も掛かる距離を、半日で辿り着けるようにずっと全力で走り続けていたのだ。全身の、特に脚や心肺への負担は尋常ではない
しかし、それでも俺は1分でも、1秒でも早く辿り着けるように脚を動かした。それほど、心の中の不安が大きかったから
そうして辿り着いたのは1つの街。道は避難してきた人々で溢れていて、それらの顔色は誰も彼もが暗く…絶望に染まっていた
「ハァ、ハァ…クソッ!!」
国民の心配をしてやるべきなのに、不安を取り除いてやらねばならぬのに、
「え、王子?どうしてここに…」
「どこだっ!?」
そいつが疑問を言い切るより先に、肩を掴んで真っ先に問い掛けた
「一体どこに運ばれた!?答えろっ!!」
「お、王子!?何の…」
「早く答えろォッ!!さもないと…!」
「──王子」
煮え切らない態度の騎士に苛立ち、胸ぐらを掴もうとしたところでフィオレーネが出てくる。その表情は普段の数倍は緊張で強ばっている
「フィオレーネ…!」
「こちらです。着いてきてください」
「…分かった…」
突き飛ばすように困惑する騎士を離して、フィオレーネの後を着いていく
中には多くの患者がいたが、奥に進めば進むほど、その殆どが床に置かれたシーツの上に寝かされ、脂汗を流しながら苦しみの表情で呻いていた。点滴の管で繋がれている者を多数いる
嫌な想像ばかりが思い浮かぶ中、目的の部屋の前に到着したフィオレーネが足を止め、ドアノブに手を掛けて回し……俺の方を見ながら、静かに言った
「王子……決して、取り乱さぬよう、大声を出さぬよう、お願い申し上げます。御身体に障りますので…」
扉を開けた先には……そこそこの広さの部屋の真ん中に、カーテンで小さく仕切られたベッドがあった。タドリも仕切りの外にいたが何も耳に入らなかった。道をあけて先に進むよう促すフィオレーネにされるがまま、俺はフィオレーネと共にその中に入り、中を見て
多分、呼吸も瞬きも、見た瞬間から長い間、してなかった
「チッ、チェ」
そこには、病院着に着替えさせられ、体の至る所に湿布を貼られ、多くの点滴の管と繋がり、死んだかのように静かに眠る、妹の変わり果てた姿があった
妹以外の、全ての色が消え失せた
「うそだ」
ベッドの横に移動し、膝を着く
「なんで」
血色の失った小さな手を、壊れぬよう触れる
「ありえない…ッ!!」
全てが信じられなかった
王城でお母さんに報告してから少し談笑していた時、突如窓をつついたのは緊急連絡用のフクズクだった。そこには書き殴ったような字で、こう書かれていた
『“調査拠点エルガド”ニテ、無数ノ“キュリア”襲来セリ。被害甚大、負傷者多数。現時刻ヲ持ッテ“エルガド“ヲ放棄、近辺ノ街二撤退スル』
読み終わった瞬間、俺は窓から飛び出して駆け抜けていた
現実に起きたことが受け入れられなかった。この世界はゲームとは違う。正史に準える事ばかりが起こるわけでは決してない。それはイヴェルカーナの襲来や、フィオレーネの代わりに俺が毒で倒れたことからも明白だ。だからキュリアの動きには最大限の注意を払えと伝えていたし、“シャガルマガラ”や“ガイアデルム”が早く目覚めることも考えて新型船の造船も急がせた
でも、いくら何でもこれは…余りに早過ぎる…!!
「王子……」
「………お前達は…」
フィオレーネが気遣うように呟く。しかし今の俺にとっては、そんなささやかな行動すらも怒りに薪を焚べるに等しい行動だった
「お前達の役目は、民の為、王族の俺達の為にその剣を振るい、自ら盾となり守る…そういう教えだったな…」
「……ッ……!」
「じゃあなんで…こうなってんだよ…!?1番守ってあげなきゃいけない姫が、チッチェが、俺の妹が、なんでこんな目に遭ってんだよ…!!」
こんなものは、理不尽極まりない八つ当たりに過ぎない。キュリアの大群なんて予想外な事態でも、1人の死者も出すことなくここまで避難させ切ったのだから。キュリアの爆発で摩耗したであろう剣と盾と鎧を見れば、如何に地獄のような様相を呈していたかは容易に想像出来る
でも、この怒りを誰かにぶつけたかった。他人のせいにしたかった。
「…返す言葉もありません。チッチェ姫を守り切れなかった我々の不徳の致すところです…すべての責任は、我々にあります」
「いい度胸──!!」
クイ…
怒りに任せて殴ろうと身を翻し…しかしその時、チッチェに触れていた手が小さな感触に引っ張られた
「え…?」
振り向くと、俺の握り締めようとした手の指を引っ張っていたのは、目を覚ましたチッチェだった。儚げに目を開け、苦しげに息を吐きながら健気に力を込めていた
「だめ、おにいさま…ふぃーねを、おこらないで…」
「ッ……チッチェッ!!」
「姫…!?」
すぐに振り返って妹の手を優しく包む。そのままベッドの上に乗せると、チッチェは苦しさを堪えて俺に話しかける
「きいて…おにいさま…」
「無理に喋らなくていいチッチェ…!お兄ちゃんはもう、フィーネに何もしないから…」
「わたくしがわるいの…わたくしが、にがそうとしてくれたふぃーねたちをふりきって、にげおくれたあいるーをたすけようとしたから…」
「何…!?」
思わず動揺して、手をギュッと握り締めてしまった。そんな事があったとは知ろうともせず、俺は長年仕えてくれた
「なんで、そんな」
「だって……おにいさまなら、きっとそうするって…きっとたすけるって、おもったから」
「───」
「ちっちぇも、おにいさまみたいに、だれかを、まもれて……」
その言葉を言い切る前に、チッチェは事切れたように目を瞑って、動かなくなった
「チッチェ…?……チッチェ!?」
「お静かに…!!」
声を上げて動転する俺を退けるように、タドリがカーテンの外から入ってきてチッチェの様子を見る。軽く呼吸を見て、脈を測り、熱を調べて…終わったタドリはこちらを見ながら、柔らかな顔つきで告げる
「体力がない状態で無理をしたから、疲れてしまったのでしょう…栄養補給をこまめにしていれば、命に別状はありません」
「そうか………すまん、恩に着る」
「いえ、それはこちらのセリフです。王子がエスピナスの素材を事前に集めていなければ、間違いなくこの規模のパンデミックに対応することは出来ませんでした…感謝します」
「ああ……」
それ以上は何も言わず、俺はフィオレーネを連れて病院を出た
「…………」
「…………」
無言で道を歩き続け、人気のない所に着く。沈痛な面持ちをする彼女に対して、俺は正面を向きながら頭を下げた
「お前の忠誠を疑って、あまつさえ八つ当たりまでしかけて…すまなかった、フィオレーネ」
「なっ…!?頭を御上げ下さい王子!!今回、姫があの様な容態になってしまったのは、我々が姫からひと時でも離れてしまったのが一番の原因なのです!!貴方様が謝る理由などひとつも…」
「いや、間違いなく俺が原因だ」
狼狽するフィオレーネに尚頭を垂れながら言う
「俺が1番前に出て戦う姿が、チッチェを突き動かした。それしかないとやってきた事が…あの子に動く勇気を与えてしまった」
「王子…」
「俺って奴はいつもそうだな…!よかれと思ってやってきた事でいつもあの子を傷つけた…!王国を出た時も、ヨモギの時も、今回だってそう…!俺は…本当にダメな兄だッ……!!」
それでも、俺は簡単に膝をつく訳にはいかないのだ。今はここまでやって来てないが、きっとすぐにでもキュリアは生息域を急激に拡大し、やがて王都にまで到達する事態となるだろう。いや、このスピードだと周辺諸国はおろか、カムラの里にすら広がる可能性もある
そうなる前に早く、ガイアデルムを討伐しなければ…!
「…そうやって、何もかも背負い込まないでください」
そう言いながらフィオレーネは俺の手を取り、真摯に語り掛けてくる
「不甲斐ない騎士ではありますが、貴方様には我々王国騎士がいます。カムラの里の仲間もいます。もっと、ご自愛ください」
「…全部、終わったらな」
もう、こんな悲劇はたくさんだ
チッチェも、ヨモギも、お母さんも、民も、フィオレーネ達王国騎士も…シキでさえも俺が
そう……