「シィイイ!!」
ギャリィン! ガリガリガリ!
剛爪の一撃を受け流して胴体に一太刀入れるも、幾重にも厚鱗が積み重なって出来た水色の重殻には浅い傷をつけるので手一杯だ
『クォォォオオオン!!』
「クッソ…!」
「テッカ王子!!お下がりください!!」
「出来るかっ!!他に戦える奴がいないんだぞ!?大砲とバリスタの準ッブレス来るぞぉっ!!」
王子が怒号を上げた直後、龍のブレスが横一線に薙ぎ払われる。王子は咄嗟にしゃがんでブレスを躱すも、ブレスの流れ弾が設備の一区画に直撃し、待機していた騎士達と共に機能停止に追い込む
(チクショウ、息つく暇もねえ!!ゲームじゃ簡単に狩れていた!今までも順調に狩れていた!調子に乗っていた…何が最年少G級ハンターだ、何が稀代の狩人だ!俺は何一つ強くない!!)
肺から吐き出される
(これが…これが“古龍”ッ!!)
都市を氷漬けにした元凶…“冰龍イヴェルカーナ”をテッカ王子は睨んだ
「シェアアアア!!」
絶叫と共に、王子の手にあるエスピナス亜種の太刀
“カクトスヒンメル”が唸りを上げる
ギャリ!ギャリ!ギャリィン!
まさに薄皮一枚で回避して放たれた、火炎が弾け毒液が染み込んだ太刀による連撃を、イヴェルカーナの氷の鎧は容易く受け止める
(外殻を傷付けるのがせいぜい!肉に届かないから毒にもならない!どうする…!?どうする!?)
『キュオン!』
「ああっぶ!?」
ただの引っ掻く攻撃も、古龍の剛爪を持ってすれば鉄すら簡単に切り裂く。その巨体故に真下に転がり込めて逃げれたが、そこに氷の槍となった長い尾が滑り込む。後転して回避し、さらにバックステップして冰龍から大きく距離を取る
「ハッ、ハッ、ハッ…!!」
『クルルルル…!!』
「クソ…余裕ぶっこきやがって…!」
どれだけ攻撃しても氷鎧が防ぎ、逆にイヴェルカーナの攻撃は直撃すれば全てが致命の一撃。おまけに“凍らせる”という特性上、氷結で脚を止められ、体の動きも冷気で鈍るという最悪のコンディション
それでも、それでも確かに王子は一対一で幻の古龍と渡り合っていた
後方に下がらされた騎士の中にいたロンディーネが叫ぶ
「王子ぃ!」
「拘束用バリスタ及びバリスタと大砲の準備、完了しました!」
「王子!!一時お下がりください!!」
部下のその報告を聞き、ガレアス提督は大声で戦闘している王子に伝えるが、王子はその決定に対して言い返した
「構うなっ!俺ごと撃て!」
「それでは王子の身に危険が!!」
「俺1人死ぬかもしれない可能性と、国と民が確実に滅びる未来!どちらが重いかは考えるまでもなく明白だろ!!…うおっ!?」
そう言いつつ超至近距離戦を維持する王子の覚悟を汲み取ったガレアスは、忽然とした態度で指示を飛ばす
「…拘束用バリスタの発射用意!!」
「提督!?」
「先に拘束すれば王子が離脱する隙が出来る!早くしろ、王子の命懸けの行動を無駄にするなッ!」
「…! 了解しました!!」
1分か、それとも2分か?戦うものにとってそれ以上に長く感じる時間が過ぎ…その時が来た
「拘束用バリスタ、てぇーっ!!」
『撃てーっ!!』
空気を裂くような音を鳴らしながらロープが矢尻についた銛が幾つも飛び交い、イヴェルカーナの氷の装甲に食い込んだ
「…っ」
「王子が下がった!今の内に撃ちまくれェ!!」
例え鱗の下まで届いてなくとも、かの滅尽龍のように全身から銛を生やしてロープで雁字搦めにされた状態では、イヴェルカーナとてまともに動けない。必死に四肢に、翼に力を込めて藻掻く冰龍の姿に、騎士達はありったけのバリスタ弾と砲弾を撃ち込む
返しのついた鋲と火薬の塊は氷の鎧を次々と砕き、罅を入れ
ガヒュ!
『クォォン!』
…とうとう、鉄壁の防御の一部に穴を空けた
王子はそのチャンスを見逃さない。砲撃の嵐を掻い潜って腕を引き絞り、ランスのようにカクトスヒンメルを小さな傷に突き刺す
『キュォン!?』
深くもないが決して浅くもない。初めて与えられた強い痛みに冰龍が怯んだ隙に、突き刺さった太刀を足場にして高く跳躍し、同時に柄を掴んで抉り出すように太刀を抜き取り…
「チィェェェストォオオオッ!!」
バキャァア!
全体重を乗せた“気刃兜割り”が、イヴェルカーナの鎧を縦一閃で断ち切った
「やった、王子がダメージを与えたぞ!」
「油断するなッ!!まだまだこいつ元気だ!」
『クォォォオオオン!!』
その証拠に、イヴェルカーナは怒り狂うように白い息を吐き散らし、氷で出来た冠角を突き立ててくる
「チイィィィッ!!」
ガギャギャギャギャギャ!
大きく横にステップし、加えて太刀で受け流す事でギリギリ凌いで、傷のついた部分に反撃、罅割れをさらに大きくする
「フゥ…くっ、くぅ…!!」
如何に天才的なハンターと言えどテッカ王子は14歳の子供。子供にしては並外れたスタミナも、長い大自然を生き抜いてきたこのイヴェルカーナの前では脆弱に等しい
「王子サマ!これをっ!」
派手なブナハ装備を着た騎士の1人が袋を取り出し、そこからキラキラ光る粉を王子に向かって振り掛けた。すると疲れ始めていた王子の肉体は見る見るうちに元気になっていき、3連続での尻尾突きを何とか避け切る
それは回復薬グレート並の回復力でありながら近場にいる全ての仲間を回復させることが出来る“生命の大粉塵”だった。希少なアイテムを惜しみなく使ってくれた騎士に対して、王子は最大限の感謝を伝える
「ありがとう!!助かった!」
「どういたしましてーっ!!」
コンディションをある程度持ち直した王子は、改めてイヴェルカーナと対峙する
ブレス、躱す。ブレス、躱す。切る、突進、回避、切る。尻尾薙ぎ払い、水月の構えからカウンター。落下する氷塊、避ける、避ける、避ける──!
氷結能力による広範囲攻撃、そして30mは優にある全長とは思えない俊敏さは、その巨大な体躯もあって常に王子に紙一重の回避を強いていた。普段意図的に行っているものとは違う。少しでも動きを緩めれば即座にあの世行きだからこそ、どれだけ肺が冷たくて息苦しくても、止まることなく動き続ける
そんな攻防の最中、1人の騎士が渦中に飛び込む
「王子!!ここは私が隙を作ります!!」
「フィオレーネ!?」
片手剣を手に持ったフィオレーネが、テッカ王子と並ぶように現れる
「なんで出てきた!?お前じゃ近づくのは無理だ、死ぬぞ!!せめてランスで…」
「私は誇り高き王国騎士ですっ!!主君も守る為ならば…この命を失う事になっても悔いはない!!」
(そうでなければ、そうでなければ……私は何の為に騎士になったというのだ!?)
フィオレーネは直線に吐き出される氷結ブレスに対して横移動で躱しながら近づき、頭部まで肉薄する
(ここっ!!)
高くジャンプし、右腕に装備された盾をアッパーカットの要領で顎に打ち込む。それでグラついているイヴェルカーナの氷角に向かって…フィオレーネは勢いよく盾を叩き込んで砕いた
それは王子に教えてもらった片手剣の鉄蟲糸技“昇竜撃”と酷似している技だった
その威力は強烈であり、頭部に2回盾を叩き込まれたイヴェルカーナは堪らず眩暈を起こすほどだった
『……! キュォォオオン!!』
「なっ!?」
俯いていたイヴェルカーナは頭を軽く振り、しかし次の瞬間には足元にブレスを放ち、フィオレーネの脚を地面ごと凍らせた
昇竜撃は本来翔蟲を使った勢いのあるアッパーと、翔蟲で空高く跳ぶことで落下の勢いが増し、その速度で盾を叩きつける事で初めて眩暈を起こす威力の出る技だ
だがフィオレーネは自らの脚で跳んだ。それが隙を作れなかった最大の原因であり、人間1人の限界でもあった
「脚が…しまった、このままで──」
そして前を向いた時には既に、硬い氷で補強された冰龍の靭尾が突き立てられようとしていた
(死──)
ドン!
ガギャズシュァ!
しかし、フィオレーネの肉体を襲ったのは氷槍で穿たれたものではなく、左から人に勢いよく突き飛ばされたもの
なのに肉を引き裂いたような音が聞こえて
そして、先程まで自分がいた場所を見てみれば
水月の構えで攻撃を受け流し切れず、掠めた右の目元の肉を抉られ、血を飛び散らせているテッカ王子の姿があった
王国最強と謳われる狩人が、スローモーションのようにゆっくり倒れていく感覚がフィオレーネを襲う
「王子…!?」
『王子ィッ!!!』
頭部から血を飛ばすその光景に、ガレアスが、ロンディーネが、援護していた騎士全員の声が重なった
「姉上!!目を塞いでください!!」
「ッ!」
背後から聞こえてきた妹の言葉にフィオレーネが目を瞑る
カッ!
『キュォォ!?』
直後、ロンディーネによってイヴェルカーナの眼前まで放り込まれた閃光玉が炸裂し、その光をモロに浴びた氷の古龍は視界を奪われる
「姉上、王子を連れて早く!!」
「分かった…!!」
太刀を拾う余裕がなかったフィオレーネは、カクトスヒンメルを置いてテッカ王子を背負い、暴れ狂うイヴェルカーナに背を向けて走る
騎士達がバリスタや大砲、ボウガンで遠距離に徹して対応する中、後方まで辿り着いたフィオレーネはキャンプ内で王子を静かに下ろす
「傷は!?」
「血はそこまで流れていない。しかし…目が…」
仰向けに寝かされた王子、その顔は痛々しく裂けた上で凍りついており、右目の眼窩は外側が削り飛ばされ、中では出血と露出した神経が軽く凍っていた
「マズイ…!大至急救護班を呼べ!!」
ロンディーネが檄を飛ばす。王国でも指折りの医者が衰弱していく王子の治療をしていく様に、フィオレーネは目を逸らすように俯く
「フィオレーネ」
そんなフィオレーネに声をかける者が。フィオレーネはゆっくりとその者に顔を向け
バキッ!
「ぐっ!?」
左頬を握り拳で殴られた
「アルロー教官!?何を…」
隣で突如起きた出来事にロンディーネが驚くが、それを無視してアルローはフィオレーネの胸ぐらを掴んで怒鳴る
「フィオレーネッ!!お前、自分が何をやったか分かっているのか!?」
「う…そ、それは…」
「独断専行で突っ込んで王子の足を引っ張った挙句その王子に庇われて大怪我を負わせるなど、それでもお前は王国騎士か!!」
「わ、わたし……わた、し、は……」
目尻に涙を浮かべて震えた声を漏らすフィオレーネに、アルローはさらに口を開き
「止めろアルロー…!!今は下らん諍いを起こしてる場合じゃない、王国の危機だぞ…!!」
アルローを制止する声が、治療中の救護班達の中から響く
「お、王子!?」
「テッカ王子!?意識が!?」
「クソ、右目が痛え…いや違う、違和感があって、そして目が見えてないってことは…そうか……」
「王子、寝ていてください!!今我々が治療致しますから!」
右目があった部分を押さえて起き上がろうとする王子を無理にでも止めようと医者の1人が言うが、王子は凍りついた眼窩の中身に指を這わせながら言う
「どうやってだ?」
「え?」
「治療するにはこの凍りついた顔を溶かさなければならない…そんな設備はここにはない、違うか?」
「それは…」
立ち上がり、体を軽く動かしながら王子はロンディーネに聞く
「前線はどうなっている」
「今、ガレアス提督の指揮の下、騎士達が戦闘していますが…おそらく長くはもたないかと…」
「俺の太刀は?」
「置いてきました。戦場のど真ん中で放置されています」
「そうか……」
王子は手を握り、開きを繰り返し、その様子に左目だけになってしまった視線を向ける
懐に手を入れ、回復薬グレート2本とホットドリンクを一気に飲み干すと、テントの出入り口に向かいながら言う
「早くお前達も準備しろ。戦線に戻るぞ」
「何を仰っているのですか!?王子は右目が見えていない状態なのですよ!?バカな事を言ってないでお休みください!!」
「バカな事?バカな事というのはあのクソ古龍に俺達の国が滅ぼされる事の方だろう?俺が戻らねば、一体どれだけ多くの犠牲が出ることか」
顔の凍結した部位を撫でながら、王子は言う
「傷を凍らされたのは不幸中の幸いだったな、おかげで痛みがないし止血もされている…俺は行くぞ」
「王子っ!!」
聞く耳持たずキャンプの外に出てしまった王子を追い掛けるべく、ロンディーネは走り出した
煩わしい。イヴェルカーナはそう考える
人間は弱いが数は多く、そして賢しい事を、悠久の時を生きてきたこの古龍は知っていた
それだけに、余計な
その人間はまるで幻獣のように素早く、或いは霞龍のように捉えどころがなく、鋼龍のように攻撃を弾き、そして炎龍の
正しくその人間はイヴェルカーナにとって脅威の認識となり、だからこそ今、周囲で騒ぎ回る弱いだけの人間達が煩わしくて仕方なかった
それ故に、冰龍は周辺一帯を壊滅すべく冷気の力を最大まで解放し…
直後、垂直に降ってきた乱入者の剛力がイヴェルカーナに襲い掛かった