どけ!!!俺は(姫様の)お兄ちゃんだぞ!!!   作:ジャギィ

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第5話

王子と王子を追い掛けてきたロンディーネとアルロー、そしてアルローに引っ張られてきたフィオレーネが首都中央まで辿り着くと、戦場を俯瞰しているガレアスに王子が話し掛ける

 

「ガレアス!!」

「王子…!?何故ここに?貴方の今の怪我では…」

「王国の危機にそんな事言ってられるか!戦況は!?」

「戦況は……今は全ての騎士達を引かせています。()()()()()()()()()

「なんだと?巻き込まれない…?一体」

 

何から、と言い切る前に、王子達の目の前で何かが連続で飛翔し、その“龍風圧”に全員が怯む

 

そして飛び上がった何かに目を向けて…王子は驚愕の表情でその名を口にした

 

「イヴェルカーナと……メル・ゼナ!?」

 

そう、今首都の上空でドッグファイトを繰り広げている2体の龍。1体は首都に襲来した怨敵とも言えるイヴェルカーナ

 

そしてもう1体は…遥か昔からこの王国を縄張りとしている古龍“爵銀龍メル・ゼナ”だった

 

極寒の息吹を避けながら飛び交い、三叉の槍状の尾を突き立てるも、同じように氷槍を繰り出すイヴェルカーナに防がれ、空中で鍔競り合う2体。互いに弾かれたように離れ、絶対零度で空気を瞬時に凝固させ氷の礫でカーテンを作る冰龍に向かって、メル・ゼナは力技で突破しようとする

 

細かい傷を作りながらもイヴェルカーナの元に辿り着いたメル・ゼナを、しかしイヴェルカーナはブレスで動きを鈍らせながら掴みかかり、そのままメル・ゼナを下敷きにして建物に落下した

 

「街が!」

「これが…古龍同士の縄張り争い…」

 

天災足り得る古龍が争い合うのは、嵐が自由自在に動き回ってぶつかり合うに等しい事態だ。その証拠に街は次々と粉砕され、とうとう流れ弾のブレスが城の一部を破壊した

 

「チッチェ!!お母さん!!」

「王子!?無謀です!」

「マズイ!王子を連れ戻せ!!」

 

それを見たテッカが反射で高台から飛び出す。不幸中の幸いにもカクトスヒンメルは壊れておらず、古龍達も離れていた為回収は容易かった

 

「あいつらっ!」

 

脳みそまで冷やされそうな感覚を堪えて、イヴェルカーナとメル・ゼナの元まで走り出す

 

辿り着いた場所ではメル・ゼナが組み伏せられていて、両前脚で押さえつけられて藻掻いている爵銀龍に冰龍がダメ押しのブレスを吐こうとする

 

(メル・ゼナが押されている…!?)

 

それほどまでの強さなのかと戦慄する中、王子の気配に気づいたイヴェルカーナは視線を小さな強者に向けた

 

“あの人間か”

 

『クルォォオオオン!!』

 

靭尾をメル・ゼナに突き刺し、その膂力で城の方面まで投げ飛ばすと眼前の敵に意識を向ける

 

「うぇあああああっ!!」

 

初撃をステップで避けて、左から啄んでくるのを翔蟲と糸でガードし、返しの一太刀を顔に浴びせる。しかしイヴェルカーナは怯まない

 

冰龍にとって軽い爪撃、しかし人間にとっては必殺の一撃をスレスレで躱し、氷鎧の砕いた部位を攻撃し…あまりに硬いその手応えの正体に歯噛みする

 

「反則だろそれは…!」

 

そこに罅割れた氷の装甲はなく、初めて対峙した時のように無傷の氷殼があった。メル・ゼナに危機を覚えたイヴェルカーナが氷を纏い直したからだ。王国騎士達と必死に積み重ねた時間は、いとも簡単に無に帰した

 

(いや、あくまで直ったのは氷の部分だけ!傷まで治ったわけじゃない!大丈夫…大丈夫だ…!!)

 

折れかけた心を無理やり繋いで太刀を握り直し…瞬間、横から突進してきたメル・ゼナが目の前にいたイヴェルカーナを吹き飛ばす

 

「うわっ!?」

『キィオォォォォン!!』

 

甲高い咆哮と共に翼を腕のように叩きつけて氷の鎧を粉砕するメル・ゼナ。当然イヴェルカーナも黙ってやられるままではなく、マウントを取る爵銀龍に向け至近距離でブレスをぶつける。それをモロに受けたメル・ゼナは後退し、しかし翼を前面に広げてブレスをある程度受け切ると、照射され続ける冷却ブレスから素早く逃れる

 

『クルルルルルゥ!!』

『グルルルルルゥ!!』

 

互いに威嚇し合い、そして再び始まる縄張り争い

 

(なんだ…?なんか違和感が…それにあのメル・ゼナ、姿が少し違うような…)

 

そこにようやくロンディーネ達が到着し、王子の腕を掴んで引っ張る

 

「王子、ここは引きましょう!!もはや我々がどうにか出来る事態を超えています!」

「ダメだ…ここで引いたら、この国が終わり、国民も大勢死ぬ。まともに戦えるのは俺しかいない…お前達は援護を──」

「いい加減にしてくださいっ!!」

 

戦いに赴こうとする王子の両肩を掴んで無理やり向き合わせると、心の内に溜めていた感情をロンディーネは吐き出した

 

「何故王子はそうも死に急ぐのですか!?貴方様は王族で、本来こんな所にいてはいけない人なのです!どうしてそう自分で戦いたがるのですか!?」

 

それは、多くの王国騎士達がずっと抱いていた、そして隠し続けてきた不満の代弁でもあった

 

自分達より遥かに強く、戦果を挙げ続ける王子。王子が物事を解決すればするほど、騎士達は何の為に戦うのか分からなくなってしまう。それはフィオレーネが爆発させた恐怖の感情と同一のものだ

 

多くの騎士達が、アルローが、ガレアスが、フィオレーネが見ている中、涙を流しながらロンディーネは弱々しく呟く

 

「そんなに我々は頼りないのですか…?そんなに我々は、信用出来ないのですか…?」

 

近くでは古龍同士が暴れている。一刻の猶予もない以上、こんな問答は無視して然るべきなのだろう

 

「そんな訳ないだろう」

「…え?」

 

だが、王子は己の心に従って言った

 

「俺はまだまだガキだが、お前達騎士はいつだって真っ直ぐで、ひたむきで、そして何より絶対に裏切らない『確信』がある。こんなに頼りになる家臣が他にいるか?」

「では、何故…」

「…俺に為政者としての才能はない。次期国王なんて持て囃されているが、自分はよくても他人の犠牲は許容出来ないから、大事な決断が出来ないから、全部を拾ってるうちに大切なものを全て落としてしまう。俺はきっと歴代一の愚王になるだろう」

「そんな事誰も思いませんッ!」

「だからチッチェを、お母さんを、みんなを守ろうとした。そうする事が、結果として王国の為になると思ったから」

 

ドスゥゥン…!

 

家屋を巻き込んでメル・ゼナが墜ちてくる。暗雲の空を飛ぶイヴェルカーナはこちらを見下しており、騎士の誰もが息を呑んだ

 

「メル・ゼナですら…」

「もう…王国は…ダメなのか…」

 

王国が長年戦い続けてきた宿敵ですらやられる様に絶望が蔓延し、皆が諦めていく中…テッカは眼前で倒れる爵銀龍を見た。まるで運命であるかのように

 

王子の持つ翔蟲がメル・ゼナに向かって飛び交い、四肢に強靭な糸を繋げ、そして王子は糸を両手に持ったまま…メル・ゼナの背に飛び乗った

 

『王子!?』

 

モンスター、それも古龍の背に乗り、そして操ろうとしている未来の主君の姿に全員が驚愕の声を上げる中、振り下ろそうとするメル・ゼナに必死にしがみつきながらテッカは言う

 

「メル・ゼナ…あいつが憎いか?許せないか?」

 

襲い掛かる氷ブレスを翼の盾にして防御するメル・ゼナにテッカは愚直に語り掛ける

 

「俺達もあいつが許せない。チッチェが大好きな平和な王国を壊そうとするあいつを許さない…お前に俺達の言葉は分からんだろう…」

 

思い馳せるのは未だ幼い妹、毅然とした仮面を被る本当は優しい母、国と家族の為に陰で支え続ける父、そして後ろでついてきてくれる臣下と国民

 

それらが全て、凍らされ、砕かれようとしている

 

「だが、もしお前に、俺の心の怒りがほんの少しでも分かるなら…力を貸せッ!!今だけでいい!!」

『…………』

 

しっちゃかめっちゃかに糸を動かすがまともに動かない。ここは夢のような現実、ゲームのようにボタンを押して簡単に操れるわけではない

 

「どうすれば…!?」

『クォォォオオオン!!』

「クソゥ!!」

 

万事休すか。そう思ったその時…不意に右腕の糸が引っ張られる。見ればメル・ゼナの右翼が大きく引き絞られていた

 

『お兄様』

「ッ!!」

 

イマジナリーチッチェの声が聞こえて、一か八かで糸を動かした。すると折りたたまれた翼が槍のように放たれ、冰龍の氷の鎧を貫いた

 

『キュォン!?』

「で…出来た…」

『グルルルルルゥ…!』

「…ありがとう、チッチェ…やるぞ……やるぞ!!メル・ゼナ!!」

 

王子を背中に乗せた爵銀龍が、後脚で立ち上がり、翼を広げて高らかに咆哮する

 

『キュルオォォォォォンッ!!』

「ぐうう…!」

 

糸を器用に持ちつつ耳を塞ぎながら、後脚の糸に力を込める。するとメル・ゼナはビシュテンゴのように尻尾だけで直立し、次の瞬間石床を削りながら三又槍を冰龍の胸元を突き砕く

 

『クォォオオオッ!!』

「来る…! ッここぉ!!」

 

激昂したイヴェルカーナは猛吹雪より過酷な氷ブレスを吐くが、王子が横向きに糸を引っ張れば、メル・ゼナだけでは不可能な横移動で攻撃を回避。反撃の薙ぎ払う銀翼が全身の氷を削ぎ落とす

 

「王子…」

「…我々は…夢でも見ているのか…?」

 

ガレアスの呟きが冷やされた空気に融けて消える

 

「みんな!!聞いてくれ!!」

 

操竜でイヴェルカーナを抑えながら王子が叫ぶ

 

「俺はいつだってお前達王国騎士を頼ってきた!!だから自分のやるべき事に集中出来たし、女王陛下や姫の事も任せられた!!でも、俺はお前達の忠誠にちゃんと応えられてやれなかったんだな…」

 

そんな事はない。不満が嘘とは言えないし、無茶ぶりに何度も振り回された。でもそれは、民も騎士も平等に大切に思ってくれていたからこその行動だというのを誰もが知っている

 

「お前達は、俺の決断について来てくれるか!?理想で、絵空事で、夢物語ばかり望む俺を…信じてついてきてくれるかッ!?」

 

全ての騎士の心は、1つだった

 

「…信じてくれるなら、命を懸けて戦ってくれ!!そして………必ず生きて帰るぞッ!!

『はっ!!』

 

龍に跨る王子の怒号が、全員の燻っていた心に火をつけた。龍同士が戦っている間に、無事なバリスタや大砲に弾を詰める

 

「くらえええええっ!!」

 

そして、メル・ゼナが全体重を乗せた叩きつけをイヴェルカーナにぶつけ地面を砕くと同時に翔蟲の糸が切れ…全身の氷が砕けたイヴェルカーナが大きく倒れる

 

「今だっ!!一斉攻撃!!」

 

ガレアス提督の号令で、バリスタや大砲が次々と冰龍の一際硬い重殻や剛翼に傷を与えていく。これにはイヴェルカーナもダメージを免れず、痛む体を必死に起こす

 

生存本能からカクトスヒンメルを手に迫る王子に向けて、絶対零度の息吹を吐こうとし

 

「私はもう…間違えない!!」

「フィオレーネ!」

「命を懸けて、王子を守るっ!!」

 

どこから拾ったのか、野生の翔蟲で空高く飛翔したフィオレーネは、全力全開の力で盾をイヴェルカーナの頭部に打ち込んだ

 

ドガン!

 

『キュォッ!?』

 

大きな音を鳴らす一撃はイヴェルカーナの意識を一瞬刈り取った。それでもイヴェルカーナはすぐさま体勢を立て直すが、その一瞬の隙に王子は既に、頭を足場に宙を舞っていた

 

そして、高くかざしたカクトスヒンメルが雲の切れ間から覗かせた太陽の光で輝き…

 

「刮目しろ古龍…!これが人間のっ!」

 

 

「お兄ちゃんの力だあああッ!!!」

 

 

──気刃兜割りが、イヴェルカーナの右目を大きく斬り裂いた

 

『クオオォォォォォン!!?』

 

生まれてから1度も感じたことがない激痛に、大絶叫の咆哮を上げるイヴェルカーナ

 

だが、そんな戦闘において致命的なダメージを与えたにも関わらず、王子の表情は苦々しかった

 

「届かなかった…!!」

 

生物にとって最大の弱点、脳を断ち切るつもりだったにも関わらず失敗した。げに恐ろしきは古龍の頑丈さか

 

霜の上に右目から垂れ流す古龍の血が落ちる。気力だけで立ち続け、カクトスヒンメルを構える王子の視線が、始原の恐怖を凝縮した左眼の眼光とぶつかり合う

 

パキ パキ

 

冰龍の体から発する冷気が、自身の右眼の傷口の血を凍らせ、止血する

 

「……ッ……ッ……!!」

『クルルルゥ…!!』

「王子…!」

 

緊張した拮抗状態…それを破ったのは翼を広げて空を舞ったイヴェルカーナだ

 

『クォォォオオオンッ!!』

 

天高く雄叫びを上げ、こちらを少し睨むと、傷だらけの冰龍は雲の中に消えていった

 

「逃げた…?」

 

騎士の1人が漏らした呟きに、緊張が解けた王子が崩れ落ちるように太刀を落として倒れ込むのを、近くにいたフィオレーネが支えて止める

 

「王子!!」

「うっ……」

 

イヴェルカーナは撃退出来た。しかし、もう1つの問題が王子とフィオレーネの前に現れる

 

「メル・ゼナ…!」

 

みんなが満身創痍で戦う力など残っていない

 

もはやこれまでかと騎士達は歯噛みするが、王子だけはこちらをジッと見つめる爵銀龍の姿に疑問を抱いていた

 

「………?」

『…………』

 

それから少し時間が経った後…メル・ゼナは身を翻し、翼を羽ばたかせて都市から去っていった

 

「去っていった…何故…?」

 

メル・ゼナは凶暴で獰猛な古龍。そのはずなのにまるで不干渉を貫くような態度で消えていった事にフィオレーネは訝しむ

 

そして、王子の体力も限界だった

 

「王子…?……おうじ……!……うじ……!!』

 

薄れゆく意識の中、テッカは最後に考えていたのは、戦闘中に感じていた違和感の正体

 

 

(そういえば…あのメル・ゼナ…最後まで()()()()を……使わなかった、な……)

 

 

その思考を最後に、テッカの視界はブラックアウトした




連続投稿はこれで最後。当分更新に時間が掛かると思うので気長に待ってくださいね

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