どけ!!!俺は(姫様の)お兄ちゃんだぞ!!!   作:ジャギィ

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第9話

“恐暴竜イビルジョー”

 

“健啖の悪魔”や“貪食の恐王”とギルドでも恐れられている古龍級生物の獣竜種モンスター。このモンスターが古龍に匹敵する危険度を持つ理由は、古龍に追随する強さや一線を画す凶暴性もあるが、何より恐ろしいのは次の一点

 

──異常なまでの『食欲』である

 

イビルジョーは代謝が非常に高く、強靭な巨体と体の体温を維持する為に常にエネルギーを必要としている。その為に周辺の生物を…それこそ火竜や角竜といった生態系の上位に位置するモンスターすらも区別することなく襲い、殺し、喰らい、そこの生物を喰い尽くせば、新たな餌を求めて別の地域に移動する

 

当然喰らい尽くされた地域の生態系は崩壊するし、その生態故に特定のテリトリーを持たないイビルジョーは、死ぬまで徘徊し続けて周囲の生き物を根こそぎ喰らうだろう…人間さえも。恐暴竜が通った後に残るのは生き物が殆ど生きていない大地のみ

 

まるで古龍が通ったような、いや、例えかの“風翔龍クシャルダオラ”が通った後ですら生物や自然が一定数残っていることを考えれば、これ程の被害を出す古龍もそうそういない

 

だからこそ、イビルジョーは古龍級生物としてハンターズギルドに危険視され、その動向が確認されれば即座に周辺の地域に情報が行き届くようになっている

 

──そして今、その地獄の悪鬼の如き怪物が、大自然とそこに住むモンスターを片っ端から壊し、胃袋に収めていきながらチッチェ達を追い縋る

 

「うっ…!うう…!」

「ジェイさん、しっかりしてください!森を抜ければすぐにキャンプに着きますから!」

「は、はい…!」

 

ハンターが使用するキャンプの周辺には、モンスターが蛇蝎の如く嫌う臭いが散布されている。縄張りの侵入者を息絶えるまで執拗に追い掛ける()()ラージャンが諦めるレベルと言えば、その効果の程が分かるだろう。尚、アイルーら獣人族や訓練されたモンスターであるガルクはこれらの臭いに慣れているため平気である

 

しかし、あの完全暴走状態のイビルジョーが止まってくれるかはチッチェにも分からない。それでも藁にもすがる思いでそこに行き、そして時間を稼いでいる間に自分が居ないことに気づいたテッカが助けに来てくれることを祈るしか…

 

(…来てくれるの、かしら…)

 

だって、だってお兄様には、ヨモギという新しい妹がいる。それに自分は、お兄様に対してあんなにも酷いことを言ったのだ。いくらお兄様が優しいといっても、そんな事を言う妹に愛想を尽かさないでいられるのか?

 

(お兄様はもう…わたくしのこと…)

「──チッチェ姫、危ないっ!!」

「キャッ!?」

 

思考の海に溺れている最中、唐突にジェイがチッチェを抱えて横っ飛びにジャンプする。同時にガルクも加速してその場から離れ…直後、掘り返された巨大な岩がチッチェ達の居た場所に落ちてきた。もし反応がもう少し遅れていれば、2人と1匹は大地のシミになっていただろう

 

空中の岩の衝撃を受けたジェイは、チッチェ姫を傷つけぬよう抱え、そのまま樹木に直撃した

 

「うがっ…!!」

「あう!……はっ!ジェイさん、大丈夫ですか!?」

 

ジェイの腕から出たチッチェが呼び掛ける。元々イビルジョーの一撃で左腕と肋骨がやられていたのを、今の衝撃でさらに内臓にまで傷がいった。早く治療しなければ、ジェイ自身の命が危なかった

 

「ちっ…ちぇひ、め…じ、じぶんをおい、て…にげ…!」

「そ、そんな事出来ません!わたくしの我儘で貴方を巻き込んだのに、その貴方を置いて逃げるなんて…!」

「はやく、いってくれ…ッス…!ひめ、がし…しんだ、ら…じぶん…しんでも…しにきれ、ガハッ!」

 

倒れたまま血を吐く騎士の姿に、自分がこんな事を彼に頼まなければと何度も慚悔の念を抱かせるチッチェ

 

パキン!

 

その音に振り返る。飛んだ際に外れたチッチェのメガネを恐暴竜が踏み砕いた音だ。ゆっくりと、ゆっくりと、魔物のような禍々しい面構えでチッチェ達に歩み寄るイビルジョー

 

「いや…死にたくない…!わたくし、まだお兄様に謝ってないのに…!」

 

だがあの時と違い、兄は一緒に来ていない。それどころかここに来たことすら伝えていない。兄が助けに来る可能性は那由多の彼方より遥かに遠い

 

「助けて…!!」

 

それでも、チッチェは叫んだ。8年前、ちょうど今みたく、木々に囲まれた沼地の中で、オルギィに囲まれて絶体絶命だった時のように

 

 

『ゴガァアアアア!!』

「助けて!!!お兄様ぁ!!!」

 

 

 

ガギャァ!

 

 

 

「………え?」

 

抱えた頭で見上げる。視線の先には、氷で出来た鞘を背負い、青く美しい太刀を恐暴竜の口に押し込みながら、地面を割る怪力と必死に渡り合う男の姿があった

 

エスピナZシリーズを主軸に構成された防具、風を送り込んだ鉄釜の火のように点々と緋色に煌めく茶色い短髪…全て知っている背中だった

 

オルギィに囲まれた時に見た背中と、今見ている背中がピッタリと重なり合う

 

「お兄様…?どうして…」

 

どうしてここに?どうしてこんなに早く?どうして助けてくれたの?

 

色々な意味が詰まった『どうして』に対して…テッカは何ひとつ揺らぐ事なき意志で答える

 

 

「俺が、お前のお兄ちゃんだからだ」

 

 

たったそれだけ

 

たったそれだけの一言で

 

チッチェの中の不安も恐怖も全て溶け、涙となって完全に流れ落ちた

 

「お兄様……!!」

 

だが、そんな感動の場面など知った事かとイビルジョーは蠢き、口の中に突っ込まれた得物すらも糧にすべく噛む力をさらに込める

 

加えてイビルジョーの酸性の唾液が青い太刀を侵食する。今はまだ堪えているが、これ以上刃が溶ければテッカは太刀ごとイビルジョーに噛み砕かれるだろう

 

『ゴァッ!?』

 

しかし、その時不思議な事が起こった。溶けたはずの太刀の刃が…()()()()()()()()()()()()()()()()()()、やがて酸の溶解すらも意に介さない刀と化す

 

「どうした?食ってみろよ、遠慮せずに」

 

テッカは、怒りで何倍にも倍増した膂力でイビルジョーの顔をゆっくり押し返し…

 

「遠慮せずに……喰らいやがれっ!!」

 

ザムゥ!

 

『ゴァアアアア!?』

 

太刀を思いっきり振り抜き、イビルジョーの舌と右頬を大きく切り裂く。不快な叫び声を上げる恐暴竜を冷たく睨めつけながら、顔を踏み台に高く跳び、気刃兜割りでイビルジョーの左目を奪う

 

沼地に纏わりつかれながら激痛に暴れ回るイビルジョーを他所目に、アイテムポーチから取り出した“生命の大粉塵”を2人にかけ、さらにジェイには“いにしえの秘薬”を無理やり飲ませる。これで少なくとも、ジェイが今すぐ死ぬような事はなくなった

 

「チッチェを守ってくれてありがとう…よくやってくれた、ジェイ」

 

回復していく意識の中で、ジェイは確かに王子のその言葉を耳にした

 

イビルジョーの懐に近づき()()()()()の臭いを擦り付けると、テッカはチッチェとジェイが居る場所とは真反対の方向に大きく移動して陣取った。足元に“打ち上げ花火”を置いて点火し、打ち上げられた花火が派手な音と光を夜空で炸裂させる。そして…

 

「お前みたいな生態系を大きく狂わせる奴が相手なら、『捕獲』する必要もないな。何より…!」

『ゴガァアアアアッ!!』

「よくも…俺の可愛い“妹”を傷つけやがったな!!許さねえっ!!生きたまま(なます)にしてくれるッ!!」

 

激怒の咆哮を容易く受け流しながら、テッカは新たな太刀“氷霊エルサルカ”を構えた

 

イビルジョーは嫌な臭いを発する餌を喰い殺すべく、大きく口を開け、その(あぎと)で噛み砕こうとする。しかしテッカはこれを何の気負いもなく避け、下から牙が突き出た下顎をスライスする

 

またもや激痛を味わう恐暴竜だが、もはや痛みよりも飢餓の苦しさの方が上回ったイビルジョーは体が発する危険な信号を無視してひたすら目の前の獲物を喰らおうとする

 

だが、この怒りの王子には何一つ通用しない。激昂してるにも関わらずあらゆる攻撃を、それこそ不規則に飛び散る唾液すらも機械的に躱し、受け流し、防ぎ、巨大な岩石の投げ飛ばしや龍ブレスに至っては、虚空に振るった唐竹割りで真っ二つに断ち切ってしまうほど

 

「す…すごい…!」

(おうじ…めちゃくちゃ、すぎるくらい…つよい、ッスよ…)

 

かつてこの森で見たテッカの戦う姿もまるで踊るような太刀捌きで綺麗だった記憶があるが、これはもはや生物としての格が違う。ボヤけた視界の中ですら、戦いの素人であるチッチェにもその事実を有無を言わさずに理解させていた

 

たった数分にも満たない戦いにも関わらずイビルジョーは気の毒になるくらいボロボロになっており、当然の如くテッカは何一つとして消耗していない。ちょうど花火も終わっていた

 

『ゴガァァ…!!』

「フゥー…!」

 

イビルジョーは恐怖した。自分の足元程度の大きさの生き物が、自分の命を容易く摘もうとしていることに。若い個体だが古龍とも戦い、退けてきた自分が今、喰われ(殺され)そうになっている

 

その事実がイビルジョーの生存本能を強く刺激し、第一優先である食欲すらも放棄して逃げることを選ばせた

 

『ガアァ!?』

 

だが、それすらも急に体を襲った痺れる感覚によって阻止される。見ればいつの間にか接近していたテッカがイビルジョーの足元にシビレ罠を置いており、絶対にここで殺すというテッカの意思がその行動から滲み出ていた

 

そして、翔蟲を恐暴竜の頭部に飛ばし、居合の構えのまま繋がった糸で翔蟲に向かって水平に飛び

 

「お前も、これ以上生きてもさらに長く苦しむだけだろうに…しかし俺のエゴでもある。だから」

 

“もう眠れ。せめて安らかに”

 

──居合切りに遅れてやってきた気の斬撃が頭部を何度も斬り裂き……そのままイビルジョーは大地を揺らすほどの勢いで倒れ伏した

 

残心をするテッカ。そして武器を仕舞って素材の剥ぎ取りをすると、最後にイビルジョーの死体に手を合わせ、静かに目を瞑った…

 

「…………」

「お兄様…?」

 

…その後、森の出入り口の方面から遅れてフィオレーネ、ロンディーネ、シキがガルクに乗って現れる

 

「王子!花火が上がっていたからもしやと思えば…」

「遅いぞお前ら。怒り喰らうイビルジョーはさっき討伐した、チッチェ姫と王国騎士ジェイも無事だ」

「いや、5分程度で古龍級生物を狩った師匠が早過ぎるだけでしょ…」

「やかましいぞバカ弟子、お前も直に出来るようになる…チッチェ姫は擦り傷程度だが、ジェイがかなりの重傷だ。キャンプで最低限の応急処置をした後急いでエルガドに帰還させるぞ。ロンディーネはフクズクで伝令を飛ばし、緊急治療の準備をさせろ」

「はっ!」

「シキは…フィオレーネを手伝ってやれ。ぶっちゃけやる事がなくなった」

「俺だけ扱い雑っ!」

 

 

 

キャンプ内にてジェイの応急処置を終えた後、フィオレーネはチッチェの軽い傷を手当していた

 

「これで治療は終わりです」

「ありがとうございます、フィーネ」

「浅い怪我だけで良かったです…貴女様の身に何かあれば、女王陛下に顔向けが出来ません」

「…ごめんなさい、フィーネ…わたくしのせいで、貴女達やジェイさん、お兄様にも迷惑を掛けてしまいました…」

「…今回の件に関しては、自分が事の発端だと王子自身が仰ってました」

 

その言葉に驚くチッチェ。とんでもない、自分の短慮な行動が今回の事件を招いたのだ。自分が謝ることがあれど、兄が謝ることはない

 

「お兄様は!?」

「桟橋の付近にいるかと…」

 

それを聞いて、飛び出すようにキャンプを出るチッチェ。右の方を見れば、確かに桟橋の上にテッカがいた

 

「お兄様!!」

 

琥珀のような瞳がチッチェを貫く

 

「あ………あ、あの、お兄様…その、わたくし…」

「チッチェ、()()()()()()()()

 

その口調は、兄としてではなく、王子としてのテッカの話し方だった

 

チッチェが恐る恐る近づく中、テッカは右腕の『エスピナZファオスト』を外し、しゃがんで目線を合わせてから

 

 

パン!

 

 

──近づいたチッチェの左ほっぺを叩いた

 

「───」

 

何が起きたか分からない顔をするチッチェ

 

当然手加減はしていたし、張った跡など絶対残らないよう配慮もしていた。だが、それはテッカが生まれて初めて、妹に対して振るった暴力だった

 

「どうしてこんな危ない事をしたんだ!!チッチェッ!!」

 

そして、兄に怒鳴られるのも初めての経験だった

 

今まで叩いた事も怒鳴った事もない兄がそれを自分にした。そこまで自分は兄に嫌われたのかと思うと思わず俯いてしまい、そのまま涙がじわりと滲み出てきて…

 

 

「俺が一体どれだけ心配したと思ってるんだ!!!」

 

 

ハッと顔を上げる

 

テッカは確かに怒っていた。テッカはハンターだ。それはつまり、命のやり取りを生業とする者でもある。命と向き合うハンターに対し大きな敬意と誇りを持っているテッカだからこそ、受付嬢でありながらそれを軽んじて、危うい行動をとったチッチェには怒りを持っていた

 

しかし、同時に涙も流していた。怒りの表情を引っ込め、悲しそうな顔で力強く妹を抱き締める

 

「分かってるよ…!お前にそんな事をさせたのは俺が1番の原因だ…!でも、でも、お前が居なくなったら、俺は一体何のために生きればいいって言うんだ…!お前は…俺の生きる希望なんだから…!!」

「お…お兄様……ッ」

「ぶってゴメン…!痛かったろうに…!ゴメン、ゴメン、お兄ちゃんが悪かった!許してほしい、チッチェ…!!」

 

首筋に滴る涙の温かさに、チッチェも涙を零した

 

「おにいさまぁ……うぇ…うぇええええん!!」

 

兄は自分を嫌ってなどいなかった。子供の頃と同じ、いや、それ以上に大きな愛をずっと自分に向けてくれていた

 

そう思うと6年間の不安などどこかに飛んでいって、安心し切ったチッチェはひたすら兄に抱きついて謝り続けた

 

「ごめんなさいおにいさまぁぁぁっ!!ちっちぇがわるいこでしたぁぁぁ!!ごめんなさいぃぃ!!」

「叩いてゴメン〜ッ!!ちゃんと話さなくてゴメン〜ッ!!お兄ちゃんを嫌わないでくれ〜ッ!!」

「きらいなんかじゃないですぅぅぅ!!ちっちぇはおにいさまがだいすきですぅぅぅっ!!」

「俺もだよ〜!!チッチェ〜ッ!!」

 

さざ波の音を掻き消すほどの大音量で、本当によく似た兄妹は、桟橋の上で互いに抱き合いながら泣き続けるのであった…

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