改稿前に読んでいた方は、できれば前話の後半からもう一度読み直していただきたいです。
上井大学は多くの学生たちで賑わっており、明るい雰囲気を醸し出している。楽しげに談笑する者や、サンドイッチを食べる者、仲の良さそうなカップルなど、様々だ。
その中にカネキとヒデの姿もあり、二人は歩きながら他愛もない話をしていた。
「オレは学園祭の資料DVDもらいに西尾先輩んとこ寄ってくけど…カネキはどうする?」
ヒデが尋ねるとカネキは特に考えることもなく答えた。
「いっしょに行くよ、暇だし」
ヒデは学園祭の実行委員だからか資料がいるらしい。このあと予定がなかったカネキは何となくついていくことにした。
二人は先輩とやらが居るという部屋に向かう。
「毒っぽい人だから気を付けろ。変なことすんなよな」
カネキが何かしでかすのではないか。ヒデは少し心配だった。
「変なことなんてしないよ。子どもじゃあないんだからさァ」
しばらく歩いていると目的の部屋に着いた。
「――あーここだなちょっと待っててな」
ヒデは部屋の扉を開けようと手を掛けたが、カネキにいきなり腕を掴まれたため開けられない。
「オイオイ…ノックくらいしろよなァァー」
「おっと、そうだな。うっかりしてたぜ」
カネキが非難するようにヒデを見ると、ヒデは苦笑いしながら軽く頭を掻いた。
「まったく……いきなり入ったら失礼だろ」
カネキは扉の前に立ち、強く拳を打ち付けた。
「ノックしてもしもお~~~し」
そしてノックと同時に扉を開ける。これはこれで失礼、というかこっちの方がひどい。
横に居たヒデは盛大にズッコケた。
「だああ! なにやってんだよ、カネキ!」
「ノックするときはジョセフ式って心に決めてるんだ」
「そんなん知るか!」
カネキとヒデが騒いでいると、部屋の中からドタバタと慌ただしい音とともに女性が出てきた。
彼女は二人の横を大急ぎで駆け抜けて、どこかへ行ってしまった。
そして、開けっ放しの部屋には例の先輩と思しき青年がいる。彼はいかにも不機嫌そうだ。
「永近……今のなに? ふざけてんの?」
「ふ、ふざけてないッス…ていうか今のは俺じゃない……」
どうやら西尾はヒデの仕業だと思っているらしい
代わりに怒られているヒデを見て、カネキは悪いことをしたかなと思った。反省である。
「……そっちの…永近のツレ…?」
西尾はカネキに対して「誰だ?」って聞きたそうな表情をした。それがいけなかった。
「『誰だ?』って聞きたそうな表情してんで自己紹介させてもらいますがね、ぼかぁおせっかい焼きのカネ…モガッ!?」
その瞬間、ヒデがカネキの口を慌てて抑えた。
これ以上おかしな行動をされてはたまったもんではない。ただでさえ不機嫌なのにさらにヤバいことになる。
「ダ、ダチのカネキっす!」
「…あっそ。薬学部二年“西尾錦”よろしくカネキ……離してやったら?」
西尾錦という青年に言われてヒデはカネキの口から手を離した。カネキは自己紹介を途中で止められたので少し不満そうである。
「金木研です。よろしくお願いします」
適当に自己紹介を済ませた後、ニシキの指示で二人は資料DVDを探し始めた。ニシキが、どこに仕舞ったか忘れてしまったらしい。
「あっ」
しばらく探していると、ニシキが何かを思い出したかのように声を出した。
「あのディスク家に持って帰ってたわ」
「えーっ!! ちょっとマジっすか~!」
「うるさいうるさい悪かったって」
ニシキの言葉は軽く、あまり悪いと思っていないようだった。
「…面倒だからお前さぁ。今から取りに来いよ?」
「えっ!? 先輩んちッスか」
「決まってるだろ。日にち跨いだら忘れそうだし」
ニシキの提案が予想外だったのか、ヒデは少し悩むそぶりを見せた。
「カネキ、ワリィ! 今日は西尾さんち寄ってくからさ。お前は先に帰っててくれ」
それでもやはり資料が必要なのか、家に行くようだ。カネキにそれを引き止めるような理由はなかった。
「…わかったよ。じゃあ僕は用があるから……」
「オウ、またな」
ニシキとヒデに別れを告げ、カネキは部屋を出る。扉を閉じかけたとき、ニシキが僅かに笑ったように見えた。
+
そのあとヒデとニシキは家に向かっていた。夕日が出る時間帯で、あたりはすっかり薄暗くなっていた。
「あれっ?」
ある突き当りを曲がったところで、ヒデはピタッと足を止める。目の前には脚立や廃材が散乱しており、明らかに家があるような雰囲気ではなかった。
「行き止まり…なんスけど」
ヒデがニシキに話しかけた瞬間、ヒデの身体は勢いよくぶっ飛ぶ。ニシキの強烈な蹴りによるものだ。
状況を把握する暇すらなく、ヒデは廃材に頭を打ち付けて気絶した。
ニシキはそれを一瞥すると、後ろに振り向く。そこには捨てられた古い冷蔵庫があるだけだ。
「……おい、そこに居んのはわかってんだ。とっとと出て来いよ」
その言葉に反応して、冷蔵庫からズルーッと人影が出てくる。
「なぜ僕が冷蔵庫の中にいることがわかった?」
カネキだった。
どっかのアメリカインディアンの呪術師を意識しているかのような登場の仕方だ。ちなみにニシキの顔は気のせいか若干引き攣っている。
「…喰種なら気づくだろ」
当然のように言うニシキ。それを聞いてカネキはニシキが喰種だという確証を得た。
「匂いが少しおかしいと思って追ってきたら…案の定といったところか。喰種だったんですね、西尾さん」
「お前こそな、同じキャンパス内に喰種が居たことに気づかなかったわ」
喰種になって日が浅いカネキではニシキが喰種だとは正確に判断できなかった。しかし、匂いが人間とは異なるため確認としてついてきていたのだ。
「何事もなければ事を荒立てずに帰るつもりだったが……ヒデを攻撃するとはな、西尾錦!」
カネキの声には確かな怒りが込められていた。それを受けてニシキは面倒くさそうにポリポリと首を掻いた。
「んだよ…お前の喰いモンだったのか。じゃあ手を出すのはやめといてやんよ」
てっきり戦闘が始まると思っていたカネキはその言葉に拍子抜けする。
「……なんだ? 戦わないということか?」
「お前のモンに手を出すほど困ってねーし。永近は気絶してるだけだ、安心しろよ」
正確にはカネキにヒデを喰うつもりはないのだが、何はともあれ戦わずに済むならそれでいい。カネキは気絶しているヒデに近づき、担ぎ上げた。
「ヒデを蹴り飛ばしたというのは納得いかないが…ひとまず僕はヒデを連れて帰ります」
ニシキに背中を向け、カネキは歩き出そうとした。
「バカだな、カネキッ!!」
カネキの耳にニシキの声が届き、咄嗟に振り向いた瞬間!
「うぐッ!?」
ヒデもろともカネキは蹴りによって壁に叩きつけられた。ニシキは倒れている二人を嘲笑う。
「ずいぶんと甘ちゃんだなァ。俺のテリトリーに居たからこうなるんだぜ?」
ニシキには二人を逃がす気など全くなかった。気に食わないという理由だけで排除しようとしているのだ。
カネキは共に攻撃されたヒデを地面に寝かせ、ニシキを睨み付ける。さっきの攻撃が効いたのか、額から血が流れていた。
「俺の蹴りをくらっても元気そうだな、永近は動かねえけど死んだ?」
カネキはその挑発を受け一気に怒りが沸き上がり、左の瞳が紅く染まる。
「西尾ォォオオーッ」
そしてニシキに勢いよく殴りかかった! 連続で拳を繰り出すカネキ!
「そんなもんかよ!」
しかしニシキは冷静に対処し、拳を紙一重で避ける。さらに攻撃の隙をついて強力な回し蹴りを放った!
「……ッ!!」
その威力でカネキは十メートル近く飛ばされてしまった。もろに受けたために声すら出てこない。
口の端から血を流しながら、なんとか冷静さを取り戻そうとしていた。
(くッ、ダメだ…戦い慣れている……仕方ない、アレをやってみるか…)
カネキはニシキに向かって人差し指を向け、そして言い放つ。
「西尾錦! この金木研がおまえを地獄の淵にしずめてやる!」
カネキは痛みを無視し、ゆっくりと歩き出す。その様子にニシキは怪訝な顔をした。
「なんだ、その鈍い歩き方? ふざけてんのかよ」
ニシキとの距離が縮まったところでカネキは大きく跳躍した! その勢いのまま空中から蹴りを放つ!
「ハッ、なんだそりゃ!」
ニシキはなまっちょろい攻撃だと思いながら、両腕で受け止める。
しかし! それはまさしくカネキの思い通りだった!
カネキはバシィーンと両脚を開脚。それに合わせてニシキの両腕も大きく開き、隙だらけになった。
「なッ!?」
「かかったなアホが!
それはある波紋戦士が使用した攻守において完璧な必殺技。両腕が使えない無防備なところへカネキは十字に組んだ手刀を叩き込もうとした。
「少し驚いたぜ、カネキィィ?」
「う、動かん!?」
だがそれは通用しなかった、なぜならば喰種特有の武器があるから。カネキはリゼに襲われたときに一度見たことがある――赫子だ。
カネキの腕はニシキの赫子によって抑えられてしまったのだ。
「よッ!」
「ぐはァッ!」
ニシキは赫子でカネキを振り回し、廃材に向かって放り投げた。轟音を立てて落下するカネキ。
そのとき骨が折れる嫌な音をカネキは聞いた。どうやら腕の骨が折れてしまったようだ。その激痛に顔をしかめる。
辛うじて立ち上がったカネキ。その行動をたとえるなら、ボクサーの前のサンドバッグ…ただうたれるだけにのみ、立ちあがったようなものである。
ニシキはトドメを刺すためにカネキに近づいた。
「……じゃあな、カネキ。仕舞いにしてやるよ」
「…空気を吸って吐くことのように……HBの鉛筆をベキッ! とへし折る事と同じようにッ!」
ニシキは赫子を振りかざした状態で動きを止めた。カネキの突拍子もない発言に驚いたからだ。
そんなニシキを無視してカネキは続ける。
「できて当然と思うことだ! 大切なのは『認識』することだ!」
ニシキは何かヤバいと本能的に感じ取った。
呑気に構えている暇はない!
こいつは! 金木研はッ! すぐさま殺さなければならないッ!
「死ねッ!」
咄嗟に赫子を振り下ろしたが、それは受け止められた。カネキの赫子によってッ!
「スタンドを操るという事は、できて当然と思う精神力なんだッ!」
「な…んだよ、それはッ!!」
カネキの背中から出現し、奇妙にうねっている三本の赫子を見てニシキは動揺する。
「これが僕のスタンドッ!!」
赫子である。
「わけわかんねえこと言ってんじゃッ…」
そこまで言いかけたところで、カネキの赫子がニシキを弾き飛ばした。ゴロゴロとアスファルトの上を転がるニシキ。
「…糞がッ!」
すぐさま立ち上がり、カネキがいる方向に顔を向けるが、姿はなかった。
「逃げやがったのか!」
「いいや、違うね」
ニシキが声に反応して振り向くと、そこには拳大の石を持っているカネキがいた。そしてカネキは石をニシキの顔にめがけて勢いよく投げつけた。
「ギッ…!」
それはちょうど眼の位置に直撃し、ニシキは眼を瞑ってしまった。
「オラアッ!」
その瞬間、カネキは拳をニシキの腹に叩き込んだ! 何も構えていなかった彼にその一撃は強烈である。
「おげぇあッ……野郎ォォッ!!」
ニシキは赫子を滅茶苦茶にブン回した。それを全て躱すか、防御するカネキ。
追いつめていたはずのカネキに一方的に攻撃され、ニシキは酷く動揺している。それゆえに彼の攻撃は単調になっていた。
カネキはニシキから大きく距離を取り、三本の赫子を拳のように丸く固めた。それは不格好ではあるが、人間の腕を連想させた。
「……こんなもんか、ちょっとばかし不安だが…」
「ブっ殺すッ!!」
凄まじい形相でニシキが迫ってくる。それをカネキは正面から見据え、赫子に力を込めた。
ニシキが槍の如く突き出してきた赫子を一本の赫子で受け止め、残り二本の赫子を構える。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーーッ!!」
「ぐあアァァッァッーー!!!」
カネキの壮絶なラッシュ! その破壊力は骨をバキバキに砕き、全身から血が噴き出るほどのものだった。
とてつもない威力の攻撃を受け、ニシキは廃材や捨てられたタイヤを巻き込みながら倒れた。
「……」
気絶してしまったのか、全く動かないニシキ。
それを横目に見ながら、彼はジョジョラーとして大声で叫ぶのだ。
「『西尾錦』再起不能!」