結局、BGMなしが一番はかどりました。
「さて……どうしたものかなァ」
怪我をしているヒデを背負い、その場で考え込むカネキ。
ニシキとの戦闘後、カネキは悩んでいた。
(病院…はマズイな。こんな血塗れの体じゃあ、警察沙汰になる……だが、ヒデの治療をしなければならないし、僕自身かなりのケガだ)
どこに行っても騒がれそうだ。下手したら、自分が喰種だということに気づかれてしまうかもしれない。
カネキにはいいアイディアが浮かんでこなかった。
とりあえず自分の家に帰ってヒデに応急処置をしようと決心した。
そのときだった、何か気配を感じたのは。
警戒するカネキだったが、近づいてくる気配の正体がわかると肩の力を抜いた。
「……なんだ、トーカちゃんか。どうしたの?」
カネキの目の前に来たトーカは、その質問には答えなかった。
「……ついてきなよ」
そう言ってトーカは足早に歩きだした。言葉が簡潔すぎて、どこに行くのかまるでわからない。
しかし、このままでいるのもどうかと考え、カネキは後を追うことにした。
+
喫茶店あんていく――ここが喰種の集う場所だということは改めて言うまでもないだろう。
今は、あんていくの閉店時刻をとっくに過ぎており、店内に客は居ない。居るのはカネキとトーカ、それに芳村だけだった。
「
カネキが頭を下げて礼を言うと、芳村は柔和な笑みを浮かべた。
「お礼はいいよ。助け合うのがここの方針だからね。幸い、君の友人のケガはたいしたことはないようだ」
「……ところで、僕のケガはそこそこ酷いんですけど…病院行かずに治りますかね?」
カネキが少し不安げに尋ねると、トーカはフンと鼻を鳴らした。
「そのくらいなら、明日にはくっつく……無駄な心配よ」
そっけなく言うトーカ。彼女がケガの応急処置をしたため、どのくらいで治るかわかるようだ。喰種の回復力にカネキは感心した。
ちなみにだが、カネキと同じく応急処置を受けたヒデは二階で寝こけている。
それから少しの間、だれも喋らなかったが、おもむろに芳村が口を開いた。
「カネキくん、私たちの店に来ないかい?」
「……どういう意味です? ただのバイトの誘い…ってわけでもありませんよね」
「…君は喰種について知っておく必要がある……君自身、そう感じているんじゃないかな」
「…………」
芳村の言う通りであった。
カネキは喰種について知らないことが多すぎる。人間に正体がバレないように生活するには知識が足らなすぎる、と思っていた。
「……どうかな? 今すぐ決まらないなら、また改めてでも…」
「いえ、ぜひ働かせてください。よろしくお願い申し上げます」
カネキが再び頭を下げると、芳村は満足げにうなずいた。そして今度はトーカに顔を向ける。
「それじゃあトーカちゃん。カネキくんに色々教えてあげてくれるかい?」
「え? ……まあ、いいですけど…」
なんとなくめんどくさそうなトーカだが、芳村に頼まれたことだったためか特に不満はないようだ。
こうしてカネキはあんていくの一員となった。
+
カネキのバイト初日、トーカはヒデの相手をしていた。ヒデはどうやらカネキを見に来たらしい。
「いやー、カネキがバイト始めるとはね! トーカちゃんに迷惑かけなきゃいいんだけど」
「い…いや、大丈夫ですよ」
トーカはヒデのことが少し苦手なのか、返事に力がない。ヒデはその様子に気づいているのかいないのか、とりあえずテンションが高かった。
トーカが結構本気で困り始めたころ、店の裏からカネキが歩いてきた。
「…えッ!?」
トーカが素っ頓狂な声を上げた。なぜ突然そんな声を出したのかヒデが不思議に思っていると答えはすぐにわかった。
カネキが銀髪の変なカツラを持っていたからだ。
ヒデはそれがポルナレフの髪型だと、すぐに気づいたが、トーカからすれば異様なものである。
カネキはヒデの目の前に来ると心底驚いたという顔をした。
「バカなッ! 死んだはずの! 吊られた男 J・ガイルに背中をさされ」
カネキは持っていたポルナレフのカツラをサッと被った。どうやら一人二役らしい。
「死んだはずのッ!」
完全に置いてけぼりにされているトーカ。カネキは一呼吸置き、力強く台詞を言った。
「モハメドアヴドゥル」
「YES I AM! …ってなんでだよ!!」
わざわざ立ち上がり、ポーズまでバッチリ決めたヒデ。他の客からの視線が痛い。
そしてトーカは思いっきりドン引きしている。
「……あ、ちょッ、トーカちゃん!? そんな目で見ないで! ちょっとノッただけだから!!」
必死に弁解するヒデ。ちなみにカネキは名シーンを再現できて満足そうだ。
「ていうか! なんでそんなカツラ持ってんだよッ!?」
とりあえず話題をカツラへとずらすヒデ。カネキはしれっとしている。
「ヒデに会ったときのために持っておいたんだ。こないだ手に入れてからずっと被りたくてね」
「おかしいだろ、いつものことだけどッ!」
そこまで早口で言うと大きくため息を吐き、椅子に座るヒデ。
「……まったく、事故ったってのに相変わらずだな、カネキ」
「ヒデこそ元気そうじゃあないか。今日はどうしたんだ?」
「お前がバイト始めるってゆーからさ! 見に来てやったんだよ!」
ヒデは快活に笑いながら答えた。
ヒデにはケガの理由は自動車事故だと伝えており、うまく誤魔化せたようだ。
「それはそうとトーカちゃん! 俺らを看病してくれてありがとね!」
「あ…いえ、当然ですよ」
店長の説明により、看病したのはトーカということになっている。応急処置を施したのがトーカなのであながち間違いではない。
「正直、事故のことはよく覚えてないんだけど…トーカちゃんがずっと傍にいてくれたような気がするんだよな…」
トーカの笑みがかなり微妙なモノになってきている。
「ホントありがとね! …そうだッお礼に今度ご飯でも…!」
ヒデの誘いへの返事は精一杯の苦笑いだった。
+
それからしばらくして、たまたまカネキとトーカは二人きりになった。
仕事をこなしている最中、トーカがおもむろに口を開く。
「バレないようにしなよ…あの“ツンツン頭”に」
「……僕が喰種になったってことを?」
「そう、絶対によ」
トーカの表情は真剣なものだった。自然とカネキも真剣になる。
「あんていくで人間を看病するなんて…有り得ないことなんだから」
「……トーカちゃんが僕らを助けてくれたんじゃあないか?」
「それは、店長が言うから仕方なく……ともかく、アイツが私たちの事に気がついたら…その時は…アイツ殺すから」
トーカの言葉はハッタリではなく、本気で殺すという覚悟に満ちたものだった。
カネキはそれを受けて、動揺することはなかった。ただ無言でトーカを見つめ返すだけだ。
「感謝しなよ、これでも妥協してる方なのよ。本当ならすぐにでも消しておきたいくらい」
「それは……ここの喰種のことを考えてのことなんだね」
「…そうよ……友達のことはアンタが責任持つこと。いい?」
トーカの問いかけでカネキは考える。
自分は、もしバレたときにどう行動するだろうか?
「……もちろん、バレないようにするよ。だけど、一つだけ言っておかなくちゃあいけないことがある」
「……なに?」
「僕は、もしヒデが殺されそうになったとき……間違いなくヒデの味方をする…悪いけど、そこだけは譲れない」
表情にこそ出さなかったが、トーカは少し驚いた。その言葉に自分と同等かそれ以上に覚悟を感じたからだ。
そんなカネキを見てトーカは自分の友達のことを思い浮かべてしまった。
「……好きにすれば」
そう短く答えるとトーカは仕事があるのか、どこかに行ってしまった。
+
空が暗くなり、初日のバイトもそろそろ終わりという頃、カネキは芳村に呼ばれて二階の一室に来ていた。
その部屋には芳村とトーカが居り、なぜかサンドイッチが用意されている。
「なんです……これは? サンドイッチなんて…」
「“喰種”として生きるための“レッスン”だ」
「『LESSON』ですか! いいですねェッ!」
なんだか若干発音が違うカネキ。どうやらジョジョの七部を思い出しているらしい。
なぜこんなにテンションが上がったのかわからない芳村とトーカは首をかしげるが、なにはともあれレッスン開始である。
「人の世界で生きる“喰種”はまず最初にこれを学ぶ。見てなさい」
芳村はサンドイッチを掴むと、なんとそれを食べだしたのだ。
まさに人間のように美味しそうに食べる芳村。これにはカネキも驚いた。
「…どう?」
「……美味しそうですね…何か仕掛けでもあるんですか、それ?」
「食べてごらん」
「…わかりました」
見た目はまるっきり普通のサンドイッチだが、喰種でも食べられるようになっているのだろうか。
カネキはそれを意を決して口に入れた。
「うおっぐふッ!」
そんなことはなかった。ゲロマズである。
吐き出しこそしなかったが、食えると思っていたものがマズかったのでショックは大きい。
「……ま…まずい! 圧倒的にマズいッ! スポンジかなんかかこれはァーーッ! レタスやチーズもヤバい!! 青臭いし、粘土みたいな触感だぞッ!」
かなり酷い反応のカネキを見て、店長は申し訳なさそうにしている。
「――ごめんね…大丈夫かい? 無理せず吐いた方がいいよ」
「…うッ……まあ、大丈夫です。しかし…なんで店長は食べられたんです?」
なんとか落ち着いたところで、カネキは店長に尋ねた。
「――コツは“食べる”じゃなく“飲む”こと。噛んでしまうとマズ味が広がって吐き気を催すから、一口目で噛み切って一気に飲み込む…そして十回ほど『噛むフリ』……このときに咀嚼音を出してあげるとそれらしくなるよ」
「……それってつまり、演技ってことですか…大変ですね、これは」
「うん、それとトイレなんかで食べたものを吐き出すことも忘れないようにね」
喰種が人間を装うというのは、大変なことだ。それを改めて実感するカネキだった。
「トーカちゃんもやってあげたら?」
「私は今日体調悪いんで…」
どうやらトーカはしないらしいが、カネキはもう一度試してみようと思った。
「すいませんが、もう一回やらせていただきます」
「アンタねぇ……そんなすぐにできるもんじゃないよ…無理だって」
トーカに止められたが、いまさら引き下がれるものでもない。金木はサンドイッチを、また口に入れた。
するとカッと目を見開き、
「ゥンまああ~いっ。こっこれはああ~~~っ、この味わあぁ~っ、サッパリとしたチーズにレタスのジューシー部分がからみつくうまさだ! チーズがレタスを! レタスがチーズを引き立てるッ! 『ハーモニー』っつーんですかあ~『味の調和』っつーんですかあ~っ。たとえるならサイモンとガーファンクルのデュエット! ウッチャンに対するナンチャン! 高森朝雄の原作に対するちばてつやの『あしたのジョー』! …つうーっ感じっスよお~っ」
と凄い気合いで言い切った。完璧な食レポである。
カネキが『どうだッ』というような表情で二人を見ると、店長は苦笑いしていた。特にトーカに至っては思い切り呆れ顔だ。
「大袈裟すぎて、わざとらしいんだよ……バカ」
+
ある日、あんていくでカネキが仕事をしていると、ある親子が店にやって来た。中学生くらいの娘とその母親という感じだ。
当然、店員であるカネキは「いらっしゃいませ」と言って二人を迎えた。
「あら…新人さん?」
「…はい、カネキと申します」
どうやら常連なため、カネキが新人ということに気づいたようだ。
「笛口です。ほら…雛実もご挨拶なさい」
「……!」
笛口と名乗った母親は娘であるヒナミにも挨拶を促す。するとヒナミはビクッと体を震わせて、母の陰に隠れてしまった。
「…ああもう、この子ったらまた人見知りして…」
カネキはそれを特に気にすることはなかった。
「こんにちは」
カネキが静かにそう言うと、ヒナミは少し恥ずかしそうにしながら「こんにちは…」とか細い声で返した。どうやら悪い子ではなさそうだ。
「――あ! リョーコさん、ヒナミ」
「こんにちは、トーカちゃん」
話し声が聞こえたのか、どこからともなくトーカが現れた。
「店長二階で待ってますよ、どうぞ」
トーカの案内で二人が二階へ行ったあと、カネキはなんとなく気になったことをトーカに聞いてみることにした。
「……喰種…だよね、あの二人…なんで上に行ったんだい?」
「“荷物”を受け取りに来たのよ」
「……何だいそれ? 荷物?」
トーカはカネキをチラッと一瞥した。
「………………肉」
「…肉……? さらに疑問が深まったんだけど……なんで必要なのさ?」
「自分で狩れないから……アンタももらっただろ」
「確かにもらったけどさァーー……僕は『人間が喰種になった』ていう状況だからだろう? 普通の喰種には狩っちゃいけないっていう決まりでもあるのかい?」
カネキは少しの好奇心と純粋に喰種のことを知っておかなければ、という気持ちから訊いたのだが、その質問攻めにトーカは少しイラついたようだ。
「ニャーニャーうっさいんだよッ知りたいなら直接聞け! そういう“喰種”たちもいるってこと!」
苛立ちをぶつけるように言い放つと、トーカは店の奥に行ってしまった。
(……ニャーニャーとは言ってないと思うけど……怒らせてしまったか…?)
デリケートな話に首を突っ込んでしまったのかもしれない。反省するカネキであった。
それから仕事を再開しようとしたとき、またもや扉が開き、客が入ってきた。
「いらっしゃ……なにィーーーッ!?」
「……なんだね? 君は?」
カネキは入ってきた男を見て、思わず叫んでしまった。理由はその男の風貌にある。
(紫色のスーツ! 髑髏のようなマークがあしらわれたネクタイ! それに金髪金目のこの顔はッ!!)
カネキの額から、一筋の汗が流れる。この男がいるはずがないのだ。
緊張しながらも思い浮かんだ名前を口に出した。
「吉良吉影ッ……!!」
ジョジョの奇妙な冒険第四部の殺人鬼――吉良吉影と瓜二つの風貌をした男は、カネキを静かに見つめた。