関わるな、私はただの、JKだ。 作:愛と勇気の狩人
私は平和が好きだ。何ごともなく、退屈すら覚えるこの時間が堪らなく幸福に思えて仕方がない。誰にも害されず眠れる毎日が好きだ。気兼ねなく裸になれる風呂場が好きだ。他愛もない会話をBGMに歩く通学路が好きだ。何の変哲もない丸いお月様が好きだ。
何も変わらない。変わったとしても、全てを台無しにする事はない。欠伸は幸福のファンファーレ。私は日々の退屈を愛してやまない。
窓際で穏やかな眠気に誘われる時間は、授業内容を板書していく時間は、自習の時間は。私が望んだものはここにある。
──私は、ただの女子高生でありたい。
街行く人々、浮かない顔をしている人々は口々に言う。幸せが逃げていくと。……幸せは逃げるものじゃない、ただ望む幸せのレベルが上がってしまっただけなのだと、私は思う。
1人起きた薄暗い部屋。自分の声だけが聞こえる空間。寂しいとは思わない、むしろ自由で心地いい。誰にも邪魔されない眠りから訪れる朝は格別だ。
まずテレビを付けて、朝のニュース番組を横目に歯を磨く。
「……お、今日の運勢一位だ」
些細な喜びを胸にしまい、食パン2枚をトースター入れ、電気ケトルで湯を沸かす。朝ご飯は体の基礎、忘れてしまうと後に響く。私の知っている事では数少ない真っ当な教えだ。
まだ部屋は薄暗い、カーテンを開いて光を入れる。人工の光よりも、自然の光の方が目覚めに良い。春先の穏やかな陽光に翳した指先が暖かい。
何も変わらない、朝のひと時。求め過ぎなくても、欲しい物は全てある。安全な衣食住に、変えられない景色、変えられない街並み。そのどれもが、私にとってはかけがえのない存在だ。
朝ご飯を用意して、いただきますをする。その後は銀の食器を片付け着替えに入る。昔からご飯も着替えのタイミングも不定期だったけど、今はこうして決まった時間に出来る。それが喜ばしい。
伸びかけてきた茶髪に軽く櫛を通し、髪を色々とセットして、銀色の小さなバレッタで髪を少しまとめる。どこにでもいる普通の少女の見た目、完璧だ。
「ふふん、どこからどう見ても今の私は在り来りな色恋にうつつを抜かしていそうな女子高生だ。多分」
女子高生の平均値、なんてものは測れない以上なんとも言えないが、それでも普通には拘りを持ちたい。かつて私が居た場所は異常者蔓延る魔境、異常でなければ生きられない世界だった。だからこそ普通を尊ぶ。
この為に実家にあった雑誌でコスメやファッションについて勉強して来たし、会話のネタはある、筈。
私はタンスの中から暗い木目の箱に入った鈍色の回転式拳銃を手に取り──鞄に入れようとして、辞めた。
「違う、私は普通になるんだ」
普通の女子高生は鞄に銃は入ってないし、銀のナイフなんて持ち歩かないし、古びた直剣なんてもっての他だ。
今更、手放した所で惜しくもなんともない、ロクでもない思い出の詰まった代物でしかない。
「よし、行ってきます」
呪いを振り切り、制服姿の私は、鞄を持って小走りで学校へ向かう。
今日、私は普通になれる。馬鹿みたいに──そう疑いもせずに。
「ねえ、転校生ってどんな子かな?」
「分かりませんが……常識的な方が良いかと」
「アリスちゃんは相変わらずだね」
「
朝の教室には、異様な喧騒が満ちていた。それもその筈、今日は転校生がクラスメイトになるその日であった。誰もが期待に胸躍らせ、来る転校生の人となりを考える。その中にこの2人は居た。
一見すると銀髪ロングと黒髪ポニーテールの少女だが、その背景は異質も異質。"教会"から日本に派遣された
2人がこの学校、公立
緊急時には、この2人が事態に対処し、場合によっては武器の使用並びに異種族への殺傷すら認められると言うのである。非常に強力な権限を持つ故に、普段は2人が相互監視を行い、武器の使用に関しても互いが互いの封印を解くコードを保有している。
「新たな異種族が来るなら私達にも報告は来る筈です。それが無いと言う事は、転校生は
「そっかぁ、それだと、ちょっと私達じゃ絡み辛いかなあ」
「当たり前です。私達は遊びでここに居る訳じゃないんですよ」
「うっ、そんなトゲのある言い方しなくても〜っ」
監視・警邏・鎮圧。人と異種との間仕切りと呼べる彼女らの様な存在は、こうも呼ばれる。──"ブラインド"と。
そんな彼女達も平時は少女である。怜悧な表情で自らの立場を語るアリスも内心、転校生については気になっていた。澪は言うまでもなくである。
そして間も無く、その時は来た。ガタリ、黒板側のドアから音がして、クラスから喧騒が止んだ。クラス中の視線がドアに集まり、来る待ち人の姿が現れる事を予感させた。
ついに──
「おっはー☆ 皆元気〜? あーしはテンションメチャ上げMAXだよぉ!」
──場の空気が、凍った。
「これは、時間停止魔法……」
「違う、違うよアリスちゃん」
ウェーブの掛かった茶髪の髪、ルーズソックス、ハートのネクタイピン、ピンクのネイル、萌え袖のセーター、穴を開けないタイプのイヤリング。決めポーズはウィンクにピースの合わせ技。
華美な着飾りに包まれた転校生のテンションはやや、いや、大概に狂っていた──。
「あーしの名前はぁ、
見れば、生徒に混じる異種族達にもこの世ならざるモノを見ているかの様に、恐れ慄くものが居る。
「名前はカチカチなのに振る舞いフワフワ、凄いギャップだね」
「何、何なのアレは? 違法薬物を使用しているの?」
「失礼だよアリスちゃん、推定無罪って言葉、知らないの?」
失礼なのはお互いに。ひそひそとそんな言葉をやり取りする彼女達はクラスでも後ろの席である。運良く、彼女達の言葉は猟来の耳には届かなかった。寧ろ届いていたら明日にはこの振る舞いも辞めていたかもしれないが。
「皆! よーろしく〜!」
壇上の彼女は大きく手を振る。まばらに始まった拍手が、全体に伝播し大きな拍手となる。
──ともかく、普通を求めた少女、白鉄猟来。彼女の高校生デビューは、異様な熱気と困惑から始まったのである。
彼女の普通は狂っていた。