「予定が分かったら連絡しますね〜」
そう言ったきり、彼女が僕に連絡することは無かった。
振られたのだ。限りなく希望はない。
僕は泣いた。その日も次の日もその次の日も。月を跨いでも何か失ったかのような気分でいた。その思いすら、まだなんか好きであることに嫌気がさす程に。
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僕の名前は
フリーターだ。23になって、まだフリーターだ。みんな大学やら社会人になって充実した毎日を送ってることだろう。
でも僕は売れない絵を描いては、週6の仕事場で良いように使われてる。
こないだも店長の無理やりなシフトのせいで開店から閉店までいた。おかげでせっかくの休みを睡眠に使った。休みは絵を描くはずなのに。
分かってる。それでもやりたいやつは頑張ってるくらい。逃げてるってことくらい。
そんな夢も希望もないフリーターだ。負け組だ。
だからこそ、彼女に惹かれたのかもしれない。
大学生なのに、誰よりもがんばり、手伝ってくれた彼女は眩しかった。どんなに店長にクソみたいなシフトを作られても、彼女がいれば乗り越えられた。
いつしか、自分でも気づくくらいに恋心を抱いていた。
最初に恋心に気づいた時、聞いてみた。
「彼氏はいるの?」
と。当然、さりげなく会話に紛れさせて、聞いた。そうした方がいいって胡散臭いブログにあったのだ。
「いますよー」
僕はその時、逃げた。当然だ。容子もステータスも彼氏に勝てるわけが無い。最低ランクの僕には。それに、彼氏がいるなら都合のいい。諦めも簡単についた。
はずだった。
それでもクズな僕は仕事中、彼女のことを目で追っていた。いればさりげなく会話をし、いなければ今度何を話そうかと思考を巡らしていた。
そうして、夜寝る前に愚かだと自分を貶していた。汚れた右手を見て。
そうして、月日が流れ、何故かその日僕はふと口にした。
「そろそろ卒業だけど、そういう時カップルって彼氏とお祝いとかするの?」
言ったあと、自分の口を縫い合わせてやりたいと思ったほど後悔していた。
でも彼女は嫌な顔ひとつもせず淡々と言った。
「彼氏とは別れましたよ、1年前に」
一瞬、自分の鼻息が荒くなったのを感じ、必死に冷静を取り繕った。でも僕の心臓はメタルバンドのドラムみたいに激しく動いていた。
その日は帰っても興奮が冷めやらず、自己最高回数を塗り替えた。終わったあとも責めるどころか、自分にこんなに体力があることに驚いたくらいに。
それから僕は元気になった。当然だ。ライバルが居ないのなら突き進めばいい。絵も書けた。SNSではいいねが100来た。嬉しかった。
毎日が美しく見えた。
でもそれも長くは続かなかった。その3ヶ月後には彼女が辞めるからだ。
就職が決まったらしい。医療系だ。頭のいい彼女なら余裕で当たり前のことだ。
それが近づく度に僕のタバコの量は増えていった。少ない給料でやりくりしてたのが、そのせいで給料を前借りするほどに。余った金でパチンコにも逃げた。当たりもしないで金は減っていった。
そんな中、さよならの1か月前に彼女から
「やめてもお世話になりますからね」
と言われた。
僕は決心した。遅すぎる決心を。
あらゆる伝手を使って聞き出した。彼女のことをおとす方法を。ネットも漁った。携帯の履歴が胡散臭いものばかりで埋め尽くされても、気にすることなく、ただひたすらに全ての可能性を考えた。絵を描いてる余裕も全てつぎ込んだ。
そんな僕を心は愚かだと嘲笑った。所詮、勝てる勝負にしか賭けない臆病者だと。
その声に蓋をしつつ僕は最後の日を迎えた。
出勤前数十分前になるまで吟味したお礼の品を用意し、重くなった荷物は期待の塊だった。
僕はキッチン、彼女はフロア。なかなか渡す瞬間がない。でも、連日忙しかったのに、その日の夜は暇ですぐに締めが終わった。
ウキウキした思いでフロアに出ると、レジの方に見なれない顔がいる。閉店時間はすぎたのに。お客様は帰ったはずでは? そう思い、僕は冷蔵庫から土産だけ取りだし、退勤した。
話が終わったのか終わらせたのか、彼女は売上金を持って裏のバックヤードに来た。
先程の事などなかったかのように、彼女は淡々とパソコンの締めを始めた。
「お疲れ様〜、今日は暇だったね〜」
精一杯のさり気なさを持って話しかけた。彼女がそうするなら僕も先程のことは極力、気にしないことにした。
しかし、僕の不穏は鳴り止まない。今にも吐き出しそうになるほど、一言一言が緊張する。袋の持ち手を握りしめる指が痛い。
「川口さんとはもう会えなくなるのかー寂しいなぁー」
あんだけ練習したのに棒読みになりつつある言葉はまるで僕をバカにしているようだった。
「そうですね、平西さんには最初に教えて貰ったんですよ? 覚えてます?」
覚えているわけが無い。その時、僕は絵もかけず、仕事もできないクソ人間だった。毎日が生きてるのに辛く、死ぬのも怖かった時だ。
でも僕は嘘をついた。
「覚えてるよ! あれから川口さんがどんどん出来るようになっちゃって、やっぱ君はすごいよ」
だからこそ僕は惚れたのだ。君の凄さに惚れたのだ。可愛いのもあるが、それだけじゃない。
そう言いたくなる気持ちを押さえつけ、さり気なく、それだけを頭に残した。
「色々お世話になりました」
彼女は急にこちらを向き頭を下げてきた。
僕も慌てて頭を下げる。
「こちらこそ、本当にありがとう! 先輩らしいこと全然出来なかったけど、君がいてくれて助かったよ!」
ここぞというタイミングだった。
「こっこれ、今までのお礼」
渡した紙袋には彼女が好きだと言っていたシュークリームが入っていた。
崩れないようゆっくりと渡す僕の手は小さく震えていた。3月の空気が暖かいのにも関わらず。
紙袋を受け取り、中を覗く彼女は見てて気持ちがいいほどに笑顔だった。
「ありがとうございます! この前言ってたの買ってきてくれたんですか!?」
「たまたまお店を見つけたからね」
また嘘だ。ネットで場所調べて、出勤前に買ってきたのだ。
でも、それを言うのは気持ち悪かったからやめた。
「平西さんが、先輩で本当に良かったです」
彼女は小さくそう言った。
僕はその言葉に舞い上がりそうになったが、言いたいことをまだ言えてないことに気づいた。
「こっ今度さ、一緒に食事行かない?」
震える唇は言葉を甘噛みしながら言い切った。
どうせ、断られる。心の中の悪魔がそう囁いた瞬間だった。
「いいですよ」
人生で初めてだった。涙が溢れそうになるほどに嬉しかったのは。出来ることなら叫びたかった。
だが、そっと嬉しさを奥に留め、僕は言葉を続けた。
「んじゃあさ、休みが分かったら教えてよ」
マスクのおかげで見えないにやけ口で言うセリフに勝利を確信していた。
「はい! 予定が分かったら連絡しますね〜」
ここまでは良かった。言うなら、ツーアウト満塁のとこでホームランを打った気分だ。
消えることの無いにやけ顔のまま、仕事が終わった彼女とともに店を出る。
「そういや、さっき話してた人ってお客さん? 珍しいね、閉店時間以降も居座るなんて」
迂闊だった。馬鹿だった。阿呆だった。僕は気になってたことを口走ってしまった。
彼女はその言葉に少し黙った。
何も考えていない僕が振り返ると灯りの影のせいか暗い顔の彼女が押し出すように答えた。
「あの人は……知り合いっていうか友達? です」
その瞬間、怪しめばよかったのだ。浮かれている僕は何も気にすることなく、帰った。
その日の夜、吸った煙草は美味しかった。
それから10年。彼女から音沙汰無しだ。最初の1週間は忙しいとソワソワとする自分を押し殺した。
だが、3ヶ月も経てばどんなに低脳な僕でも脈無しだったと理解出来た。
泣いた。アホみたいに泣いて、アホみたいに落ち込んで、アホみたいに立ち直った。
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そんなくだらないフラレ方をした僕はこの10年、何も変わらなかった。
死んだ目で生きて、惰性で絵を描くだけだった。
強いて変わったことといえば、少しだけ人に優しくするのをやめた。そうと言っても、シフト交換をお願いされても断るくらいだ。
それ以外は何も変わらない。
今日もそのはずだった。死ぬ気も生きる気もない一日が始まる。そのはずだった。
支度を済ませ、出勤しようとドアに手をかけた瞬間だった。
インターホンがなった。
朝5時だ。宅配も勧誘も来ない時間だ。
僕はそっとドアのスコープから覗くと、小学生低学年くらいの女の子が仏頂面で立っていた。
世間は春休み、頭のおかしくなったガキが嫌がらせにでも来たかと思った。
数分、ドアを仕切りににらめっこを続けてると、しびれを切らしたガキはインターホンを連打した。
けたたましく鳴り響くピンポンの音にイラついた僕は大きくドアを開けた。
「うるせぇよ!」
久々に人に怒った僕の声に少女はビクッと少し体をはねたが、その仏頂面は続けたままだった。
「平西 躍太さん、ですよね」
いきなりの確認に僕はたじろいだ。
その通りだが、ガキに名前を覚えられるほど有名になった覚えはない。未だにSNSにあげた絵のいいねは100をこしたことはない。
声も出せず頷く僕に少女の目付きが鋭くなり、異様な雰囲気は加速する。
「お父さん、会いに来ました。川口 夏の娘です。」
《続く》
はいどうも、マデュラでございます。
時刻烈伝の合間に書いていた作品がようやく文字数が悪くないとこまで来たのであげてみました。
本当に思いつきで書いているため、時刻烈伝より不定期なこと許してください……笑
まぁ暖かい目で見てもらえれば幸いです笑