私がはじめてお姉ちゃんの存在を知ったのは、ちょうど中学校に上がる少し前の頃でした。普段はいつもニコニコしているパパとママが珍しく神妙な顔をして、大事な話があると言い出しました。
そのときに、ヒフミも大人になったから、と私の出生の秘密について教えられたのです。いえ、まあ秘密というほど大げさなものではなくて、小さな頃に親戚の家、つまり今の家に養子に出されたというだけなのですけれど。
私はトリニティの名家である桐藤の本家に生まれたのですが、その血筋の証明ともなる白い大きな翼を持たずに生まれたことから、分家の中でも端っこの方、ほとんど一般家庭である阿慈谷の家で育つことになったのだそうです。
パパとママは自分たちが私の本当の両親でないことを後ろめたく思っていたようで、この話をしているときは終始辛そうでした。私も二人が本当のパパとママじゃなかった、というのはそれなりの衝撃を伴う事実でした。
けれどそれ以上に、私のパパとママはこの人達であって今話に聞いただけの実の両親という存在は別に重要なものではない、という思いが強かったです。もしかするとそれはすごく薄情なことなのかもしれませんが、その当時も今も、それが正直な気持ちです。
それをパパとママに伝えると、ホッとした様子で、いつもの家族が戻ってきました。それから3人で一緒にホットケーキを作って食べました。メープルシロップやホイップクリーム、いちごソースもたっぷりかけたたまにしか食べれない特別なやつです。とっても美味しかったなあ……。
ああっと、それは本題じゃなかったですね。その時一緒に姉の話を聞いたんです。すごいお嬢様のお姉ちゃんがいるって。実の両親には興味なかったですが、一人っ子だったので姉妹というものには少し憧れがありました。
平凡でなんにも特別なところのない私に、特別な姉妹がいる。それはすごく魅力的なことで、その日の夜はドキドキしてなかなか寝付けませんでした。
それからしばらく、私はいつものように学校に行って、友だちと遊んで、家に帰って勉強して……これまでとなにも変わらないいつも通りの日々を過ごしていました。
けれど頭の片隅にはいつも顔も知らないお姉ちゃんのことがありました。どんな人なんだろう。私と似ているのかな。どんなお菓子が好きなんだろう。もしも会えたら、仲良くなれるのかな。
ふわふわとしたそれらの思いは、時を経るに従い薄らいでいくどころかより強くなっていきました。いつしか私はお姉ちゃんに会ってみたいと、いえ、なんとかして会おうと考えるようになったのです。
当時の私はまだまだ子供でしたから、その年頃特有といいますか、少しだけ無鉄砲なところがありました。
桐藤の家のことはほとんどなにも知らなかったのですが、両親宛ての年賀状の中からそれらしきものを見つけ、住所をメモして、お気に入りのペロロ様ポーチに水筒とお菓子を詰め込んで、それだけを持って家を出ました。
やっぱり実の両親に会いたいんだ、なんてパパとママに思われたくなかったですから、ある休みの日にこっそり一人で出かけることにしたのです。バスに乗り込むとしばらくは見慣れた街並み。
お姉ちゃんにあったらどんなことを話そう。一番前の席に座って、犬の運転手さんの耳がぴくぴくと動くのを眺めながらずっと考えていました。気づけばお客さんもまばらになって窓の外は見たことのない景色。
降りる予定だったバス停もすぐそこで、私は慌ててボタンを押します。滑るように止まったバスの精算機に交通ICカードを押し当てて、運転手さんにお礼を言ってステップを降りました。
そこはトリニティのなかでも古くからの高級住宅街で、道行く人達もなんだかズッシリした格好をしているというか、私の家の近くののんびりした空気とはぜんぜん違う感じがしました。
はじめて一人での遠出でしたから、些細な事が強く印象付けられたと言うだけかもしれません。けれど私はまさに未知の世界への冒険に踏み出すんだ、なんて、少し高揚した気持ちで鼻歌なんか歌いながら目的地を目指すのでした。
桐藤の家は思ったよりも簡単に見つかりました。いえ、最初は大きな公園かなにかかなと思ったところがそうだったので、それと気づくまでにしばらくかかりましたが。
高くて長い塀が延々と続き、その先に立派な門があり警備の人までいました。周りの家とくらべても明らかに巨大なお屋敷に気後れした私は、お友達を訪ねるように気軽にインターホンを押すなんてことは考えられませんでした。
でもここまで来てすごすごと帰ることなんてできませんし、冒険気分も残っていたので、お屋敷の周りをぐるりと回ってなんとか中に入れないかと探索を続けたのです。
大人の足でもそれなりに時間がかかるだろう道のりを、キョロキョロ辺りを見回しながらあるき続け、疲れて、やっぱりもう帰ろうかななんて思いはじめた頃。すっと壁からマスク&マントルの黒白猫が飛び出してきました。
びっくりして見つめる私をちらっと見返すと、ニャッと一声鳴いてその子はさっさとどこかに行ってしまいました。呆然と見送った後、はっと我に返った私はその子が出てきたところを調べようと近づきます。
すると壁の変化は見て明らかで、長い塀が途切れてそこから先はプリペットの生け垣になっていたのです。高さは塀と同じくらいでしたが、猫なら簡単に、人間の子供でも頑張ればなんとか入れそうな隙間が根元にありました。
早速私はペロロ様ポーチを外して穴に放り込むと、続けて自分自身もその中にねじ込みます。頭と肩は簡単に抜けましたが、おしりが引っかかってすっぽりハマってしまいました。
ちょっと泣きそうでしたが、しばらく頑張って腕の力で無理やり進むと、どうにか体全部を引っこ抜いてコロンととお屋敷の庭に飛び込むことになったのでした。
「わぁ……」
お庭には立派なモクレンの木が規則正しく立ち並び、白い花を咲かせています。その合間合間には丁寧に刈り込まれた植え込みや立派な花壇があり、水仙やサイネリア、ゼラニウムにマーガレット、色とりどりの季節の花が一面に広がっています。
ぺたんと芝生に尻もちをついたまま、暫くの間呆然と景色を眺めていました。その時通っていた中等部の校舎にも素敵な花壇はありましたが、それよりずっと壮麗でした。
高等部の校舎周りや、大聖堂の近くなら同じくらいの庭園がありますが、当時はまだ見たことがありませんでしたから、まるで異世界に迷い込んだような気持ちになったものです。
どれくらい時間がたったでしょうか、それほど長い時間ではなかったと思うのですが、座り込んで動かない私を不審に思ったのでしょう、誰かがすぐ側に近づいてきたことに気づきます。
ハッと顔を上げた私の目に映ったのは、舞い落ちる花びらとともに揺れるクリームイエローの長い髪。こちらを覗き込む金の瞳は理知的な光を湛え、大きな白い翼はまるで本物の天使様のようでした。
「ごきげんよう、お嬢さん」
「は、はひっ! ごきげんようございます!」
「ふふっ、はい、ごきげんようございます。転んでいたみたいですけれど、立てるかしら」
「だ、大丈夫です……」
動転し、裏返った声で変な叫びを上げてしまった私にクスクスと微笑んだ彼女はそっと手を差し伸べてくれました。助け起こされた私の頭や肩についた草や葉っぱがそっと取り除けられます。
何気ない所作の一つ一つが優美で、気遣いに満ちていて、違う世界の、特別な存在なんだと、見た目だけでなくすべてがそうでした。冒険の高揚も、素敵な庭園の感動も小さくすぼんでいき、ただただ萎縮するばかりです。
「私は桐藤ナギサ。あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」
「あっ、阿慈谷ヒフミです!」
「そう、ヒフミさん。よろしくお願いしますね」
ナギサ様はおどおどと縮こまる私の手を優しく握り、小さなガゼボ*1に導きました。品のいいラウンドテーブルに可愛らしいティーセットが並んでいます。アフタヌーンティーを楽しんでいたのでしょうか。
邪魔をしてしまったのかもしれません。場違いなところに迷い込んでしまった、そんな思いばかりが頭をめぐり、すぐにも駆け出して逃げてしまいたくなりました。けれど、そんな私を安心させるように優しい声が言うのです。
「せっかくですから、一緒にお茶にしませんか?」
お姉ちゃんも、私と同じく姉妹の存在だけは知っていて、私が本当の両親に会いに来たのかと、それだけは気遣わしげでした。けれどそうではないと言えばほっと息を吐きます。
「そうですね。両親に会うのはきっとあまり楽しくないことになるでしょうから。それよりも、こんなに可愛らしい妹がいたことが嬉しいです。色々お話しましょう」
「私もっ……素敵なお姉ちゃ、お姉さん……お姉さま? と会えて嬉しいです!」
「ふふ、あなたがよければお姉ちゃんで構いませんよ、ヒフミさん」
「……はい、お姉ちゃん」
二人きりのお茶会は夢のようなひとときでした。初めて会った生き別れの姉は、想像していたのと同じ、いえ、それよりも素敵な女性でした。穏やかで落ち着いた声音に緊張を解され、ぽつぽつと話し始めます。
途中で何故か水筒に入れていた麦茶を見るからに高そうなティーカップに注いで一緒に飲むことになったり、スーパーで買った駄菓子とケーキスタンドに並べられた可愛らしいお菓子を交換したり、こんなことしていいのだろうかという場面もありましたが。
家族のことや学校のこと最近集めるようになったモモフレンズのグッズのこと。他愛のない話題でもニコニコと楽しそうに聞いてくれました。
お姉ちゃんからも、好きな紅茶のことや、お茶菓子のこと、お菓子作りの練習をしたいけれどなかなか時間がとれないことや最近読んだ本のこと、いろいろなことを聞きました。
日が傾いて庭園が茜色に染まり、そろそろ帰らないと心配されてしまう時間です。名残は尽きませんでしたが、その日は解散ということになりました。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました、お姉ちゃん」
「こちらこそ、あなたと話せて良かったです、ヒフミさん」
「いえその、あんまり面白い話もできなくて……」
「そんなことはありませんよ」
お姉ちゃんはそれまでみせなかった、少しだけ寂しげな顔をして言いました。
「私が普段話す人たちは、皆さんそれぞれ立場のある方たちですから、気を抜いて、素直な気持ちを見せるようなことはなかなかできません。幼い頃からの友人は別ですけれど、彼女たちも私自身も役職につくようになって、どうしても昔と同じようにはいきません」
私が普通であることに悩むように、お姉ちゃんは特別であることに悩んでいたのでしょうか。
「こうして腹蔵なく話せるだけで、私はとても嬉しいのです。よければまたいらしてください」
夕日の中、お姉ちゃんの微笑みは社交辞令とかそういうのではなく、本当に心からのものに見えました。なんの取り柄もない私ですが、この人の寂しさを少しでも埋めてあげることができるなら、それはとても素敵なことだと思ったのです。
「はい、またお邪魔しますね。今度はもうちょっとちゃんとした物を持ってきます」
「麦茶でしたか? あれはあれで、クセがなくて飲みやすくてよかったですけれどね」
「ごめんなさいごめんなさい……それじゃ、さよなら!」
生粋のお嬢様の口に一杯数円レベルの代物を入れてしまった罪悪感に背中を押されつつ、私は夕暮れの街へ駆け出しました。
その後、特に私の生活が大きく変わる事はありませんでした。何か特別な出来事をきっかけに私を包む世界が大きく変わるような、そんな物語のようなことを期待していなかったと言えば嘘になる、といいますか、いつもそのようなことばかり夢想していたのですけど、そういうことはなかったのです。
特別な出来事があったからといって、普通な私が特別な存在になることもない。当たり前のことですけど、浮かれていた私がそのことに気づくまでには少し時間がかかりました。
お姉ちゃんが忙しい合間を縫って誘ってくれる、二人だけの秘密のお茶会、そのときだけが特別な時間。その他はそれまでと変わらない、普通の私の平凡な日常。
それは期待していたのとは全く違った形で唐突に終わりました。
ある日突然、何人かの上級生の人たちに呼び出され、お話をされました。曰く、あの家の人間なのに羽なしの“出来損ない”がナギサ様に近づくことは全くふさわしくない。身の程をわきまえなければならない。私の思慮のない行動が問題を呼び込む恐れがあり、それは誰にとっても不幸な結果になる。
秘密のお茶会を秘密にしていたのは本当に僅かな期間だけのことで、お友達に素敵なお姉ちゃんを自慢することを私は我慢できなかったのです。そしてそれが巡り巡って彼女たちの耳に入ったのでしょう。
今はまあ、なんとなくはわかりますが、当時の私には完全に理解不能な話でした。ただ、私のような普通の子が特別な人を煩わすことを、周りの人は気に食わないのだろう、そのことは理解できました。
ただ、お姉ちゃんとのお茶会は既に私にとっても大切な時間になっていましたから、その場できっぱりとお断りしたのです。するとその人たちは一つ頷くとあっさりと帰っていきます。
その日は結局何事もなく、なんだったのだろうと首を傾げましたが、すぐにあの人たちが何をしたのか理解しました。
親しかったはずのお友達みんなからもう一緒に遊ぶことはできないと言われます。なんで、と泣いて喚いてもよかったのですが、心当たりはありすぎるほどにありました。だから、あはは……と笑って、気にしないで、あなたは悪くない、そう言って見送ることしかできませんでした。
それ以上なにかをされることはありませんでしたが、ただ誰ともなにも話せない日々が続きました。家族や、お姉ちゃんに心配をかけるわけにはいきませんから、家やお茶会では努めて普通に過ごします。
きっとあの人達に頭を下げて、お姉ちゃんとのお茶会を諦めれば、それだけでそれまでの普通の日々は帰ってきたのでしょう。でも、私は負けたくなかった。こんなつまらないあの人達の“普通”に膝を屈することは絶対にしたくなかった。
休みの日には、お友達と出かけると嘘をついて一人で少し遠くのショッピングモールにでかけます。寂しさを埋めるようにたくさんのモモフレンズグッズを買いました。モモフレンズがちょっと好きなファンシーグッズから、もっともっと大切なものになったのはきっとこの頃です。
今もお気に入りのペロロ様のリュックを見つけたのもちょうどこのときでした。リュックを背負って鏡に自分の姿を映します。まるで小さな翼が私の背中に生えたようでした。
翼があれば、はじめからお姉ちゃんと姉妹として過ごして、こんなにつらい目にあうこともなかったのかな、そんなふうに思って泣きたくなる夜もありました。でも、こうしてペロロ様の翼を背に負うと聞こえるのです。
「君はなにも間違っていないのですから、頑張れ! 負けるな! ペロロー!」
ペロロ様が悪党と戦うときにモモフレンズのみんなに勇気を与えるように、私にも励ましの言葉をかけてくれるようでした。小さな翼が偽物なのは、私が私であることの証です。ちょっと躓いたくらいでパパとママと、お友達と過ごした日々を否定するなんて有りえません。
挫けそうになるたびにリュックを背負い直し、ペロロ様に翼をもらって、私は勇気を取り戻すのです。そうして私とペロロ様の戦いの日々は続きました。
無限に続くかに思えたつらい日々は、始まりと同じく唐突に終わりを告げます。あの上級生たちがなぜか私のもとに訪れ、ペコリと頭を下げ、立ち去りました。当時は疑問符が浮かぶばかりでしたが、今思うに納得はいかないけれど筋は通す、そういったものが現れた行動だったのでしょうか。
今でも彼女たちのことは好きじゃありませんが、彼女たちにもそれぞれの考えがあり、お姉ちゃんのためを思ってのことだったのだと思えば、理解はできます。
その後お友達ともまた話せるようになりました。しばらくはギクシャクしましたし、特に仲の良かった子からは涙ながらに謝られて逆に申し訳なくなってしまうようなこともありましたが。ともかく、普通の日々が帰ってきたのです。
そして、その次のお茶会の日。
「ごめんなさい、ヒフミさん」
会うなりお姉ちゃんは私のことを強く強く抱きしめました。淑女らしくいつも落ち着いているのに、このときばかりは少しだけ泣きそうな声で、まるで親に怒られるのを恐れる子供のようでした。
「私のせいで、あなたにはつらい思いをさせてしまいました……」
お姉ちゃんには気をつけて隠していたつもりでしたが、様子がおかしいのがバレてしまったのでしょう。震える背中をそっと抱き返します。
「大丈夫です。あれくらい、へっちゃらです。それに、こうして助けてくれました」
「でも、私がもっと気をつけていればそもそもあんなことには……」
少し体を離し、赤くなった目でこちらを見るお姉ちゃんをしっかりと見つめ返します。
「お姉ちゃんとの楽しいお茶会の時間を大事にしたくて、頑張りました。だから笑ってください、お姉ちゃん」
「……もうっ! あなたという人は……!」
ぽろぽろと涙をこぼすお姉ちゃんを再び抱きしめます。お姉ちゃんも先程よりもさらに強く私を抱きます。それだけでなく、白く大きな2枚の翼も私を包み込みます。柔らかく暖かな感触が、大事にしたい、守りたい、という気持ちを伝えるようでした。
飛べない翼はでも、こうして愛を伝えるためにあるんだ。
翼のない分それでも愛を返せるように、私はお姉ちゃんをぎゅっと抱きます。その日はずっとそうして、飽きるまで抱き合っていたのでした。
「……さてお二人とも、資料は確認していただけたでしょうか。今日の議題は問題行動が見られる生徒の情報の共有でしたが、ずいぶんじっくり読んでいましたね。基本的には正義実現委員会の方にお任せするのでそれほど詳細なものではないはずですが……」
さきほど渡した資料を読み終えたらしいミカとセイアに声をかけるナギサ。大した議題もなくサッと終わり、しばらく雑談して解散、という平時におけるティーパーティーのいつもの定例会議のはずだったのだが。
「まずはそうだね……実に深い資料だった。君が問題生徒の中で特に注目している阿慈谷ヒフミについて、よくわかったよ」
「……? ヒフミさんはたしかにブラックマーケットに出入りしている疑いがあり、問題生徒のリストに入っていますが……リストの他の生徒と比べて特別なにかあるということはなかったはずですが」
紅茶を少し口に含んだ後、意味深に告げるセイア。何か気になるところがあっただろうかとナギサは首を傾げる。
「いや、これナギちゃんの妄想日記でしょ。ナギちゃん普通に一人っ子だし」
「もちろんわかっているよミカ。しかし実在の人物を対象にした創作というのは、作者のその人物に対するイメージというのが色濃く出るもの。ある意味では客観的な事実よりも参考になるデータだ」
「あの、ミカさん、セイアさん、一体何を……?」
呆れ顔で頬杖をついていたミカが、資料に紛れていた数枚の紙をぴらぴらと振る。几帳面な文字で綴られたのは、桐藤ナギサと阿慈谷ヒフミが生き別れの姉妹であったら、という想定を元にした短編小説、ストレートに言ってしまえばまさしく妄想日記、そのコピーであった。
「んなっ───!!?!? なぜそれをっ!!!」
ようやく状況に気づいたナギサは一瞬で沸騰し真っ赤になりミカから小説を奪い取ろうと手を伸ばすも、圧倒的なフィジカルの差で全く相手にならない。ミカがナギサに怪我をさせないよう余裕を持ってあしらっている間にセイアは続ける。
「どうやら配布資料に混ざりこんでいたものを当番の子がそのまま全部コピーしたらしいね。内容を見ていれば抜いただろうから、読んだのは私達だけだ。よかったねナギサ、こんなものが流出することがなくて」
「うん、まあ正直キモーッ☆って感じだったし、それはそう。不幸中の幸いってやつだねナギちゃん」
「ああぁあぁぁあああああああっっっ!!!!!」
叫び、両手で顔を覆い、崩れ落ちるナギサ。セイアがカップをかき混ぜる音と、ミカがクッキーをポリポリかじる音だけが響く。追撃をかけないだけの情けはティーパーティーの机上にも存在した。
「しかしナギサに同性愛の趣味があるとは意外だな」
「ねー。長い付き合いだけど全く気づかなかったよ」
やっぱりなかったらしい。二人はニヤニヤと笑いながらナギサを追撃する。こんな格好のいじりのネタを得た以上ちょっとやそっとで済ますなどありえないのだ。
「ど、同性愛とか、そういうのではありません! 単なる気まぐれの創作であってそれ以上でも以下でも……!」
「あーあ、でもかなしいなー。私はこんなにナギちゃんのこと好きなのにナギちゃんはよその子に夢中なんだ」
「全くだ。私がこれほどの特別な感情を向けるのはナギサだけだというのに、手ひどく裏切られた気分だよ」
「はぁっ!?!!??!?」
しどろもどろに弁解していたナギサに特大の爆弾が投下され、少しはおさまっていた顔の熱が先程以上に燃え上がる。そんなナギサを見てセイアはクックッと喉で笑い、ミカは遠慮なくケラケラ笑った。
「軽いジョークだよ。私に同性愛の趣味はない」
「私も普通に男の子がいいかな☆ナギちゃん好きなのはほんとだけどねー」
「あなたたちっ……!」
弄ばれ、ぐぬぬと歯ぎしりするナギサだがこの圧倒的不利を覆すカードを持ってはいなかった。セイアの袖にとまるシマエナガだけが同情するような視線をナギサに向けていた。
「ふっ、すっかり真面目な話をする空気ではなくなってしまったね」
「誰のせいですか誰の……!」
「ナギちゃん」
「君だ」
「むぅぅぅぅぅぅっ!!!」
ふざけっぱなしの二人の性格がいいとはいえないが、資料に怪文書を混ぜ込んだナギサがこの状況のトリガーであることは間違いない。しかし飽きたのかこれ以上は後日の反撃が怖いと思ったのか、二人は話題を変えた。
「しかし男性ね。いかにも年頃の少女らしい話題だが、そういう話はしたことがなかったな。どんな人がいいんだい? 具体的な男性は身近にほぼ存在しないから、イメージの話になるが」
「そりゃもう王子様だよー。ピンチに颯爽と駆けつけてくれるような人がいいな☆」
ミカの発言を聞き、いかにも頭ン中おひめさまだな、と言わんばかりの表情を浮かべ失笑するセイア。
「あ、ひど。真面目な話なのに。つらい時とかしんどい時にちゃんとそばにいてくれるような人がいいって話だよ」
「ああ、それなら理解できなくもない。私も、そうだな。パートナーに求めることはそう多くない。未来の光景から目をそらさず、ともに歩んでくれるならそれで十分だ」
おめーも十分頭ン中おひめさまじゃねーかと憮然とした表情を浮かべるミカ。しかしセイアのこういうのを深掘りしたところで真顔でつらつらまだるっこしい長い話を並べるだけで面白くないので矛先を変える。
「それでナギちゃんは? やっぱり年下の女の子?」
「自分と同じくらいの背丈の金髪少女かね?」
メンタルリセットのため努めて落ち着いて紅茶を飲んでいたナギサはむせた。
「げほっ。…………誠実な方であればそれ以上のことはありません」
目を伏せ、何事もなかったかのように振る舞いながらも、いかなる感情かカタカタとカップを揺らすナギサに二人が寄っていく。
「えー! つまんないつまんなーい! もっとなんかあるでしょ!」
「こうなった以上恥のかき捨てというものだろう。赤裸々に語ってくれて構わないよ。なに、ここだけの話だ。さあさあ」
うつむき無理やり二人を視界から外し続けるナギサの頬を、左右から無遠慮にぷにぷにするミカとセイア。しばし後、ついにナギサはキレた。
「……あなたたちっ! 本当に、いい加減になさいっ!!!」
怒り狂うナギサは煽りまくる二人の口にマカロンを大量に突っ込んで物理的に黙らせた。セイアは普通に敗北し、ミカは流石にやりすぎたかと甘んじて受けた。
「本日の定例会は終了! 解散です! それではごきげんよう!」
二人はもっきゅもっきゅと口の中のものを片付けながら、足早に立ち去るナギサにぱたぱたと手を振り見送った。キヴォトスでも1,2を争うマンモス校であるトリニティ総合学園、そのトップたるティーパーティーの会談は、わりといっつもこんな感じであった。
某所でスレナギちゃんが見た目似てるから私たち姉妹みたいですよねとか言ってるのを見て。
ミカでなんか書きたいけどエデン条約後おいたわしすぎて上手く書けねえとか、ヒフミさん絆でペロキチ過ぎて避けられてる疑惑とかでそもそもいじめネタなんて扱うべきではないのではという思いもありましたが思いついちゃったので書きました。ナギちゃんの妄想怪文書だから……を言い訳にしつつ。
あとゲーム内で翼とか耳角尻尾とか言及することほぼないのにネタにしていいのかというのもありましたがDQ7で育った身としては翼のあるナシは世界の存亡にかかわるレベルなので姉妹・翼アリナシ・ペロロカバンで擬似翼、の時点でネタにせざるを得ませんでした。
翼で抱きしめるくだりはイキ杉田ニキ吹き替え旅するシェフの鷹狩り回で鷹が餌を翼で覆って独占しようとするの見て書きました。あとアリスがFF9やるネタ書こうと思ってやり直してる時に見たバハムートから翼で城を守るアレクサンダーくん。