姫騎士学闘アヴェマリウス   作:トシアキウス

27 / 31
27

 芽亜たちから見て左側の観客席では、カピロテ姿の生徒らが思い思いにくつろいでいる。

 剣を肩に立てかけた立て膝座りでつまむようにカップを持ってビールをちびりちびりと飲んでいたり、投票券を握り締めて野次を飛ばしたり、煙草やしけもくを引っ切り無しに吸っては持ち込み灰皿(校章入りのガラス製)の吸い殻の山に、口紅付きのそれを増やしたりしている。端的に言ってがらが悪い。

 がに股なので下着が見える。白頭巾の口穴の回りにビールやソースの染みをつけている。脇を開いて食べるので隣の者に肘が当たり、三角頭を傾けて、メンチを切り合い罵り合う。お嬢様学校という建前すら忘れているような振る舞いであった。

 その格好も行儀にそぐうものである。白頭巾は規則なので目を瞑るとして、制服の改造度合いは小さく纏まった一年生に比べると、もの凄い。ロングスカートにびりびりの切れ目を入れて生の足を露出していたり、肩から手首にかけてシルバーの鎖を巻いていたり、見せブラにショートジャケットを羽織っただけであったりと、七割方が停学中の伽羅迦楼羅を思わせる大胆な服装をしていた。騎士の魂である剣にしても、鞘をステッカーまみれにして柄巻にはデコレーションテープを用い、じゃらじゃらぼんぼんのストラップを手貫緒代わりにぶら下げている。

「見たところ統率が取れていないって噂は本当のようっすね。二年の先輩方は」

「あれが、二年生」

 まるで不良学生である。平成、いっそ昭和の趣きがあった。懐古趣味としてみるならお嬢様学校らしいといえなくもない。

「二年の担任はぬるいのか? あんなしょったれ、ザマ先だったら修正ものっす」

「だよね」

 しょったれというおそらく方言であろう言葉の意味はわからないが、そのニュアンスで頷いた。実際に芽亜たちの担任は「いっそぐれてやりますの!」とやけを起こした生徒を「意気がる元気がおありで? ならばしごいてあげるザマス」と更正させたことがある。あのときの連帯責任はきつかった。

「いやそうとも限らん。ほらあそこ、初見の教員がいるっす。多分二年の担任だ」

 嶺鈴に促され右側の教員席に双眼鏡を向けると、文樹原(あやぎばら)フミ先生と談笑する教師らしき人物が見えた。胸はさらしで臍を出し、特攻服を羽織っている。

「スケバン教師かよ。だったら、二年のあんな有様は担任の趣味っすか?」

 お姫様要素といえば、特攻服に刺繍された『純情可憐』の文字くらいである。学級の気風は担任教師の影響を大きく受けてしまうのかもしれない。芽亜はこのとき初めて白鷺先生に感謝した。彼女は厳しく意地悪くとも、ファッションに関しては真っ当な教師であった。

「油断はできないっすね。だらけてはいても観戦には全員参加だ」

 カピロテの数を数えると、たしかに一学年分あった。

「あの無軌道ぶりはヤンキー流の示威行為かもしれないっす」

 がらの悪い男子がわざわざホームルーム中の教室で机の上に足を乗せて座るのと、似たようなことかもしれない。中学でその光景を目の当たりにした芽亜からすると、たしかにおっかない行為である。椅子の脚を滑らせてひっくり返り、脳震盪で救急車を呼ばれた末、羞恥のあまり不登校になりかねない。

「二年はあんな感じとして、問題は三年だ」

 目を転ずる。正面、一年生とは反対側の席にいる観客は、もはや制服ですらない。皆、仮面と白マントで体を隠している。そして数が多い。ずらりといる。しかも怪しげな格好をしておきながら背筋を伸ばし、整然と座っている。

「あれ、みんな三年っすよ」

「多すぎない?」

 観客の九割近くが三年生である。換言すれば三年生は一年生と二年生と教職員とを合わせた数の九倍いるということになる。

「姫学は三年が最上級生で、卒業しなかったら留年扱いっすから」

 姫騎士学園では退学はともかく、卒業については自由意志が尊重される。芽亜の目指す姫騎士年金(不労所得)を得るよりも、結婚したくない(あるいはできない)、姫騎士の力を捨てたくない、死ぬなら戦って死にたいといった理由で、学生生活を続ける姫騎士が相当な割合でいる。そういった在学延長者も二年生から真っ当に進級した生徒も、ひとくくりに三年生として扱われているのである。

「今は少子化で一学年一クラスだけど、昔は出生率もそうっすが東側諸国からの亡命者なんかもいて、何クラスもあったらしいっす。そんでそこから毎年留年者が発生して積み重なれば、こんな人数にもなる。ちなみに姫学のストレート卒業率は今も昔も約三割っす」

 お嬢様学校の花嫁教育とはなんだったのか、シングル女性が累積している。

「つまりあの人たちみんな、行き遅れの独身おば――」

「口を慎めメアっち! いやマジで」

 思わず呟こうとした芽亜の口を、平手打ちのような勢いで嶺鈴が押さえる。唇の裏に歯が当たった。

(いふぁ)い……」

「あそこには十年以上三年生をされている先輩なんてざらにいる。生涯現役、筋金入りの姫騎士ばかり、教官の権力も及ばない最大最強勢力っす。だから迂闊な真似はマジで止めろ。この距離とはいえ聞かれてないとも限らない」

「先生が駄目なら、授業は?」

「ない。姫学のシラバスは二年次までっす。そして校舎も寮もない。三年生が暮らすのは三年自治区キャメロットガーデン。武闘派の三年はそこを拠点に北や西の宿敵とたたか――」

「待って、リンさん待って。メアの世界観を急に広げないで」

 治外法権の姫学のなかに更に治外法権の地区がある無法マトリョーシカであるとか、外敵がいて今も戦時なのかとか、ここ一応現代日本のはずだよねとか、二年生の不良ファッションも含めた新情報の氾濫に、芽亜の頭はどうにかなりそうであった。

「とにかく三年はヤバイ。それだけわかっていればいいっす」

 つまり、仮面にマントの見た目通りということである。芽亜はひとまず納得した。

「でも、リンさんは詳しいんだね。上級生とは接触禁止なのに」

「あたしらの母親だって元はここの三年だ。断片的な、ババアどもが嫌がらせで渋った情報でも、みんなで持ち寄って繋ぎ合わせれば概観くらいはつかめるっす。ただ親の結婚前、新しくても十七八年前の情報だから、キャメロットガーデンが今も絶対王制かはわからんがな」

 女王様がいるのか、政治体制が頻繁に変わりかねない場所なのかといった疑問を抱くが、ふと出た母娘(おやこ)仲の悪さへの気まずさから口ごもってしまった。

 嶺鈴は芽亜が一般家庭で育ったのに思い当たったのであろう。犬耳をぺたんと倒しつつも表情はそのままで話を変えた。

「顔や名前はわからずとも客席の様子を観察すれば、学年内の力関係だとかの情報は集められる。ほらメアっちも先輩観測するっすよ」

 

 気を取り直し、まずは二年生を見る。がらの悪そうな面々のなかでもとある大柄な女生徒が目に付いた。二メートル近い身長は頭一つ抜けていて、服装の過激さも同様であった。

 制服の原型はほとんど無い。黒革のボンテージで身を包み、トゲ付きの肩パッドを装備している。筋肉質でありつつも女性的な体付きのせいか、荒々しさよりいかがわしさがやや勝っている。胸の谷間から目を下ろすと露出したお腹に腹筋が浮いていた。そして頭からはカピロテに穴を開けて二本の角が突き出ている。おそらく嶺鈴と同じような妖怪系能力の副産物であろう。いわゆる鬼っ()というやつである。

 鬼っぽい二年生は平べったい大きな盃を傾けていて、彼女の両脇には執事服姿の少女らが酒瓶やおつまみ、たばこ盆を手に侍っていた。

「あの世紀末デカ女、わざわざ日本酒持ち込んで注がせるなんて偉そうっす」

 盃を差し出せば酒を注がれる。口を開けて突き出せばスルメをあーんしてもらう。手の内側を上に向けて出せば、葉を詰めた煙管を乗せられ、口をつけると同時にマッチで着火される。至れり尽くせりであった。

 同級生に酌やら何やらをさせて、しかも執事喫茶ごっこである。クラスカーストトップでもなければ味わえない贅沢といえた。

「体も態度もでかいのは筆頭だからってわけっすね」

 見るからにわかりやすい上下関係である。というより実際、肩パッドにでかでかと『二年筆頭』と書いてあった。ちなみに召使い役は『執事係』の腕章を付けている。

「自己主張が強い。いかにもなパワー系か」

 鬼系の能力は強化系が大半であるとか、気質への影響が云々であるとか、嶺鈴はメモ帳を手にぶつぶつと何やら考え込んでいる。

 リンさんって顔に似合わずデータ系キャラなんだ、という驚きは口に出さない。ともあれ、二年生の全体的ながらの悪さは担任のファッションセンスばかりでなく、筆頭の人柄も多分に影響しているということであろう。

 

 姫学二年はヤンキー揃いと結論して双眼鏡を三年席へ向けようと動かしたとき、ふと気付いた。気付けた。二年用の観客席の隅っこに、明らかに毛色の違う人がいた。フリルのついた日傘があった。

「リンさんリンさん」

「あん?」

「あっち、あの人も二年生なのかな?」

 フリルだらけのドレス姿の女性が、ビスクドールのようにちょこなんと腰掛けている。一見して目立つにもかかわらず、嶺鈴も芽亜に言われて初めて気が付いた様子である。不思議と存在感が薄かった。

「ゴス、ロリ……? あんなのいたのか」

 他の二年生と違いカピロテは被っていない。素顔のままであるが、目元は日傘に隠れて見えなかった。その口元に見える嫋やかな笑みを、闘場で奮闘する卍姫たちに向けていた。

「……多分、教師か三年が私服で紛れ込みでもしてるんす。見ろよあの体付き、どうみたって十代のそれじゃない」

 たしかにひどく大人びている。はち切れんばかりの膨らみとむっちりとした腰つきは、自分達の担任のそれと同等のものである。

「しかもそれでゴスロリとか、うわキッツってやつっすね」

 嶺鈴のある意味十代の少女らしい、少女であるからこそいえる感想に、芽亜はまったくの同感であった。同感であったが、なぜか彼女は反射的に叫んでいた。

「メアは似合ってると思うな!」

「どうした急に?」

「素敵で、綺麗で、可愛いなとメアは思うな!」

 言ってから気が付いた。あのゴスロリ女性からは、学長の九十九里叡子のような感覚、いやむしろそれ以上に、底知れないものを感じていたのである。芽亜は本能に従い、媚びた。

 

 

 矢見野芽亜の直感は確かといえた。ゴシックロリータファッションに身を包むその女性は華雅美(かがみ)陽葵(ひまり)といい、教官や三年生ではなく、現役の二年生である。その正体は姫騎士学園一期生にして、かつて中世ヨーロッパで茨の魔女と恐れられた長命者(メトセラ)で、現在は永遠の十七歳を自称して留年を続ける世界最強の姫騎士の一人である。荒々しい二年生といえども敬して遠ざけるしかない同級生であった。

 

 

 ちょっとしたトラブルはあったが三年生の観察に移る。三年生の上下関係はわかりやすい。統率されているのに加え、誰が一番偉いのか一目でわかる目印があった。

「玉座、だよね」

「玉座、っすね」

 わざわざ客席に持ち込んだのであろう豪奢な座具では、女王様然とした女性が足を組んで頬杖を付いている。生地が胸からへそまで開いた大胆なドレス姿は、姫騎士というより女魔王といったほうが正しいかもしれない。

「おっきい……いや、(おっ)きすぎない?」

「あたしらの遠近感が狂ってなければ、だが」

 そして胸の起伏以上に、全体が物理的に巨大であった。彼女に侍る白マントたちは、その脛ほどの身長しかない。玉座の高さからして客席をはみ出ている。

「まさか二十メートル近い? 巨女にしてもありえんっすよ」

 三年のトップは二年生筆頭とは文字通りスケールが違う。1/100ガ○プラと人間くらい、あるいは人間と実物大ガン○ムのサイズ差があった。芽亜は家族旅行の光景を思い出した。

「横浜みたい」

「メアっちも行ったことあるっすか? アタシもパパが連れてってくれたっすよ。動くやつ」

 現実逃避であったが、旅行の思い出と同様に、現実でもその巨大な女性が動き出した。

 ワイングラスを手に取った。水族館の水槽のように分厚いガラスのそれである。すると客席に設けられた台座の上を『ソムリエ』と書かれた白マントらが横にした巨大ワインボトルを九人がかりで担いで駆ける。開栓されたボトルが倒れた状態でもほとんど零れないのは慣性のおかげであろう。三年生の高い身体能力とその技量のおかげで、無事、ワイングラスにワインが注がれた。巨大な女は重力加速度に合わせてゆっくりとワインをくゆらせてから口にした。身長は十倍でも液体の落ちる速度は十倍にならないので、その仕草は自然と優雅なものとなる。

 女はグラスから口を離すと、今度は直径一メートル以上のエメンタールチーズを切り分けたものをつまみ上げ、6Pチーズのように口に含んだ。

 ワインもチーズも本人も、何もかもが大きかった。とはいえ、さすがに一年生が売っているたこ焼きのサイズは変えられず、山盛りにしてキャビアやイクラのようにスプーンで掬って食べていた。

「食費すごそう」

 と芽亜がぼんやりと呟いた。三年のトップと思わしき人物に関しては、でかい、つよい、美人、以外にはそれくらいしかわからない。飲食の仕草だけで圧倒されていた。

「あんなの、親世代の情報にはなかった。つまり今の姫学総代は若手だってことっす。世代交代があった以上、昔の情報は役立たん。側近、ナンバーツーらしき人物は……あいつか?」

 玉座の肘置に立つ制服姿の女性が目に付いた。ほかの三年が甲冑やら魔法使いローブやらといった個性豊かな格好の上に白マントを羽織っているのに対し、仮面は被っていても唯一、無改造の制服姿でいる。逆に目立っていた。金髪をポニーテールにしていて、身長はやや長身、その体型は霧子や夕子と同様に、すらりとしていた。

「地味だけど最強クラスってパターンっすよ、多分」

 漫画ではあるまいし、苦し紛れのような分析であった。

 

 その後はそれ以上の情報を得ることもなく、前座試合が終了した。勝者は卍姫である。

「やーたやった、やりましたのー! 応援ありがとー! ありがとうございますの!」

 と、客席からの声援と金返せという野次に応えながら、飛び跳ねて喜びを露わにする。実力としては妥当であっても当人のうっかり気質からかオッズがそれなりに高く、彼女に賭けた芽亜としては中々の儲けになった。

「この大々大勝利により、もはやこのわたくし、四方院卍姫こそが実質的に一年クラスのナンバーツー、といっても過言ではありませんの!」

 オーホッホッホと高笑いを響かせたうえに、

「いえーい、リンさん、ご覧になってますのー? 次席の座、最高ですわよー!」

 などと調子に乗るものであるから、嶺鈴が青筋を立てて外れ投票券を握りつぶした。

「頭の栄養が胸に行くというのなら、賢くしてやるのが学友っすよねぇ……後で絶対もいでやる」

 個性豊かな上級生の情報や卍姫の迂闊な言動に散々はらはらさせられて、決闘本番前であるというのに芽亜は早くも消耗していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。