姫騎士学闘アヴェマリウス   作:トシアキウス

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第29話

 先手はやはり霧子であった。

 正面からの刺突、袈裟斬りと逆袈裟、左右斬り上げ、頭上から回り込んでの背斬りと、夕子の出鼻を挫くべく、六振りの浮遊剣による同時斬撃が繰り出される。

 夕子に遠距離攻撃手段はない。とにかく近付かなければどうにもならない。初手で詰められた距離は半分ほどであるが、惜しくはなく、予測もしていた。浮遊剣の攻撃より一拍早く、斜め後方へと進路を転換する。急制動と再加速の反動で全身が軋み、砂塵が巻き上がった。タイミングをずらされ、砂塵で姿を一瞬見失ったことで浮遊剣の陣形が乱れる。

 同時攻撃のために陣形を整えるより、牽制のための再攻撃を優先したのであろう。すかさず銀光が砂塵を裂いて夕子へと襲いかかる。一振り目を横薙ぎで、切り返して二振り目を弾く。三振り目の脛斬りは前足を上げつつ剣を垂らして防いだが、背後に回り込んだ四振り目が後ろ足を刈るべく迫っている。回避のために大きく跳躍せざるをえなかった。そのまま空中で後転しつつ、二方向からの串刺しを巻き打ちからの回転斬りで切り払う。

 これで凌いだのは六振り目となるが、やはり着地際を狙っての足斬りが来た。二振りで挟み込む形のそれを地面に剣を突き立てて飛び越えるが、宙に浮いたままの無防備な身体を新たな浮遊剣の斬撃が狙う。剣を戻すのは間に合わない。蹴りを繰り出し、金属製の拍車で受ける。そしてその反動を支点にして、続けざまの三連突きを転がるように避けきった。

(立ち直りが早い!)

 一旦凌いだとしても、浮遊剣は嶺鈴の分身と違い、剣を振るう肉体がないので即座に立ち直って再攻撃をしかけてくる。反面、肉体の重みがない分攻撃の重さに欠けていて、多少無理な姿勢でも迎撃が可能であった。

 夕子の肉体性能だけでいうなら、間合いの調整と運剣の工夫次第ではその場にとどまっての打ち合いや打ち合いながらの前進も不可能ではない。しかしそれを実行し続けるには達人と呼ばれうるほどの技量が要る。真理谷夕太郎は幼少期から特殊な環境で修行したとはいえ、その純粋な剣の腕前自体は年相応の域を出るものではない。神威による肉体強化なしで剣道の全国大会優勝者と試合すれば確実に敗北するであろうし、剣術師範のような積み重ねもない。一時は才気と直感で凌げても、しだいに対処しきれなくなる。それに霧子も夕子の動きを分析したうえで、新手を繰り出してくるであろう。

 

 夕子は絶え間ない浮遊剣の連撃を捌きながら機会を窺った。霧子を正面に捉えてじりじりと間合いを詰める。

(剣速自体はこちらの足とほぼ同等、ならば駆け引きの余地はある)

 斬線を延ばした回し切りが複数の浮遊剣をまとめて弾き飛ばす。追撃はない。浮遊剣は六振りが六振りとも、霧子の周囲に戻ると陣形を整えて滞空した。

「素敵ね。今のを無傷で凌ぎきったのは貴女が初めてよ」

 霧子の賞賛に、夕子はくすりと笑みを零した。

「強敵と戦ったことがないだけでしょう? この程度の練度で大口を叩くのですもの」

 はったりではない。手にした剣を振るった場合より、敵の行動への対応にほんの微かな遅れがある。それに加え、嶺鈴の分身は夕子に手傷を負わせたが、彼女たちは一人一人が主体性を持って戦っていたのに対し、霧子の浮遊剣は彼女の命令がなくては決まった動作しかできない。動きが読みやすいのである。とはいえそれもある程度という注釈がつき、たとえ読めても対処できない動作もある。攻撃を受ける自身の技量を考慮すれば、その欠点は気休めくらいの差といえた。大口を叩いているのは、むしろ夕子のほうであった。

「あなたの剣は軽いのよ。剣士を気取る割にはね」

 挑発の応酬は無言であった。銀光が一閃され、眼前で火花が散った。一刀かみ合い、夕子の体幹がぎちりと軋む。袈裟懸けに振るわれた浮遊剣の重みは生身のそれと遜色なく、透明人間を相手に斬り結ぶといった格好となる。バインド状態で拘束されるのはよろしくない。夕子は即座に、浴びせ落としからの切り返しで弾き飛ばした。弾かれた剣が弧を描いて回転しつつ、霧子のもとへと帰還する。

「技を使ったわね。誰の剣が軽いって?」

 弾いた剣は回転したままである。どうしてかそれに合わせるように他の浮遊剣も回り始めた。回転はしだいに激しくなり、六つの白い円盤と化した。

(運動エネルギーか!)

 戦闘機の空戦におけるエネルギー戦というやつであろう。通常の浮遊剣は能力による推力プラス位置エネルギーであるが、そこに回転力を追加する。回転による運動エネルギーを空気抵抗の限界まで溜めたとすれば、それを変換した際の威力と速度は生身の重さを補って余り有り、すさまじいものとなる。

「ギアを一つ上げていくわ。ダンスは得意かしら?」

「盆踊りなら」

 地元の夏祭りで踊りたくてひそかに練習したが、幼少期は虚弱さ、成長してからは姫騎士化と、いずれも体質のせいで披露する機会がなかった。

「ならばワルツも練習なさい!」

 発射と同時に剣を振るった。

 

 戦車砲のごとき一撃であった。身体ごと弾き飛ばされ砂塵が舞う。接地前に第二射が来た。どうやら同時攻撃はしないらしい。回転を突きに変換し、かつ狙い通りの方角に放つのに思考容量を割かれるのであろう。誘導性も付与されていない。ようは銃砲を相手にするつもりで対応すればいい。二撃目は刀身に手を添えて平で防ぐ。あえて受け流さず、真正面で受けた。後方へと水平に飛ばされながら、地面に拍車を当てることで姿勢を制御する。霧子が両手を大きくかざして振り下ろした。同時射出である。拍車制動で相対速度と位置を調整し、剣を僅かに傾けて順々にそれらを受ける。先ほどよりも威力が低い。一振りの場合に比べて半分以下である。制御の甘さで回転力変換のロスが大きくなったのであろう。顔には出さないがおそらく霧子のミスである。彼女は再び片手をかざして五発目を撃とうとした。

 今度は受けるつもりはない。腕は痺れたが、こちらも運動エネルギーを稼がせてもらった。続けざまの砲撃で弾かれた勢いを殺さずにくるりと身をひねると、夕子は霧子に背を向けて加速した。背後で浮遊剣が着弾して地面を抉った。

 逃亡ではない。機動剣術によるドッグファイトの誘いである。そちらの言葉通りに踊ってみせようと、流し目を乗せてちらと振り返れば、果たして霧子は誘いに乗った。

 

 最初に追いついたのは唯一回転力を保持したままであった六振り目である。射出先で制御し直したのであろう。高速を生かし夕子の前方へ回り込むと、弧を描く水平斬撃に移行する。横方向に避けるのは難しい。速度の損失を最小限に抑えるなら、前傾するか跳躍するかで上下方向の回避が妥当である。夕子はいずれも選ばず、真っ向から切り払った。反動で運動エネルギーが失われて速度が落ちる。無論それは、その場に限っていうのなら愚策でしかない。再び最高速に乗った頃には、立ち直り陣形を整えた他の浮遊剣が迫っていた。五振りの浮遊剣が螺旋を描いて夕子へと追い縋る。先ほど切り払った六振り目も間もなくそれらに加わるであろう。

 夕子と浮遊剣の最高速度はほぼ同等であり、真っ直ぐ疾走し続けられるなら追い抜かれることはないが、闘場の広さは有限である。すぐに客席の真下の壁へと到達する。方向転換した夕子を浮遊剣の斬撃が遮った。

 

 霧子は夕子の戦術を看破した。

「壁際で攻撃方向を限定したのでしょうけど、運動性ならこちらが上よ」

 生身が無くて軽い分、浮遊剣は小回りがきく。維持旋回能力が高いのである。夕子が浮遊剣とともに動き回れば動き回るほど、追い越された後の速度差も広がり続ける。とはいえそんなのはあくまで理屈倒れに過ぎず、剣速における有利不利など、技術と機転で覆せる。霧子はそれが見たくて、袖に包まれた手を振るった。

 

 纏わり付く浮遊剣を振り切らんと疾駆する。前後の挟み打ちは正面を弾いた剣を担ぐように背に回して受ける。しかしそれは牽制に過ぎず、続けざま四方から浮遊剣が迫る。一本の剣では防ぎきれないその状況を、夕子は宙返りめいた360°以上の回転斬りで打開した。地面から壁面への踏み込みで剣線が螺旋を描き、包囲網を散らすと、そのまま壁面を駆けて殺し間から脱出する。剛歩による突き抜けるような加速であった。行き足を狙って放たれた浮遊剣が、一拍遅れで壁と地面に次々と突き立った。霧子は舌打ちした。ミスである。ロスが出た。刺さってしまった剣の立て直しには一呼吸要る。無事な浮遊剣にしても今の夕子のほうが速い。振り切られた。目が合った。今ならば一直線に駆けて霧子本人を狙えると、お互いが確信した。夕子が壁を蹴る。ほぼ水平の姿勢で続けて地を蹴り加速する。浮遊剣は間に合わない。霧子の袖が翻る。抜剣からの投剣であった。

 顔を歪める。七振り目を使わされた。使わずにいたのは余裕ぶっての手加減では無論ない。実戦における浮遊剣の十全な同時操作は六振りが限界であり、この一撃は霧子にとって賭けであった。頭の中がちりりとなる。果たして霧子は賭けに勝った。

 腕の投擲に能力を乗せた威力により、夕子の突進が逸れる。そうして立ち直って追いついた浮遊剣が彼女に襲いかかった。霧子は限界を超えて、浮遊剣七振りの同時制御に成功したのである。包囲から逃れるべく夕子が即座に転身する。再び壁際へと追い込めた。夕子の思い切りがいいともいえる。霧子は七振り目を戻して鞘に納めた。連続した七振り制御は消耗が激しい。成長の高揚感に身を任せず、あえて慎重策をとった。六振りの時点で優勢であり、不覚をとったのは自分の戦術ミスといえる。霧子は長期戦の消耗自体は向こうが上と見て、このまま確実に仕留めるべく、努めて冷静に浮遊剣を手繰った。また同時に、夕子ですら浮遊剣だけで封殺できてしまうのかと、微かな失望が脳裏をよぎった。

 

 剣は目ほどにものをいう。姫騎士の神威の乗った剣は殊更にそうである。

 機であった。

 その瞬間、今までの防戦で読み取った霧子の呼吸と、彼女から伸びる因果の糸の方角から、六振りの浮遊剣の正確な位置取りを把握する。そして己の枷を外す。これまでの神威は制御可能な全力ではあっても全開ではなかった。夕子は意を乗せきれず四散しかける神気を遮二無二集めて圧縮すると、その両手で剣身を握り、振り抜いた。

 音とともに浮遊剣がガラスのように砕け散る。

「殺撃!?」

 驚愕の声の合間に、流れる動作で至近に寄って打ち下ろし、回し打ち、すくい上げる。二つ、三つ、四つと、棒鍔の先端をハンマーやつるはしのように用いて浮遊剣をたたき割った。

 殺撃とは剣を上下逆さに持つ西洋剣の用法であり、最大の打撃力を誇る技ともいわれている。刃引きされていない刀身を直接握るのはいかにも危うい行為に思われるが、素手で刃をつかみ、その状態で振り回そうが傷を負わない「握り」の技法は、西洋剣術にも日本剣術にも存在する。夕子の「握り」は完全とはいえないが、神気を手指に集束し防刃することでその未熟さを補った。

 対甲冑技法でもある殺撃の威力はすさまじい。剣とハンマーで打ち合えば剣が負けるという物理的な理屈に加え、破壊の意を乗せた膨大な神威がそれを後押しする。

 

 霧子は夕子が定石通りに浮遊剣を突破して接近戦を挑むと思い込んだ。接近を凌ぐという小さな勝利を得て、封殺の見込みをつけた。そのことで各個撃破の武器破壊の可能性から意識が逸れて隙となり、瞬く間に四振りの浮遊剣を叩き折られた。見切ったつもりになって、見切られていたのである。無事な二振りを手元に戻そうとするが、戦術的敗北は覆せない。距離が遠く、能力の手応えもわずかに鈍い。夕子の真意は霧子の想定とは逆で、接近戦ではなく遠距離戦に持ち込むことによる浮遊剣の各個撃破である。誘い通りに慢心してしまった己に、霧子は歯噛みした。

 戻ろうとする五本目の浮遊剣を、鍔元同士引っかけるようにかみ合わせて破壊する。六本目が逃げる。逃がさない。剣を振るのは間に合わないが片手を伸ばして柄に触れた。神気を通して霧子の神気を押し流す。霧子の能力が解けて夕子の支配下にあるそれから強化を解けば、その数瞬だけ、なんの変哲もない剣となる。肘と膝で飴細工のようにへし折った。

「不用心ね。自ら剣をとらないから、こうも脆くなってしまう」

 意趣返しである。折れた剣を放り捨てると、だらりと下げた無構えのまま霧子へと歩み寄る。浮遊剣は飛んでこない。

「さて、対等と認めていただけたかしら」

 向かい合う。斬り合いの距離である。

「……認めましょう、敗北を。能力使いとしての私は、完敗したと」

 能面のような顔が、わずかにほころんだ。

「ここからは剣士として相手をしましょう」

「ありがとう。嬉しいわ」

 思わず笑顔を浮かべる。

「嬉しい?」

「ええ、とっても。お高くとまっていた相手の、御眼鏡にかなったのですもの」

 ナンパに成功する喜びとは、こういった気持ちなのであろう。これで自分も立派なチャラ男である。世間で評価される肉食系男子である。

「浮つくのは……お互い様ね」

 微苦笑する霧子が両腰から剣を抜く。日常の仕草から推察していたが、やはり二刀使いであった。

 霧子がコルセットベルトの留め金を外すと、八本の鞘が剣帯ごと落ちて音を立てた。身軽になるため邪魔な鞘を捨てたのであろう。せっかくなので有名な決まり文句を言ってみる。

「八剣霧子破れたり、かしら」

「二刀は私よ」

「それもそうか」

 翼のように広げた二刀と二つ結いの金髪が陽光に反射する。綺麗であった。目が合うと、どちらからともなく剣を伸ばした。剣合わせである。

鹿島(かしま)陰刀(いんとう)流――八剣霧子」

「神門三千流――真理谷夕子」

 流儀を名乗り、剣同士が接吻のように触れ合うと、互いに飛び退り、構えた。

 

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