剣戟の音が響き渡る。歓声はない。
夕子の真っ向からの斬り下ろしを、霧子の左剣が弾いて逸らす。弾くと同時に右剣が閃き、その反撃は体捌きで躱される。躱しながら体の裏へと回り込むような斬り付けは、手の内でくるりと回った左剣によって受け流され、切り返しの右剣が足を狙った。夕子は跳び退き間合いを離すと、蜻蛉の構えをとった。爪先がつつと動く。霧子が中段に構えた。夕子がゆるりと進み出る。不規則な踏み込みで間合いを惑わしつつ、一息に振り下ろす。その剛剣を一刀では受けきれぬと見たのか、霧子は交差した剣で受けた。刃と刃がかみ合い火花が散る。散ったと思えばぱっと離れた。今度は夕子が正眼に構え、霧子は両刀を頭上でハの字にした二刀上段の構えである。
構えの通りに攻防が切り替わる。振り上げた二刀とたなびく二房の金髪を押し出すように距離を詰めると、夕子より一瞬速く剣が振るわれた。が、後の先狙いであったろう夕子が初太刀を躱す。しかしまた、夕子が反撃に転ずるのとほぼ同時に、霧子が刃を返してはね上げている。
そこからの霧子の攻勢は、怒濤の如きものであった。左剣が先んじれば右剣が、右剣が先んじれば左剣が随従する。切っ先落としと体重移動の工夫により、威力を手数を両立した。一刀一刀が諸手の振りと遜色なく、あたかも二人の剣士が左右に構えて並び立ち、あるいは重なって攻め立てる姿を彷彿とさせる。
「鹿島陰刀流――仁王太刀」
この阿吽の二重攻撃こそが、大刀二刀という二刀流のなかでも際物とされる得物を使う鹿島陰刀流の特徴の一つであった。
けれども圧倒には至らない。元より身体能力自体は夕子が上回り、一時攻めを捨てて亀のように守りを固めれば崩されずに凌ぎきれる。しかも霧子の剣が冴えるほど、夕子の神威もじわじわと高まり続けている。技で劣ろうと肉体性能で相殺する。そうなるよう戦闘中でも成長する。ついには二刀を流さず膂力で受けると、身体ごとはねのけて、仕切り直しとなる。
その無体ともいえる神威の増大は、客席にいる芽亜でも感じ取れた。他の生徒は確信が持てぬのかわずかにざわめくばかりであったが、夕子の体質を知る芽亜にしてみればごく自然な成り行きといえた。
真理谷夕子の神威は常に成長し続けている。芽亜が彼女と生活を共にする中で気付いた理不尽体質である。通常、姫騎士の神威の成長には何かしらのきっかけが必要といわれている。生理的変化、生命の危機、担任のシゴキ、鍛錬での気付き、心の成長や拗らせといった精神的変化と人によって様々であるものの、ともかくその成長というのは段階的である。けれども夕子の場合は違う。常時高まり続ける成長曲線を描いている。食事をしていても、読書をしても、布団ですやすやする間も、芽亜に突き合ってガン○ラをパチ組している
ちらりと隣席を見る。霧子の連続攻撃を正面から受けきった夕子を、嶺鈴が爪を噛んでにらみ付けている。このままでは永遠に夕子に追いつけぬままであると気付いてしまったのであろう。やっぱりメアのお姉様はすごいと、芽亜は誇らしくなった。
しかしながら威を借る暗い悦びのおかげではらはらする気持ちが薄れると、二人の戦う姿について別な印象が湧き上がって来る。
「すごい……けど。なんだろう? 思ってたより――」
「――遅いっす」
そう、遅い。動きが遅い。言いづらいことを嶺鈴が言い足してくれた。
白刃をきらめかせて肉薄する。肉薄したと思えばすれ違う。重ねた刀圏の中、剣閃を交互に逸らし、押さえ、掻い潜る。剣戟の火花を散らす激しさとは裏腹に、足運び自体は緩やかであった。そして絶え間なかった。
殺陣のような、と形容できる。決まり切った所作をなぞるかのように迷いがなく、幾度打ち合おうと決して刃筋が乱れない。以前ネットで観た組太刀の動画を思わせる流麗さがあった。芽亜の動体視力でも流麗に、事細やかに見て取れた。機動剣術の授業で見せつけた目にも留まらぬ一閃をぶつけ合う超人的立ち回りはそこにはない。剣速も拍子もせいぜい動画の倍速程度と、辛うじてとはいえ常人の範疇に納まっている。両者とも上位の姫騎士にもかかわらず、超人らしからぬ遅々とした剣を振るい合っている。
観客のための魅せプレイか、あるいは自分の知らない姫騎士の決闘作法かもわからない。芽亜には二人が二人の世界に入り込み、勿体付けて手加減しあっているみたいに見えてしまった。現に危うい場面が繰り返されたが今もなお、互いに傷を負わずにいる。
「コンセントレーション・リミットですわね」
卍姫の声であった。彼女は嶺鈴とは逆側の席に「よっこいしょういち。恥ずかしながら失礼しますの」と芽亜を挟んで腰を下ろした。膨らみに合わせて揺れる縦ロールを、嶺鈴がじろりと睨め付ける。
「っ……おほん。集中反応限界速度、至近戦ですとそれ以上の剣速はオーバースペックということですの。リンさんもご存じでしょう?」
先だっての大言壮語を嶺鈴に追求されぬためか、卍姫は年配の父親の受け売りと思わしきしょうもないおちゃらけに続けて、問わず語りに蘊蓄を語り出した。
コンセントレーション・リミットとは人間の反射神経から算出される回避不能な攻撃速度のことである。一般的な反射速度の限界が0.2秒であるとすると、攻撃側が攻撃を始めて当てるまでの動作を0.2秒以内に完了したなら、攻撃を受ける側が反応した時点で、既にその攻撃は到達しているということに理論上はなる。反撃や防御姿勢をとるどころか、気付いた時には食らっている。具体的な速度の例を挙げるなら、一足一刀の間合い2メートル、反射速度0.2秒では時速36㎞(秒速10m)となる。これはボクシングにおけるジャブの速度であり、ジャブは避けられないといわれるのも、この速度ではいかに集中しようと人体では反応しきれないからである。したがってこの間合い2メートルという条件下で攻撃を当てることだけを目的とするなら、その攻撃速度がF1カー並みであろうが原付バイク程度であろうが目的は達成できる。打撃力を出すのに速度が要る格闘技ならともかく、真剣を用いる斬り合いにおいては、細腕の老人の剣であろうと筋骨隆々たる偉丈夫の剛剣であろうと、音速で振るわれる超人の剣であろうと大差がない。いずれも急所に当たれば死ぬのである。理屈の上では物理的剣速は最低限あれば良く、過剰な速さやそのための筋力は不要となる。古来より日本剣術が西洋スポーツのような筋力トレーニングを左程重視しないのは、そういった考えに基づいているからともいわれている。
ちなみにこの理論は現在、武術でとどまらず軍事にも用いられているらしい。一例としては戦闘機の速度が挙げられる。識者によれば各国の主力戦闘機の最高速度マッハ2.5という要求性能は技術的な限界ではなく、有視界戦闘時のコンセントレーション・リミットから算出されたものであるという。
「しかも二人ともスピードは必要十分で抑えた分、あとの神威はみんな攻防力、存在強度に回している。近接戦における強化割合の最適化ってやつっすね。地味に見えるが高等技術っす。地味っすけど」
神気強化の応用であった。単純に筋力を強化するばかりでなく、概念強化の形で肉体の強度や剣の切れ味に割り振っている。
剣閃を交わし合う二人の間に、仮に今、レンガなんかを投げ入れたとすればお味噌汁の豆腐のようにばらばらに切り落されるであろうし、横槍でサブマシンガンを撃ち込んだとしても拳銃弾程度ではBB弾、痛いには痛いが出血には至らないくらいのダメージしか与えられない。
「お二人とも、目に見えぬ甲冑を纏っているような状態ですの」
「どちらか一方がスピードに強化を回して、遮二無二手数を増やして剣を当てたとしても、多分、肉で止まる」
「攻撃力が足りませんものね。現状がお二人にとって最適解ということですわ。たしかに、見栄えはしませんが」
卓越した姫騎士同士が勝利のために最適な戦術を選んだ結果、その戦い振りから超人的な外連味が失われ、常人と変わりない戦闘規模へと立ち戻って行く。
嶺鈴が納得したように頷いた。
「行きつく先は原点回帰か……」
膨大な見えない力の流れはある。細やかな剣技の応酬も、わかる人にはわかるだろう。しかし漫画でいう戦闘描写のデフレーションのような光景に、芽亜は何ともいえない気持ちになった。
天地鳴動させる超パワーの持ち主同士が狭い屋内で殴り合いの泥仕合に終始する。物語のそれはそれで嫌いではないが、現実の超人である姫騎士も勝ちに徹する限りそうならざるを得ないというのは、どうにも夢のない話であった。
「無駄なく、隙なく、油断なく。確かに最適解ではあるザマス」
「先生……?」
気が付けば担任のザマ先が、ふわりと芽亜たちの前に降り立っていた。神気制御の賜物であろうか、プラスチック製フィギュアのように髪も胸もほとんど揺れなかったので、認識するのが数瞬遅れた。気配遮断の一種かもしれない。
「しかしそのしみったれた合理性は
日頃の理不尽なシゴキを自己正当化しているのか、精神論を言い出した。
「なりふりかまっていられるから壁を越えられない。半端に武術を囓ったから
ザマ先がうきうきした調子で予告すると、それから少しして、予告した通りに試合が動いた。真剣勝負である。剣道の試合とは違い、柔肌を狙って刃物を振るい合うのである。取り返しのつかない事態に至るのは当然であった。