ふいに目が覚めた。嫌な予感がする。
このナザリックは神にも等しき至高の御方々の祝福に溢れた理想郷。そんな場所にあって不穏な気配を感じることは稀である。
部屋の扉を開けながら自分の装備を確認する。万が一、自分の感じている不安が杞憂でなかった場合戦闘になる、ということも考えられるからだ。刀、羽織、各種魔法道具、それぞれきちんと身につけている。装備の不備で失敗したとあっては自分を創造して下さったベルリーパー様に申し訳が立たない。
つかつかと歩いていくと開けたホールについた。反対方向の通路からシモべが走ってホールに入ってくる。
「ヴァーダイト様。緊急事態のようです」
この水晶宮殿に配置されている中でも高レベルのシモべが緊迫した面持ちで報告してくる。
「何が起こった?敵襲か」
「水晶宮殿の、いえナザリックの周辺がどうやら沼地ではなく草原になっているようです」
まず思いつくのは幻術によるまやかし。その次に何者かがナザリック周辺を強力なスキルや魔法を用いてエリア改変を行った可能性。他にも様々考えられるがどれも突拍子も無いものばかりで考慮するに値しない。
「幻術ではないのか?」
「断定はしかねますが、索敵に特化したシモべによる報告ですので可能性は薄いかと思われます」
「他に何か異常は?」
「いえ、本当にそれだけのようです」
情報があまりにも足りない、それが率直な感想だった。周辺地理が変わっただけでナザリックは小揺るぎもしない。ナザリックの真価は地上にはなく地下にあるからだ。では警戒すべきでないかといわれれば、それは全く違うだろう。真実がどうあれ、これから何も起きないという可能性は排除し難い。であればどうするべきか、このままここで考え続けてもいたずらに時間を消費するだけならばやるべきことは一つ。ナザリック地下大墳墓の主である至高の御方々の判断を仰ぐ他ない。
「俺は今から第九階層に向かう」
「はっ、かしこまりました。我々はどのように動けば良いでしょうか」
「隠密を第一に、情報収集に徹しろ」
「はっ」
ガシャリガシャリと鎧で音をたてながら足早に去るシモべを見ながら、アイテムボックスから棒のような形状の道具を取り出す。これは水晶宮殿のマスターキーの劣化コピーであり、水晶宮殿と接続されているナザリックへ限定的ながら転移を可能とする。
「マスターキー起動。転移・地下墳墓第九階層」
転移魔法と同じエフェクトとともにヴァーダイトの姿が掻き消えた。