劣等生と回帰者   作:あるとりあ

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5話

酷く懐かしい夢を見ている。まだ自分が普通だった頃の夢だ。その夢が妙に心地よく、眩しい。ああ、██(母さん)██(父さん)元気ですか?██()は元気にやっていけているはずです。

 

 

「もう入学式は終わったぞ」

達也に肩をトントンと叩かれ意識が覚醒する。

『そうか』

少し伸びをして席を立つ。

「俺はIDを取りに行くがお前はどうする?帰るならお前の分も取りに行くが?」

別にIDは達也に取ってきて貰えばいいし、ここに残る必要も無い。

『それで頼む』

俺はそのまま寄り道もせずに家に帰った。

 

 

俺の家は達也達の家のすぐ隣にある。1人で住むにしてはあまりにも大きい一軒家だ。地下にはトレーニングルームがあり、素振りなどができる少し大きめの空間もある。

四葉家から提供されているこの家だが、実際使っているのはリビングとキッチン、あと2室くらいであり他の部屋はほとんど物置状態だ。

今の時刻は午後6時ちょうど。帰ってきてシャワーも浴びずにすぐ寝てしまったので少し気持ち悪い。

シャワーを浴びる前に木刀を取り、地下の空間でひたすら素振りをする。

剣を振る。何かを忘れる。剣を振る。何かを失う。剣を振る。何かがこぼれ落ちる。それでも俺は剣を振る。

俺にはそれしかないから。剣を振っている時は何も考えずに済むから。

彼らとの思い出が呪縛となって俺を蝕む。

ちょうどその時設定していたアラームの音が鳴った。余程没頭していたのだろう、剣を振り初めてから優に3時間は超えている。

『流石に腹が減ったな』

木刀を置いて、俺は地下室から出た。シャワーを浴びた後リビングに戻り1度冷蔵庫の中身を確認する。

『うーん。肉じゃがにするか』

何故か肉じゃがが無性に食べたくなり、今晩は肉じゃがに決定した。

具材を切り、調味料と一緒に鍋に入れて火を通す。

あとは時間が過ぎるのを待つだけだ。俺はその間リビングのソファーに座りぼーっと壁を見ていた。

「ねぇ██、あなたは将来何になりたいの?」

ああ、忘れてしまった(切り捨てた)記憶がフラッシュバックする。

「どうしていつも██は空を見ているの?」

この空ぐらいしか、あの世界との共通点がなかったから。

「ねぇ、██はどうして私を殺したの?」

そうするしか、なかったから。

ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ。

「ねぇ、██はどうして生きてるの?」

ピピピ、ピピピ。

肉じゃがができたらしい。俺は設定していたタイマーを止めて、皿にできた肉じゃがをよそいリビングに持っていく。

なんの会話も聞こえないリビングで俺は黙々と作った肉じゃがを食べ進めた。

『違うな』

かつて作って貰ったあの肉じゃがとは程遠い。レシピは同じはずなのに、何かが足りない。でも俺にはその何かが分からなかった。

達也たちと食事をしたなら何か変わるのだろうか。だがしかし、あの二人のお世話になるのも気が引ける。

『もう寝るか』

作った肉じゃがを食べ終え、俺は床に伏した。

██()がひたすら人を殺している。無表情で躊躇いなく。おそらく家族、友人、恋人そんなものは関係がないとひたすら殺している。

「ねぇ、なんで██は私達を殺したの?」

ここは夢の中だ。

「信じてたのに」

ここは夢の中だ。

「許さない」

夢の中なんだ。

ここが夢の中だとわかっている。もう██はいないのだと、そんなものは理解している。だけど否定してはいけない。当然の仕打ちなんだと、呪われて当たり前なのだと理解している。

自分の顔に触れる。大丈夫、いつも通りの顔(無表情)だ。

『許さなくていい。ただ俺にはそれが必要だった』

「なんで?それは私より大事だったの?私達の命を奪ってまで必要だったの?!」

『ああ、だから俺はそちらを選んだ』

「許さない。絶対に呪ってやる。私達はあなたの事を大事に思っていたのに!」

『俺も、許されるなどとは思っていない』

目の前の死体が俺に群がるように手を伸ばす。俺は抵抗せずにそれを受け止めた。これは戒め、贖罪だ。拒んではいけない。

そのまま俺は深い闇に沈んでいく。彼女らの呪いの言葉は俺の目が覚めるまで止まなかった。

 

朝、窓から差し込む日光で目が覚める。素早くシャワーを浴びて家を出た。

「遅かったな」

『すまない、待たせた』

「いえいえ、私達も今来たところですよ」

「じゃあ行くか」

向かう先は九重寺、達也がここの住職である九重八雲に体術を師事してるのだ。

春とはいえ、まだ4時半過ぎだ。肌寒く、冷たい空気が肌を刺す。ただ前世からこの朝の時間は嫌いじゃなかった。

この世界が明るくなり始める時間が、まだこの世界は生きているのだと実感をくれたから。

達也は自己加速術式で、深雪は移動術式で、そして俺は瞬歩で丘の上にある九重寺に向かう。寺の麓まで着くと、石段が続いており、その先に九重寺本殿がある。

3人で石段を登りきると、待ち構えていた僧侶達が達也に襲いかかる。

いつも通りの事なので俺たち2人は距離を取って見ている。

すると深雪が突然思い出したように言ってきた。

「そういえば良二さん。私が答辞を読んでいる時に寝ていましたよね?」

『なんの事だろうか』

「誤魔化せませんよ。私、ステージの上から良二さんの寝顔を見てましたから」

『降参だ。今度埋め合わせはする』

流石に分が悪い。まあ、寝ていた俺が悪いし仕方ないだろう。

『それより、そろそろ終わりそうだな』

いくら達也が強いと言ってもまだ高校生だ。それにここの寺の僧侶も厳しい修行に耐えてきた強者。そんな簡単には倒せないだろう。

と、ちょうど今達也が最後の一人を捌いて終わった。

しかし、ここからが本番だ。達也の師である九重八雲との組手が始まる。それも唐突に。

気配を騙して八雲は達也に迫るが、達也はそれを察知し左にズレることで避けた。そのまま近接での乱戦が始まる。

流して、蹴り、それを流して突く。そのような一進一退の攻防が続く中、八雲が気配を偽り、達也の不意を着く事で勝負がついた。

「いやぁ、体術だけなら達也くんにはもう叶わないかもねぇ」

「そんな事はありません。事実俺はまだあなたに1回も土を付けていない」

「まぁ、まだ負けられないからねぇ」

深雪が達也と八雲に水とタオルを持っていき、達也の服に着いた汚れを魔法で落としている。

「それで、良二くん。1戦頼めるかい?」

いつもの流れだ。達也と八雲が組手をして、その次に俺と八雲が組手をする。

『構わんよ。いつも通りだしな』

すると瞬時に八雲が消え、こちらに迫ってくる。

(気配は右、しかし実際は左だな)

容赦なくこちらの脇腹に向かってくる左手を掴み、そのまま後ろに投げ飛ばした。

八雲は上手く空中で体勢を立て直し、こちらに構え直す。

『八雲、そして達也も聞くといい。気配を消す、偽る。これらは確かに厄介だが、コツを掴んでしまえば別に大したことはない。

ただな、その道の達人は意識だけで相手に錯覚させる。こういう風にな』

俺は八雲に近づき掌底を叩き込む意を送る。すると八雲はその掌底をよけようと左にズレた。

「いやぁ、化け物だね。意識を飛ばすだけでここまでとは」

「俺には良二が八雲先生に掌底を入れた姿が見えたんだが」

「僕もだよ」

『まあ、これくらいは鍛錬を積んだら出来る。だからこういう使い方が出来る』

俺は八雲に縮地で近づき顎に突きを放つ意を送る。それに対応しようと八雲は後ろに下がるが、俺は一瞬片足に重心がよったタイミングで足を払い、体制が崩れた八雲の鳩尾に寸前で止めたが掌底を入れた。

「参ったよ。完敗だねぇ」

「意識によるフェイクか」

『正解だな』

すると深雪が質問してくる。

「確か良二さんって剣士でしたよね?」

『ああ、そうだな。て言ってもここ数年は1度も真剣を握ってないがな』

「何か見せて貰えませんか?良二さんが剣を振っている所を見てみたいのですが」

『別にいいぞ。減るものでもないし、いい機会だ。八雲、達也よく見ていろ』

俺は一振の刀を亜空間から取り出す。その刀を抜き、構える。

『これは1人の師匠の技を改良したものだ』

今でも鮮明に思い出せる。あの透き通った剣技を。あの楽しかった思い出を。呼吸を変え、意識を研ぎ澄ます。

『秘剣、八咫烏ノ檻』

同時に檻のように全方向から8つの斬撃が宙を舞う。見ていた3人はあまりの神がかった技に息もできないほどその技を見つめている。

技が終わり少ししたところでようやく戻った達也が口を開いた。

「剣技だけで限定的な多重次元屈折現象を引き起こし、全くの同時に9つの斬撃を飛ばしたのか」

『いや、正しくは斬撃じゃない。この刀の痕跡だ。並列世界から呼び込まれる8つの刀の痕跡が現実となって現れる』

「正しく、神業と言ったとこだね」

この技は俺にとっての限界だ。これ以上刀の痕跡が増えることはない。

師匠達から伝えられた技達は幾ら改良して、いくら強化したって彼らの原点には劣る。根本にある大切な何かが俺には欠けているためこちらが勝つことは無いだろう。

ただその技の改良版と原点とでの話だ。俺の全てを出し切った場合5秒も持たないと断言出来る。

「そろそろ時間です。お兄様」

「そうか。ありがとう深雪」

『じゃあ帰るか』

「そうだな。八雲先生、失礼します」

「高校生活を楽しむといい」

俺らはそのまま家まで帰ったのだった。

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