第23話
今日は年に一度のファン感謝祭。トレセン学園の関係者がいつも自分達を応援してくれるお客さんをもてなす日である。
勿論生徒たちも例外ではなく、お客さんが楽しんでもらえる為に尽くしていた…。
そんな時だった…。
「迷子が増えているのでお気を付けくださ~い」
「迷った時は、ウマ娘のお姉ちゃんたちに声をかけてくださいね! 目印はこの耳と尻尾でーす」
グラスワンダーとスペシャルウィークもまた、客に誘導をしていた。
グラスワンダー「他にも困ったことがあれば、すぐにお声をかけてくださいませ~」
グラスワンダーもスペシャルウィークもトゥインクル・シリーズやダシマカップで活躍している為、客からも認知されており、彼女たちを見るなり反応してくれていた。
そんな中、2人の元にある人物が現れた。
グラスワンダー「風見トレーナー!」
「…あ、グラスワンダーさん。こんにちは。スペシャルウィークさんも…」
トレーナー科の風見天智だった。彼がダシマカップで担当しているキングヘイローは同期でライバルなのだ。その為、彼の事を認知している。
スペシャルウィーク「こんにちは!」
天智「こ、こんにちは…」
スペシャルウィークが元気よくあいさつすると、天智は遠慮気味に返事した。
天智「…案内役ですか」
スペシャルウィーク「そうなんです!」
グラスワンダー「風見トレーナーは一体何をされていたんですか?」
天智「…ええと、先ほどまで機材を運んだりしていました」
スペシャルウィーク「機材を? それならウマ娘が…」
グラスワンダー「人手が足りなかったのでしょう」
天智「そうなんです…」
実際の所、スペやグラスが今やっている仕事は結果を出しているウマ娘にしかできず、そうでないウマ娘は裏方で仕事をしていることが多いのだ。この辺残酷である。
ちなみに天智も結果は出している方なのだが、力仕事も得意だし何よりも『色々あって』裏方をしている。
スペシャルウィーク「まあ、それはそうと今は迷子もいませんし、良かっ…」
その時だった。
「うええええええええ~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!」
「!?」
女の子の泣き声が聞こえた。
グラスワンダー「あらあら…」
天智「迷子のようですね…」
スペシャルウィーク「え!? という事は遂に私たちの出番…どうしよう…」
天智「落ち着いてください。グラスさん、対応をお願いできますか」
グラスワンダー「はぁーい」
天智「スペシャルウィークさんは迷子センターまで向かってください。今頃ご家族の方が探している筈です」
スペシャルウィーク「わ、分かりました!」
そう言ってグラスは女の子に話しかけた。事情を聴くと、家族で来たのだが、はぐれてしまったのだ。途中で兄が走って行ってしまったらしい。天智も一緒に聴いている。
スペシャルウィーク「あ! いた! こちらです~」
スペシャルウィークが家族を連れてきた。
「ママ…!?」
「よかった…。ここにいたのね…!」
と、母親も女の子が見つかって一安心していた。グラスと天智も安心していたが、一緒にいた男の子がふてぶてしかったので、天智が気になっていた。
「皆さんありがとうございました。ほら、あなたもお礼を…」
母親が少年にお礼を言うように催促したが、
「…別に」
「?」
「オレは迷子のままで良かったし」
なんてことを言い出す少年。これにはグラスと天智が反応した。
グラスワンダー「まあ、でも妹さんはずっと『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って泣いてらしたんですよ?」
少年「知らねーよ! うるせーだけだし! 妹なんかいらねーっつうの!!」
と、少年が叫びだした。
母親「コラ!! またアンタはそんな…」
天智「それは本当に仰っているんですか?」
天智が無表情でそう言い放つと、その場にいた全員が凍り付いた。
天智「…本当にそう思っているのかと聞いているんです」
少年「そ、それは…」
すると天智はしゃがんで少年に目を合わせた。
天智「それでは聞きましょうか。あなた、もしもですよ。ずっと見つからないで、妹さんが死んでいたらどうしていましたか?」
天智の質問に少年は答えられずにいた。質問もそうだが、天智の顔がとても怖かったのだ。
天智「…そんな事を想ってて、もし死んでいたらどんな気持ちになりますか?」
少年「か…悲しいって言うんだろ。そんな事は…」
天智「悲しいなんてレベルじゃありません。死にたくなるんです」
天智の言葉に少年は震えていた。
天智「そして一生思うでしょう。あの時なんであんな事言ったんだろう。あの時こうしていれば良かった。死んだ妹は今オレの事をどう思っているんだろう。もうずっと苦しみ続けなきゃいけないんです。あなたが言った『いらない』っていう言葉は、あなたが考えている以上に重い言葉なんですよ」
天智の言葉に少年は俯いた。
天智「…そんなに妹さんが気に入らないなら、僕が代わりにお兄さんになってあげますよ」
少年「!」
するとグラスも動いた。
グラスワンダー「…そうですね。私も妹がいますし、面倒を見るのはもう慣れてます」
「え…」
少年「や、やめろ!! 妹を連れて行くな!!」
グラスが妹を連れて行こうとすると、少年が止めた。
天智「その言葉が答えです。本当はいらないなんて思っていないんですよ」
少年「……!」
天智の言葉に少年は反応すると、天智は少年の目を見た。
天智「いいですか。この先もまた妹さんの事を嫌になったり、喧嘩したりすることがあるでしょう。それは仕方のない事です。ですが、間違っても『いなくなればいい』とか『いらない』って考えるのはもうやめなさい。そうでないと、死ぬまで苦しみ続けることになりますよ」
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「…本当にすみませんでした」
「いえいえ…。僕が出しゃばり過ぎました」
なんとか仲直りさせることに成功した天智たち。母親から謝罪を受けて、天智達も言葉を返す。いらないって言われたのに妹は兄にべったりくっついている。それを見た天智は安心したようにも寂しそうにも見ていた。
そして家族がいなくなった後、また3人だけになった。
スペシャルウィーク「…風見トレーナー」
天智「すみません。ついつい重たくしてしまいました」
グラスワンダー「……」
スペとグラスは感じ取っていた。天智には恐らく何かあったのだろうと。だが、それを聞き出すのは野暮だと思い、何も言わないことにした。
天智「そろそろ時間なので、僕は戻ります。お二人はお仕事頑張ってください」
スペシャルウィーク「は、はい…」
そう言って天智が帰ろうとすると、
グラスワンダー「風見トレーナー」
天智「!」
グラスが天智に話しかけると、天智はグラスの方を向いた。
グラスワンダー「…また練習試合、お願いしますね」
天智「…はい」
そう言って天智は去っていった。
スペシャルウィーク「グラスちゃん…」
グラスワンダー「…ええ」
2人はしんみりしていた。ずっと大人しいイメージがあり、あそこまで饒舌に喋って少年を諭していた天智の姿がとても物悲しく感じたのだ。
その一方で、天智は1人になり、学園の関係者が思いを喚き散らす事で有名な『大樹のウロ』の前にいた。
先ほどの事を思い出しては、かつての自分の姿を思い出す。
自分と同じ姿をした弟と追いかけっこした事、
優しかったころの母親と手をつないで散歩した事、
父と笑いあった事。
楽しかったころの思い出が脳裏によみがえってきて、天智の目からは無意識に涙があふれていた。
そしてあの少年が自分と同じ思いをしない事を祈りながら、静かにその場を後にした…。
おしまい