今回投稿分にはかなり直接的な性的描写があったため、該当する部分をPixiv版より300字ほど省略して投稿しています。ご了承ください。
Oct. 27th, 1943, Gura's Apartment, Upper West Side, NYC
リフト・ガールがエレベーターのドアを開けて、最初にケージの中のアメを見た時、アタシを襲ったものはショックだった。
第14分署や第16分署の警官たちが相手にする、タイムズ・スクエア周辺のごろつきたちの中には、お上りさんの田舎娘たちを引っ掛けてヤリ捨てにしようと考えてる輩も多い。基本的には、そういう連中が獲物を見つける前に釘を刺すのが
ケージの中で立ち尽くすアメリアの様子は、まさにそんな"引っ掛けられた女"そのものだった。
「......ぐら」
惚けていたような空色の目がアタシをとらえ、そして逸らされた。
「ごめん......ごめん、私、来るべきじゃなかった」
「ワトソン」
アメリアが一歩下がり、アタシはケージの中に踏み込んでそのお腹に抱きついた。むっとする臭いが鼻を突く。アメの汗の匂いだけじゃない。中年か、それ以上の男の饐えた体臭と、それをごまかす為らしいオーデ・コロンの臭い。そして、かなりきつい精液の臭い。
「デイジー、一階上に上げて」
「かしこまりました」
リフト・ガールのデイジーは、少なくとも精液の臭いは確かに嗅ぎ取っているはずだけれど、この建物の従業員に相応しく超然的な無表情を保ってドアを閉め、ケージを7階に上げてから再度ドアを開けた。
「ありがと。ほら、ワトソン、降りるよ」
ふるふると震えているワトソンの腰を抱きしめたまま、7階の廊下に降りる。コートのポケットから鍵を取り出し、6/7Dの勝手口ドアを開けた。そこは
「服脱がすよ」
「やだ!」
ハイウエスト・スカートを辛うじて腰に留めているボタンを外そうとしたとき、初めて明確に拒絶された。でも、ここで止まるわけにはいかない。
「だめ」
無情に短く言ってアメの手を振り払い、ボタンをはずしてスカートを下ろし、傍らの洗濯カゴに放り込む。
「やっ......」
スカートの下のナイロン・ストッキングは、
<略>
腹の底でぐつぐつ煮えたぎるものをなんとか抑え込みながら、ストッキングも脱がせてゴミ箱に投げ、ちぐはぐにかけられたシャツのボタンも全部外して脱がせた。
「......」
耐えきれず鼻から荒い息を吐き出すと、アメは目を伏せて床のタイルを見つめた。
下着のシュミーズは引き裂かれて、片方の肩紐だけでなんとか引っかかっていた。もう片方は付け根から引きちぎられて垂れ下がり、そちら側の乳房を隠しきれていない。
シュミーズの下の肌は生々しいキスマークだらけだった。汗と臭い唾液でべとべとで、乳首の周りには赤い噛み痕すらある。貪られた、という表現があまりにもしっくりきてしまう状態だった。
そして左腕には、赤いポツリとした傷跡があった。皮下注射の痕だ。
アタシは家事室から続いている
"......ベル・デスク、スタンレーだ"
「スタン? アタシ、ぐら」
"大変失礼いたしました、ミス・がうる"
口調が一瞬で、部下向けのものから入居者向けのものに切り替わった。普段なら切り替えの早さに感心するところだけれど、アタシにそんな心の余裕はなかった。
「大至急ベルマンを誰かアタシの車にやって、トランクに入ってる鞄を持って来させて。濃いブルーのやつ。鍵は預けてるキーに一緒に付いてるから」
"かしこまりました"
「お願い。それと、鞄は7階のユーティリティに置かせて」
電話を切って、鞄を持って来るベルマン用のチップとして
アメは降りかかるお湯を浴びながら、ブースの中でぼうっと立ち尽くしていた。
「洗うよ、ワトソン」
そう声をかけても、アメは小さく頷いただけだった。
<略>
「......よし、じゃあ身体を洗うよ」
お湯をいったん止めると、大きなボディ・スポンジを使ってアメの体を泡だらけにして、ごしごし擦った。さらに顔も泡で覆って、汗と脂と、口の周りの乾いた反吐と精液もしっかり擦り落とす。これで石鹸は麦粒サイズまで小さくなっちゃったけど、構うもんか。石鹸くらい、ヤミ市に行けば簡単に手に入る。
さらにシャンプー――これも物価統制の対象で、ヤミ市でもちょっと入手は難しいけど、いまアメの髪に石鹸を使うなんて論外だ――をたっぷり使って、汗と固まった体液に塗れてぼさぼさだった髪の毛を綺麗にしていく。
アメを頭のてっぺんからつま先まで、文字通り泡塗れにすると、もう一度お湯を出して洗い流した。泡と汚れを擦り落とし、排水口に追い立てるとお湯を止めた。
バスタオルの一枚でアメの体の水気をざっと拭い、二枚目で髪の毛の水気を取り、髪をまとめて三枚目で包んだ。
「よし。アメが前来た時の歯ブラシがそこにあるから、歯を磨いて、嗽をしなよ。歯磨き粉もリステリンも、好きなだけ使っていいから」
こっくりと頷いたのを見て、アタシは家事室に戻った。濡れたバスタオルを洗濯カゴに入れ、山積みのリネンに歩み寄ると、それに両手を振り下ろした。ぼすんと大きくこもった音がした。
「すぅ......ふーっ......」
リネン相手に暴力を振るい、深呼吸をしたけれど、下腹部で暴れる癇癪は全然治まらなかった。染み抜き用の流しに向かい、蛇口をひねって水を出し、冷たい水に自分の頭を晒す。耳の外を流れる水の音を聴いていると、ようやくだんだんと落ち着いてきた。物理的に頭を冷やすのは、やっぱり効果がある。
水を止めて身を起こし、さっきアメの髪を拭いたバスタオルを洗濯カゴから取って、自分の髪にも使った。
スタンに頼んだ鞄は、目立つようにアイロン台の上に置かれていた。これには捜査に使う道具色々が入っているけれど、アタシは他の刑事たちが普通入れてないものも入れている。
鞄を開いて、緑色の硝子壜と注入器、アルミ箔の小袋二つを取り出した。硝子の注入器の先端を"婦人衛生用*1リゾール"のラベルが貼られた壜に入れ、クレゾール石鹸水溶液を規定の目盛りまで吸い上げる。アルミ袋を破って生理用のタンポンとパッドを取り、注入器と一緒に持って浴室に戻った。
アメは洗面台で、ぐちゅぐちゅ音を立てて口を漱いでいた。リステリンをどれだけ使っても、鼻の奥の精液の臭いは完全には消えてくれない。特に望まない
アメは鏡越しにアタシを認めると嗽を止め、口の中のものを吐き出して振り返った。
「ぐら、それは......」
アメは両腕で身体を抱くようにして、恐怖を湛えた目でアタシを見た。少しして、アタシはアメが何に怯えているのか察した。
「大丈夫、これは注射じゃないよ。ワトソン、さっきの椅子に、さっきみたいに座ってもらえる?」
「......やりたくない」
なんとなく、それが何に使われるのか悟ったらしく、アメは目を伏せてそう言った。
「だめ。仮にあんたが妊娠したいんだとしても、アタシが許さない」
強引なのはわかってる。エゴだってことも。
<略>
アメがのろのろとパンツ――以前ここに泊まっていた時、帰る日に洗濯中で忘れて行ったものが一着残っていた――を穿いて、リゾールの漏れ対策にパッドを挟み、バスローブを羽織る間に、アタシは洗面鏡の横の薬棚から壜を取って、バルビタールの錠剤を二錠振り出した。アメが嗽に使っていたコップに水を汲んで、それと一緒にアメに差し出す。
「
「いや」
アメはアタシの手を押しのけると、ここニ十分で一番意思と生気ある声で続けた。
「嚥みたくない。眠りたくないの。あなたに話しておかなきゃいけないの。ぐら、本当ならもっと前に言っておくべきだったの。私――」
「ストップ。ストップ、ワトソン」
コップを洗面台に置き、手でアメの口を塞いで、アタシはゆっくりと噛んで含めるように言い聞かせた。
「アメ、昨晩は眠れてないんでしょ? 一晩中ひどいことをされたんだよね。薬を打たれて、恥をかかされて、見せたくない姿を晒されて......とっても辛かったよね」
睡眠薬も洗面台に置き、お風呂上がりでほかほかのアメを抱きしめる。さっきとは打って変わって、石鹸のいい匂いがした。アタシのお気に入りの石鹸の匂い。クレゾールの臭いがちょっと鼻を突くけど、精液の臭いに比べたらどうってことない。
「だからワトソン、あんたの心はいま、壊れかかってるの。心も体も疲れ切って、限界寸前なんだよ。きっとアメはアタシに重大な何かを打ち明ける決心をしてくれたんだろうし、それはわかるけど、いまそれをしたらあんたは確実に壊れちゃう。二度と立ち直れなくなっちゃう。だから、一回寝よう。何時間か眠って、心と体を落ち着かせるの。整理を付けて、そして話して。大丈夫、ここなら誰もアメを襲えないし、アタシは逃げないから」
「私......」
アメはそれ以上続けずに、小さくこくりと頷いた。身体を離すと、自分で洗面台の薬とコップを手に取って、バルビタールを嚥んだ。
「いい子いい子」
「一緒に寝てくれる?」
「もちろん」
二人で
「おやすみ、ワトソン」
「おやすみ、ぐら......」
最後の一音を発音する頃には、アメはもう眠りに落ちていた。バルビタールの効果と言うよりは、緊張の糸が切れたって感じだった。
アタシもつられて眠りに落ちる......前に、考えるべきことがあった。
アメは淫乱な女ってわけじゃない。いや、その、アタシの下になってる時には淫らに乱れたりすることもあるけど、そうじゃなくて。軽々に男に股を開いたりする人種じゃないってことだ。
田舎の出だけど、この街に来てもう八年経つから、男のあしらい方だって心得てる。マカラスに脅されたんだとしても、今やクロニーの後ろ盾という強力な武器もある。
それなのに、アメは自分の女を差し出した。一体マカラスはどんなネタを掴んで、アメを強請って、その肉体を貪る許しを得たんだろう?
すうすう寝息を立てるアメの顔を眺めながら、アタシは小さく溜め息を吐いて目を閉じた。それはきっと、起きたアメから教えてもらえるだろう。アタシがどれほど力になれるのかは未知数だけれど、そのためなら何もかも投げ打ったっていい。その覚悟は四年前のあの日に、とうに固めていた。
「――! ――!」
私の上に覆いかぶさっている男が名前を読んでいる。私の名前ではない。あれは母の名前だ。
「――。――」
私も名前で呼び返す。普段呼んでいる"
行為は私にとって不快で、破瓜の痛みと相まってこれ以上ないほど最悪だった。獣のような男の表情を見るのが嫌で、私はずっと横を向き続けていた。
「つれないじゃないか。もっと表情をみせておくれ」
突然声が変わり、あの"
「嫌っ、離して!」
両足を揃えてどんと突き飛ばすと、彼が私からぬるりと抜けて後ろへとよろめいて退がった。
「おやおや、おてんば娘め、お仕置きが必要かな?」
その手にきらりと光るものが握られる。硝子の皮下注射器。コカイン溶液入り。
その先にあったものを、自分のものとは思えない痴態を、嬌声を、媚びる言葉を、快楽を通り越して恐怖すら感じた絶頂地獄を思い出して、私は身をよじって逃げようとした。
「嫌、嫌ぁ!」
すぐにうつぶせに組み敷かれてしまう。左腕を延ばされ、無機質に光る注射針が近づく。
「やめて! 嫌!」
右腕をぶんぶん振り回すと、ぼぐっと何かを殴ったような感触があって、拘束が解けた。
私はベッドの上を這い、縁から下に落ちた。落ちて、落ちて、落ちて――
5:12 PM, Gura's Apartment, Upper East Side, NYC
私の体は絨毯の上にどすんと墜落した。からまったシーツを振り払い、目についたドアに突進して寝室から逃げようとする。
「......?」
ドアを抜けた先には、吹き抜けのホールがあった。手摺りの向こうに螺旋階段があり、下へと伸びている。ちがう、おかしい、あの寝室は応接室の続きで一階にあったはず......
「ワトソン、待って!」
そのホールに既視感を感じたところで、後ろから声がかけられた。振り返ると下着姿のぐらが、バスローブを持って駆け寄ってくるところだった。
「大丈夫、ここはアタシの家だ。アタシしかいないよ」
「ぐら......私」
パンツ一丁の私にバスローブを着せて、にかっと笑ったぐらの右頬は少し赤くなっていて、私はようやく夢の中で誰を殴ったのか悟った。
「私......ごめんなさい、私、あなたを殴っちゃった......」
「大丈夫、これくらい。別にアタシを殴ったわけじゃないんでしょ?」
「でも......」
「大丈夫だって。アタシ、仕事中にもっとひどい目に遭ったこともあるんだよ?」
バスローブ越しに私を抱きしめて、ぐらは落ち着いた声音で続けた。
「ベッドに戻ろう? 今日はゆっくりしてていいんだよ」
「いいえ......目が覚めちゃった」
悪夢に戻りたくなかった、というのも理由の一つだけれど、かなり眠ったらしくあまり眠たくなくなっていた。
「そう? じゃあ、シャワーを浴びて来なよ。アタシは下で紅茶を淹れてるから」
「そうさせてもらうわ。ありがとう、ぐら」
ぐらは私の背中をぽんぽんと叩くと、私ににっこり笑いかけてから腕を離して、階段を下の階へと下って行った。