Bad Apple   作:Marshal. K

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Cross the Boarder #2

 1:30 AM, Dec. 25th, 1943, Syracuse Station, Onondaga County, NY

 

 ブレーキが軋む甲高い音がして、私ははっと目を覚ました。いつの間にかベンチでうとうとしていたらしい。幸いにも、夢の世界に入ってしまう前に汽車がやって来たようだ。

 流線型の蒸気機関車が牽引するのは、ニューヨーク・セントラル鉄道の特急列車「コモドア・ヴァンダービルト」号だ。昨日の昼一時半にシカゴを発ったこの列車は、夜一時半に給水と郵便物の積み下ろしのためにシラキューズに停車し、朝八時にニューヨークに着く。

 ホームにいた駅員二人が荷物車のドアを開けて、新聞の束を降ろし始めると、私は荷物車の後ろに連結されている寝台車のドアを開けて中に入った。がらんとした喫茶室を抜け、荷物車の乗務員室に繋がる貫通扉を叩く。

 

「はい、どうされました?」

 

 ドアが開いて、制服姿の車掌が出てきた。眠たそうな目と声が、どうやら居眠りしていたらしいことをうかがわせる。そんな車掌は私の顔をじろじろ見て、自分が車内改札した乗客ではない、と気づいたようだ。

 

「失礼ですがマーム、切符をお持ちですか?」

「ないわ、今乗ったから。ここからニューヨークまで、空いてる席で一番安いのは?」

 

 車掌は目をぱちぱちさせて眠気を払ってから、乗車表を思い浮かべているらしい遠い目をして答えた。

 

「それですと個室寝台(ルーメット)になります。プルマン寝台車料金と一等運賃で、合わせて15ドル41セントです」

 

 電報局で受け取った20ドル札を押し付けて言う。

 

「お釣りはいいわ」

「ありがとうございます、マーム。こちらへどうぞ」

 

 車掌が先に立って、後ろの車両へと通された。

 

 

 

 

 

 悪夢を見る中で、変わってきたことが一つある。それは、自分が悪夢を見ていることを認識できるようになってきたことだ。夢の中でぶよぶよに太った男に組み敷かれて、恐怖も羞恥心も感じはするけれど、これは夢だ、とわかっているのとわかっていないのとでは、雲泥の差がある。もちろんうなされ、汗びっしょりになって震えて目を覚めすのは、相変わらずだけれど。

 

 8:00 AM, Grand Central Terminal, Midtown Manhattan, NYC

 

「失礼ですが、マーム?」

 

 その朝、私を悪夢から引っ張り出したのはチビのサメ女ではなくて、プルマン社の制服に身を包んだフィリピン人の列車給仕(ボーイ)だった。狭い個室寝台(ルーメット)の隅に縮こまってガタガタ震えていた私を、心配そうに見つめている。

 

「お加減が悪いのですか? うなされておられましたが......」

「大丈夫よ、ありがとう」

 

 私は頭を振って、給仕にそう言った。ひどい寒気がするし、服の下は冷や汗でびっしょりだし、全然大丈夫ではなかったけれど。気が付くと、列車はすでに停まっているようだった。

 

「もう終点?」

「はい。グランド・セントラルです」

「ありがとう」

 

 立ちあがって歩き出すと、身体中の骨からポキポキ音が鳴った。

 列車を降り、長距離列車用の地上ホームから駅舎に入る。この時間のグランド・セントラル駅は、普段なら通勤客で込み合っているところだけれど、なにせ今日はクリスマスだ。戦時下とはいえ祭日の朝、グランド・セントラルのコンコースはがらんとしていた。

 コンコースの隅にニュース・スタンドがあり、その横に電話ボックスがずらりと並んでいる。私は暇そうにしていたニュース・スタンドの店員から、読みもしないニューヨーク・デイリーニュースを買って1ドル札を崩すと、公衆電話にお釣りの10セント玉(ダイム)を入れてクロニーに電話をかけた。

 

"はい、もしもし?"

「私よ、アメリア・ワトソン」

 

 電話越しなら、言葉遣いを選んだ方がいいだろう。

 

「ぐらから頼まれて、あなたの子羊の群れに加わってたんだけれど、途中でみんな狼に食べられちゃったわ。どうやら、狼さんはおやつを食べ損ねてたみたい」

"詳しく話を聴きたいな。どこから電話してるんだ?"

「グランド・セントラルよ」

"すぐに来てくれ"

 

 駅から出ると、人もまばらなタクシー乗り場で客待ちをしていた39年式チェッカー・タクシーに乗り込んだ。

 

「クロノ・タワーまで。十分以内に行ってくれたらチップを倍払うわ」

 

 

 

 8:13 AM, Krono Tower, Financial District, NYC

 

 証券取引所も銀行も閉まっているからか、がらんとした朝の金融地区(フィナンシャル・ディストリクト)の通りを、駅で拾ったタクシーは飛ばしに飛ばし、僅か八分でクロノ・タワーへと到着した。

 

「1ドル65セントっす」

「ど、どうも」

 

 分厚い眼鏡が徴兵の妨げになったのだろう若い運転手に、車内で散々振り回された私はくらくらする頭を押さえながら、1ドル札を二枚渡した。

 

「お釣りはとっといて」

「毎度」

 

 グランド・セントラルと同じでがらんとした玄関ホールを抜け、不運にもクリスマスに勤務が当たってしまった"四角いバッジ(スクエア・バッジ)"の警備員――傷痍兵なのか片足が少し曲がっている――に用向きを伝えると、すぐに上階へ通された。

 69階の私用応接室で私を待っていたクロニーは、祭日の朝だというのに平生と全く変わらない、一部の隙も無い青いレディース・スーツ姿だった。この格好のまま寝ているんじゃないかと疑いたくなるほどだ。

 

「話を聞かせてくれ。車列はどうなった?」

 

 クロニーは挨拶も抜きに本題に入り、私はあらましを説明した。その間クロニーは私の目を、ほとんど瞬き一つせずに見つめ続けていた。

 

「......なるほど。ことのあらましはわかった」

 

 私の話が終わるとクロニーはそう言って、私がさらに何か言うのを待つような視線をこちらに向けた。

 

「......なに?」

「なに、だって? 私からの"依頼"を忘れたわけじゃないだろう?」

「つまり......つまり、これがぐらの仕組んだことじゃないかと、そう思ってるの?」

 

 クロニーは「いかにも」という顔つきで頷き、私はその顔を一発殴りつける妄想をした。実際にはやらない。やったらすっきりするだろうけれど。

 

「あのね、ぐらも捕まってるのよ。彼女は今も、シラキューズの汚い留置場で私のことを待ってるの。ぐらが仕組んだことなら、彼女にそこまでする必要がある?」

「あるさ」

 

 眉一つ動かさず、クロニーは続けた。

 

「だって、車列に同行してる以上、一人だけ捕まらなかったら不自然だろう? もっと言えば、ぐらが捕まっっていれば、あなたは間違いなく必死になるだろう。今のように」

 

 私は奥歯を噛んで、クロニーを睨みつけた。憎たらしいほど整ったその顔は、余裕を湛えてこちらを見返している。間違いない、クロニーは何か他の情報源から、"ぐらの裏切り"を知らされている。真偽のほどはさておき、クロニーは私が"彼女に忠実かどうか"を見極めようとしてるんだろう。

 そして残念ながら、私はぐらの無実を理論的に証明できる立場にない。ぐらがどんな裏取引をしてるにしても、私がその場に居合わせることは極端に少ないからだ。「私はこの目でみた。彼女は無実だと断言できる」って証言は、それ自体胡散臭くはあるけれど、私はそれさえできない。

 

「......少なくとも、ぐらはあなたへの不平や不満を持ってはいないわ。私が見る限り、彼女はあなたをビジネス仲間として信頼してるし、その範疇において、あなたに誠実であろうとしている。証拠はないけれど状況から見れば、ぐらがあなたを裏切っているとは思えないわ」

「そうか」

 

 クロニーはそう言い、しばらく私の目をじっと見つめた。負けじと見返していると、十五秒ほどで目が逸らされ、クロニーは肘掛椅子の横の小さなテーブルに置かれていた電話機から受話器を取った。

 

「私だ。昨日と同じ要領で、二千手配してくれ......さて、アメリア」

 

 受話器を置くと、クロニーは懐から小切手帳と万年筆を取り出して、二千ドル分の小切手を書き始めた。

 

「あの車列は重要だ。だから今回は金を出すし、ぐらも解放させる。だが、急ぐことだな」

 

 切り取った小切手を私に差し出しながら、クロニーは刺すような目で続けた。

 

「私は何も、君だけに調査を任せているわけではない。判断は全ての資料が出そろってから下す予定だが、君は大きく出遅れているぞ」

「ご忠告どうも」

 

 短く言って、その手から小切手を奪い取った。

 

「その小切手は、君も行きつけの例の質屋に持って行くといい。そこが馴染みの金貸しとの仲介役をやってるのでね」

 

 

 

 8:30 AM, East Village Loan and Pawn Shop, Alphabet City, NYC

 

 再びタクシーで、金融地区(フィナンシャル・ディストリクト)からアルファベット・シティまで。この界隈でタクシーを拾い直すのは――祭日であることを抜きにしても――困難だったから、運転手に自分を待つように頼んだけれど、彼は渋面で返してきた。

 

「しかし、アルファベット・シティですよ? こんなとこで待ってたら、あっという間に身ぐるみ剥がれて車も奪われちまう」

「その場合は弁償するわ」

 

 ポケットから5ドル札を取り出して、目の前に突きつける。

 

「待っててくれるなら、運賃とは別にこれもあげる」

「わかりましたよ」

 

 深いため息とともに運転手はそう言い、紙幣を取った。私はドアを開け、降りしなに釘を刺した。

 

「ところで、クロノ・タワーにいる私の友人は州政府(オールバニー)にも顔が利くの。あなたがもし逃げたりしたら、名前とライセンス・ナンバーを彼女に伝えて、あなたの旅客運転免許(ショーファー・ライセンス)を取り消させるからね」

「わかった、わかりましたから、早く戻ってきてくださいよ」

 

 質屋にドアには"閉店(CLOSED)"のサインが出ていたものの、ドアは施錠されていなかった。電灯が消えていて暗い店内を奥に進むと、カウンター・デスクと真鍮の格子の向こうの定位置にポルカはいた。青白い顔と紫玻璃色(アメジスト)の目が、緑色の覆いが付いた卓上灯の明かりに照らされている。

 

「メリー・クリスマス。祭日なのに随分忙しそうだな?」

「メリー・クリスマス。まあね。あなたこそ、この日にニューヨークでなにしてるの? 故郷に帰らなくていいの?」

「帰って何しろって言うんだ。反ナチス・レジスタンスにでも加われってか?」

 

 女店主は鼻で嗤ってそう言った。彼女が移民申請の書類に書いた通り、チェコスロバキアの出身でないことは、お互いに承知している。

 

「小切手は?」

「ここにあるわ」

 

 クロニーが切った小切手を、格子の下のカウンターに滑らせると、ポルカはさっと目を通してから、抽斗にそれを仕舞いながら言った。

 

「急な話だったから、金はまだ来てないんだ。ちょっと待ってくれ」

「ちょっとってどれくらい?」

「もう後五分くらいだろ......いや、五分もかからなかったらしいな」

 

 表のドアが開く音がして、ポルカはそう訂正した。歩幅が狭く、つま先があまり開いていない足音が聞こえる。女だ。

 まもなく陳列棚の角を曲がって姿を現したのは、女性のハーフ・エルフだった。透き通るような白い肌で、整った目鼻立ちをしている。ごく薄い青の髪の毛は、腰辺りまで伸ばしている。髪の色より濃い目のブルーのスーツは、本物のシャネル・スーツらしい。その右手には、彼女の出で立ちに全くそぐわない、薄汚れた革の手提げ鞄を持っていた。

 彼女はポルカに何か言おうとして口を開きかけ、私を見るなり吸った息を止めた。

 

「......なんだ、お客さんいたんだ」

「まあ、お客さんっちゃそうだな。今回の引き渡し先だ」

 

 珍しいことに――少なくとも、私は初めて見た――ポルカはカウンターが切れている端まで行き、格子戸を開けて売り場側に出てきた。

 

「紹介するよ。彼女はアメリア・ワトソン。私立探偵で、クロニーの使いっ走りさん」

 

 文句を付けたい紹介のされ方だったけれど、事実ではあるので否定しがたい。

 

「アメ、こいつはラミィ。旧ユニーリア公家の娘さんだ」

「ユニーリア公って、あのカナダの?」

「その通り」

 

 ユニーリア家は、かつてカナダ北方で小さな集落を治めていた、エルフの豪族だ。イギリスがカナダにやって来た時、当時の当主を初代ユニーリア公爵に封じて、英領ユニーリア公国として大英帝国に組み込んだ。ところが最終的に、大英帝国はユニーリア公家を取り潰し、英領カナダ自治領に編入してしまった。

 ユニーリア家はアメリカに、イギリスが狙っていたその富とともに亡命したものの、すでにアメリカ金融界を支配していたエルフのコミュニティには加わらず、独自の道を取った。犯罪界の銀行家としての道を。いまやその名声は犯罪界において、私程度の浅さにいる人間でも知っているほどに轟いている。

 そのユニーリア家の娘は擦り切れた手提げ鞄を、私ではなくポルカの方に突き出して言った。

 

「はい、注文通りに持ってきたよ。使用済みで記番号不揃いの20ドル札百枚、締めて二千ドル」

「どれどれ」

 

 ポルカは鞄をカウンターに置いて開け、札束を取り出して銀行家のように手早く繰った。それから中の一枚を抜き取り、じっくりと調べる。

 

「......よし、ちゃんと二千あるし、使い古しで番号も不揃い。偽札でもないな」

「ちょっと、ラミィのことなんだと思ってんの」

「信頼できる高利貸しだと思ってる。ただ、これがあたしの商売だからな。ほい、アメ、ご入用の二千ドルだ」

「どうも」

 

 ポルカが再び二千ドルを鞄に仕舞い、私の方に差し出してくる。それを受け取ろうとすると、ポルカは鞄から手を離さずに言った。

 

「クロニーは知ってることだけど、この際だからアメにも注意しとこう。ラミィはな、ユニーリア家の娘だけど長子じゃない。この借金はラミィの帳簿じゃなくて、ユニーリア家の帳簿に記載される。つまり、ラミィをどうこうしたところで、借金は無くならない。オーニー・マドゥンって知ってるか?」

「名前は聞いたことがあるわ」

 

 30年代にニューヨークにいたギャングらしい。私がこの街に来るより前に、抗争でひどい死に方をしたと聞いている。*1なんでも監察医が、その死体からニ十発以上の弾丸を摘出して、その二倍か三倍は撃たれたらしいと判断したとか。

 

「そう発表されたからな。ところが、あいつは抗争で死んだわけじゃないんだ。マドゥンはケチなやつで、ユニーリア家から借りた金を帳消しにしようともくろみ、ラミィを人質に取ったんだ」

 

 私はまじまじとハーフ・エルフの娘を見た。顔に傷があるわけでもなく、手足が欠けたり、杖をついてたり、足を引きずってたりするわけでもない。

 

「ギャングに人質に取られたにしては、元気そうね」

「マドゥンのアジトにヒットマンが送り込まれたからな。獰猛なライオンはマドゥンの手下を皆殺しにして、マドゥン本人をハチの巣にした。身許がすぐわかるように、首から上は無傷の状態に保ってな*2

 

 よっぽどの手練れだったんだろう。アジトにヒットマンが入って来たら、大抵は人質に危害を加えるか、そう脅して盾にするのが普通だ。にもかかわらず、ラミィにはそんな目に遭ったような傷跡がない。

 

「手下どもの死体は"掃除屋(スイーパー)"か"葬儀屋(アンダーテイカー)"のどっちかが始末したらしいが、マドゥンの死体は"無縁墓地(ポッテリーズ・フィールド)"に捨てられた。ご丁寧に、市警の連中が見回りに来る前日に」

「メッセージってこと」

「その通り」

 

 ユニーリアの娘が口を挟んだ。

 

「私たちはお客様にケチな態度を取ったりはしません。しかしお客様がケチな態度を取られるなら、私たちも相応の態度で応じます」

 

 琥珀色の目はその時、獲物を見据える蛇のような剣呑な光を湛えていて、私はさっと目をそらした。

 

「ま、今回の二千はクロニーの借金だからアメには関係ないけどな。もしあんたがラミィから金を借りたくなったら、あたしに言ってくれれば仲介してやるけど、そこらへんはよおっく考えてから頼みなよ」

 

 ポルカは手提げ鞄からやっと手を離すと、私の肩をぽんと叩いてそう言った。

 

 

 

*1
このお話のためのフィクションです。実際のマドゥンの最期が気になる方は、ご自身でお調べになってください。

*2
このお話のためのフィry

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