Bad Apple   作:Marshal. K

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House Keeping #3

 Mar. 8th, 1943, Lower East Side, Manhattan, NYC

 

 ぐらに連れられて来たのは、ロワー・イーストサイドの裏路地だった。そこに駐められていた大型トラックを見上げて、私はぐらに訊き直した。

 

「運転するの? これを?」

「そうだよ」

 

 使い古されて赤い塗料は剥げ、あちこちにサビが浮き出ているGMC・AC型トラックにすたすたとぐらは歩み寄り、さっさと助手席に乗り込んでしまった。

 

「でも私、こんなでっかいトラックを最後に運転したの、だいぶ前よ?」

「でも運転の仕方はわかるでしょ?」

「わかるけど......」

 

 ぶつぶつ言いつつも、私は運転席のドアを開けて、高い運転台に身体を引っ張り上げた。"雑用"の中身も聞かずに安請け合いしたのは自分なのだ。

 キーを捻り、始動ボタンを押してエンジンをかけ、普通車より重たいクラッチを踏んでギアを入れ、慎重に表通りに向かわせる。

 

「助かるよ、アメ。普段はピックアップなんだけどさ、なんか手違いがあったらしくてトラックがこれになっちゃって」

 

 アベニューBを北上するトラックの中で、ぐらが煙草に火を着けながら言った。彼女にしては珍しく、葉巻ではなくポール・モールを喫っている。

 

「ピックアップならアタシでも運転できるんだけど、このGMCじゃ足が届かなくってさ」

「でしょうね。私でもギリギリよ」

 

 ブレーキもクラッチも普通車より重いのに、足がフロア・エンドまで届かないから余計に操作に気を使った。西14丁目との交差点で信号停車すると、私もコートのポケットからキャメルを取り出して、マッチを擦って火を着けた。

 

「んで? 雑用って、具体的に何なの?」

「んー、今アタシたちが咥えてるモノに関すること」

「煙草?」

 

 ぐらはポール・モールの濃い煙をふーっと吐き出して答えた。

 

「正解。前に、評議会(カウンシル)の連中について説明したとき、クロニーが港湾利権を持ってるって話したの、あれ覚えてる?」

「覚えてるわ」

 

 信号が変わって、私はトラックを発車させた。腰にクる半クラッチ操作を続けながら、トラックを左折させる。

 

「港の連中は、クロニーに逆らえない。彼女が壊せと言ったものは壊すし、盗めと言ったものは盗む」

「待って、じゃあこのトラックの積み荷って......」

 

 脳裏をよぎったのは、二か月前にラジオで聴いたニュースだった。ナチスの工作員が港の倉庫に侵入して、軍需物資を運び出したって話。新聞もラジオも、工作員の仕業ということで意見が一致していたけれど、実は工作員なんかじゃなくて......

 ぐらはニタリと笑って、私に言った。

 

「これであんたも、"ナチスの工作員"の仲間入りだねえ」

 

 

 

 02:32 PM, Meatpacking District, NYC

 

「ちょっと腑に落ちないんだけど」

 

 食肉工場地区(ミートパッキング・ディストリクト)にある、屠殺工場の裏庭。そこでトラックのテール・ゲートを開けながら、私はぐらに訊いた。

 

「こんなことして、クロニーに何の得があるわけ?」

「まあ、まず一つとして、タダで手に入れた煙草を売れば儲かるでしょ?」

 

 ぐらに促されて荷台に登ると、中には軍艦色の木箱(クレート)が積まれていた。

 全部で15箱くらいだろうか。配送伝票かなにからしい紙を剥がしたような痕が、側面に残っていた。

 

「二つ目として、お偉いさんに恩を売れる」

「恩?」

 

 私が聞き返したタイミングで、遠巻きにこちらを見守っていた精肉労働者たちの一団がこっちにやって来た。

 

「よう、サメの嬢ちゃん。今日は二人で商売かい?」

「ええ。この大型トラック、アタシじゃ運転できなくて」

「だろうさ!」

 

 白いエプロン姿の大男たちはげらげら笑ってから、ぐらに訊いた。

 

「今日の演目は?」

「いつも通り。ラッキー、キャメル、チェスター」

「じゃ、ラッキーをワンカートンくれ」

「アメ、お願い!」

「はいはい」

 

 なんとなく自分の役割を察して、荷台に積まれているクレートの蓋を開けてまわった。4つ目で、ご注文のラッキー・ストライクが詰め込まれた箱を見つけ出し、カートン1つ取り出してぐらに放る。

 

「ほいっと。はい、ラッキーをワンカートン、2ドルね」

 

 キング・サイズの煙草はワンパック15セント、ワンカートン1ドル80セントが定価だ。闇煙草ということで、若干高めに価格設定されてるらしい。ちなみにぐらが喫っているポール・モールは高級品なので、キング・サイズでワンパック50セントもする。

 

 こんな感じで丸一時間、入れ替わり仕事を抜けてやってくる精肉労働者たちに煙草を捌いて過ごした。

 

 

 

 04:50 PM, Wards Island, NYC

 

 ハーレム地区で黒人ギャングたちを相手に煙草を卸したあと、私たちはブロンクスに向かうためにトライボロ橋を渡っていた。25セントの通行料は、ぐらが料金所でバッジを見せて踏み倒していた。警察官や消防士がよくやると聞いてはいたものの、実際に見たのは初めてでちょっと感心してしまった。

 

「で、恩ってなんなの?」

 

 長いドライブの途中で、先程の話が途中だったのを思い出して訊くと、ぐらは一瞬何のことかわからなかった顔をしてから答えた。

 

「ああ、さっきの話か......要するに、こういうこと。ナチスの工作員が港で悪さをする。国や州のお偉いさんは、本土でナチスをのさばらせていることについて、非難を受けることになる。そしたら彼らはクロニー――知ってる人は彼女の裏の顔を知ってるからね――のところへ行って、港を安全にしてくれと頼む。でもそもそも、"工作員"云々はクロニーの仕業だから......」

「自分で騒ぎを起こして、自分で鎮圧して、政治家や官僚たちに恩を売る、と」

「そういうこと」

「自作自演ってやつね」

 

 そして盗み出した軍需物資はこうやって金に換える。お偉いさんに恩を売りつつ実益もともなうなんて、なんてボロい商売だろう。

 そんなことを考えつつ橋梁を登っていくと、サイレンが一声鳴って、一台の警察バイクが回転灯をきらめかせながらトラックの前に付いた。「付いて来い」という感じで、手で合図している。

 

「ぐら、これって」

「大丈夫大丈夫」

 

 ぐらはまるで気にしない様子で、何本目かのポール・モールを吹かしながら言った。

 

「あいつに着いて行って」

「わかった」

 

 州警察のバイクは私たちのトラックを先導して、下りランプからワーズ島へと降りた。この島はマンハッタン、クイーンズ、ブロンクスの真ん中にある島で、精神病院や墓地、州警分駐所などが置かれている。

 バイクは私たちを、分駐所の広い駐車場へといざなった。駐車場には他に、白と緑の市警パトカーと、白と黒の州警パトカーが数台ずつと、バイクが何台か駐まっている。そして一ダースほどの制服警官たちが集まっていた。

 先導のバイクに従ってトラックを停めると、ぐらがコートの裾をなびかせながら助手席から飛び降りた。

 

「あ、ちょっとぐら!」

「アメも降りて、ちょっと手伝って!」

 

 運転台から降りると、ぐらは二人の制服警官とにこやかに話していた。片方は黒い制服の市警巡査部長、もう片方は灰色の制服の州警巡査部長だ。両者とも共通して、袖に青い山形章(シェブロン)が着いているから階級がわかった。

 

「どうも部長(サージ)、いつも通りでいい?」

「ああ、よろしく頼むよ」

「わかった。アメ、全部の種類を二箱ずつお願い」

「二箱って、カートン?」

「いや、クレート。まだ開けてないやつで」

 

 ちょっと驚きつつ私は荷台に飛び乗って、言われた通り手をつけてないクレートを全部で六箱、テール・ゲートに押しやった。それを市警と州警の制服巡査たちが受け取って、パトカーに手分けして積んでいく。

 その様子を眺めていると、先程の州警巡査部長がやって来て、しみじみと呟いた。

 

「警官だって、煙草を喫うものでね。配給制もいいが、手に入りにくいと余分に金を積んででも手に入れたくなるのは、市民も警官も変わらないんだよ」

「なるほどね」

 

 妙になれなれしい見ず知らずの警官に、適当に相槌を打っていると、ぐらがやって来て巡査部長に聞いた。

 

「そっちのお代は?」

「おっと、失敬」

 

 20ドル札の束が受け渡されると、ぐらはそれを懐に仕舞いながら続けた。

 

「それじゃ、巡査部長。今日もラッキー?」

「うーん、いや、今日はキャメルにしておこう」

「アメ、キャメルを一箱ね」

「クレートで?」

「そんなわけないでしょ!」

 

 ニヤニヤ笑いながら私は奥に引っ込むと、残ったクレートの一つからキャメルを1カートン取り出し、ぐらに放った。

 

 

 

 Mar. 10th, 1943, Amelia's Office, Midtown South, NYC

 

"モニカってやつが、プラザで客室係をやってるんだ"

 

 二日後。探偵社で依頼人に引き渡す写真――この日シカゴに出張に行ったはずの旦那がニュー・ジャージー州のレストランで、アラブ系らしい見事な褐色肌の美人に鼻の下を伸ばしている――を整理して封筒に纏めていると、ぐらが電話をかけてきて開口一番そう言った。

 

"今日の午後12時45分に、58丁目エントランスの横にある通用口に来て欲しいって"

「12時45分?」

"だめ?"

 

 時計を見上げる。この写真を引き渡す相手が、午後一時に来ることになっているのだ。

 とはいえ、これはクロニーからの依頼に関することだし、最優先で進めた方がいいだろう。旦那の不倫の証拠をその目で確かめたい奥さんには悪いけど、私の命に関わることだし。

 

「いいわ。先方からなにか、お願いとかはある?」

"えーっとね、客室係に黒人とかヒスパニックはいないから、そっちの変装はやめてくれって"

「わかった」

 

 フック・スイッチを押して電話を切ると、依頼人の番号をダイヤルした。受話器を肩に挟んで、写真の整理を再開する。

 

「......ああ、こんにちは、ミセス・オリーブ。例の写真の件なんですけど。いえ、撮れてます。ただ、引き渡しをもう少し遅らせてもらえませんか? 現像が遅れてまして......」

 

 ミスター・オリーブとアラブの美人が、連れ立ってホテルに入って行く写真を一番下にして、封筒に入れた。

 

 

 

 12:45 PM, The Plaza Hotel, Central Park South, NYC

 

「ミス・ウィルソン?」

 

 プラザ・ホテルの58丁目エントランスは、月単位や年単位で部屋を借りている上客専用の出入り口だ。五番街側の正面玄関よりも、ドアマンの監視の目は厳しい。その彼から刺すような視線を向けられながら、エントランスの脇にある階段を下ると、突き当りの通用口の横で煙草を喫っていた客室係――お仕着せ姿だから一目でそうとわかる――が、イタリア訛りの強い英語でそう訊いてきた。

 

「ええ、そうよ」

「"借金取り(ローン・シャーク)"から話は聞いてる」

 

 どうやらこのあだ名は、警察の外まで広がってるらしい。

 

「ついてきて」

 

 モニカと思しき客室係は、まだ半分くらい残っているラッキー・ストライクを投げ捨てると、鍵を使って通用ドアを開けて私を招じ入れた。

 彼女に続いて入った廊下はリノリウム張りで、清掃用のワゴンが左側に寄せてずらりと並んでいた。モニカは右側に並ぶ倉庫のドアの一つを開けると、私を先に入れてからドアを閉め、後ろ手に鍵をかけながら言った。

 

「ヒスパニックはいないって言ったはずだけど」

「ヒスパニックじゃないわよ」

 

 私は南部訛りの英語でそう返した。

 確かに、肌の上から薄くクリームを塗ってちょっとだけ褐色の肌にしてある。でもこれは日灼け――の演出――だ。自慢の金髪はまとめて、薄茶のかつらの下にしまっている。

 

「あんた、南部人の肌も見たことないわけ?」

「オーケイ、わかった。そういうことにしとくわ、カウ・ガール」

 

 面倒くさそうに手を振って、モニカは話を終わらせた。

 

「そこのワゴンに、あんたが必要とするものは全部用意したよ。制服、清掃用具、合鍵」

「どうも」

「部屋を出て今来た道を戻って、最初の角を右に曲がったら住人用のエレベーターがあるから、それを使って」

「わかった」

「今は本来の清掃時間じゃないけど、誰かに訊かれたらこう答えて。"鍵束ばあさんからやり直すよう言われた"」

 

 "鍵束ばあさん"は、このホテルの主任客室係(ハウス・キーパー)のあだ名だ。以前入り込んだ時に得た知識によると、支配人以外のおよそあらゆるスタッフから嫌われているらしい。口調からして、モニカもその例外ではないようだ。

 モニカの言ったセリフを――イタリア訛りを南部訛りに直して――復唱すると、彼女は頷いて続けた。

 

「それでみんな納得するから」

「鍵束本人に会ったらどうすんの?」

「会うことはないと思うけど、あんたが客室係の格好で鍵束に会ったら、侵入者だってすぐバレる。あのばあさんは客室係全員の顔を覚えてるから。だから言い訳よりもっと他の心配をすることね」

「オーケイ、だいたいわかった。手助けご苦労様」

 

 モニカに背を向けてワゴンの中身を確認し始めると、彼女がふと思いついたように訊いてきた。

 

「ねえあんた、"借金取り"とヤッたことある?」

「......ない」

 

 不自然な間をごまかすように身を起こして、怪訝な目で睨みながらそう答えると、モニカは半笑いと薄笑いの中間みたいな顔で続けた。

 

「あたしはそれであいつにしょっ引かれたの。テンダーロインで商売してたらあの生魚が来て、"舐めてくれるなら前金をあげる、手早くイかせてくれたらもっとあげる"って言うから路地裏に誘ったのに。銀貨を受け取ったら、地べたを舐める羽目になっちゃった」

 

 手垢のついたような風紀取締員の手口だ。ただ、ぐらに言わせれば男がやるより、レズかバイの振りをした女の方が警戒されないらしい。でもまあぐらは、バイの"振り"なんかする以前にそもそも......

 思考が変なほうに行っていることに気付いてはっと目をあげると、モニカがさっきより笑いの濃くなった視線でこっちを見ていた。小さく咳払いをして尋ねた。

 

「街娼上がりなのに、プラザで働けるの?」

「あたしは要領がいいからね。魚女が前科を消して、推薦状を書いてくれたの。以来あたしは職業倫理に反して、ここで見聞きしたことをあいつに伝えたり、こんな無茶な注文を聞いたりしてるわけ」

 

 モニカはドアに寄り掛かると鍵を外しながら、妙にキラキラした目で私の方を見て続けた。

 

「それでも文句はないわ。ここの連中はみんな気前がいいし、"借金取り"もお巡りのくせに、ここの連中並みに気前がいいから。あんたもその同類だといいんだけどな......?」

「はいはい」

 

 溜め息を吐いてポケットからクリップを取り出し、1ドル札を抜いてモニカに押し付けた。

 

「毎度。それと、もう一個いい?」

「なに?」

「動揺すると訛りが抜けちゃうの、なんとかした方がいいわよ。やっぱりあんた、サメ女とヤッたんだね」

「出てけ!」

 

 モニカを蹴り出してドアを閉め、ワゴンから持ってきた合鍵の一つを使って錠を下ろした。

 

"終わったらこの部屋に戻しといてよ!"

 

 愉し気な声でドア越しにそう言って、モニカは去って行った。くそ、誰かの掌の上で転がされるのは、やっぱり気に喰わない。

 鍵をドアに挿しっ放しにして、私は着替えを始めた。今身に着けている軍服地のオーバー・コートと、ちょっとみすぼらしいスリー・シーズン用のワンピース、編み上げのブーツを脱いでワゴンに放り込み、リネンで覆い隠す。

 お仕着せの制服に袖を通すと、サイズがピッタリだった。

 

「あ、さては......」

 

 もちろんたまたまピッタリだった可能性もあるけれど、ぐらがモニカに、私の服のサイズを伝えていた可能性の方が高い。それであんな借問をされたのだ。

 

「余計なことを......今度会ったらシメるわ、あの生臭魚」

 

 ぶつぶつ言いつつもワゴンを押して、ドアを開けて鍵を抜き、モニカに言われた通り廊下を元来た方へと辿りはじめた。

 

 

 

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