チー牛学園~君達にはこれから恋をしてもらいます~ 作:サニキ リオ
授業のない週末。
俺は一人でショッピングモールに来ていた。
風鈴を誘おうとも思ったのだが、どうやら先約があるみたいだった。
丁寧な謝罪の返信があったときは、その律義さについ笑みが零れた。
週末のショッピングモールは私服で出かけている男女で溢れていた。
俺はといえば、ジーンズと灰色のパーカーという無難オブ無難ファッションで居心地の悪さを感じていた。無難とはこれ如何に。
本当ならば風鈴に私服を見繕ってもらおうかと思っていたのだが、風鈴に用事があったため俺は一人で出かけることにしたのだ。
部屋でゲームをするという選択肢もあった。そうしなかったのは、変わっていこうという決意が冷めないようにするためだ。
考えるよりも先に体を動かす。
マイナス思考な俺が余計なことを考えれば、十中八九決意は鈍ってしまう。
何かと理由を付けて面倒くさがる前に行動すれば、あとはなるようになるものなのだ。
「スノボ用品は……やっぱりないか」
スノーボードのシーズンは十一月から二月。三月からゴールデンウィークまでは春スキーのシーズンで天候に左右されやすい。
この学園では、スポンサー企業の試供品なども販売されているが、シーズンも終わりに差し掛かっている現在に学園内ではスノーボード用品は置いていない。
そもそも学園外に出られず、校内に屋内ゲレンデもない以上、企業が売れない商品を置いておく道理はない。
「あれ、友田君?」
「あっ、えっと、上辺のペアの風見だよな」
スポーツ用品店で肩を落としていると、クラスメイトである
風見は上辺のペアであり、いつもおどおどしている女子だったのだが、今では上辺の助言があったのか垢抜けた見た目になっていた。
「上辺はいないのか?」
「今日は友達と遊ぶからって断られちゃって。友田君こそ、多々納と一緒じゃないの?」
「俺も同じだ。風鈴は先約があって、今日は一人だよ」
どうやらお互いペアから断られた同士だったようだ。
「友田君はどうしてスポーツ用品店に来たの?」
「スノボ用品見に来たんだ。オフシーズンでも持ってきた板のメンテはしたかったからな」
「あっ、本当にスノボやってたんだ……」
どうやら風見は俺がスノーボードをやっていることを信じていなかったようだ。
内心ショックを受けながらも会話を続ける。
「風見の方は?」
「私は付き添いだよ」
風見は「ほら」と店の奥の方を指さした。
「風見さん、どうしたの?」
視線に気が付いたのか、風見の連れがこちらへ向かってくる。
その手にはランニングシューズが握られていた。
「乾と一緒だったのか」
「あれ、友田君。スノボ用品でも見にきたの?」
「残念ながら置いてなかったけどな」
乾胡桃。俺のクラスでは一番の美少女だと男子の間では専らの噂だ。男女共に分け隔てなく接し、他クラスとも交友関係があるコミュ力お化けの女子だ。俺と連絡先を交換している数少ない人物でもある。
「セール品くらい置いてくれてもいいもんだけどね」
「スノボができる環境じゃないし、しょうがないだろ。幸いメンテに使うものは持ってきてるし、あればいいなって思ってたくらいだから期待はしてなかったよ」
「さすがスノボガチ勢は違うねぇ」
「そんな大したもんじゃないっての」
俺と乾が話していると、風見は唖然とした表情で俺を見ていた。まさか髪型が変だったのだろうか。
「友田君って普通に話せるんだね」
セットがうまくいかなかったのかと慌てたが、どうやら違うらしい。
風見は俺と乾が普通に会話していることに驚いているようだった。
あの自己紹介以来、風見とは話してこなかったのだ。驚くのも無理はないか。
「風鈴に鍛えられたからな」
「多々納さんってスパルタそうだもんね」
正直なところ、まだ女子と会話するのは緊張してしまう。
それを何とか平静を装っていられるようになっただけだ。
「あの、二人に相談したいことがあるの」
「私はいいけど、友田君は?」
風見にはそれがどう映ったのかわからない。
後から思えば、このときの彼女は焦っていたのだと思う。
自分と同じだと思っていた存在が変わっていく。
自分だけ置いて行かれるような孤独感。それがきっと彼女を蝕んでいたのだ。
「俺もどうせ暇人だからいいぞ」
こうして俺と風見、乾はカフェテリアに移動することになった。
俺は二人に席の確保を頼んで紅茶とコーヒーを入れる。
風見用に砂糖とコーヒーフレッシュを持っていくのも忘れない。風見の飲み方がわからない以上保険はかけておいた方がいいからな。
「ほい、コーヒーと紅茶好きな方をとってくれ」
「ありがとねー」
コップを三つ二人の前に置くと、まず乾が紅茶を取った。
「えっと、友田君はどっちにするの?」
「俺はどっちも好きだから好きな方をとっていいぞ」
「ありがとう。じゃあ、コーヒーで……」
風見は遠慮がちにコーヒーを選んで、砂糖とコーヒーフレッシュを入れる。
最後に残った紅茶を選び、俺は単刀直入に切り出した。
「それで、何を相談したいんだ?」
「ペアの上辺君のことでちょっと……」
風見は言いづらそうに言葉を濁す。
なるほど、上辺とうまくいっていないのだろう。
不安を感じているから男で上辺とも仲が良い俺に相談を持ち掛けたのだろう。
ここは安心させてあげるためにも余裕を持った態度で答えてあげなければ。
「もしかしてうまくいってないの?」
あっ、俺が言おうとしたのに……。
乾に先を越されて俺は口を開いたままの間抜けな表情で固まってしまう。
「うまくいってないというか、このままでいいのかなって……」
「あー、わかる。私も浦野君とペアだけど、浦野君って不愛想だから何考えてるかわかんないんだよねー」
「そ、そうじゃなくってね。私がこのままでいいのかっていうか……」
風見の返答はどうにも煮え切らない。たぶん、自分の悩みをうまく言語化できないのだろう。そういう経験なら俺にもある。
「ゆっくりでいいぞ。乾はともかく俺は暇人だ。いくらでも付き合うし、壁とでも思ってくれればいい」
「あ、ありがとう友田君」
風見はどうにも相手の反応を気にし過ぎているきらいがある。
自分の言葉で相手を不快にさせていないか。それが怖いのだろう。わかるぞ。
「私だって浦野君に放置されてるから暇人だよ。ささ、私達のことは気にせずに言ってみて」
「うん、実は課題のこともあるし、上辺君にいろいろ言わなきゃって思っているんだけど……なかなか自分の意見を言えなくて、さ」
「課題って外見の改善だよね。上辺君なら直すとこないと思うけど」
冠城先生が課題をクリアしていない生徒に対してヒントを出しているため、恋愛実習の課題に関しては〝外見の改善〟で間違いないというのが生徒の間での共通認識だ。
「他のクラスも同じ感じだったし、間違いないよ」
「だったら、上辺と風見のペアはクリアしているんじゃないか?」
「でも、ペアは相手の改善点に気づかなきゃいけないから……」
「上辺君は改善するとこなんてないでしょ」
風見の態度からするに、一見、完璧なイケメンに見える上辺にも改善しなければならない部分があるようだ。
「その、肩にフケが付いてたり、ちょっとしたことなんだけど……」
「そういえば、上辺って割とだらしない気がするな」
俺も風鈴に指摘されるまで気づかなかったから人のことは言えない身分ではある。
そんな俺から見ても、上辺は多少だらしないところがあった。
部屋が散らかってたり、制服のしわや汚れ。
ちゃんと払ってないのか、いまだに背中にはチョークの汚れが付いているくらいだ。
「私、昔から思ったこと言えなくて……今回の試験は外見に関してだから、関係ないのかと思ったら言い出せなくて」
「それでも、気になってるなら言った方がいいんじゃないのか。俺は風鈴に指摘してもらってありがたいって思ってるし」
俺は風鈴のおかげで自分のダメなところを知れた。そして、何よりも変わろうという意識を持つことができた。
だから、思ったことは指摘した方がいい。そう伝えようと思った。
「どうだろうねぇ。はっきりものを言えばいいとも限らないと思うよ」
しかし、乾は俺の意見に異を唱えた。
「友田君は素直な性格だから多々納さんの指摘を受け入れたわけでしょ。普通、男の子って無駄にプライド高かったりするから、下手すると関係拗れちゃったりするかもね」
「ど、どうしたら……」
「気になるところは、次の課題が発表されてから指摘すればいいんじゃないかな。そうすれば、多少拗れたところで時間はあるだろうし」
乾の言うことにも一理ある。
課題の期限は週明けだ。ここで変に関係が拗れるよりかは、課題をクリアした後に話し合っていった方が堅実だ。
「ま、最終的に決めるのは風見さんだからね。ごめんね、いろいろ口出ししちゃって」
「ううん、ありがとう。私、課題が終わったら上辺君と話し合ってみる」
どうやら、風見の悩みは解決したらしい。果たして俺が来た意味はあったのだろうか。
俺が一人落ち込んでいると、乾は風見へと語り掛ける。
「ねえ、風見さん。相手を気遣えるのって素敵なことだよ」
「え?」
「風見さんの思ったことを言えないのは短所じゃない。私は改善する必要はないと思うな。変わらないからって成長してないわけじゃないんだから」
「そ、そうかな。ありがとう、乾さん。ちょっと自信出たかも」
乾の言葉に、風見は心の底から安心したような笑みを浮かべた。
カフェテリアを出た後、風見が帰ったことで俺と乾も別れることにした。
「じゃ、私はこれで」
背中を向けて歩き出した乾に、俺は気になっていたことを尋ねた。
「なあ、乾。変わらないことっていいことなのか?」
「友田君はどう思ってるの」
乾は振り返らずに足を止めると、そのまま質問を返してくる。
「俺は変わらないこととただの停滞は違うと思う。良い方に変わっていくことができるのなら、変わった方が良いと今は思ってる」
俺には風見の人の顔色を窺うところが長所とは思えなかった。
気を遣えるから顔色を窺うのではない。自分が嫌われたくないから顔色を窺う。少なくとも、俺はそう感じたのだ。
「そっか」
俺の言葉に、乾は淡泊に答えると再び歩き出す。
「私は停滞だったとしても、変わらない方が好きだな」
夕日が照らす彼女の背中は、どこか寂し気だった。