チー牛学園~君達にはこれから恋をしてもらいます~ 作:サニキ リオ
一週間はあっという間に過ぎ去り、ついに次の恋愛実習の授業の時間がやってきた。
辺りを見渡せば、いつの間にか眼鏡率が下がっており、多くの男子が短髪になっていた。
女子も入学当時と比べれば、ほとんどの者が垢抜けた印象を受ける。
冠城先生が偶に出すヒントもあって、課題内容は見た目の改善であると見て間違いないだろう。
そんな中、変わっていない者もいた。
上辺や乾、風鈴などの見た目が良い者がこれに当たる。
しかし、意外な人物まで見た目が変わっていなかった。
「浦野、お前そのままで大丈夫なのか?」
「ああ、僕は別に課題内容的に改善する部分はなかったからね」
外見を改善するという課題で、見た目を変えていないというのに浦野は余裕の笑みを浮かべていた。
「いや、だってその外見はアウトだろ!」
「どこが?」
「いや、普通に髪型と眼鏡がそのままなのはまずいって。ペアの乾まで退学になったらお前だけの問題じゃ済まないんだぞ」
浦野が退学になるのも嫌だが、巻き添えで乾まで退学になるのはそれ以上に嫌だった。
「大丈夫だって。乾さんからもお墨付きはもらってるから」
焦る俺に対して浦野は余裕の態度を崩さない。
どうして課題をクリアできていないのにそこまで余裕でいられるのだろうか。
「友田君、課題内容についてもっとよく考えた方がいいよ」
「え?」
そう言ってニヤリと笑うと、浦野は前を向いて読書に戻ってしまった。
チャイムが鳴って冠城先生が教室に入ってくる。
方便とはいえ退学がかかっているため、教室に緊張感が走る。
「それではみなさん、恋愛実習の授業を始めますよ。課題の結果は出てますし、そこまで緊張しなくても大丈夫ですよー」
いつも通りのふわふわした先生の声に、教室内の緊張感が緩む。
課題の結果が出ていていつも通りの態度ということは、退学者はいないということなのだろう。
「今日の授業内容はほとんどが課題の講評になりまーす。なので、教科書を忘れた人も安心してくださいねー」
空気が緩んだことを確認した冠城先生は、タブレット端末を操作し始める。
「それでは、今回の課題の成績をみなさんに支給したスマホに送りますね」
冠城先生の言葉と共に、一斉に全員のスマートフォンが鳴り出した。
「みなさん、授業専用のアプリを立ち上げてくださーい」
指示通りに支給されたスマートフォンに入っていたアプリを立ち上げる。
すると、そこには〝恋愛実習特別課題〟の項目があり、日付と講評シートが表示されていた。
俺の評価はBマイナスで、減点となった部分は身嗜みに対してだらしない部分だったようだ。
ただ、ペアの意見を積極的に受け入れて実践する行動力は加点となっていた。
「課題結果はみなさんが入学してから一週間、評価員によって評価されていましたー。各項目についてはこれから説明しますね」
冠城先生は全員がアプリを立ち上げたことを確認すると、評価シートの項目について説明を始めようとした。
「では、まず――」
「ちょっと待ってください!」
しかし、そこで冠城先生の言葉を遮って立ち上がった奴がいた。
「俺と日和子が退学ってどういうことですか!?」
退学。その言葉を聞いた瞬間、クラスメイトの視線が一瞬にして、声の主の方へと向いた。
視線の先には動揺した表情を浮かべた上辺と、スマートフォンの画面を見つめたまま固まっている風見がいた。
再び教室内の空気が張り詰める。
そんな空気の中、冠城先生はぞっとするほどいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。
「残念ながら、上辺君と風見さんのペアは既定の課題をクリアしなかったため、退学処分になりましたー」
誰もが静まり返り、唖然とした表情で冠城先生の言葉を聞いていた。
「せ、先生。もう一度言ってもらえますか?」
冠城先生の言葉が信じられなかった、いや信じたくなかった上辺が声を震わせながら発言する。
それだけ冠城先生の言葉は信じられないような内容だったのだ。
「んー、聞こえませんでしたかー? では、もう一度言うのでしっかり聞いてくださいねー」
重苦しい空気には似つかわしくない緩い口調で冠城先生は同じ言葉を繰り返す。
「あなたは既定の課題をクリアしなかったため、退学処分になりましたー」
退学処分。
本来、問題を起こした生徒や成績が一定水準を下回り続けたものに適用される措置。
生徒にとっては死刑宣告にも等しいそれはあっけなく執行された。
「前に余程のことがなければ退学にはならないって言いましたけどー……つまり、余程のことがあれば退学になるってことでもあるんですよー」
冠城先生は上辺を真っ直ぐに見据えて告げる。
「どうしてあなたがモテないのか。その答えが退学理由ですよー」
「はぁ!? 課題内容は外見の改善だろ! 俺のどこがモテないってんだ!」
敬語も忘れ、上辺は唾を飛ばしながら叫ぶ。
モテない理由、それが上辺の退学になる理由と言われてもピンと来ない。
そこでふと、授業前の浦野の態度を思い出した。
何故、浦野があんなにも余裕だったのか。それは課題内容が〝外見の改善〟ではないからに他ならない。
俺は答え合わせをするべく、手を挙げて発言した。
「先生! もしかして、課題内容って〝外見の改善〟じゃなくて〝身嗜みの改善〟だったりしますか?」
「はーい、友田君大正解ですー!」
眼鏡と最低限整えた髪型。男子は特に同じような外見の者ばかりだったから気がつかなかった。
近年、チー牛と揶揄する言葉のせいで偏見をもたれがちだが、本来なら問題のある容姿ではないのだ。
実際、いまだにチー牛に該当しそうな見た目である浦野も冴えない印象は受けない。
彼の髪はさらさらとしていて、髪が横に跳ねていたりもしない。きちんとドライヤーを使ってセットをしている証拠だ。
俺も今の髪型になるまで知らなかったが、ワックスを付けることがセットをすることではない。むしろ、髪のセットにおいて重要なのはドライヤーなのだ。
「上辺君には清潔感がありません。どんなに生まれ持った容姿が良くても、そこが改善されない限りモテませんよねー」
「俺のどこが……!」
上辺は握った拳を震わせて唇を噛む。
本人は納得していないようだが、クラスメイト達はどこか納得したような表情を浮かべていた。
今の俺ならわかる。
俺が風鈴に指摘されたように、上辺も身嗜みに関してはだらしない部分が多々あった。
しわだらけの制服に、肩の部分にかかったフケ。
爪に垢が溜まっていたり、ハンカチを持たずにトイレの後はズボンで手を拭いていたり、細かいようで大事なことだったのだ。
冠城先生は言うべきことは言ったとばかりに、今度は視線を風見に向ける。
「風見さんも風見さんですよー。どうして上辺君の改善点に気がついていたのに指摘しなかったんですかー?」
「えっ、だって……!」
風見は縋るように乾の方へと視線を向ける。
それに対して乾は憐れみの表情を浮かべるだけで何も言わなかった。
「こんな簡単な課題で退学者が出るなんて嘆かわしいですねー。ヒントだって都度出していたのに、上辺君も風見さんも他人事だと聞き流していましたよねー? そこも減点ポイントでした」
言葉とは対照的に、冠城先生の声音と表情は全く残念そうではなかった。
「二人共、授業が終わったら職員室に来てくださいねー」
「……ざけんな」
冠城先生が言外に上辺と風見の退学が揺るがないことを告げると、上辺は振り絞るように叫ぶ。
「ふざけんな! こんなチー牛共が合格で俺が退学だと!? あり得ねぇだろ!」
口角泡を飛ばしながら机を蹴り飛ばした上辺に、クラスメイト達が距離を取る。
学級崩壊とも言える光景。それを見ても冠城先生はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべたままだった。
そんな中、下がるクラスメイト達の中から前に出た者がいた。
「見苦しいよ、上辺君」
「浦野! 危ないぞ!」
「大丈夫、こういう騒ぐことをコミュニケーション能力だと勘違いしたバカは大したことないから」
「何だとてめぇ!」
煽るような浦野の言葉に激高した上辺が拳を握りしめて浦野に殴りかかる。
「浦野!」
咄嗟に間に割って入ろうとしたが、間に合わない。
あわや大惨事になると思ったその瞬間――
「ほら、大したことない」
上辺の拳を、浦野は容易く受け止めていた。
「ふざけんな! 何だよこれ! ふざけんじゃねぇ!」
握りしめた拳を力なく開いた上辺は膝から崩れ落ちる。
表情が絶望に染まりきる直前、上辺は口元を歪めて俺や蒲生、小山内に視線を向けた。
「……なあ、俺達一緒に入学記念パーティやったよな?」
「あ、ああ、そうだな」
「やった、よな」
「それがどうしたんだ」
嫌な予感がする。
上辺は退学を宣告された。つまり、今の彼には失うものが何もない。
「あのとき、お前ら言ってたよな。何であんな奴らがペアなんだってよぉ! 自分達だってクソみたいな見た目しておいてよく言えたもんだよなぁ!?」
男子だけの集まりで零した内容の暴露。
友情の欠片もない最低な行為は、ここぞとばかりに俺達を追い詰める。
「嘘、あんたそんなこと言ってたの?」
「サイテー」
蒲生と小山内のペアの女子である
ここ数日で何とか打ち解けていた様子だったが、その全てが無に帰っていく。
「ち、違っ、俺はそんなこと言ってない!」
「そ、そうだよ。デタラメだって!」
「どうだか」
「実際に言ってそうだもんねー」
慌てて蒲生と小山内が弁明するが、ペアの二人は取りつく島もない。
そのとき内心安堵してしまった。
俺は
そう思ってしまったとき、心の奥底から罪悪感が湧いてきた。
気がつけば俺は叫んでいた。
「待ってくれ!」
俺は風鈴がペアと知ってから彼女に対してさんざん偏見を押し付けてきた。
名前だけで清楚系美人だと期待してガッカリした。
ギャルだから俺みたいな人間を見下していると決めつけていた。
勝手に被害者面して、苦手意識を持っていた。
入学記念パーティで蒲生に言われた〝あんなギャル勘弁してくれって思ってんだろ〟という言葉が頭を過ぎる。
ああ、そうさ。本当はこんな絵に描いたようなギャルとペアだなんて冗談じゃないって思っていたさ。
「ペアの悪口を言ってたのは俺だけだ!」
言っていないだけで、俺も蒲生や小山内と変わらない。むしろ、二人と違って俺は悪口を言わない人間だと優越感に浸って二人を見下していたくらいだ。
「上辺は全員が言ったって記憶がごっちゃになってるけど、蒲生も小山内も自分みたいなのがペアになって申し訳ないって言ってたんだ。だから誤解しないでほしい!」
「「友田……」」
蒲生と小山内は俺の意図を察したのか、唖然としていた。
これは二人のためじゃない。俺が俺のためにやっているただの自己満足だ。
「俺さ、風鈴みたいなギャルがペアになって冗談じゃないと思ってた。でも、風鈴はこんなチー牛の俺にも優しくしてくれた」
「……それで?」
風鈴は怒るでもなく、悲しむでもなく、静かに俺の言葉を聞いてくれた。
「ダメなところがあればちゃんと言ってくれたし、俺が悪いのに責めたりしなかった。ちょっとしたことでも褒めてくれた。俺が不甲斐ないときはフォローもしてくれた。風鈴はいつだって真剣に俺に向き合ってくれていたんだ」
オタクに優しいギャルはいない。
俺の隣にいたのは〝ただの優しい女の子〟だった。
「だから、ごめん! 勝手な偏見で見下されてるって決めつけて本当にごめん!」
勢いよく風鈴に向かって頭を下げる。
俺はただ風鈴に謝りたかった。今この瞬間、謝らないと変われないと思ったのだ。
「知ってた」
長い沈黙を経て、風鈴は淡々と告げる。
「あたしのこと苦手だっていうのはわかってた。主税ってわかりやすいもんね」
「そっか、そうだよな……」
周囲のクラスメイト達は黙って成り行きを見守っている。
頭を下げているから彼女がどんな顔をしているかわからず、緊張で心臓の鼓動が早まる。
「でもね、不器用にそれでいて真っ直ぐあたしの言葉を聞いて変わろうと努力する主税のこと、あたしは嫌いじゃない」
「えっ」
驚いて顔を上げると、そこにはいつもと同じ優しい笑みを浮かべた風鈴がいた。
「許して、くれるのか」
「許す許さないってか、そもそも怒ってないから。でも、主税が反省して謝りたいなら、その謝罪は受け取ります、って感じ?」
風鈴は苦笑すると、俺に向かって右手を差し出してきた。
「だから、この話はこれでおしまい! これからもよろしくね、主税!」
「ああ! こっちこそよろしくな、風鈴!」
俺は反射的に風鈴の右手を握り返す。ギャル相手だからって変に緊張することはもうなかった。
こうして上辺と風見という仲間を失いながらも、俺と風鈴は恋愛実習のペアとして新たなスタートを切るのであった。