チー牛学園~君達にはこれから恋をしてもらいます~ 作:サニキ リオ
浦野達と話し合った結果、俺はクラスに一目を置かれる存在になるためにある作戦を立てた。
智位業学園において恋愛実習での成績は、他の成績よりも重要視される。
その恋愛実習において存在感を示すために俺はタイミングを見計らっていた。
一日の授業が終わり、恋愛実習担当教師である冠城先生がいるHRの時間。その終わる直前が仕掛け時だ。
そして、今日を選んだのは帰りのHRでいつもと違う出来事があるからだ。
「それではアンケートを配信しまーす」
それは学園内の施設などに関するアンケートを取る日だということだ。
智位業学園には多くのスポンサー企業がついている。
施設利用に関するアンケートや新商品に関するアンケート。
種類は様々だが、どれも回答必須のものであり、スポンサー企業は学生の生の声を知ることができるのだ。
要するに、定期的に行われるこのアンケートは信憑性の高いものということになる。
「全員の回答も終わったことですし、今日はこれでHRを終わりまーす。たくさん寄り道して青春しながら帰ってくださいねー」
「先生、質問してもいいですか?」
「どうぞー」
大事なのはインパクトとタイミング。
俺は一拍置いて溜めを作ってから冠城先生を睨みつけながら告げた。
「上辺と風見の退学の件。あれは学園側が予め仕組んでいたんじゃないんですか?」
一瞬にしてクラスメイト達の視線が俺に向けられる。
入学当時ならば、視線を泳がせて挙動不審になっていただろう。
だけど、今は隣に風鈴がいる。浦野や乾だって付いている。
俺は冠城先生から視線を外さずに、先生の反応を待った。
「どういう意味でしょー?」
「言葉通りの意味です」
あえて返答を濁し、俺と先生だけがわかっているという空気を醸し出す。
沈黙によって教室の空気が張り詰めていく。誰かが息を呑んだ音が聞こえた。
それを合図に俺は再び言葉を紡ぐ。
「俺達は上辺達が退学してから本気で恋愛実習に取り組むようになりました。退学するのは嫌ですからね」
「ふむふむー」
「他のクラスでも何組か退学になっているそうですね――余程のことがなければ退学にはならない課題で」
余程のことがなければ退学にはならない、という部分を強調するように言うと、クラスメイト達の目の色が変わった。
そうだ。疑問に思え、冠城先生を疑え、学園側を疑え。
浦野は言っていた、場の空気を支配しろと。
俺には自分に誇れるものは何もない。それでも、やらなくちゃいけない。
「いくら何でもでき過ぎてやしませんか? まるで最初から仕組まれていたみたいじゃないですか」
自信満々に発言しろ、大物ぶれ、虚勢を張れ。
この教室の空気を支配するんだ。
「どうなんですか、冠城先生」
俺が冠城先生を真っ直ぐに見据えると、先生はその特徴的な糸目を一瞬だけ見開いた。
ぞくっと背筋が凍りつく感覚がした。
それでも視線を外すわけにはいかない。
「もしもの話ですけど、上辺達が課題をクリアできていたのならば、退学にはなりませんでしたー」
「随分と濁した言い方をしますね。それって、上辺君達が課題をクリアできないと踏んで入学させた可能性だってありますよね?」
「私は否定も肯定もしませーん」
冠城先生は大袈裟に肩を竦めて拗ねたように頬を膨らませた。
事実がどうであれ、この態度にクラスメイト達は確信する。
学園側は意図的に生徒を振るい落とすことがある、と。
「ただ気になりますね。友田君はどうしてそう思ったのですかー?」
いつも通りの笑顔を浮かべた冠城先生の問いに対して、俺は得意気に答える。
「デスゲームでも最初の脱落者は派手に殺して参加者に恐怖心を植え付けますよね。主催者側は本気だって理解させるために」
「へぇー……なるほどー」
冠城先生は興味深そうに頷くと出席簿などの資料を持って教室を出ていった。
普段騒がしい教室内が恐ろしいほどに静まり返る。
誰かが言葉を発する前に俺は立ち上がって全員の顔を見渡して告げる。
「みんな、少しだけ俺に時間をくれないか」
再び俺にクラスメイト達の視線が集中する。
「おそらく中間試験でも退学者が出るように学園側は仕組んでいる」
「友田君、それってどういうこと?」
クラスメイト達の内心を代弁するように乾が俺に問いかける。これも打ち合わせ通りだ。
「入学式のときに先輩達の人数を見ただろ。明らかに俺達一年生の人数よりも少なかった。きっと特別課題や試験の度に俺達は振るいにかけられているんだ」
「それってヤバくない? 主税。何かいい方法ないの?」
風鈴もすかさず援護射撃に回ってくれる。
クラスでも影響力のある二人が俺の話に真剣に耳を傾けている。
それだけで俺の言葉に重みが増してくる。
「次の試験内容は〝相互理解〟だ。今までの授業内容、先生の態度、そして、さっきのアンケート。情報は出揃っている」
アンケートを取る日を狙った理由は単純だ。
クラスメイト達に「そういえばアンケートなんてあったな」と思わせて説得力を増すためだ。
「中間試験の内容は、ペアが答えたアンケートの回答から出題されるはずだ。送信したアンケート履歴から回答を写してペアに渡す。そうすれば、中間試験の恋愛実習はただの暗記科目になるんだ」
「マジで!? 主税、マジ天才じゃん!」
ちなみに、これらの情報は浦野が立てた推測であり、俺はただのお飾りだ。自分でやれよと思わなくもないが、良くも悪くも俺は上辺の退学の件で注目を浴びている。
人から得た知識をさも自分が思いついたかのように語るなんて恥でしかないが、それで退学者が出ないのならば恥なんて捨ててやる。
退学処分になったときの風見の表情が脳裏にこびりついて離れない。
俺は直前に相談を受けていたから、つい考えてしまうのだ。
あのとき、俺がもっと強く風見に変わるように言っていれば、結果は変わったのではないだろうか、と。
もうこんな思いはしたくない。
だから、俺はこれ以上退学者が出ないように行動する。
「悪ぃけど、チー牛のくだらない妄想に付き合ってる時間はねぇんだ」
しかし、まとまりかけた空気を壊した人間がいた。
「こっちは陸上でインターハイ目指してんだ」
「俺もソフテニの練習あんだよ。暇人のお前らと違ってな」
飯盛達だ。
彼らは陰キャやチー牛と呼ばれる人間を毛嫌いしている。何故なら彼らも陰キャだからだ。
形だけでも運動部に所属して周囲にマウントを取り、優越感を味わう。そんな人間が俺の言葉に耳を傾けるはずがなかった。インターハイなど口にしているが、実際は放課後部活をサボって遊びに行く様子をよく見かけるため口先だけなのはわかりきっている。
「退学になったら元も子もないだろ」
「ならねぇよ。俺達はお前らとは違って陽キャだからな」
陽キャを自称する陽キャはいない。
自称陽キャは大抵の場合、陽キャの皮を被りきれない陰キャなのだ。
「わかった。気が変わったら俺の話を聞いてくれ」
「はっ、くだらな」
飯盛達はそのまま部活へと向かってしまった。
この一連の流れも浦野の想定内だ。
「ごめん、みんな。今いる人達だけでも放課後集まれないか?」
俺は気を取り直すと、仕切り直すようにクラスメイト達に告げる。
「ま、友田の言ってることわかるし、話聞いた方がいいっしょ」
「アタシはサンセー」
「大阿久、里口……」
入学当初は俺のことを嫌っていると思っていた大阿久と里口も笑顔を浮かべて俺に賛同してくれた。
「よし、それじゃあ中間試験対策始めるか!」
『おー!』
教室の空気が一つになっていく。
それにどこか懐かしさを覚えながらも、俺は中間試験対策を始めた。
俺が語った内容はそう難しいことではない。
中間試験がペアの回答したアンケート内容から出題されることを前提に、具体的な方法を教室に残った者達に教えただけだ。
アンケートの回答履歴からスクリーンショットを取ってペアに送る。
あとはその回答をひたすら暗記する。それだけだ。
問題があるとすれば、本当にアンケートから出題されるかという点だ。
「なあ、浦野。本当に中間試験はアンケートから出題されるのか?」
中間試験対策後、俺は再び浦野達と集まっていた。
「間違いないよ。乾さんが集めてくれた先輩の情報と現状で把握できる〝相互理解〟に関するものから推測するのは簡単だったからね」
俺の問いに対して、浦野は自信を持って答える。
「それに考えてみなよ。一人一人個別に問題を作るなんてことしてたら先生が過労死しちゃうよ。採点の効率化も考えると、相手をどれだけ理解しているか把握できる内容があるものはアンケートだけだからね」
「そうか、先生の負担も考えるとそうなるのか」
普通の科目の試験でも問題作成と採点は大変だと聞く。
それが個人で問題が違う恋愛実習の試験となれば、担当教師の負担は計り知れない。
仮に俺達生徒の過去を調べ上げて問題を作ったとしても、採点時の負担を考えればそれは現実的ではないのだ。
「もし違ったら俺の信用は地に落ちるから気が気じゃなかったけど、今回は大丈夫そうだな」
本当に問題がなさそうだったため、俺は安堵のため息をつく。
俺自身、偉そうにクラスメイトに解説しておいてなんだが、半信半疑なところがあったのだ。
「ていうか、よく考えたら何で俺の部屋で集まってるんだよ」
俺の部屋はいつの間にか浦野と乾、風鈴の溜まり場と化していた。
乾に至っては私物まで持ち込んでいる始末である。
「いいじゃん。友田君片付け苦手そうだし、人が来るようになれば片付けもはかどるでしょ?」
「お前なぁ……」
「紅茶入ったよー」
そうこうしている内に、風鈴はキッチンで紅茶を入れて持ってきてくれた。気が利く女、多々納風鈴。今日も健在である。
「多々納さんもこのくらい別にいいと思うよね?」
「や、私物持ち込むのはさすがに引くけど」
「そういう多々納さんだって私が持ってきた紅茶入れてるじゃん」
「主税の私物を勝手に使うのはダメだけど、持ち込み品は共有財産として扱うから」
「ま、いいけどね」
何だろう、このバチバチとした感じ。
やはりこの二人は相性が悪い気がする。
「ひとまず中間試験はこれで乗り越えられるね」
「恋愛実習は、だろ。他の科目でも赤点取ったら結局お陀仏だぞ」
「そこは個人の努力次第だよ。そこまで面倒を見てあげる必要はないさ」
浦野は興味なさそうに紅茶を飲み始めた。ドライな奴である。
「ちなみに、みんな恋愛実習以外の科目は大丈夫なのか?」
「僕は問題ない。少なくとも平均点を下回ることはないと思う」
「私も授業の予習復習はしてるし、大丈夫だと思うよ」
浦野も乾も余裕そうな表情を浮かべているため、問題はなさそうだ。
問題があるとすれば、風鈴の方だろう。
「あはは、赤点はないだろうけど、ちょっと自信はないかも」
「よし、勉強会だ」
「判断早っ」
俺だって勉強は得意ではない。
苦笑した風鈴の様子から俺よりも勉強が苦手そうな雰囲気が漂っている以上、放っておくことはできない。
「悪いけど、四人での勉強会はただのお茶会になるって相場が決まっているんだ。僕は遠慮するよ」
そのまま作戦会議から勉強会に移行しようとしたが、浦野は飲み終わった紅茶のカップを片付けると荷物を持って立ち上がった。
「えー、それも青春の内でしょ。私は混ざるからね!」
「青春ならペア同士でした方がいいでしょ。ほら、帰るよ」
「ちぇー、お邪魔しましたー」
乾は俺の部屋に残ろうとしていたが、浦野に連れられて帰っていった。教室にいるときと違って騒がしい奴である。
「よーし、勉強会はじめよっか!」
「そうだな。お互いの退学がかかっている以上、集中してやるぞ」
「オッケー!」
こうして残った俺と風鈴で恋愛実習以外の科目の中間試験対策を行うことになった。