〇
「ようこそ、おいで下さいました」
「お久しぶりです……時田さん。JAの起動実演会以来、ですね」
時田シロウ。「日本重化学工業共同体」の代表社長。
「元、ですよ。葛城さん」
時田はそう言ってから、苦笑を浮かべて手を後ろ髪に当てた。時田はエヴァに対抗して製造された対使徒兵器JA(ジェットアローン)の開発責任者……だった。
「起動実験時のJA暴走の責任を取らされて、会社も事実上の倒産、他企業に吸収合併されました。社長もクビです」
「まさか、もう一度あなたと相見えるとは思えなかったわね」
リツコは表面上は笑みを浮かべながらも、どこか威圧的なオーラを纏っていた。それもそのはず、ミサトとリツコが時田と会ったのはJAの実演会。そして、時田はNERVの代表として招待されて実演会に出席していた二人をこき下ろし恥をかかせ二人を激怒させたのだ。しかも、JAの暴走を食い止めるために、ミサトはエヴァと自身の命を賭け、捨て身の努力によりJAの暴走を止めた。結果的にミサトはしたくもない時田の尻拭いをすることとなった。
「あなた方には借りがありますから。ミサトさん、あなたが止めてくれなかったら、私はクビじゃすまなかった。今頃、こうして研究に携わることもできなかったでしょう」
「いったい何の研究をしてるのかしら?」
ミサトの問いに、時田は不敵な笑みを見せた。実演会の時は心底憎たらしかった顔だが、今はどういうわけか嫌味には感じなかった。
やがて、時田はミサトらを大きなカーテンの前に連れた。
「では、お見せしましょう」
時田の掛け声と共に、カーテンが勢いよく左右に開かれた。そして、巨大な円柱が姿を現した。所々にいつか見た制御棒が突き出ており、パイクが幾重にも繊維の如く折り重なるさまはまるで蒸気機関車のようである。
「これは……」
「試作N2リアクターです。あの件以来、JAの開発は一時凍結されました。今は内燃機関から見直ししていましてね。より高い安全性と、安定した出力の両立を目指しました。以前のお転婆に比べれば、ずっと楽に制御できます。分解できますから、持ち運びも容易です」
第1試作N²リアクター「Bacchus」の雛型である。
「すごい……」
思わず、といった風にリツコが独り呟いた。一科学者としてどこか感銘を受ける所以があったのだろう。
「でっかいわねぇ」
ミサトの感想は素人丸出しの、見たままだった。
「JA2に取り付けるにはまだまだ小型改良が必要なんですけどね。冷却の問題もあります。もちろん、前妻と違いヒステリーを起こす心配はないと断言できますがね。ああそうそう、これの基本スペックはこちらになります」
時田から受け取った資料と、手元の資料を、穴が開くほど比較検討したミサトは、険しい顔にならざるを得なかった。
「やはり、これ単騎ではまだまだ発電量が足りない……」
今作戦で必要なのは瞬間火力、単位時間当たりの発電量。なぜなら仮に生み出した電気をためておくとして、ためておくための蓄電装置はその容量が圧倒的に足りない上に、非常に高価であるからだった。
だから、一気に必要量の電気を発電、同時に送電する必要があるのだ。「Bacchus」単騎での発電力では目標の限界容量に達する前に「食電」によって送電変電機ごと破壊させられてしまうだろう。
しかし、時田は余裕の笑みを崩さずにいた。
「プロトタイプがあと七基あったとしても、ですか?」
「……はぁ?」
信じられない、といった風に時田を見やるミサトとリツコ。
「ありますよ。これまで開発してきた他の試作機が。多少性能に差異はありますが」
「そうじゃなくて……わかってるの? 今回の作戦じゃ」
「壊れるかもしれない、でしょう?」
「それだけではないわ。これだけのもの、開発には多くの人材と労力とお金がかかってるんじゃなくて? それをそんなに簡単に外部に出してもいいのかしら」
リツコの言葉に、時田はフッと鼻息をはいた。
「言ったでしょう、借りがあるって」
「……」
リツコは何か思うところがあるのか、神妙な顔つきで時田を見ていた。
「いや、実を言うとこれを作った自分を褒めて欲しいだけなんですよ。それに、せっかく作ったものですから、こうして倉庫に捨て置いておくよりは恩を売っておいた方が得だと考えただけです。これだけ大きいと、置いておくだけでも結構費用が掛かりますからね」
時田は、それから改めて二人を見やった。
「葛城さんに赤木さん、あなた方に出会わなければ、私はあの連中の元で一生腐っていくばかりだったことでしょう。本当に感謝してるんですよ。だから、これは遠慮なく使ってやってください」
そう言ってリアクターを見上げる時田の目には、様々な感情が渦巻いているように見えた。ミサトはしばらく茫然と彼を見やっていたが、不意に、スッと肩の力が抜けたように、優し気な微笑みを浮かべた。
「そう……ありがたく使わせてもらうわ」
〇
何もすることがなかった。
テレビも電話も通じない。ラジオだけは使うことができた。だけど、興味をそそられるような番組はどの周波数にも乗せられてはいなかった。病院には漫画や小説も、娯楽は何もなかった。寝ていても、天井の模様が悪戯に心を蝕んでいくだけ。
結局僕は、ただ廊下に立って窓の外を見る他なかった。
陽はまだ高い。
外は紅く染まり街は静止する。恐ろしいほど静寂が訪れていた。油のような夕日の光の中に、他人の影も浮かばない。動く物すべてが蒸発し、紫煙が空に立ち昇っていく。画のような光景だ。
だけど、僕は感慨にふけるわけでもなく、ただぼんやりと空を眺めていただけだった。
夕日を見ていると、ふと脳裏に浮かぶ風景がある。
ポツポツと音もなく街灯が転倒する。その周りを、蛾がくるくると飛び回る。
僕は砂場にしゃがみこんて城を作っている。ブランコが左右へ等時に揺れる。僕は最後の一人になるまで、砂場に残って城を作り続けた。
陽がすっかり落ちる頃には、巨大な城が僕の前に屹立していた。
ブランコがすっかり動かなくなるほど時間がたって、公園にただ独りの僕は、砂の城を怒りのままに踏みつけた。何度も。
こうして作ったものを丹念に踏みつけて壊していると、こうしてあっさりいっぺんに壊れていってしまうように見えるけと、実は作るのと同じくらい、破壊には時間がかかるのだと実感した。
すっかり外が暗くなってから、僕はようやく城を平たんに平すことができた。
あの時感じた孤独と焦燥感、怒りの感情が僕の原風景なのだとしたら、今もそれをふと思い出すのだとすれば。
僕の人生はあのころからずっと止まったままなんじゃないだろうか。そして、こうしてエヴァに乗っている今も、それは変わらないのではないかと感じる。
僕はあの出来事があったあの日から、二度とあの砂場には近づかなかった。
そういえば、あの時、僕と一緒に城を作っていた女の子が二人いた。
誰だったっけ? 確か、名前は……。
夕暮れの公園。砂場に屯する三人の子供。
アスカ「バカシンジ! もっと高く積み上げなさいよ!」
シンジ「ゴメン……」
高田「ダメですよ。土台をもっとしっかり作らないと」
アスカ「アンタばかぁ? そんなちんたらしてたら、陽が暮れちゃうわよ」
高田「ごめんなさい……」
シンジ、公園の時計を見ながら
シンジ「二人は帰らなくてもいいの?」
アスカ「ママが迎えに来てくれるまではいいの!」
シンジ「高田さんは?」
シンジが高田の方を向くと、高田の顔が陰った。
「私は……いいです。この城を完成させるまで、ここに残ります」
「じゃあ僕も残るよ」
シンジが軽くそう答えると、それを聞いたアスカが眉を吊り上げてシンジに突っかかる。
「何言ってんのよ。アンタは帰らないといけないでしょ」
「僕はここにいたい」
「おじさんとおばさんが待ってるじゃない」
「僕はここにいたい」
「ワガママ言うな!」
「だから、僕はここにいたいんだ!! 一体何度言ったらわかるんだよ!!」
シンジが声を荒げると、アスカはショックを受けたのか勝気な眉を下げて、茫然とシンジを見つめた。アスカはシンジに本気で怒鳴られたことがなかったから。端から見ていた高田さんが困ったような顔でシンジを控えめに咎める。
「シンジさん、この城は私が完成させておきますから」
「僕も手伝うよ」
「でも、お父さんとお母さんが待ってるじゃないですか」
高田さんは悲しそう……。
「私には、……迎えに来てくれる人も、待ってくれている人もいないから」
「でも、……城は僕が作りたい」
陽が一層沈んで、人陰も朧気になりつつあった。高田さんの表情がぼんやりと暗くくすむ。
「シンジさんには帰る場所がある。そんなに幸せなことはないです。私には帰る場所もないし、これしかすることがないですから」
高田さんは手で何度も砂をすくい、おかげで城はすでに完成の兆しを見せていた。砂の金字塔が。
「高田さんわかってないよ。あんな親なんて、いないほうがいい」
「いないほうがいい、ですか」
砂を積み上げていく高田さんの手が、さらさらと崩れ始める。
「……高田さん?」
まるで水分を失った砂のように乾いた砂が肌から零れ落ちていく。
「高田さん!!」
僕は駆けだして、高田さんから流れ出してゆく砂を受け止めようと手で庇った。高田さんの頭から顔面が滑り落ちる。
高田さんの肉体が砂に還元されて、僕の指の間から抜けた。
「高田さん!!」
目を覚ますと、見知らぬ天井が視界一杯に広がっていた。
「……」
「気が付いたみたいだな」
声のする方に顔を向けると、加地さんが傍らに立っていた。
「起き上がれるか?」
ベッドから体を起こす。少し重たいが、問題は特に感じられなかった。
「いやあ、驚いたよ。最初に目を覚ました時は、かなり錯乱していたみたいだからな」
「錯乱……?」
「何も、覚えていないかい?」
「はい……いや」
まさか、さっきの夢って……。
「あの、高田さんは?」
「あの娘のことか。君の見舞いに来ていたよ」
「そうですか……」
「何を話したかは、覚えてないのか」
「えっ、はい」
加地さんは少し考え込む様子を見せた。
「あの娘は今、集中治療室に入っている」
「……ぇ」
「危篤、だそうだ」
「……」
喉の中の水分が、一気に蒸発した気がした。
〇
「ミサトさん!! 試作N²リアクター全八基の設置完了しました!」
冷却水の確保のため、リアクター各機は水源の近場に設置された。これで常時冷水を外部から供給できるため、発熱によるオーバーヒートの問題はほぼ解決。リアクターのスペックをフルに活用することができるはずだ。
「もう少し小型化できれば、エヴァに取り付けることも可能かもしれないわね。そうなれば稼働時間の問題はかなり解決できるわ」
「リアクターは充填から起動までに時間がかかるので、時間的に即応が困難なのがネックですね。それに冷却剤タンクをどこに取り付けるかも、重要になってくるでしょう」
「タンクを取り付けると動きを制限される、か……」
「冷却水を外部から常に確保できるなら、話は別なんですがね」
ミサトの傍らで、いつの間にかリツコと時田は雑談に華を咲かせていた。科学者というのは得てして鋭く尖った、時計の針のような性格を持っているもので、リツコと時田は案外似た者同士、同穴の貉、激しくいがみ合うか息が合い過ぎるかくらいの両極端な付き合いになってしまうのは、ある意味必至だったのかもしれない。
「あれが本作戦に使用する盾……」
ミサトは議論に熱を送る二人を放置して、目の前の巨大な盾に目を向けた。突貫で溶接された膨大な本数のケーブルが、あちこちに束になって伸びている。あまりの数の溶接は宛らライオンの鬣のような様相を呈し始めていた。
「零号機専用装備ENCHANTED SHIELD OF YOHEL 他機用超突貫急造耐電仕様送電特化型」である。
「エヴァはこの盾の後ろに配置されます。後はエヴァに向けてメタトロンが電撃を放ってくれれば、この盾を介して高圧電流が逆流、過充電で目標を内側から爆破してくれるはずです。一瞬でケリが付きますよ」
現場監督の説明を受けたミサトは、鋭い視線を彼に送る。
「パイロットは大丈夫なのよね?」
「おとりとする以上、全くの無事を保証できるというわけにはいかないかもしれませんが、まあ死ぬことはないでしょう」
「そう……」
とはいえ、だ。
「精神的負担を考えると、シンジ君に乗ってもらうわけにはいかないかしらね」
「いいんじゃない? 今作戦ではエヴァはあくまでおとり、精度の高いオペレーションは必要としないわ。だったら、多少はシンクロ率が落ちても、精神の安定しているレイをパイロットに据え置いてもなんの問題もないはずよ」
いつの間にか話を終えて隣に立っていたリツコにそう言われて、ミサトは目を閉じて唸った。
「そうねぇ……」
きっと、シンジ君は渋るだろう。
そのうえ、わざわざ彼を乗せる必要性は全くない。元々、彼はエヴァへの搭乗には積極的ではない。
メタトロンの放電を受けたシンジ君は、一時的に心肺が停止していた。そのような経験を経てなお再び戻ってくるとは、正直思えなかった。
まあ、これが済んだらまた乗ってもらわなくちゃ困るんだけれども。
それでも。
せめて今だけは。
〇
パイロット専用のロッカールームは、いつ見ても閑散としている。数十人の利用者を想定して設計されている数多のロッカーも、パイロットが現状たったの三人ではこの有様の仕方のないことではあるのだが。しかも、女性用のロッカーを使用しているのはパイロットの内たったの二名。
惣流・アスカラングレーと、綾波レイである。
立った二人の空間に、アスカの話声だけが響き渡った。
「コンビニ、何もなかった」
「……」
「ていうか、自動ドア開かなかったし」
「……」
「あーあ、何時まで続くのかなぁ」
「……」
「あんたさぁ」
アスカは、かなり離れた位置で淡々と着替えているレイに顔を向ける。
「せめて相槌くらいは打てないワケ?」
レイの視線は、じっとロッカーの中に向けられて微動だにしない。
「そんなブアイソ―で、一体どうやって碇指令に気に入られたってのよの」
「……」
「あっ、それとも碇指令以外には愛想ふりまく必要もないってこと? まあ、「あなたにしかココロを開かないの~」っていうオンナが日本人には大層ウケるらしいからね。バカシンジなんて特にそういうのに弱そうだし」
「……」
綾波は何も言わずに、ロッカールームを後にしようとした。その後ろ姿に、アスカはとっさに声をかけた。
「待ちなさいよ!」
「……」
アスカは逡巡の後。
「あんたさ、あのバカの見舞いにはいったの?」
「どうして?」
アスカに問いに、例の如く短く答えるだけ。不愛想にもほどがある態度に頭が沸騰しかけるアスカだったが、寸でのところで踏みとどまった。
「どうしてって……」
「命令がないもの」
「あんたねぇ……」
こめかみをけいれんさせるアスカを置いて、レイはロッカールームを歩き出した。
「それに、まだなにも終わってない」
〇
「高田球沙は、近年急増中の先天性の難病を患っているらしい。原因も治療法もいまだ不明。噂では最近の異常なまでの出生率の低下と何か関係があるとかないとか……。まあ、ともかく彼女は、この病院で生命維持装置を使わなければ肉体を維持することができない」
サナトリウムの紅く染まる病院の壁。窓から差し込んでくる斜陽が廊下を昏くする。僕と加持さんは壁にもたれかかって、僕はじっと加持さんの話に耳を傾けた。
「この病院にはね、高田球沙と同じような患者がたくさん入院している」
「……」
「生命維持装置には多くの電力が必要だ。電力の供給が止められている現状では、非常用のバッテリー式の維持装置に頼らざるを得ない」
「……高田さんもそれを」
「ああ」
加持さんはどこか手持無沙汰に窓の外を眺めていた。きっと煙草の一本でも吸いたいのだろう。病院が禁煙だから。
「だが、それはあくまで非常用の応急処置。第三新東京市はこれほどの長時間の停電を想定して設計されていない」
「それじゃぁ……」
「このまま停電が続いたら、その内院内の患者に多くの犠牲者が出るだろうな。高田球沙はその筆頭だ」
「僕のせいだって、そう言いたいんですか」
「君がエヴァのパイロットとしての重責を鬱陶しく感じ始めているってことはわかる」
「……」
「だけど、君はその責任を放って好き勝手に生きることができるか?」
「それは……」
「君には実感がわかないかもしれないが、君がエヴァを操縦して使徒と戦うたびに、その犠牲となってる人たちはたくさんいる。中には、故意ではないにしろ君自身が手をかけてしまった者もいるだろう」
心臓が早鐘を打った。トウジに殴られた時の痛みが、頬に蘇って来るようだった。あの時は目を背け有耶無耶にしたけれど、トウジの妹のように、僕がエヴァを動かしたことで怪我を負った人たちは、トウジの妹以外にもいるはずだ。考えないようにしていただけで。いや、怪我だけじゃない。最悪のケースも。
「使徒による被害をネルフが隠ぺいするのは、もちろんネルフ側の事情も多分に含まれるだろうが、その中には「パイロットの精神的負荷を軽減する」目的もある」
「……」
「君がエヴァに乗ることで、或いは乗らないことで、結果的に多くの人の命の行方が左右される。高田さんもその一人だ」
「……」
「君が高田さんとどういう関係なのか、俺はよくわからない。だけど、高田さんは風前の灯火の命の状態で、精一杯生きようとしていたはずだ」
高田さん。
どうして僕に話しかけたんだろう。
高田さんは何を考えていたのだろう。僕は、高田さんの事情なんてこれっぽっちも考えちゃいなかった。自分のことばかり。
「これでもし高田さんに何かあったら、君はそれでも何事もなかったかのように生きていけるのかい」
「……加持さん」
にじみ出てきた涙を必死に堪えて、僕は加持さんに縋った。
「僕は、どうすればいいですか」
「エヴァに乗るんだ。君自身の意思でそれを決めるんだ。初めて君がエヴァに乗ったあの日のように」
僕は加持さんに軽く頭を下げて、廊下を駆けだした。
シンジを見送った加持は、病院を出がけに手元の携帯電話を呼び出した。それから、病院の或る一室を見上げながら、
「葛城……今度の作戦、シンジ君を使ってくれないか? もうすぐそっちにむかうから……ああ、そうだ。トラウマは早めに克服させた方がいい……」
〇
ネルフ内エヴァのケージにて。
「敵の電力捕食を利用した過充電による体内の蓄電機関の内部破壊を目的とした作戦、『ナルカミ作戦』の作戦要項を伝える」
ミサトはレイとアスカの二人を前に淡々と話を続ける。
「メタトロンの電力捕食がある限り、エヴァは奴に近づけない。だから、奴がお腹満腹になるまでエヴァは待機」
ミサトたちの後ろで、巨大な人影が拘引されていく。
「餌の電気は八基のN²リアクターで賄うわ。敵の捕食に送電機及び発電機がどれほど持ちこたえられるかは未知数だけど、かなりの安全マージンを確保してるから問題ない……と思いたいわね」
「はっきりしないわねぇ」
目と口を細めて抗議するアスカに、苦笑を禁じ得ないミサト。
「今作戦におけるエヴァの役割は、ずばり囮よ」
「オトリぃ?」
「電気を十分に蓄えたメタトロンは、攻撃と発散を兼ねて周囲に放電する。いくらこちらから電気を送電して電力捕食を誘発させたとして、放電されてしまえば徒労に終わってしまう。そこで、エヴァをおとりに目標の放電ポイントを誘導、エヴァを放電から守る盾が放電を受け止め、こちらから更なる電気を逆流させる。目標の体内蓄電機関を過充電させて内部から破壊。エヴァの出撃から決着は一瞬でつく」
「なーんだ。じゃあ楽勝じゃない」
つまらなそうにアスカは腕を組んで、興味を失したかの様子で明後日の方に顔を向けた。
「弐号機と零号機現在復旧作業中。だから、今作戦では初号機を主軸に作戦を展開する」
「私の出番ナッシングってわけね」
「パイロットはレイにお願いするわ。いいわね?」
ミサトが不貞腐れているアスカからレイに視線を向けると、レイはケージの入り口に目を向けた。ミサトが釣られて顔をケージの入り口に向けると、シンジが肩で息をしながらも、まっすぐにこちらに向かってくるのが見えた。
「ミサトさん。初号機には僕を乗せてください」
「アンタバカぁ?」
ミサトに歩み寄るシンジに、アスカが軽くタックルしてシンジをよろめかせた。
「さっきの話聞いてたんでしょ? だったら、あんたが乗る必要なんてないってことくらいわかるでしょ。エヴァをおとりとして運用するなら、精度の高いオペレーションは必要とされてない。ちょっと癪だけど、オトリならファーストが適任だわ。突っ立ってるの得意そうだしね!」
「アスカ、ちょっと黙って」
矢継ぎ早にシンジを貶すアスカを手で制して、ミサトはシンジの元に歩み寄る。
「シンジ君。強いてあなたが乗る必要は、どこにもないのよ? それでも乗りたいの?」
「はい」
「どうして」
「あの時……僕は作戦に真剣じゃなかった」
厳しい目で問うミサトに、シンジはしり込みすることなく視線を合わせる。
「それだけが原因で作戦が失敗したわけではないとは思います。だけど、僕はエヴァパイロット失格だった。僕が、僕の責任から目を背けてたから。逃げてたから」
「……」
「僕は、僕の責任を取りたい。だから、囮は僕が引き受けます」
暫く、ケージ内に張り詰めた空気が流れた。アスカでさえ口を噤んで、シンジとミサトを見守った。
その空気は、ミサトがシンジに微笑みかけたことでようやく弛緩した。
「わかった。あなた自身が選択したことなら、それはとても価値のある事なのね。……シンジ君に任せるわ」
「ありがとう、ミサトさん」
シンジは、或いはただそそのかされただけなのかもしれない。見せかけの前進なのかもわからない。だけど、たとえぬか喜びと自己嫌悪の繰り返しになるのだとしても、それで前に進めた気がするのなら。
何をどう生きても明日がやってくるのだから。
だから、逃げちゃだめなんだ。