悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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96# 役割

 黒の装飾で統一されたシックな一室。

 

 それは男子寮でのローファスの部屋。

 

 上級貴族出身の学生に与えられるそれは、一般生徒に割り振られる狭く簡素な一室とは文字通り規模が違う。

 

 寝室、浴室、リビングに分かれており、食事の時間には一流シェフが腕を振るったコース料理が運ばれてくる。

 

 時刻は昼時。

 

 漆黒のテーブルクロスの上に並べられた、見た事も無い程豪勢な二人分(・・・)のコース料理。

 

 それを前に、アベルは緊張の面持ちで座っていた。

 

「何を惚けている? 昼食はまだと言っていただろう。さっさと食え」

 

 対面に座り、品のある手付きで淡々と食事を摂っているのは他でも無いローファスである。

 

 食事を目の前にいつまでも手を付けようとしないアベル——転生者に、ローファスは眉を顰める。

 

 転生者はローファスより呼び出され、この部屋を訪れた。

 

 その際、食事を摂ったかと尋ねられ、素直に「まだ」と答えた所、あれよあれよという間に二人分の豪勢な食事が運ばれてきた。

 

 こんな高価な料理、本当に手を付けて良いのかと転生者は戦々恐々とした面持ちで動けずにいた。

 

「えっと…俺、お金持ってない」

 

「金? 学食だぞ。無料に決まっているだろう」

 

「無料!? は? これタダなの!?」

 

 目を剥いて驚く転生者に、ローファスは呆れる。

 

「いちいち騒ぐな。学食に金なぞ掛かる訳が無いだろう」

 

「いや…俺の所では食堂で食券買って…金欠だからいつも一番安い定食を頼んで…」

 

「平民は有料だったのか…」

 

 ちょっとしたカルチャーショックを受けつつ、ローファスは上品な仕草で食事を口に運ぶ。

 

「まあ、貴族は入学金とは別に、学園に対して多額の寄付をしているからな。そこから出しているのだろう」

 

「あー…成る程、格差社会ってやつか…」

 

 肩を竦め、しみじみと噛み締める様に言う転生者を、ローファスはじろりと睨む。

 

「…さっさと食え。仲良くお喋りをする為に貴様を呼んだ訳ではない」

 

「あ…でも俺、マナーとか…」

 

「平民を相手に期待などするか。黙って食え」

 

「あ、はい」

 

 転生者は出来るだけ音を経てない様にそそくさとコース料理を食べた。

 

 それはこの世界に来て食べた食事の中で、一番美味しかった。

 

 

 ローファスがアベル——転生者を呼び出した理由は、他でも無い。

 

 保有する魔法具に関して、その情報を洗いざらい聞き出す為である。

 

 ローファスはアベルの影に潜ませていた使い魔越しに、転生者とレイモンドとの戦闘の一部始終を見ていた。

 

 その際に扱っていた複数の魔法具、そして魂を肉体から切り離す悪趣味な小刀——どれをとっても非常に強力で、戦術的価値の高いものだった。

 

 その中でも特にローファスの興味を引いたのは、当然伝説とされる蘇生効力のある魔法具。

 

 食事を終えた後、ローファスは転生者に諸々の魔法具について尋ねた。

 

 しかし魔法具はアベル、引いては転生者にとっての生命線であり切り札。

 

 そう易々と手の内を明かす筈も無い。

 

 先ずは直球で尋ね、反応を見つつ少しずつ切り崩しながら情報を引き出そう。

 

 そう思っていたローファスなのだが、転生者は驚く程素直に、それはもうぺらぺらと魔法具について説明をし始めた。

 

 床一面に魔法具を並べ、使い方からその用途まで詳しく。

 

 それはもう、罠なんじゃないかとローファスが勘繰る程に開けっぴろげに。

 

「これ! これ悪魔系統のダンジョンで稀に出てくる《トガ》って魔物のレアドロップ! 《トガの出刃包丁》! 必中効果と1000の固定ダメージを出せる呪具で、集めるのめちゃくちゃ大変でさあ!」

 

 こんな調子で魔法具一つ一つ丁寧にレクチャーしてくれる転生者。

 

 時折聞き慣れない単語を出すが、言っている内容は大まかには理解出来る。

 

 それはまるで、記念トロフィーを自慢する子供の様で、ローファスは顔を引くつかせながらも黙って耳を傾けていた。

 

 元より魔法具の情報を聞く為に呼んだのだが、しかしここまで包み隠さず、寧ろ嬉々として話す転生者に、ローファスは流石に喋り過ぎじゃないかと若干引き気味であった。

 

 しかし自慢気に話す転生者の様子から、とてもでは無いが嘘を言っている様にも見えない。

 

 ローファスは少し転生者が心配になった。

 

 因みに蘇生の魔法具である《身代わり人形》は、先の戦闘時に全て使い尽くした為、転生者曰くまた取りに行かねばならない、との事。

 

 ローファスはその入手経路を詳しく聞き取り、後日暗黒騎士を派遣して乱獲しようと密かに計画する。

 

 転生者は他にも《第二の魔王》レイモンドや四天王の様な、今後敵対する可能性が高い相手に対する対抗策と戦略を一通り準備している事も語った。

 

 ローファスが興味本位で自分——四天王(影狼)のローファスに対してどんな対策を立てていたのかを尋ねた所、転生者は二つの魔法具を取り出した。

 

 それは白い魔法結晶と、薬品の入った小さな小瓶。

 

 それを見たローファスは顔を引き攣らせた。

 

「…閃光結晶に、魔法薬だと?」

 

 それは砕けば目眩しの閃光を発する魔法結晶——ホークも愛用している特に珍しくも無い魔法具と、魔力を帯びた薬品。

 

「そそ。閃光結晶ってさ、実は目眩しの他に暗黒魔法を弱める隠し効果があるんだよ。それとこれは敏捷向上薬。文字通り敏捷性と反応速度を上げる魔法薬だね」

 

 転生者の説明を聞きながら、ローファスは閃光結晶を手に取り、やるせ無い心持ちで眺める。

 

「俺は、こんなちゃちな魔法具でどうにかなると思われていたのか…」

 

 ややショックを受けた様子のローファスに、転生者は慌てた様子で取り繕う。

 

「い、いや、その対策は飽く迄も《影狼》のローファスに対してだし…今のローファスにこれで勝てるなんて全然思ってないからね? だってほら、四天王戦の時は全然魔力無かったんだよね? なら弱かった(・・・・)のも仕方無いっていうか…」

 

「…弱かったか。そうか、俺は弱かったのか」

 

 ぷるぷると肩を震わせ、じろりと睨むローファス。

 

 それに転移者は急いで口を塞ぐ。

 

「その…ごめんなさい」

 

「心にも無い謝罪だな」

 

「いや、本当に。その…言い訳になるけど、俺からしたらゲーム…——架空の出来事だったから、倒しはしたけど、殺したって自覚が全然無かったっていうか…」

 

「その割には、随分とレパートリーに富んだ悪口だったな?」

 

「…か、顔は良いと思ってたよ?」

 

 目を逸らしつつ、何とも微妙なフォローを入れる転生者に、ローファスは眉間に皺を寄せ、じっと転生者を睨む。

 

「なんだその気色の悪い褒め言葉は」

 

「あ、あんまり見ないで。恥ずかしいから」

 

「はあ?」

 

 じっと見ていると何故か顔を赤らめ始めた転生者に、ローファスは露骨に顔を顰め、溜息を吐く。

 

「しかし、こんな杜撰な対策でよくレイモンドと戦おうと思ったものだな…」

 

「本当はさ、アベルが戦闘をしつつ、俺が要所要所でアイテムを使う指示を出しながら戦況を有利に進めて行く手筈だったんだよ。あの時はアベルが速攻無力化されちゃって…お陰で魔法アイテムも、俺でも扱えるものに限定されたから、ぶっちゃけかなりピンチだった」

 

「その割には善戦していた様だったが?」

 

「作戦が上手く嵌まったからね。あの時点で、レイモンドに魔人化させて《散魔石》で魔力を削る位しか勝つ手立てが無かったし。だから裏設定まで引き合いに出して挑発したんだけど…」

 

「見てはいたが、やはり《闇の神》による精神汚染とやらが随分と進んでいたらしいな。あの時の《第二の魔王(レイモンド)》は、挑発に乗って魔人化する程度には感情的だった。本来のレイモンドならああはならん」

 

「…ふぅん?」

 

「なんだ」

 

「いや? やっぱり友達なんだなーと、しみじみと」

 

「茶化すな」

 

 じろりとローファスに睨まれ、転生者はまた顔を赤らめて目を逸らす。

 

 その不審な挙動に眉を顰めるローファスに、転生者は話題を変える様に手を叩く。

 

「あ、そう言えばさ。リルカとの件は聞いてたけど、まさかファラティ——」

 

 転生者の口からその名が出ようとした途端、今の今まで無言を貫いていた火の玉(アベル)が、ボフッと頭から蒸気の様なものを噴射した。

 

 ローファスと転生者の視線が、もくもくと煙を上げる火の玉(アベル)を捉える。

 

「——アナ、と…」

 

 一瞬言葉を詰まらせた転生者だが、大して気にする様子も無く続けた。

 

「ファラティアナとも仲良くやってるんだってね。リルカに聞いたけど、婚約したんだって?」

 

「だとしたら何だ…貴様には、関係無いだろう」

 

「確かに、全然関係無いね。別に二人の仲をどうこう言う気は無いよ。強いて言えば純粋な祝福かな?」

 

「気色悪い」

 

「あ、ひっどー」

 

 転生者は笑いながら、腰のポーチから小さな巾着を取り出した。

 

「という訳で、はいこれ。俺からの婚約祝い」

 

「…なに?」

 

 手渡されたそれを見たローファスは、その巾着に施された術式を瞬時に読み取り、ぎょっと目を見開く。

 

「貴様…どういうつもりだ」

 

「あ、ぼろっちい見た目で判断してる? 確かに一見みすぼらしいけど、実はこれかなり貴重な魔法アイテムで——」

 

「馬鹿にするな。この巾着には、限り無く無限に近い内容量がある。中には無数の魔法具もあるだろう。そんな事、術式を見れば(・・・・・)ある程度は分かる」

 

「……分かんないと思うよ?」

 

 転生者が手渡したそれは、《風神の巾着》。

 

 中にはアベルと転生者が三年掛けて集めた魔法具が無数に収納されている。

 

 転生者は、数多の魔法具を内包する《風神の巾着》を、祝いだと言ってローファスに手渡した。

 

 ローファスからすれば、訳が分からない。

 

「だから、どういうつもりだと聞いている。これは謂わば貴様の生命線だろう。それを差し出すなど、冗談にしても笑えん」

 

「別に冗談じゃないんだけど」

 

「ならば尚の事意味が分からん。何かしらの罠か、企みがあるとしか考えられん」

 

 訝しむローファスの言葉に、転生者は悩まし気に首を捻る。

 

「んー…流石に信用が無さ過ぎたか。でも、本当に企みとか無いんだけど。勿論罠でも無いし」

 

「ならば、せめて意図を言え。何の事情も説明せずに渡されても俺の中で繋がらん」

 

「いやさ、アベルって物覚え悪いんだよ」

 

「…あ?」

 

 話が繋がらず、ローファスは眉を顰める。

 

「別にアベルでも良かったんだけどさ。これまで魔法アイテムの特性とか一つ一つ教えてきたけど、アベルってば半分も覚えてないんだ。でも、ローファスなら覚えてるよね? 頭良さそうだし」

 

「…やはり繋がらん。確かに先程貴様から受けた魔法具の説明は全て覚えている。だが、それが何故魔法具を渡す理由になる?」

 

「…」

 

 ローファスに問われ、転生者は口を噤む。

 

 暫しの沈黙の末、転生者は少し言い難そうに口を開いた。

 

「…俺——役割が終わったらしいから」

 

 転生者の言葉に、ローファスは目を細めた。




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