悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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102# レギオン

 ローファスが退室した客間。

 

 タロンはふと、チェス盤を眺める。

 

「…? この盤面は…勝敗はどうなったのです?」

 

 首を傾げるタロン。

 

 チェスの盤面は、両者共に互いの守りを崩し、双方がキングにあと一歩という所で終わっている。

 

「ローファス殿の勝ちですよ」

 

 にべも無く答えるギムレット伯爵。

 

「元より勝ちは譲る気でしたが、もう少し接戦する予定でした。わざと負けたと思われては相手の機嫌を損ねてしまいますから…ですが——こうも鮮やかにしてやられるとはね」

 

 タロンはますます分からず、首を捻る。

 

「ふむ? 勝敗は付いていない様に思えますが?」

 

「ええ。通常のルールであれば、ね」

 

 タロンはハッとした様に盤面に魅入る。

 

「そうか、特殊ルール…」

 

 ギムレット伯爵がローファスとしていたのは、通常のチェスでは無い。

 

 ギムレット伯爵が定めた、独自のルール。

 

 ギムレット伯爵陣営の白い駒は、本来のものとは異なる動きでゲームをしていた。

 

 ローファス陣営は通常通りの駒の動き、ギムレット伯爵陣営は異なる駒の動き。

 

 そんな説明無くしては成り立たない筈のチェスを、何の説明も無しに仕掛けたギムレット伯爵はかなり性格が悪いだろう。

 

 しかしゲーム中、その事に一切触れず、ギムレット伯爵の独自の駒の動きにローファスは即座に対応し、その上で完封して勝利を収めた。

 

 そして最後には、駒の動かし方を覚えろなんて皮肉を交えて。

 

 ギムレット伯爵からすればぐうの音も出ない。

 

「ライトレスの麒麟児——噂に違わぬ天才振りですね…」

 

 戦慄するタロンに、ギムレット伯爵は首を傾げる。

 

「天才…ですか」

 

「ええ。ご存知ありませんか? ローファス殿は彼のライトレスの麒麟児、魔法の申し子とまで称される天才です。魔法の腕は誰もが認める超一流。剣の才にも優れ、若くして領地の経営にも携わり、その経済を大きく伸ばしているとか。彼こそ正しく、万能の天才と呼ぶに相応しい存在でしょう」

 

 うんうんと頷くタロン。

 

 ギムレット伯爵は盤面を見ながら、目を細める。

 

「その噂は当然知っていますが…チェスを通して感じた“ローファス・レイ・ライトレス”の印象は、天才とは程遠いものでした」

 

「…と言われますと?」

 

「先ず天才とは、一を知って十を知るという様な、過程をすっ飛ばして結論や結果に至る——一般的な理屈も論理も通用しない、常識外れな存在の事を指します」

 

「ローファス殿は違うので?」

 

 問われたギムレット伯爵は、ローファスの一手一手を思い起こしながら口を開く。

 

「私がローファス殿に感じた印象は——一言で言うなら、愚直」

 

「愚直、ですか…」

 

 ローファスのチェスの戦法は、決して珍しいものではなかった。

 

 それこそ、ルール本に記載している様な、定石ともいえる基本的な戦法。

 

 ギムレット伯爵の騙し討ちの如き独自の駒の動きにも惑わされず、見定めた上で冷静に対応して見せた。

 

 決して基本の型を崩さず、愚直に。

 

 それだけでもローファスの人間性が垣間見えるというもの。

 

「言うなれば秀才。勤勉なのでしょうね。規則に忠実で生真面目。或いは、彼が残した結果の裏には、積み重ねに裏打ちされた努力があったのかも知れません」

 

「は、はあ」

 

 いや説明も無しに独自ルールに即対応して尚且つ完勝を収めるなんて充分天才ではなかろうか、とタロンは腑に落ちない様子で生返事をする。

 

「努力を知らぬ凡人は、叩き出された結果だけを見、裏で努力する秀才を天才と持て囃す。そして常識外れの結果を叩き出す天才を、理解出来ぬが故に変人と揶揄う」

 

「ふ、ふむ…? タロンめは非才の身故、難しい事はよく分かりません」

 

「そう自らを貶める必要はありません。貴方は充分有能です。私は無能を側には置きません」

 

「ぎ、ギムレット伯爵…!」

 

 感極まった様子で目を輝かせるタロンを尻目に、ギムレット伯爵は思案する。

 

 優れた素質を持ち、努力を怠らぬ秀才。

 

 それがローファスに対する評価。

 

 しかし、それだけでは無い。

 

 これまでに幾人もの貴族と対話し、駆け引きにより自らの傘下に加えて来たギムレット伯爵だからこそ感じたローファスに対する違和感。

 

 それは余りにも揺るがぬ精神性。

 

 チェスの合間に、ギムレット伯爵は数々の揺さぶりをローファスに仕掛けた。

 

 だが、その全てに明確な手応えが無かった。

 

 ローファスは話題に対して反応を返すし、その不機嫌さを態度にも表す——しかし、それが精神の揺らぎに繋がる事は無かった。

 

 チェスの戦略は常に一定、波一つ無い水面の様。

 

 通常、動揺すれば大なり小なりその心の動きが盤面に現れるもの。

 

 ローファスには、不気味な程にそれが無かった。

 

 本当に成人したばかりの若人か?

 

 ローファスのその年齢に合わぬ程に揺らぎの無い精神性に、ギムレット伯爵は疑問を抱く。

 

 しかしたった一度、そんな岩盤が如き強固な精神性に、極僅かな揺らぎを感じた瞬間があった。

 

 それはレイモンドの話題を出した時。

 

 その揺らぎは、発せられた言葉にも表れていた。

 

「“だったでは無い”…ね」

 

 レイモンドと友人だったのだろう、というギムレット伯爵の言葉に対して、ローファスはそう訂正を入れた。

 

 過去形から現在進行形への訂正。

 

 行方不明となったレイモンドがどうなったのか、その情報をギムレット伯爵は掴んでいない。

 

 最悪亡き者にされている事も考えられたが、そこに来てのローファスのこの言葉。

 

 まるで、生存を確信しているかの様な。

 

「友人に生きていて欲しいという願い? 希望的観測? 否。ローファス・レイ・ライトレスは、不測の事態にも真摯に向き合い、即座に対策を講じる事が出来る人間——謂わば徹底した現実主義者《リアリスト》。憶測だけで断定したりはしない」

 

 つまりローファスは、レイモンドが行方不明になった事に関わっている可能性が高い。

 

 或いは、レイモンドを匿っている可能性もある。

 

 何れにせよ、レイモンド生存の線は限り無く濃厚。

 

 それは即ち、レイモンドが次期国王の座に復帰する可能性が0では無いという事。

 

 その展開は——ギムレット伯爵からしても悪くは無い。

 

「ギムレット伯爵…? 何か楽しい事でもおありで?」

 

 思わず口元が綻んだギムレット伯爵に、タロンは首を傾げる。

 

 ギムレット伯爵は軽く咳払いをして誤魔化した。

 

「…いえ、ローファス殿より有益な情報を頂いたもので」

 

 そしてギムレット伯爵は、パチンと軽快に指を鳴らす。

 

 ギムレット伯爵の背後に、使用人が姿を現した。

 

 使用人——黒塗りの衣装を纏った女中からは、大凡気配と呼べるものが一切感じられない。

 

 ギムレット伯爵は一瞥もせず、黒の使用人に命令を下す。

 

「フリーデン男爵、フロウ男爵、ミスラン子爵——以上の三名の首を取って来なさい」

 

 事故に見せ掛けて下さいね、とギムレット伯爵は付け加える。

 

「御意」

 

 黒の使用人はスカートを軽く持ち上げ、お辞儀してその姿を消した。

 

 ギムレット伯爵の口から発せられた三名の貴族——それは王家管轄の広大な湿地帯に存在するダンジョンの管理を任されていた者達。

 

 ダンジョンの管理費とその報奨金——相応の額を王家より受け取っているにも関わらず、三家全てが管理の義務を怠った。

 

 ギムレット伯爵の傘下の貴族であり、今回のダンジョンブレイクを引き起こしたといっても過言では無い者達。

 

 曰く、魔物の間引き自体は交代制で行なっていたが、突如として魔物が溢れ出した——これが管理を任されていた三貴族の釈明。

 

 義務は全うしており自分達に非は無い、此度のダンジョンブレイクは何かしらの事故である、と。

 

 事実として、原因不明の突発不明なダンジョンブレイクというのは、事例自体は少ないが、全く無い訳でもない。

 

 何らかの異変がダンジョン内で起き、魔物が大量発生する——こうした事例は過去に何件かある。

 

 扱いとしては津波や地震の様な自然災害として扱われる。

 

 ギムレット伯爵は、三貴族にダンジョン管理——魔物の間引きの際に動かした軍の記録や、消耗品の領収書を提示する様指示した。

 

 三貴族はそれらを提示出来なかった。

 

 そして、三貴族は互いに責任の擦り合いを始め、挙げ句の果てには我らを信用出来ないのかとギムレット伯爵に食って掛かった。

 

 悪手に悪手を重ねた末の逆上、実に浅はか。

 

 この三貴族の件は、後に王家に報告し、王国法の下然るべき処断を受けるべき——ギムレット伯爵はそう考えた。

 

 三貴族がした事は王国南方の秩序と平穏を乱す、限り無く悪質なものであり、ギムレット伯爵の嫌う“質の悪い貴族”の行いそのもの。

 

 とはいえ、感情任せに私刑をするのは違う。

 

 私的に規律を無視するのは、秩序の崩壊に繋がる行為。

 

 それを嫌うギムレット伯爵自身が、規律を破る訳にはいかない。

 

 故に三貴族の処罰は、飽く迄も法に乗っ取った形で——その予定だった。

 

 だからこそ、この過激ともいえる急な方針の転換に、タロンは動揺を隠せない。

 

「例の三人の首を…何故急に…?」

 

「ローファス殿が所望されていましたのでね」

 

「そこまでローファス殿を気に入られたのですか。しかし…よもや規律を犯される程とは…」

 

 目を丸くするタロンに、ギムレット伯爵は肩を竦める。

 

「気に入る…といいますか、ローファス殿は“完璧な貴族”ですから。そんな彼との繋がりはギムレット家の利になる——そう判断しただけです」

 

 それに、とギムレット伯爵は続ける。

 

「規律違反はしません。彼ら三人はたまたま同じ日に事故死する——それだけですよ」

 

 丁度貴族三名は、呼び出している所であった。

 

 恐らく今頃は、この領に向かって来ている頃。

 

 事故、道中で魔物に殺された——その筋書きは、ダンジョンの管理を怠った者達の末路としては因果応報も良い所だろう。

 

 ギムレット伯爵は立ち上がり、扉へ向かう。

 

「さてタロン卿、我らも英雄殿の戦い振りを見に行きましょう。王国軍と共に来ている様ですが、時と共に増え続ける魔物の群をどう処理するのか」

 

 ローファスが引き連れて来た王国軍は、報告では騎士30名、魔法師20名からなる計50名の小隊規模の軍。

 

 対する魔物の群——否、その規模と脅威度は既に(スタンピード)の域を裕に超え、軍勢(レギオン)と化している。

 

 ダンジョン外に出たフロアボスも、外気の魔素に触れ、取り込む事で時間と共にその力を増している。

 

 現在観測されているだけでも、軍勢(レギオン)の規模は大凡七千弱。

 

 王都を襲撃した総勢約三千もの魔物、規模だけならばそれよりも倍以上。

 

 最早小隊規模の王国軍で対応出来るレベルを超えており、順当に行くなら王国最強の近衛騎士団が動く程の案件。

 

 或いは、“魔王を打倒した実力”——個の力で全てを片付ける気なのか。

 

「お手並み拝見、といきましょうか」

 

 ギムレット伯爵はキメ顔で扉を開け——その動作が納得がいかず、閉めては開けてを繰り返す。

 

 タロンはそれを、またこれかと呆れの孕んだ目で眺めていた。

 

 

 屋敷を出たローファスは、都内に待機させていた王国軍と合流した。

 

 そしてその足で、魔物の群の討伐に向けて出立する。

 

 ローファスは王家より与えられた半魔物の黒馬に乗馬し、背後に小隊規模の騎馬隊を率いている。

 

 ふとローファスの横に、副官として付けられた魔法師団筆頭のメイリンがついた。

 

「ギムレット伯爵と何かあったのか、ローファス殿? 眉間に皺が寄っている様だが」

 

「…それは元々だ」

 

 気遣わしげに声を掛けるメイリンに、ローファスはぶっきらぼうに返した。

 

 やはり苛立っているではないか、とメイリンは肩を竦める。

 

 そんなメイリンに、ローファスはタロンが準備した書類を差し出す。

 

「貴様も目を通しておけ」

 

「む?」

 

 書類を受け取り、その内容を確認するメイリン。

 

 魔物の群の詳細と、被害状況が丁寧に纏められていた。

 

 魔物の群の数は、現在確認されている範囲で大凡七千。

 

 系統はアンデッドであり、犠牲者をゾンビとして取り込みながら、時間と共にその数を増やしていっている。

 

 群の中心——長はダンジョンから出たフロアボスが成長した存在。

 

 形状は、重装甲の甲冑を纏った首無しの騎士——恐らくデュラハンの類。

 

 魔物の群——アンデッドの軍勢は、編成された現地の討伐軍に対して陣形を取る等、まるで戦略を解するかの様な動きがあったとの事。

 

 その上、アンデッド一体一体が通常よりも機敏で、歴戦の戦士の如く精強。

 

 救援要請を出した時よりも被害は拡大しており、既に十近い村が失われているそう。

 

 領民の避難自体は終えていた為、人的被害は最小限に止められ、アンデッドの増加は抑えられてはいる。

 

 しかし人間以外——動物や、時には魔物すらもアンデッドとして取り込んでおり、その勢力は増し続けている。

 

 書類に目を通したメイリンは、ふと追従する小隊に目を向ける。

 

 戦力が、足りない——圧倒的に。

 

 救援要請にあった情報よりも、被害も魔物の群の規模も桁違いに膨れ上がっている。

 

 想定していたよりも、魔物の群の増加速度が早い——早過ぎる。

 

 青ざめるメイリンを尻目に、ローファスは口を開く。

 

「フロアボス——デュラハンは、恐らく指揮系統と、群全体を強化する系統の固有能力を保持している」

 

「しかし…デュラハンにそんな能力は…」

 

「そうで無くては説明がつかん。恐らく、ダンジョン外の魔素を吸収して成長し、変異なり何なりして新たに獲得したのだろう」

 

 ダンジョン外に出た魔物、フロアボスの変異は、ままある事である。

 

 基本的にはそういった変化が見られる前に討伐されるのだが。

 

「だがローファス殿…変異を起こすには、幾ら何でも早過ぎる…」

 

 ダンジョンの魔物が外気の魔素に触れ、成長して変異するのにはある程度の時間を要する。

 

 魔素濃度の濃い場所では、ある程度変異が早まる傾向らしいが、それでも最低一カ月は掛かる。

 

 ダンジョンブレイクが起き、魔物が群を成して被害を出し始めたのは大凡半月前。

 

 その情報だけを信じるならば、確かに早過ぎる。

 

 ローファスは顎に手を当て、思案する。

 

「…知能が高いタイプかも知れんな」

 

 ダンジョンブレイクを起こしたのは、報告にあるよりももっと前。

 

 フロアボスは、ダンジョンブレイク後も暫くはダンジョン付近に居座り、外気の魔素を取り込む事に専念した——成熟し、変異するその時まで。

 

 被害を出さず、その存在を気取られぬ様に。

 

 幸いにもダンジョンは広い湿地帯のど真ん中、誰かが見に来なければ存在が気付かれる事は無い。

 

 魔物の間引きが適正に行われていたならば、発見も早かった——否、そもそもダンジョン内の魔物増加から生じるダンジョンブレイクすら起きなかった。

 

 或いは——まさか《闇の神》により介入があったのだろうか。

 

 思案するローファスを、メイリンは神妙な顔で見る。

 

「いずれにせよ、戦力が足りない。魔物の群を実際に見てみぬ事には正確な事は言えないが…」

 

 今回のダンジョンブレイクにより生じた魔物の群、規模からして災害級なのは確定。

 

 しかしフロアボスが変異しているならば、災害級の中でも上位に分類される。

 

 その上魔物の群も、寄せ集めの(スタンピード)から、より強力な軍勢(レギオン)へと変化している。

 

 軍勢《レギオン》が相手となると、最早これはただの魔物討伐ではない。

 

 人と魔物との、戦争になる。

 

「ローファス殿…やはり一度王都へ戻り、最低でも中隊規模の軍を編成してから…いえ、一先ず元帥に連絡を——」

 

「好きにしろ」

 

 念話しようとするメイリンを置いて、ローファスは黒馬を鞭打ち、その速度を上げる。

 

「え…ローファス殿…!?」

 

 急いで追い縋るメイリンと、それに追従する騎馬小隊。

 

「ローファス殿! まさか一人で行かれるおつもりか!?」

 

「元より俺一人で行く所を、勝手について来たのは貴様等だろう」

 

「敵は成熟したフロアボスに軍勢(レギオン)だ! ローファス殿がお強いのは理解しているが、流石に一人では…!」

 

「…何も理解していないらしい」

 

 半魔物である黒馬を、更に魔力で走力を強化し、その速度は飛躍的に向上する。

 

 遂にはメイリンと小隊の騎馬のスタミナが持たず、ローファスとは大きく距離を離す事となる。

 

 最早目視できぬ程に単身で先に行ったローファスを、メイリンと小隊は懸命に追い掛け続けた。

 

 

 この後、何とかローファスに追い付いたメイリンと小隊は——目撃する。

 

 ローファスの影より生み出された、たった二体の使い魔により、平地を覆い尽くすアンデッドの軍勢が壊滅させられるのを。

 

 巨大な黒いグリフォンが巻き起こした暗黒の風が軍勢を切り刻んで鏖殺し、唯一生き残ったデュラハンを、黒い鷹の甲冑の戦士が切り捨てた。

 

 それは決して戦争と呼べるものではなく、余りにも一方的な虐殺であった。

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