悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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103# 黒魔導

 気付いた時には、首無しの騎士だった。

 

 それ以前の記憶は、断片的にしか思い出せ無い。

 

 日本、埼玉、会社、サラリーマン…思い起こされるのは、今の現実とはそぐわぬ記憶。

 

 或いは、首無し騎士という現状が夢なのだろうか。

 

 首無し騎士(デュラハン)として分かる事は、ここがダンジョン《屍蝋殿》であり、自分は侵入者を殺す使命を浴びているという事。

 

 じめじめとした薄暗い回廊を、同胞のゾンビが無数に蠢く。

 

 待てど暮らせどダンジョン内に侵入者は現れず、何処からとも無く現れる同胞のゾンビは、最早ダンジョンに収まり切らぬ程に数を増やしていた。

 

 ふと、誰かからの指令が届く。

 

 “時は満ちた。外界への侵攻を開始せよ”

 

 その声に従い、ダンジョンの外へ足を踏み出した。

 

 後に続く様に、無数のゾンビもぞろぞろと外へ溢れ出す。

 

 久しく浴びる陽の光は、焼け付く様に痛々しく、それにより身体が焼け爛れるゾンビも居た。

 

 急ぎ引き返し、日陰に退避した。

 

 アンデッドは日光に弱い——首無し騎士(デュラハン)はそれを、同胞の犠牲とその身を持って理解した。

 

 ゾンビの知能は限り無く低く、痛みは疎か危機感も無いのか、己の肉体が日光に焼かれている事すら意に介さず前に進み続け、そして灰となる。

 

 日が落ちるまで、同胞が目の前で死に続けるのを、只管に眺めた。

 

 悲しみは無かった。

 

 アンデッドである為か、かつてあったであろうモラルというものが欠片も機能していない。

 

 首無し騎士(デュラハン)は、無駄に死にゆく同胞達を眺めながら静かに思考を働かせる。

 

 自分は、この下等な同胞達と比べて遥かに強い。

 

 それは過度な自信では無く、客観的事実である。

 

 しかしそんな自分も、下等な同胞達と同様に、太陽の下では長くは生きられない。

 

 夜になれば、自由に動ける上、アンデッドの特性上、あらゆる能力が向上する。

 

 夜はアンデッドの独壇場、夜さえ来れば自由に出歩ける。

 

 しかし、夜は永遠ではない。

 

 必ず朝が来る。

 

 であるなら、太陽を克服しない限り、外に出ても長くは生きられない。

 

 首無し騎士(デュラハン)は思う——力が足りない、と。

 

 しかし首無し騎士(デュラハン)は気付いていた——外気に触れてから、少しずつではあるが自身の力が増している事に。

 

 アンデッドとしての、魔物としての本能が教えてくれる。

 

 このまま力を増せば、いつかは太陽を克服出来る時が来ると。

 

 これは願望では無く、確信。

 

 首無し騎士(デュラハン)は静かに待った。

 

 太陽を克服する、そのレベルにまで力が増すのを。

 

 そうして首無し騎士(デュラハン)は、半年もの月日をただ黙して待つ事に費やした。

 

 黒の甲冑は苔生し、深緑に染まった。

 

 成熟に伴い、二種の固有能力も獲得した。

 

 《軍団指揮》と、《自軍強化》。

 

 同胞のゾンビ達は、己の意のままに動き、その能力値も飛躍的に向上する。

 

 もうゾンビ達は、呻き声を上げながら引っ掻いたり噛み付くだけの木偶の坊では無い。

 

 集団で効率的に標的を狙い、如何なる傷を負おうとも倒れない不死身の兵。

 

 その上、太陽を克服した自身の特性を全軍に付与する事が出来た。

 

 これにより、陽の下でも問題無く行動出来る不死の軍団と成った。

 

 準備は全て、整った。

 

“侵攻せよ”

 

 ダンジョンの奥より響くその声に従い、首無し騎士(デュラハン)は行動を開始する。

 

 屍馬(ゾンビホース)に騎乗し、軍を率いる旗を掲げた。

 

『全軍、前進セヨ』

 

 アンデッドの軍が、死の波となって湿地帯の外へ溢れ出した。

 

 

 人間、動物、虫——生けとし生けるもの全てを蹂躙し、同胞に加えた。

 

 不死の軍は日に日にその数を増し、見渡す限りの地上を覆い尽くす程になった。

 

 人間だった頃の記憶を思い出す事は殆ど無くなっていた。

 

 倫理観も無く、かつての同族(人間)を殺す事に一切の躊躇は無い。

 

 “外界を蹂躙し、勢力を拡大せよ”

 

 ダンジョンの奥より響くその声の方針に従って動いた。

 

 人は脆く、我が軍勢は強い。

 

 何者にも負けない、そんな確信があった。

 

 ある男が現れるまでは——

 

 

 突如、不死の軍の前に男が単身で現れた。

 

 自殺志願か、ただの馬鹿か。

 

 いずれにせよ、進軍により踏み潰して終わり——そう思った。

 

 ふと、既視感を覚えた。

 

 あの男、何処かで見た様な——

 

 しかし首無し騎士(デュラハン)は、生まれてからこれまで、遭遇した人間は全て殺して同胞にしている。

 

 見覚えなど、ある筈——

 

 男の付近に屍鳥(ゾンビバード)を飛ばし、視界を共有してまじまじと観察する。

 

 じろりと、男が鋭い視線を向け、目が合った——瞬間、屍鳥(ゾンビバード)の反応が途絶える。

 

 正確に姿を確認出来たのは一瞬、しかし首無し騎士(デュラハン)は、その男を知っていた。

 

『——《影狼》のローファス…?』

 

 首無し騎士(デュラハン)の存在しない口から、思わずその名が漏れた。

 

 久しく思い出さなかった、人間だった頃の記憶。

 

 混乱。

 

 馬鹿な、あり得ない、あれはゲーム(架空)の登場人物の筈。

 

 ふと、首無し騎士(デュラハン)と化した自身の姿を改めて確認した。

 

 そして、気付く。

 

『まさカ——コレはゲームの世カイ…?』

 

 

 《拗れ狂う大気(テンペスト)——黒縄螺旋》

 

 男——ローファスの背後に、巨大な黒いグリフォンが現れ、その魔法を発動した。

 

 黒い締縄の如き巨大な暗黒の竜巻が天に伸び——直後、無数の黒い風に枝分かれして広がり、螺旋を描きながら不死の軍を蹂躙した。

 

 同胞達は瞬く間に再起不能になるまでに粉々に切り刻まれ、その死の風は首無し騎士(デュラハン)をも飲み込む。

 

 首無し騎士(デュラハン)は戦旗を掲げ、その黒い螺旋の風を受け止める。

 

 凄まじい力——しかし首無し騎士(デュラハン)の命を刈り取るには少し足りない。

 

 首無し騎士(デュラハン)は渾身の力で魔法を弾き飛ばした。

 

 危なかったが、どうにか耐えた。

 

 しかし首無し騎士(デュラハン)の前には、不死の軍が壊滅した光景が広がっていた。

 

 《軍団指揮》《自軍強化》の固有能力を持つからこそ理解する——生き残りは自分だけだと。

 

 最強の不死の軍勢が、たった一つの魔法に滅ぼされた。

 

 その受け入れ難い現実の前に呆然としていると、凄まじい速度で飛来する黒鷹の甲冑の戦士が見えた。

 

 直後、振り下ろされた戦斧により真っ二つに両断された。

 

 アンデッド故に死ぬ事は無い——しかし、この一撃でまともに動けなくなった。

 

 ふと、朦朧とする視界の端で、地を這う不定形の暗黒が見えた。

 

 暗黒の中に浮かぶ無数の目が、両断された首無し騎士(デュラハン)を見てゆっくりと近づいて来る。

 

 間も無く、首無し騎士(デュラハン)は暗黒に飲まれ、その意識も闇に消えた。

 

 

 ローファスより1km程離れた山岳にて、ギムレット伯爵とタロンは馬を止め、戦闘の見物に来ていた。

 

 タロンはオペラグラスを必死になって覗き込む。

 

「ギムレット伯爵、やはりもう少し近付きませんか? よく見えません…」

 

「タロン卿…貴方は《遠視》も使えないのですか?」

 

 呆れるギムレット伯爵は、遠距離を見通す魔法——《遠視》によりローファスの様子を鮮明に捉えていた。

 

 王国軍を置き去りに、単身で軍勢(レギオン)に近付いて行くローファスに、まさか本気で一人で戦う気か? とギムレット伯爵は眉を顰める。

 

 そしてタロンがオペラグラスのピント調整に苦戦している間に、戦闘——否、一方的な虐殺は終わりを告げる。

 

 一部始終を見ていたギムレット伯爵は固まる。

 

「あ、漸く見えました! おや、魔物の軍勢がいませんね? 戦闘はまだでしょうか?」

 

 ただ一人ズレた事を口にするタロン。

 

 《遠視》で覗かれるのを不快に感じたのか、ローファスはじろりとギムレット伯爵を睨み付ける。

 

 目が合ったギムレット伯爵は、取り敢えず笑顔で手を振っておいた。

 

 ローファスの迷惑そうな顔を最後に、ギムレット伯爵は《遠視》を解く。

 

「…さて。帰りますよ、タロン卿」

 

「え、戦闘は?」

 

「終わりました」

 

「は!?」

 

 意味が分からないと口をあんぐりと開けるタロンを尻目に、ギムレット伯爵は手綱を引いて騎馬を翻す。

 

 騎馬の嘶きと共に走り出したギムレット伯爵を、タロンは騎馬の腹を蹴って急いで追い掛ける。

 

「ギムレット伯爵! 終わったとは!?」

 

「言葉通りです。ローファス殿は単独で魔物の群を殲滅しました」

 

「そんな馬鹿な!? 幾ら魔法の腕に秀でているといっても、一人の人間である事に変わりは無い。七千もの軍勢を単独でそんなに早く…そんな事が可能なのですか!?」

 

「…まあ、私はこの目で見てましたから。残念でしたね、タロン卿。次は《遠視》を習得しておく事をお勧めします」

 

 言いながら、ギムレット伯爵は騎馬を走らせる。

 

 一刻も早く、自領に戻る為に。

 

 ローファスに気付かれるのは想定外だった。

 

 離れていた距離は1km以上。

 

 本来ならば、気取られる筈の無い距離。

 

 にも関わらず、ローファスは容易くギムレット伯爵達の存在を察知した。

 

「ライトレスの麒麟児、魔力総量は歴代最高クラス——でしたか」

 

 魔力探知の範囲は、どれだけ遠くまで探知の魔力波を飛ばせるかで決まる。

 

 単純な話、魔力の多さは魔力探知の範囲の広さといっても良い。

 

 無論技術ありきの話であり、魔力量が多ければ誰でも出来ると、そう単純なものでもないのだが。

 

 優れた魔力制御の技術は必須——しかし根本的に、魔力が無ければ広い範囲に魔力波を飛ばす事自体が出来ない。

 

 因みに、これはギムレット伯爵の知る由も無い事ではあるが、これまでローファスが使用した魔力探知の最大規模は、半径50kmである。

 

「何故急ぐのです? これではまるでローファス殿から逃げている様ではないですか?」

 

「逃げる? 何を馬鹿な。この距離でローファス殿に気付かれているのですよ。逃げ場などある筈無いでしょう。そもそも逃げる必要がありません」

 

 ギムレット伯爵は呆れた様に返し、前に向き直る。

 

「急いで当然。ここまで早くに戦闘が終わるのは予想外です。即座に領へ戻り、急ぎ準備するのです。王都に続き、南方の地をも救った英雄殿をもてなす準備を——完璧なもてなしを」

 

 馬上で両手を広げ、高らかに宣言するギムレット伯爵。

 

 元より、ローファスの実力の高さは重々承知の上。

 

 そもそも王国屈指の武闘派と名高きライトレス家の出という時点で、並の魔法使いとは比較にもならない程の実力者であるのは分かっていた事。

 

 魔物の群を単独で殲滅——これもある意味想定内。

 

 ライトレス家の人間ならば、その程度の事はやってのけても不思議では無い。

 

 しかしここまで早い決着は、幾ら何でも予想出来なかった。

 

 ギムレット伯爵は、ローファスが——より正確には、ローファスが使役する二体の使い魔が繰り広げていた戦闘を思い起こす。

 

「ライトレスの影の使い魔——噂には聞いた事があるが、あそこまで強力とは…」

 

 ライトレス家は、影から生み出した使い魔を使役する——それは割と広く知られる事実。

 

 しかしそれは、ライトレス家が持つ力の一端でしか無い。

 

 王国には、武闘派とされる貴族家が三家ある。

 

 それはギムレット伯爵家を除いた、大貴族と称される三家——ステリア辺境伯家、ガレオン公爵家、そしてライトレス侯爵家。

 

 非常に練度が高く、精強な兵士と強力な騎竜隊を持つステリア。

 

 固有の召喚魔法により、数多の魔物を戦術的に用いるガレオン。

 

 その二家を抑え、王国屈指とまで称されるライトレス家の力は——個人の武。

 

 ライトレスの逸話は、挙げ出すとキリがない。

 

 例えば半世紀前、帝国との戦争中。

 

 ライトレス家の先代当主は、帝国軍に単独で突っ込み、大立ち回りを見せて、戦線を大きく前進させたという。

 

 そしてライトレス家の現当主は、その先代当主を下して当主の座を簒奪したのだとか。

 

 つまりライトレス家の人間は、代々単独で軍と互角以上にやり合える化け物ばかりであるという事。

 

 突出した個の力こそが、ライトレス家の最たる強み。

 

 そんなライトレスの麒麟児が用いた戦闘手段は、まさかの使い魔の使役。

 

 その戦い方は、ガレオン公爵家の召喚魔法を彷彿とさせる。

 

「複数の強力な使い魔を有し、その上で個人の実力も高いとなると……成る程、それは——非常にお強い」

 

 ギムレット伯爵は巡る思考を、明後日の方へぶん投げた。

 

 一先ず、例の《魔王》討伐の件——真偽は兎も角、それを成せるだけの充分な実力を持ち合わせているのは確実。

 

 そして、敵に回してはどう転んでも良い結果にならない相手である事も分かった。

 

 ギムレット伯爵は、今後ローファスと築く関係性——その予定を、それなりに親しい隣人から、より近しいお友達へシフトする。

 

 たまにチェスをする仲になれると尚良し。

 

 最悪でも、相互不可侵の隣人にはならねばならない。

 

 間違っても敵対はNG、絶対に駄目だ。

 

「娘を娶ってくれれば晴れて親族同士なのですが、断られてしまいましたしね…いえ、まだ実際に会った訳ではないし、ワンチャン…」

 

 隣に並走するタロンには目もくれず、ギムレット伯爵は一人ぶつぶつと呟く。

 

「もてなしの席で紹介と称して顔合わせ…酒の席で酔わせ…仮に一夜限りでも既成事実さえあれば押し切れ…」

 

「あの、ギムレット伯爵? 考え事も大切ですが、あまり上の空だと落馬します」

 

 何やら不穏な企みを始めたギムレット伯爵に、タロンは呆れた様に忠言する。

 

「ふむ、結構。取り敢えず例の貴族三名の首を化粧で綺麗に仕上げ、ローファス殿に献上しましょう」

 

「…私はローファス殿の趣向をそれ程知りませんが、それは止めた方が宜しいかと」

 

 タロンは真剣な面持ちでギムレット伯爵を止めた。

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