悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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105# 因縁

 響き渡る轟音。

 

 北に聳える山脈の上空に、膨大な数の円盤が現れた。

 

 無数の円盤には、空を飛ぶ為の翼が無く、そして一切の魔力反応も無い。

 

 にも関わらず、円盤は編隊を組みながら、音も無く空を滑る様に飛行している。

 

 そして純白の山脈が、上から黒く染まっていく。

 

 山頂より、夥しい数の何かが滑り落ちる様に下山していた。

 

 間も無く、山の麓の至る所で、けたたましい警鐘が鳴り響く。

 

「帝国の空飛ぶ円盤に、あれは…《機獣》の群か!?」

 

 魔力を宿した瞳で遥か先を見通したエリックは、急いで温泉から出て武装する。

 

 《機獣》——帝国が生み出した、生物型の無人式自立兵器であり、普段は国境付近を徘徊する警戒対象。

 

 形状は小動物や四足動物などの獣型から鳥類型、はたまた竜種型と様々。

 

 大きさも掌サイズから見上げる程に巨大なものまで千差万別。

 

 その脅威の度合いは、稀にはぐれた個体がステリア領に侵入した場合、小隊規模の騎士が派遣される程。

 

 《機獣》の恐ろしい所は、その耐久力と持久力。

 

 刃をまともに通さない強固な外殻を持ち、その上生物ではない為疲労する事が無く、動力が続く限り動き続ける。

 

 大型のものともなると災害級の魔物並に強力で、生物を超えた耐久力と持久力も相まって竜種以上に厄介な存在である。

 

 そんな《機獣》が、山を覆い尽くす程の数を成して押し寄せてくる。

 

 そして上空には、空飛ぶ無数の円盤。

 

 地上も、空も帝国軍一色。

 

「おう、マジで来やがったか」

 

 好戦的に口角を上げるライナスに、イヴァンが詰め寄る。

 

「どういう事だライナス! 帝国の侵攻を知っていたのか!? 何故もっと早く言わなかった!」

 

「そう言われてもなぁ。儂も半信半疑だったしぃ? 襲撃の時間とかも知らんしなぁ」

 

「来て直ぐに言え! 酒盛りなどしている場合か!」

 

「いや酒振る舞われたら飲むだろ」

 

 肩を竦めるライナス。

 

 カルロスはエリックを追う様に速やかに衣類を纏い、剣を取る。

 

「言い争っている場合ですか! 私はエリック殿と共に地上の《機獣》を抑えます。お二人は空の円盤をどうにかして下さい!」

 

 既に二名の白凰騎士を連れ、屋敷を飛び出したエリックの後を追おうとするカルロス。

 

 それをライナスが止める。

 

「待てカルロス」

 

「何ですか!? 事態は一刻を——」

 

「今のおめぇに全盛期程の力は無ぇだろ。行って何が出来る?」

 

「…! そ、それは…」

 

「年老いた今のおめぇじゃ、精々が小型十数体、大型一体でも倒せりゃ御の字だ。で、《機獣》は何体いる?」

 

「それは…ですが!」

 

 尚も納得出来ない様子のカルロスを尻目に、ライナスはグレスを見る。

 

「おめぇが行け、グレス」

 

「は? え、私ですか?」

 

 やべー事になってんなー、と帝国軍の侵攻を他人事の様に眺めていたグレスは、突然ライナスに指名され唖然とする。

 

「いやいやいや、何言ってるんですか先代様。私の任務は貴方のお目付け役、行ける訳ないでしょ」

 

「行けよ馬鹿。どうせルーデンスから面倒事になったら力尽くで儂を連れ戻せとか言われてんだろ? おめぇを寄越した(・・・・・・・・)っつぅ事はそういう事(・・・・・)だよなぁ」

 

「えーと、それはですねー…」

 

 図星を突かれ、目を逸らすグレス。

 

 それにライナスは、ステリア領に侵攻する帝国軍を親指で指し示す。

 

「おら、待ちに待った面倒事だ。片付けて来いよ、力尽くで」

 

「…先代様から目を離すなって言われてるんですよ」

 

「そうか。だが、おめぇが行かねぇならカルロスが行くぜ? そしたらカルロスは多分死ぬ。おめぇの任務に、カルロスの生存は含まれてねぇのか?」

 

「あー…」

 

 含まれてるなー、とグレスは天を仰ぐ。

 

 グレスはうんざりした様に溜息を吐いた。

 

「分かりました…出来るだけ早く戻るので、大人しくしておいて下さい」

 

「おぅ、善処するわ」

 

 ライナスはそう言いながらも、空に浮かぶ無数の円盤を眺めながら、やる気満々に肩を回す。

 

 グレスはもう一度溜息を吐き——霧となってその場から姿を消した。

 

「よしよし、これで地上はどうにかなんだろ。後はあの蠅共を落とすだけか」

 

 腕が鳴るとウキウキしながら上着を羽織るライナス。

 

 イヴァンも使用人に持って来させた武装を装着する。

 

「暗黒騎士、それも二番手の力を借りられるのはありがたい。だが、それでも《機獣》があの数では流石に手が余ろう。儂も地上の援護に行く」

 

「あ? 必要無ぇよ。グレスが向かったなら、下はどうとでもなる」

 

「なんだと」

 

 イヴァンは疑わしげに眉を顰める。

 

「奴が強いのは気配で分かる。だが、《機獣》の数は低く見積もっても一万は下らんぞ。その数をあの若造がどうにか出来ると?」

 

「グレスの魔法は、多数の敵を相手取るのに向いています。ライナス様の言う通り、少なくとも私よりは適任でしょう…我ながら不甲斐無い限りですが」

 

 補足する様に言うカルロスに、イヴァンは肩を竦めた。

 

「…カルロスがそう言うならば、まあ良かろう。(エリック)も向かった。それにこの騒ぎ、息子(アドラー)も動くだろう」

 

「あぁ、地上は若ぇ連中に任せときゃ良い」

 

 ライナスは手に暗黒鎌(ダークサイス)を生み出し、無数の円盤に向ける。

 

「儂ら年配組は、あれの処理な。数は《機獣》のが多いが、あの円盤の方が多分厄介だぜ? 円盤つか、上に乗ってる人間の方か」

 

 円盤の上には、人らしきものが乗っているのが見て取れた。

 

 円盤一機に対して、武装した帝国兵が一人。

 

 その数は目測、大凡千体。

 

 イヴァンは苦々しく顔を歪める。

 

「兵数、千…大隊か。《機獣》の方は万を超える大軍…帝国め、宣戦布告も無しに…明確な国際法違反だぞ」

 

「王国と帝国は飽く迄も停戦してただけだ。別に同盟を結んでいた訳じゃねぇ。停戦協定違反ではあるがな。いつかはこうなってたさ。まあ、五十年の月日は——長かったがなぁ!」

 

 ライナスは鎌を振り返り、特大の黒い斬撃を円盤の大隊に向けて放った。

 

 まるで鳥が翼を広げた様な陣形——鶴翼陣形を組んだ無数の円盤。

 

 その半分、左翼側がライナスの放った暗黒の斬撃に飲み込まれた。

 

 ものの一撃で400近い円盤が消し飛び、投げ出された帝国兵達が地上に落下する。

 

「流石ですな…」

 

 カルロスの呆れの孕んだ称賛。

 

 しかしライナスは落下する帝国兵等を見、目を細める。

 

「いや、死んでねぇな、帝国兵共。手応えはあったんだが…」

 

「…? しかしあの高さからの落下、ただでは済まないでしょう」

 

「俺様の暗黒鎌(ダークサイス)を真正面から受けて死なねぇ連中が、落下程度でくたばるかよ。しくったな、結構な数を地上にやっちまった…まあグレスなら何とかするか」

 

 ライナスは軽い調子で呟き、その身を暗黒に染め、異形と化す。

 

 ライナスの魔人化(ハイエンド)——《農夫の骸》。

 

 深淵のボロ布を纏った死神の姿に変化したライナスは、カルロスの首根っこを掴む。

 

『おめぇにも手伝ってもらうぞ、カルロス』

 

「それは勿論。ただ、私は空を飛べないのですが…どうする気で?」

 

『上までは連れてってやる。後は円盤を足場にどうにかしろ』

 

「随分と無茶を言われますな…先程、今の私は年老いた云々言われていたので、もう少し労わって頂けるものと思いましたが」

 

『残機は600。ノルマは一人200な。分かってると思うが、ただ落とすだけじゃ駄目だ。しっかり殺せ』

 

 ライナスはカルロスを抱え、足がふわりと地面から離れる。

 

 ライナスはちらりとイヴァンを見た。

 

『おめぇもそれで良いな、イヴァン』

 

「…相変わらずの仕切り屋だな。まあ良い、一人200機だな」

 

 イヴァンの肉体が光に包まれ、その身が異形と化す。

 

 肉体を覆う強靭な筋肉が、ごつごつとした岩の如く変化する。

 

 その姿は、まるで光を内包したゴーレム。

 

 それはイヴァン・イデア・ステリアの魔人化(ハイエンド)——《巌窟の王》。

 

 イヴァンは、岩の如きごつごつとした右腕を肥大化させる。

 

 巨大化した腕を突き出し、掌より極大の光線を放った。

 

 光線は大気を穿ちながら一直線に伸び、雲すらも貫く。

 

 円盤は蜘蛛の子を散らすが如く退避するが、避け切れなかった円盤が数機消し飛んだ。

 

『ふむ、上手く避けたか。だが、これはどうだ?』

 

 イヴァンは空に放たれ続ける光線を横に薙ぎ、それにより100機近い円盤が消し飛ぶ。

 

 更に落下する帝国兵。

 

 ライナスは突っ込む。

 

『おいイヴァン! ちゃんと殺せっつったろうが! 落として終わりなら俺様一人でも五分掛からねぇんだよ!』

 

『…ふむ、今のでも死なんか。帝国兵め、やりおる』

 

『やりおる、じゃねぇわ。あーあ、100は落ちたぞ。若ぇ連中の負担増やしやがって…』

 

「負担と言うなら、400機落としたのはライナス様ですが…」

 

 カルロスは何とも言えない顔で帝国兵らが落ちた地上に目をやる。

 

 ライナスは鼻を鳴らす。

 

『はっ、さっさと帝国兵を皆殺しにして、下の応援に行きゃ問題無ぇだろ!』

 

 ライナスはカルロスを抱え、崩れた陣形を組み直す円盤に向けて飛んだ。

 

 イヴァンは飛び去ったライナスを暫し目で追い、小さく息を吐く。

 

『儂は飛べんのだが、さて…何を足場にするか』

 

 イヴァンは悩まし気に呟き、巨大化した両掌を地面に向け——光の魔力を爆発させた。

 

 凄まじい爆風とその衝撃により屋敷の温泉は吹き飛び、舞い上がった瓦礫の中を、イヴァンの岩石の巨体が突き抜けた。

 

 爆風で飛び上がったイヴァンは、先に行ったライナスとカルロスを追う形で、円盤の元へ飛来する。

 

 黒と白の二つの軌跡が、夜空に浮かぶ無数の円盤に迫る。

 

 

 かつての帝国との戦争中、帝国兵より恐れられた三人の王国貴族が居た。

 

 遭遇する事は死と同義と恐れられた最強最悪の魔人——《暗き死神》ライナス。

 

 その身を返り血で真紅に染め上げ、逃げ惑う者すら容赦無く斬り殺す様から、ある意味(暗き死神)以上に恐れられた、人でなしの鬼——《紅き鬼神》カルロス。

 

 そして国境を阻む最大の障害にして、戦線を維持し続けたステリアの守り手——《白き魔神》イヴァン。

 

 当時、戦況は圧倒的な科学技術を持つ帝国側が有利であった。

 

 航空機により空域を制した帝国は、その攻撃範囲を王国全土に定めていた。

 

 しかしそんな中で、陸路からの侵攻を全て止めたのが《白き魔神》イヴァンである。

 

 その間に王国側は防護魔法を用いて空爆による被害を最小限に抑え、《暗き死神》ライナスと《紅き鬼神》カルロスの二名が帝国本土に攻め入り、多大なる被害を齎した。

 

 最終的には帝国側が根を上げる形で停戦協定を締結した。

 

 ライナス、カルロス、イヴァンの三名は、現役を退き年老いて尚、帝国にとっては忘れられぬ仇敵。

 

 戦後半世紀もの月日を経て、世代交代をしても、避けては通れぬ因縁の相手。

 

 その三者が、満を持して進軍したその日に国境のステリア領に滞在しているなど、誰が予測出来ただろう。

 

 総数千の航空大隊。

 

 鶴翼陣形のその左翼が、突如として暗黒の奔流により消し飛ばされた。

 

 帝国科学の結晶——人体強化を施された強化人間(サイボーグ)たる帝国兵は、ただの魔法の一撃で死ぬ程脆くは無い。

 

 戦死者は0。

 

 しかし少なく無い帝国兵が地上に落とされた。

 

 そして間も無く、魔力の光線(ビーム)が右翼を穿ち、薙ぎ払われた。

 

 千の航空隊が、犠牲者こそ無いが半数にまで減らされた。

 

 円盤編隊、鶴翼陣形中央部の一際大型の円盤に立つ、右目に眼帯をした黒軍服の男——航空大隊司令アザミは、静かに被害状況を確認していた。

 

「…電磁バリアが意味を成さない程の魔法——系統は暗黒と光か。五十年前の悪夢を思い出すな」

 

 五十年前、と口にするアザミの肌は若々しく、とてもでは無いが半世紀もの年季は感じられない。

 

 その見た目は、二十代から三十代に見える。

 

 アザミの大型円盤に、ふと一機の円盤が横に付けた。

 

 乗っているのは、軍帽を目深に被った黒軍服の若い男——航空大隊副官、スイレン。

 

 スイレンは帽子のつばから鋭い目を覗かせ、アザミを見る。

 

「航空隊の半数が地上に落ちました。指示を」

 

「…落ちた者は、目標を地上の拠点制圧に変更。我らは引き続き、空域制圧の任を続行する」

 

 淡々と答えるアザミ。

 

 即座にアザミの指示は、電波を通して全航空兵にリアルタイムで伝達される。

 

 スイレンは静かに、耳裏を指で二度叩く。

 

 それは電波による音声伝達機能をオフにし、個人的な話をしたいと言う隠喩。

 

 アザミはそれに応じ、電波を切る。

 

「なんだ、スイレン副官」

 

「…先の攻撃で、リンドウも落ちました」

 

 スイレンが静かに発した言葉に、アザミは眉を顰める。

 

 あの問題児が落ちたのか、と。

 

「……分かった、お前も降りろ」

 

「宜しいので?」

 

「構わん。空域制圧は俺一人居れば事足りる。(リンドウ)は血の気が多い。民間人に不要な被害を出さぬよう見張っておけ」

 

「それは当然。しかし——降りて本当に宜しいので?」

 

「くどいぞ」

 

 しつこく確認を取るスイレンに、アザミは眉を顰める。

 

 スイレンは「いえ…」と、ある方向に目を向けた。

 

 それは、今正にこちらに接近して来ている、白と黒の軌跡。

 

 スイレンの腕章に取り付けられたメーターの針が振り切れ、危険域の(レッド)を指す。

 

 それは、空気中の魔素の濃度を測るメーター。

 

 帝国が開発した魔力測定機であり、魔力持ちの危険度を表す指標。

 

 (レッド)は最大値。

 

 本来ならば至近距離で測るものなのだが、まだ随分と距離があるというのに既に針は振り切れている。

 

 接近してくる魔法使いが、どれだけ危険なのかは想像に難くない。

 

「ここまでの反応、上級ダンジョンでも見た事がありません。本当に大丈夫ですか?」

 

 スイレンの言葉に、しかしアザミは動じない。

 

 ただ静かに、迫る黒と白の魔力を睨む——恨みの籠った目で、右目の眼帯をなぞりながら。

 

「…問題無い。あの者達の事は知っている。忘れる筈が無い——よもや、こんなに早く遭遇するとは」

 

 何処か狂気の孕んだ目のアザミに、スイレンは目を細める。

 

「…私怨ですか?」

 

「否、私怨等ではない。そんな生優しいものではない。これは——国怨だ」

 

 アザミの内より、滲み出る殺意。

 

 スイレンは、いや私怨じゃないかと溜息を吐きつつ、「左様で…」と身を引く。

 

「ご武運を」

 

 スイレンはそれだけ口にし、返事も聞かずに降下する。

 

 空も空だが、地上とて、放った《機獣》の群の下山を至る所で王国騎士が阻んでいる。

 

 そして、白い煙の様なものがそれらを飲み込んでいくのが見えた。

 

 白い煙は、少しずつその範囲を広げている。

 

「あれは霧…いや、煙幕か? 嫌な感じがするな…」

 

 得体の知れないその煙が、いやにスイレンの目についた。

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