悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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間話10# 船乗りの少女

 それは、魔の海域開拓の折。

 

 フォルは、眠れない夜が続いていた。

 

 理由は実に単純なもので、己の実力不足に対する悩み。

 

 少し前、フォル達未開域探索隊一行の船は、災害級の魔物——複数の頭を持つ巨大な海洋竜《シーサーペント》と遭遇した。

 

 フォルや船乗りの若い衆達の力では歯が立たず、ともすれば全滅しても不思議ではない危機。

 

 その時は、暗黒の巨大クラーケン——ローファスの使い魔であるストラーフが現れ、多頭海洋竜(シーサーペント)を飲み込んだ。

 

 久しぶりにローファスの魔力を感じた気がして胸が熱くなったが、それはそれとして、その助けが無ければ全滅していたのも事実。

 

 未開域の開拓に関して、ライトレス家の支援を断っているのは、言ってしまえばフォルの我儘でしかない。

 

 自分の力で貴族になりたい、そうしなければ、本当の意味でローファスの横に立つ事が出来ないと思ったから。

 

 しかしその我儘が、同行してくれているダインやカーラ、兄のログ率いる船乗りの若い衆達の命を危険に晒している。

 

 今までは問題無かった。

 

 海の魔物は、若い衆達でも充分に対応出来るレベルだったから。

 

 しかし、魔の海域の奥に進むにつれて、魔物はその強さを増していく。

 

 そしてつい先日、先の災害級の海洋竜(シーサーペント)と同等の魔物が確認された。

 

 先の海洋竜(シーサーペント)は三つ首、しかし先日確認されたのは双頭。

 

 明らかな別個体。

 

 その時は直ぐに離れて事無きを得たが、次逃げられるかは分からない。

 

 しかし、開拓を進めるには、その双頭の海洋竜(シーサーペント)は避けては通れない。

 

 またストラーフが現れるのを待つのも一つの手ではあるが、そんな事を続けて、それはフォルの実力で開拓を進めたと言えるのだろうか。

 

 ここで直面するのが己の弱さ、実力不足。

 

 自分が弱いから、こんな所で立ち往生をしている。

 

 自分が弱いから、仲間を危険に晒している。

 

 自分が弱いから——

 

「…っ」

 

 気付けば、フォルの視界は悔しさから涙で揺れていた。

 

 こんな事では駄目だと、フォルは首を横に振る。

 

 ローファスは強かった。

 

 膨大な魔力、強力な魔法が、ではない。

 

 フォルがローファスから感じた強さの本質はそこではない。

 

 それは明らかに勝ち目の無い敵を前にしても、決して諦めない心の強さ。

 

 片腕が焼け落ち、片目を潰されようと、ローファスの闘志は衰えなかった。

 

 今の自分はどうか。

 

 敵を前に逃走し、立ち止まり、己の弱さに涙する。

 

 こんな事で、ローファスの隣に立ちたいだなんて、よく言えたものではないか。

 

 フォルは思い立った様にベッドを出る。

 

「フォル様…? こんな夜中に、どちらへ?」

 

 隣のベッドで顔を上げ、眠たい目を擦るカーラ。

 

「…少し、夜風に当たってくる」

 

「なら、私も——」

 

「いや、良いよ。一人になりたいんだ」

 

「フォル様…」

 

 着いてこようとベッドから起き上がったカーラを、フォルは拒絶する。

 

 一人寝室から出ていくフォルを、カーラは心配そうに見送る事しか出来なかった。

 

 

 船の甲板の手摺りにもたれ、ダインは煙草を吹かしていた。

 

 夜風に当たりながら吸う煙草程旨いものはない。

 

 酒か煙草、どちらかを選べと聞かれれば、ダインは迷わず煙草を選ぶ。

 

 酒は肉体に火照りと楽しみを与えてくれるが、煙草は精神に落ち着きと安らぎを与えてくれる。

 

 これまでの人生において安らぎといえるものが少なかったダインにとって、喫煙という行為は、正しく心落ち着く至福の一時。

 

 しかし、船内で吸う訳にはいかない。

 

 次近くで煙草を吹かしたら首を飛ばす——そう、おっかない女に脅された。

 

 フォルやログ、船乗りの若い衆達はその辺寛容だが、カーラ——あの女はどうしようもなく煙草の煙を嫌った。

 

 なんでも、嫌いな身内を思い出すという事らしい。

 

 煙草で連想するという事は、その身内とやらは余程のへビースモーカーなのだろう。

 

 きっと、落ち着きと安らぎを求める程に過酷な人生を歩んで来たのだろう——それこそ、喫煙という行為に縋る程の。

 

 カーラとは兎も角、その身内とは仲良く出来るかも知れないなと、ダインは煙を吹かしながら思いを馳せる。

 

 とそんな折、フォルが一人、船から降りて砂浜を歩いて行く姿見えた。

 

「フォル…? あいつ、こんな夜遅くに何処行く気だよ」

 

 一人、ふらふらと砂浜を歩くフォル。

 

 その何処か思い詰めた様な姿に居ても立っても居られなくなり、ダインは煙草の火を消す。

 

「ったく、世話の焼ける——」

 

「そういうのを、余計なお世話と言うのですよ」

 

 ダインが甲板から飛び降りようと身を乗り出した瞬間、背後より伸びた抜き身の刃が、首筋に添えられる。

 

 ダインは両手を上げた。

 

「おいおいおい…」

 

「全く、油断も隙間も無い。このまま私の独断で鮫の餌にしてやりましょうか」

 

「勘弁してくれよ…こんな夜更けにフォルを一人にする方が問題だろ」

 

「ご心配なく、フォル様はお強いですから。それに、今はお一人になりたいとの事ですので」

 

「なんか、思い詰めてる様な感じだったが?」

 

「少なくとも、フォル様の支えになるべき人間は貴方ではありません。無論、私でも…」

 

 カーラは少し寂しそうに呟くと、剣を下ろした。

 

 ダインは一先ず命の危機が去ったかと、一息吐く。

 

「…分かったら黙って部屋に戻って下さい。貴方はヤニ臭いので近くにいるだけでも不快です」

 

「知るか。つか不可抗力だろ。俺が一服してる所に態々来たのはお前だ」

 

「剣を向けられていない時だけ威勢が良い。何とも情けない話ですね」

 

 鼻を摘みながらじろりと睨むカーラに、ダインは肩を竦める。

 

「牙剥き出しにした猛獣が目の前にいりゃ、誰だって萎縮するだろ」

 

「もう一度その牙を出しても良いのですよ」

 

 再び剣の柄に手を掛けるカーラに、ダインは両手を上げてお手上げのポーズを取る。

 

「勘弁してくれ…ったく、そんなおっかないんじゃ嫁の貰い手もねぇだろ。お前、(ツラ)は良いのに勿体ねぇ」

 

「本当に余計なお世話ですね。元より私自身にその気がありませんし、仮にあっても自分以上の強者でも無いと嫁ぐ気はありません」

 

「お前以上の強者? そんなのそうそう居るとは思えねぇが」

 

「それは貴方の住む世界が狭いからです。私以上の強者なんて、案外ごろごろいるものですよ」

 

 まあ好き嫌いは別にして、とカーラは付け加える。

 

「…喋り過ぎました。私はフォル様の後を追いますので」

 

 くれぐれも出しゃばらない様に、そう吐き捨て、カーラは音も無くフォルの後を追った。

 

 一人になったダインは、新しい煙草に火を点けると、夜空に浮かぶ満月に吹き掛ける様に煙を吐く。

 

「…結局追うのかよ」

 

 ま、それなら安心かと、ダインは溜飲を下げた。

 

 

 夜空の下、とぼとぼと砂浜を歩くフォル。

 

 その足に踏み抜かれぬ様、小蟹がそそくさと這い、道を開ける。

 

 普段なら目に付くそれも、今のフォルの瞳には写らない。

 

 フォルの目は何処を見据えるでもなく、かといって目的がある訳でもなく砂浜を歩く。

 

 その姿は、何かに取り憑かれている様にも見えた。

 

 そんなフォルの前に、青白い光を発しながら、ふわふわと浮かぶタツノオトシゴが現れる。

 

 海を司る水の上位精霊——ルーナマール。

 

 ルーナマールは、感情の読めない目でぼんやりとフォルを見据えている。

 

「ルナ…悪いけど、今一人になりたいんだ」

 

 ふわふわと宙に漂うルーナマールを横切り、フォルは砂浜の先に進む。

 

“目的地は?”

 

 そんなニュアンスの精霊語が、ルーナマールより発せられた。

 

「…別に。少し歩きたい気分なんだよ」

 

 目的地は無い、そう告げるフォルに、ルーナマールはその筒状の口よりはふっと息を吐く——まるで溜息でも吐く様に。

 

“目的地は?”

 

 ルーナマールより再び発せられる、先程と同様の問い掛け。

 

「…は?」

 

 今何処に向かっているのかを聞いている訳では無い、そういったルーナマールの意図を感じ取ったフォルは、眉を顰める。

 

 ルーナマールは続けて精霊語を発する——複数の意味合いが込められた言葉を。

 

“目的地は?”

“手段は?”

“到達点は?”

“何を目指す?”

“何処に向かっている?”

“お前の願いは?”

 

 溢れる程に凝縮された精霊語——それらの意味合いが、瞬間的にフォルに流れ込んで来る。

 

 フォルは目を見開くと、暫し沈黙した後、口を開く。

 

「…強く、なりたいんだ」

 

 ぽつりと出た、フォルの弱音。

 

 ルーナマールは首を傾げる。

 

“どれくらい?”

“あの双頭の海蛇を倒せるくらい?”

 

 ルーナマールに問いにフォルは頷きかけ、しかしその考えを否定する様に首を左右に振る。

 

「——ローファスの横に、立てるくらい」

 

 ざざっと波が立ち、夜風がフォルの金色の髪を撫でた。

 

 ルーナマールは、まるでその覚悟を見定める様に、静かにフォルを見据える。

 

“ローファスは無理だろう”

 

 その覚悟を、ルーナマールは呆れた様に容易く否定して見せる。

 

 しかしフォルは引かない。

 

「確かに無理かもな…諦めたら」

 

“ローファスとお前とじゃ、何もかもが違う。魔力総量、魔法の適正、魔力の性質——諦めなければどうにかなる次元じゃない”

 

「それでも…! アタシは…アイツの隣に…」

 

(つがい)として隣にいれば良い。そこに強さは必要無い”

 

 繰り返される否定。

 

 ルーナマールは正しいと、フォルは思う。

 

 フォル自身が強くなくとも、ローファスと一緒になるまでのレールはカルロスが敷いてくれる。

 

 フォルが過酷な環境に身を投じる必要は無く、寧ろそれは周囲を無意味に危険に晒すだけの我儘なのかも知れない。

 

 それでも——

 

「…アイツ(ローファス)はさ、一人にしちゃ駄目なんだよ。誰も付いて来れないと思ったら、迷わず一人で危険に突っ込んで行く。下手にどうにか出来るだけの力があるもんだから…みんな、アイツを一人で行かせちまう」

 

 どんな重傷を負おうと、ローファスは一人で魔鯨に立ち向かった。

 

 カルロスでさえ、見送る事しか出来ない程の領域だった。

 

 あの時、フォルは義心と負けん気から無理矢理ローファスに付き添う選択をしたが、それが間違いだったとは思わない。

 

 あの時フォルが付き添わなければ、ローファスは魔力枯渇のまま海に落ち、きっと助からなかったであろう。

 

 その時が今後、来ない保証は無い。

 

「アイツが地獄の底に落ちようと、必ずアタシが掬い上げる。一人で死なせたりなんかしない。その為にアタシは——強くならないといけないんだ」

 

 フォルの覚悟をその身に受け、ルーナマールは静かに首を傾ける。

 

“——人間を、辞める事になるとしても?”

 

「それが、強くなるのに必要なら」

 

 迷わず頷くフォル。

 

 それにルーナマールはプッと笑う様に吹き出した。

 

「…おい、今笑ったか?」

 

 ムスッとして睨むフォルを、ルーナマールは涼しい顔で受け流しながら、ふわふわと漂う様に前に進み出す。

 

 まだまだ続く、砂浜の先へ。

 

『——前回(・・)は頷かなかったのにな。まあ良い、ついて来い。不可能を可能にする——その道筋を示してやる』

 

「は…?」

 

 突然、人の言葉(・・・・)で流暢に喋り出したルーナマールに、フォルは固まる。

 

『…? 何してる。早く来い』

 

「お前…普通に喋れたのか…!?」

 

 あまりの衝撃に、フォルはわなわなと震える。

 

 今そんな事どうでも良くない? とルーナマールは溜息を吐いた。

 

 

 この後、カーラはフォルを見失う事となる。

 

 カーラ——カルデラは、一晩中フォルを探し続けた。

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