悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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間話11# 船乗りの少女Ⅱ

 どれだけ歩き続けただろうか。

 

 それはもう、感覚的には夜が明けても良いのではと思える程の長い時間。

 

 延々と続く夜の砂浜を、フォルは歩き続けていた。

 

 先導する様に先に進むルーナマールの後を追って。

 

 しかし、ここまで長時間歩き続ければ、フォルも違和感に気付く。

 

 一時的な拠点として停留しているこの無人島は、然程大きくない小島。

 

 にも関わらず、ここまで砂浜が続く事なんてあり得ない。

 

 この無人島は、一時間もあれば島を一周出来てしまう程の大きさ——にも関わらず、砂浜は地平線の先まで続いている。

 

 正確な時間は分からないが、少なくとも半日は歩いている様な感覚——なのに、月は延々と夜空の真上に君臨し、やけに爛々と輝いている。

 

 ルーナマールを信じて着いてきたフォルだが、ここまで来ると流石に黙ってはいられない。

 

「…いい加減にしろ、ルナ。一体何処まで歩かせる気だ。そもそも——ここ(・・)は何処なんだ」

 

 フォルが上げた疑惑の声に、ルーナマールは無言で返す。

 

「…おい!」

 

 フォルが少し怒った様に声を上げ、そこでルーナマールは動きを止めた。

 

 ルーナマールはゆっくりと振り返った。

 

“気付くの遅過ぎ”

 

 いつの間にか精霊語に戻っているルーナマールは、呆れた様子で続ける。

 

“確かに黙ってついて来いとは言ったけど…もう半日だぞ。ここ(・・)は、他人に付いて行くだけじゃ入れない。自分で気付く必要があるんだ”

 

 ルーナマールは、少し疲れた様子で丸まった尾を伸ばし、フォルの後を指し示す。

 

「は?」

 

 眉を顰め、後を振り返ったフォルは目を見開いた。

 

 果てし無く続く砂浜がある筈のそこには、大きな岩場があった。

 

 先程通った時には無かった筈の、黒くごつごつとした岩。

 

 その岩の上には、男が一人腰掛けていた。

 

 男は気怠げに釣竿を持ち、水面に糸を垂らしている。

 

 訳が分からず困惑するフォルを尻目に、ルーナマールは男の元へ飛んで行った。

 

「ルナ!?」

 

 フォルが思わず出した声に、「あ?」と男が反応し、こちらを見る。

 

「——うぉあ!?」

 

 直後、ルーナマールの突撃を受け、男は驚愕の声を上げながらひっくり返り、尻餅をついた。

 

「大丈夫かアンタ!? うちのがすまん!」

 

 フォルは急いで岩に飛び乗り、男に駆け寄る。

 

「——ってーな…」

 

 男は地べたに座り込み、後頭部を摩っていた。

 

 透き通る様な金色の髪を背後で纏めた、口から右頬、耳元まで裂ける様な縫い傷が目立つ厳つい出立。

 

 上半身は身に付けておらず、鍛え抜かれた筋肉と、そこに無数に刻まれた古傷が歴然の戦士である事を思わせる。

 

 明らかに只者ではないその男は、怪訝な顔でフォルを見上げた。

 

「…あ? 人? 誰だお前」

 

「いや、そりゃこっちの台詞…ってルナ! いつまで引っ付いてる!」

 

 今も尚金髪の男に擦り寄るルーナマールを、フォルは引き剥がした。

 

「ったく、どういう風の吹き回しだよ。お前がアタシ以外の人間にこんなに懐くなんて…」

 

 ルーナマールは、基本的に人間に対して興味を示さない。

 

 フォルに限定しては時折戯れる事もあるが、それでもここまで明確に“懐く”事は無かった。

 

 いや、或いはこれはフォル以上に——

 

 男はフォルとルーナマールにそれぞれ怪訝そうに視線をやり——そしてふと、フォルが腰に下げる舶刀(カットラス)に目を止めた。

 

「あ…? お前それ、オレのじゃん」

 

「は? いや、何言ってんだ。こりゃアタシんだ」

 

 フォルは眉を顰め、咄嗟に舶刀(カットラス)を隠す様に身を引いた。

 

 そして男は、何かに気付いた様に目を丸くすると、身を乗り出してフォルの顔をまじまじと見る。

 

「…な、なんだよ」

 

 不躾に顔を寄せてくる男に、フォルは居心地悪そうに更に身を引く。

 

 男は構わずフォルを眺め、ぽつりと呟く。

 

「お前——フォルか?」

 

「は?」

 

 身知らぬ男から、突然名を呼ばれて困惑するフォル。

 

 フォルは、この男の事を知らない。

 

 右頬を横断する様な縫い傷、こんな特徴的であれば、一度会えば忘れる筈も無い。

 

「なんで、アタシの名前…」

 

 眉を顰めたフォルは、ふと言葉を途切れさせる。

 

 この、一度見れば忘れる筈の無い特徴的な縫い傷——フォルはこれを、何処かで見た事があった。

 

 呼び起こされるのは幼少の頃の記憶。

 

 フォルはまだ小さかった頃、この傷を持つ男と会った事がある。

 

 それは幼少の頃、病死した祖父。

 

 祖父のその右頬には、この男と同様の縫い傷が刻まれていた。

 

「は? まさか、じいちゃん…?」

 

 フォルの呟きに、男は仏頂面を笑みに変え、ガバッと両手を広げる。

 

「やっぱフォルか! なんだよ、良い女になったじゃねぇか!」

 

「——うお!?」

 

 今にも抱き付かんと近寄る男から、フォルは驚いた様に距離を取った。

 

 抱擁が躱され、男は眉をへの字に歪める。

 

「んだよフォルぅ…久々の再会だってのに。オレが死んでからだから——十年振りか?」

 

「いや…いやいやいや、違うだろ…じいちゃんはお前みたいに若くねぇ」

 

 男の見た目は二十代半ばと思われる程に若い。

 

 病死した祖父は、享年七十歳。

 

 フォルの幼い頃の記憶にある祖父の顔には、年月を感じさせる皺が無数に刻まれていた。

 

 目の前の若い男とは似ても似つかない。

 

 そもそも祖父は、十年も前に間違い無く死んでいる訳で、生きてここに居る筈が無い。

 

 疑惑から警戒を見せるフォルに、男はあっけらかんと笑う。

 

「いやいや、じいちゃんにだって若ぇ頃位あらぁ! つか、なんでここに居る? ルーの奴まで連れてよぉ」

 

 ニヤリと笑いルーナマールに目を向ける男。

 

 ルーナマールも、まるで最愛の飼い主にでも再会したかの様に頭を男に擦り付けている。

 

「“ルー”って、ルナの事か? なんで知って…」

 

 男が仮に祖父だとしても、何故ルーナマールの事を知っているのか。

 

 フォルの疑問に、男はなんでも無いかの様に答える。

 

「あ? なんでってそりゃ…“ルーナマール”の名付け親はオレだからな。つか、オレはルーが卵から孵った時から面倒見てたんだぞ?」

 

「は…? ルナが、卵…? え?」

 

 男の衝撃発言の連続にフォルは混乱し、顔を引き攣らせる。

 

 この男は本当に祖父なのかとか、ルーナマールの名付け親なのかとか、そもそも精霊は卵生なのかとか、疑問が疑問を呼んで渋滞を起こしている。

 

 嘘に決まっていると否定したい所だが、普段人間に興味を見せないルーナマールが明確に懐く様子を見せている。

 

 それこそ、まるで親に甘える子供の様に。

 

 あの普段からふてぶてしい態度を崩さないルーナマールが、である。

 

 ふと、ルーナマールは精霊語で、ぼそぼそと男に何かを伝えた。

 

 男は怪訝な顔でフォルを見る。

 

「あ? 強くしろ…? フォルをか?」

 

「…!」

 

 男がルーナマールの発する精霊語を聞き取れている事に、フォルは目を剥く。

 

 これまでルーナマールが何を言っているのか、聞き取れる者はフォル以外に居なかった。

 

 船乗り達は疎か、兄のログ、父のグレイグでさえも。

 

 魔力を持つカーラすら、ルーナマールの精霊語は理解出来ていない様子だった。

 

 ルーナマールの言葉を理解出来ていたのは、これまではフォルただ一人——この男を除いて。

 

「アンタ、本当にルナの育ての親なのか…? なら、アタシのじいちゃんってのも——」

 

「だからそう言ってんだろ。オレは正真正銘お前のじいちゃん、ヘンリー・ローグベルトだ!」

 

 明確にフォルの祖父の名——ヘンリーをキメ顔で名乗った男。

 

 しかし、続けて隣でぼそぼそと話すルーナマールの精霊語を聞き取り、男——ヘンリーは露骨に顔を引き攣らせる。

 

「——はぁ!? 冗談だろ!?」

 

 ヘンリーはわかわなと震えながら、フォルを見た。

 

「フォル…お前、ライトレスのガキに惚れたってマジ?」

 

「…!? ルナ! おま、何そんな事まで言ってんだよ!」

 

 焦ったフォルの反応を見た男は、頭を抱える。

 

「うっわー…その反応マジっぽいなぁ…なんでよりによってライトレスだよ。あそこの家の奴はやめとけマジで」

 

「よ、余計なお世話だ! アンタがローファスの何を知ってんだよ!」

 

「ローファス…? アイツ(・・・)の倅は確かルーデンスとか何とかいった気が…あ、孫?」

 

 特定の誰かを思い浮かべている様子のヘンリーに、フォルは眉を顰める。

 

「…? ルーデンス…は、確かにローファスの父ちゃんの名前だけど」

 

「あー、やっぱ孫だな。間違い無ぇ、あの“気狂い”の孫だ」

 

 吐き捨てる様に言うヘンリー。

 

 あんまりな言い様に、フォルは顔を顰める。

 

「…ローファスのじいちゃんと何かあったのか?」

 

「あったなんてもんじゃ無ぇ。アイツはな、オレ達が海で平和に暮らしてた所に急に現れて、理不尽にも襲って来やがったんだ!」

 

「海で平和にって…確かじいちゃんの代って海賊だったんだろ?」

 

「まあな。でも他人様に迷惑掛けてた訳じゃねぇ。縄張りに入った商船襲って身包み剥いでただけだ」

 

「迷惑どころか普通に犯罪じゃねーか」

 

「オレ達が何したってんだ——って聞いたら、あの野郎何て答えたと思う? “暇潰し”だぞ!? 当時率いてた自慢の海賊艦隊をぶっ潰すだけじゃ飽き足らず、オレの女まで寝取りやがったんだあの“色ボケ気狂い”ッ!」

 

「“オレの女”って、ばあちゃんを!? ローファスのじいちゃんが!?」

 

 ローファスの祖父の破天荒振りも然る事ながら、まさか会った事も無く顔すらも知らない祖母がそんな事になっていたのかとフォルは戦慄する。

 

 しかし興奮していたヘンリーは急にテンションを下げて真顔となり、首を左右に振る。

 

「あー、いや。ばあちゃん(ソフィア)とは海賊辞めてから一緒になったんだ。寝取られたのは一緒に海賊やってた女だな」

 

「あ、そう。いやまあ、なら良かったとはならねーけど…」

 

 フォルは何とも微妙そうな顔で目を逸らす。

 

 自分から聞いておいてなんだが、祖父の昔の女関係を深く知りたいとは思わない——祖母以外の関係とかは特に。

 

 というか、ローファスの祖父と一人の女を取り合う関係だったというのも興味は無くはないが、藪蛇な気がしなくもない。

 

「ま、そんな訳だから、ライトレスはやめとけ。多分、いや絶対浮気されるぞ」

 

「それはまあ、確かに浮気は嫌だけど…ローファスと一緒になれない方が嫌だな」

 

「んだよその惚れた弱みとか言って浮気容認してくれる女感。あーあ、我が孫ながら都合の良い女みたく育っちまって。ばあちゃん(ソフィア)もそんな感じだったら良かったのに…」

 

「最後クソみたいな本音出てるぞ色ボケジジイ…」

 

 大凡十年振りの祖父との会話。

 

 その姿は見違える程に若々しいが、確かにその中身は祖父である事は間違いないらしい。

 

 そもそもこの浜辺は何処なのかとか、何故死んだ筈の祖父が若返った状態でここにいるのかとか、色々と疑問は尽きない。

 

 しかしその疑問をフォルが口にするよりも先に、ヘンリーは立ち上がる——その手には、フォルが持つものと同じ舶刀(カットラス)があった。

 

「——え…あれ?」

 

 いつの間に、とフォルは自身の腰を確認するが、そこには変わらず舶刀(カットラス)が下げられている。

 

 混乱するフォルを前に、ヘンリーは構わず舶刀(カットラス)を構えた。

 

「んじゃまあ、始めっか。いつまでも話しててもアレだしな」

 

「始めるって、何を——いや、ていうか舶刀(カットラス)…どうなって…」

 

「…フォルよぉ。お前、ここ(・・)の事何も知らねぇのか? 死人(オレ)が普通に居んだぞ。まともな空間な訳無ぇだろ」

 

 ヘンリーは構えた舶刀(カットラス)に水の魔力を纏わせる。

 

「つか、いつまで突っ立ってる? 構えろよ、強くなりたいんだろ——人間を辞めて(・・・・・・)でも」

 

 ヘンリーは舶刀(カットラス)を振りかぶった。

 

 刀身に収束していく高密度の魔力。

 

 フォルの直感が大音量で警鐘を鳴らし、咄嗟に背後に飛び退く。

 

 瞬間的にルーナマールが間に入り、分厚い水の障壁を生み出した。

 

 直後——水の障壁はいとも容易く両断され、その衝撃でフォルとルーナマールを諸共吹き飛ばす。

 

 岩場から投げ出され、砂浜に転がったフォルは、どうにか起き上がる。

 

 ルーナマールは上下逆になりながらも、ふわふわと宙に浮いていた。

 

「この…あんのジジイ、急に何を…!」

 

 ふと、フォルは横を見る。

 

 砂浜が、地中深くまで両断されていた。

 

 それは、ヘンリーが振るった水の斬撃が残した傷痕。

 

 深々と浜辺に刻まれたその斬痕は——地平線の先まで続いていた。

 

「は…?」

 

 なんだこの威力は、とフォルは顔を青くする。

 

 そんなフォルを、ヘンリーは岩場の上から見下ろしながら、舶刀(カットラス)を肩に担ぐ。

 

「魔力の質はなぁ、代を経るごとに薄まっていくんだ。ばあちゃん(ソフィア)は魔力が無かった。その辺に関しちゃ、魔力を持たず生まれたグレイグは母親似。フォル——お前はグレイグとは違ってオレの血を色濃く受け継いでる様だが、それでもただ魔力を持っているだけ(・・・・・・・・・・)だ」

 

 ヘンリーのその身より、深く、濃く、黒い水の魔力が滲み出る。

 

 黒い水——“深水”。

 

 それは海の底——光すら飲み込む程に圧縮された深海の水。

 

 属性を極めた者が至る、極地の一つ。

 

 暗黒の“深淵”、光の“極光”、火の“蒼炎”、風の“真空”、雷の“天雷”——それらに並ぶ、相性すら覆す属性の極致。

 

「オレは所謂先祖返り——魔力の質が限り無く魔物に近い特殊体質なんだが、お前は違う…」

 

 ヘンリーのその身が、変化する。

 

 頭部より対をなす螺旋の角が生え、金色の髪は獅子の(たてがみ)を思わせる程に伸び、その皮膚は鋭く逆立った青い鱗に覆われる。

 

 その姿は——まるで半人半竜。

 

 フォルが初めて見るそれは、正しく——魔人化(ハイエンド)

 

 大凡四十年前、老いによる衰えの無い全盛期の(・・・・)《暗き死神》と、互角に渡り合った大海賊ヘンリー。

 

 その力の圧をもろに受け、フォルは無意識に半歩退く。

 

 半竜と化した祖父——ヘンリーは、人のものから外れた声を発する。

 

『先に言っとくが、お前に“これ”の素質はねぇ。魔力の質が人間に寄り過ぎてやがる。だから今ここで探れ、強くなる術を。(てめぇ)の魔力——その根源(ルーツ)と向き合いながらな』

 

 フォルの返答を聞くことすらせず、ヘンリーは二撃目の刃を振り下ろした。

 

 

 太陽が昇る事のない、時が止まっているかの様な悠久の夜の浜辺。

 

 これよりフォルは、この浜辺にて約一年と半年の歳月を過ごす事となる。

 

 元の世界——探索隊が滞在している無人島に帰還したのは、フォルが夜の浜辺より失踪してから翌朝の事。

 

 死者の佇む悠久の夜の浜辺と、元の世界との時間経過の違いに、帰還したフォルは当初こそ困惑したが、この不思議な体験を深く理解しようとするのは止めた。

 

 そしてその翌日、災害級の魔物たる双頭の海洋竜(シーサーペント)はフォルにより単身で討伐される。

 

 その光景を眺めていた船乗りは語る。

 

 その時のフォルは、明らかに人間を辞めた“何か”になっていた——と。

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