悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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112# 北へ

 ひび割れ、崩れ落ちていく翡翠の魔石。

 

 亡者の如き苦悶の叫びが、魔石より発せられていた。

 

 そのすぐ横で仰向けに倒れているのは、白衣の科学者——《人類最高の頭脳》テセウス。

 

 テセウスの胴体には一筋の切創が刻まれており、その傷の内より機械構造の肉体が露出している。

 

 テセウスには人としての肉体は無く、心臓から脳、髪の毛先一本に至るまで人工物で出来ていた。

 

 テセウスは朦朧とする意識の中、目の前に佇む人物に目を向ける。

 

 そこに居るのは、人とも呼べぬ何か——敢えて形容するならば、“暗き者”。

 

 この世の闇そのもの、夜の体現者、死の具現——魔人化を超えた、ナニか。

 

 テセウスは未だ狂気の失われぬ瞳で、その者——ローファスを見据える。

 

「…数値が合わない。君の“ソレ”は、有り得ない。確率が限り無く0に近いとか、そういう次元の話ではない。現実的に有り得ない(・・・・・)んだよ」

 

 ふとテセウスは、何かに気づいた様に、まるでこの世の真理に至ったかの様に目を見開き、「ああ、そういう事か…」と口角を歪めて笑う。

 

「ローファス・レイ・ライトレス、君——二周目だろう」

 

 ローファスはそれに、何も答えない。

 

 ただ無言で、テセウスの首筋に深淵の鎌の刃を沿わせる。

 

「ダンマリかい? 釣れないねえ」

 

 最早抵抗する素振りすら無く、テセウスは刃を前にさっさとやれと肩を竦めて見せる。

 

 ローファスの口より、人のものでは無い声が響く。

 

契約(・・)だ、テセウス。こちらから提示する条件を飲むなら——貴様を完全に殺してやる』

 

「…へえ?」

 

 翡翠の魔石——かつて魔王だったものの完全なる崩壊を背景に、テセウスは愉快そうに口元を緩めた。

 

 

 時は遡り、ローファスが帝国を訪れる前。

 

 真紅の飛空艇——イフリートは、北へ向けて夜空を駆けていた。

 

 船内にはリルカ含む空賊(緋の風)の面々以外に、ローファスと、その連れの一団の姿があった。

 

 又、それとは別にアベルの姿もある。

 

 元々、リルカ達(緋の風)は、アベルの願いを聞き入れて火神の祠があるという火山地帯へ向かっていた。

 

 それはアベルが火神の加護を得、戦力アップをする為に必要な儀式の様なもの。

 

 火山地帯——ヘラス山に到着したアベルは、かつて四魔獣として火山に君臨した《蝕爆ヘレス》——その元となったと思われる魔物と交戦する事となる。

 

 それは、蠢く溶岩の如き姿の炎系統のスライム。

 

 触れた先から爆発し、高温の炎を撒き散らすそれをリルカら《緋の風》と協力して攻略に挑む。

 

 原作における四魔獣——《蝕爆ヘレス》は、正しく意思を持って蠢く溶岩であり、火山活動そのものと戦う様な理不尽さがあった。

 

 山脈全体という広範囲に溶岩の触手を広げ、無数の眷属——小さな生ける溶岩を生み出し続けた。

 

 それは正しく、自然災害を相手取っているかの様。

 

 対して今回、アベルが遭遇したヘレスは、四魔獣化していない。

 

 山を覆い尽くす様な巨大さは当然無く、全長10mも無い、飛竜より少し大きい程度のサイズである。

 

 しかし、小さいという事は、弱いと同義ではない。

 

 噴火させたマグマの中を泳ぎ回り、身を隠しながら爆炎を飛ばして来る。

 

 動きも恐ろしく早く、アベルからしてそれは、ある意味四魔獣だった頃よりも厄介な相手であった。

 

 今回のアベルの目的はヘラス山の頂上にある火神の祠であり、厄介な相手であれば無視するのも一つの手。

 

 だが、無視出来ない理由があった。

 

 《生ける溶岩ヘレス》。

 

 四魔獣化する前のそれは、どうやら祠の守り手という役割を担う存在だったらしい。

 

 らしい(・・・)というのは、その情報の出所は、久しくアベルの元に届いた“火神の導”によるものだからである。

 

 本来神の加護というものは、ただ特定の場に行くだけで貰える程、甘いものではない。

 

 神が特定の者を気に入り加護を与える事もあるが、それは例外中の例外。

 

 基本的には神側が用意した試練を乗り越える必要がある。

 

 《生ける溶岩ヘレス》は、謂わば火神が用意した試練。

 

 その試練に挑んでいる真っ最中——ローファスより緊急の連絡があったのは、そんな折。

 

 アベルというよりは、その呼び出しはリルカ——より正確には、飛空艇を指したもの。

 

 北の帝国へ向かう為の、移動手段。

 

 リルカ、引いては《緋の風》はローファスの呼び出しに即座に応じた。

 

 《緋の風》一行そしてアベルは、ヘラス山を後に王国を南下——王国南方にてローファスを拾い、蜻蛉返りする様に北上する。

 

 如何に飛空艇といえど、数日は掛かる距離——しかし《緋の風》には奥の手があった。

 

  緊急用にローファスが用意していた、ローファスの魔力により生み出された人造魔石。

 

 それを動力に組み込む事により、飛空艇は限界を超えた速度を発揮し、暗黒の軌跡を描きながら天を駆ける。

 

 飛空艇は南方より北上、その道中で王都に立ち寄り、ローファスの呼び掛けにてヴァルム、オーガス、アンネゲルトの三名も合流。

 

 理屈に合わぬ直感的感覚でローファスの帰還を察知したフォルも飛び入りで乗り込み、それに付き添う形でカルデラも参加。

 

 思いの外大所帯となりながらも、飛空艇は北に向けて発進した。

 

 

 飛空艇、船内の大部屋。

 

 ローファスとその連れ合いの一団は、一つに纏まる事無く個々のスペースを確保している。

 

 ソファで頬杖を突いて寛ぐローファス、テーブルに付き優雅に紅茶を口にするアンネゲルト、出窓に腰掛けるオーガス、床に座り槍を磨くヴァルム。

 

 皆一様に己のペースで過ごし、視線すら合わせる事も無い。

 

 見る者によっては、彼らは本当に仲が良いのだろうかと勘繰りを覚えるだろう。

 

 しかし、これがかつて四天王と呼ばれた者達の距離感。

 

 肩を並べる事はあれど、群れる事は無い。

 

 個々の分野で並ぶ者が無く、生まれた頃より究極の個であり続けた者達。

 

 それは尊重と呼ぶには我が強く、調和と呼ぶには規律が無い。

 

 元より協調性など欠片も無い者達——これがお互いに邪魔をせず、己を通すのに最適な距離感。

 

 それでも、普段はもう少し穏やかな空気を纏う四人だが、今は一様にヒリついた空気を発している。

 

 その原因は当然——ローファスの前のテーブルに置かれた、“R”と記された便箋である。

 

 “助けを求む”と記されたレイモンドからの手紙。

 

 あのレイモンドが助けを求めるなど、四人からすれば考えられない。

 

 それはつまり、余程の事があったという事。

 

「…場所は、帝国で間違いねぇのか?」

 

「手紙にある座標は帝国、それも国境近くよ。私も確認したけど、間違いないわ」

 

 オーガスが窓の外を眺めながら口にした疑問に、アンネゲルトが間髪入れずに答える。

 

 ヴァルムは槍を磨きながら、ちらりとローファスに目を向ける。

 

「お前はライトレス領に戻った方が良いんじゃないか? 身内が意識不明の重体なんだろう」

 

「…ユスリカが治療している。万が一にも死ぬ事は無い」

 

 言いながらローファスは、その視線を後ろに向ける。

 

 ローファスの後ろに控える様に立つ、赤髪の少女——カルデラに。

 

「——だから、そう沈んだ顔をするな。カルロスは眠っているだけ。容体が安定しているのは、使い魔を通して確認している」

 

「そんな…沈んだ顔だなんて…」

 

 カルデラはいつもの笑顔を貼り付けようとして、それが出来ず、少し複雑そうに目を伏せる。

 

 カルデラからして、祖父に対して情など無いと思っていた。

 

 しかし、ローファスの口よりカルロスが意識不明の重体という事を聞いた時、思いの外心が揺れた。

 

 心の内より滲むこれが怒りなのか、悲しみなのか、カルデラにはよく分からない。

 

「無理をするな。少し個室で休んで来い」

 

「…してませんし、必要ありません。気遣いは不要です」

 

 少しだけむすっとした様に顔を背けるカルデラ。

 

 ローファスの隣に腰掛けるフォルは、そんな二人のやり取りを見て少し意外そうに目を丸くする。

 

「…なんかお前、カルデラに対して優しくないか。前はもっと暗黒騎士に対して酷い扱いしてたろ」

 

 フォルの脳裏に浮かぶのは、以前ローグベルトにて、ちょっと気に障ったからと筆頭アルバに対して容赦無く魔法をぶつけるローファスの姿。

 

 ローファスは眉を顰める。

 

「人聞きの悪い事を…あれはアルバに対してだけだ。それにカルデラは他でも無い“カルロスの孫”——気遣って当然だろう」

 

 それもそうか、とフォルは納得し、目を鋭く細める。

 

「…カルロスはアタシにとっても恩人だからな。帝国の奴ら、ただじゃすまさねぇ」

 

 フォルにとってカルロスは、当初より目を掛けられ、ローファスとの仲を取り持つ為に色々と取り計らってくれていた。

 

 その上、戦闘技術の指南や、貴族になる為の手続き、その手配など、正しく様々な事を。

 

 フォルと一緒に居るローファスが楽しそう——たったそれだけの理由で、全面的な支援をしてくれた。

 

 カルロスが居なければ、フォルはこうしてローファスの隣に座る事は無かっただろう。

 

 そんな恩人たるカルロスが重傷を負わされたとなれば、フォルとしても冷静ではいられない。

 

 

「…」

 

 ふと——そんなやり取りを睨む様な鋭い目で見ているのは、妙に不機嫌そうなアンネゲルトだった。

 

 レイモンドから助けを求める手紙が来た——そうローファスから呼び掛けられた時は、当然レイモンドに対する心配や不安があったが、それと同時に嬉しさもあった。

 

 それはローファスが一人で行かず、呼び掛けてくれた事に対して。

 

 事情も何も知らぬまま、事が全て終わって知る——そんなのは御免、絶対に嫌だ。

 

 それが友人であるレイモンドの事となれば尚更。

 

 今回はローファスが頼ってくれた——そんな気がして心が弾んだ。

 

 しかし、妙なの(・・・)が付いてきた。

 

 そいつは呼んでもいないのに現れると飛空艇に乗り込み、その上図々しくもローファスの隣に座っている。

 

 いや、全く知らない顔では無い。

 

 王都襲撃後の表彰式にも呼ばれていた——名は確か、ファラティアナ・ローグベルト。

 

 平民の身分から、貴族——男爵位を飛び越えて子爵位を与えられた女。

 

 知っている、この女はローファスの——

 

「ローファス!」

 

 堪忍袋の尾が切れた、そんな様子で紅茶の入ったマグカップを机に叩きつける様に置くと、アンネゲルトは叫ぶ様に怒鳴った。

 

 これにヴァルムとオーガスは驚いた様に顔を上げ、怒り心頭といった様子のアンネゲルトを凝視する。

 

 アンネゲルトは立ち上がると、つかつかとヒールを響かせながらローファスの前に出た。

 

 フォルは目を丸くし、ローファスは目を細める。

 

「…なんだ」

 

「なんだ、じゃないわよ」

 

 アンネゲルトは一瞬フォルを睨み、そして批難する様な目をローファスに向ける。

 

「レイモンドが助けを求めているのよ——あの(・・)レイモンドが。それをローファス…アンタ、女侍らせて何処に行く気? ハネムーンにでも行くの、ねぇ?」

 

 責め立てるアンネゲルト。

 

 それは普段のローファスに対する穏やかさからは考えられない刺々しさ。

 

 アンネゲルトは元来、我が強く気性の荒い気質。

 

 気を許しているレイモンドやローファスに対しては比較的柔らかい態度を見せるが、基本的に他者に対してはかなり厳しい態度を取る。

 

 その気性の荒さが今、フォルの存在によりローファスにも向けられていた。

 

「…ハネムーンな訳無いだろう、アンネゲルト。何を苛立っている」

 

 露骨に眉を顰めてそんな事を言うローファスに、アンネゲルトは怒りから顔を赤くする。

 

 そしてその視線をフォルに向けた。

 

「貴女もよ! 成り上がりの貴族か何か知らないけど、礼儀は身に付けていない様ね! 目上の貴族に対して挨拶も無し!?」

 

 ヒステリックに叫ぶアンネゲルトに、フォルはやや気圧される様に冷や汗を流し、ローファスはそれを庇う様に立ち上がり前に出る。

 

 そして、まるで制止する様に手を出した——後ろから放たれる殺気から、アンネゲルトを庇う様に。

 

「控えろ——カルデラ」

 

 剣の柄に手を掛け、無表情でアンネゲルトを見るカルデラに、ローファスは叱責する

 

 ローファスの言葉に従い、カルデラは剣から手を離す。

 

 それを確認したローファスは、アンネゲルトに向き直る。

 

「貴様もだ。その辺にしろ」

 

「な、なによ…私はただ…!」

 

 納得出来ない様子で引かないアンネゲルト。

 

 ローファスが不機嫌そうに目を細め、口を開こうとした所で、フォルがそれを止める様にローファスの手を引いた。

 

「ローファス。その、アンネゲルト…さん、の言ってる事は間違ってない。アタシが、呼ばれても無いのに無理矢理付いてきたのは事実だ」

 

 フォルはアンネゲルトの前に、向き合う様に立つ。

 

 アンネゲルトは厚底のヒールを履いているが、それでも背丈はフォルの背の方が高い。

 

 向き合うと、必然的にアンネゲルトはフォルを見上げる形となる。

 

 見下げられた事に苛立ちを覚え、より険しく睨み付けるアンネゲルトに、フォルは頭を下げた。

 

「紹介が遅れて、ごめんなさい。アタシはファラティアナ・ローグベルト。階級は子爵になるけど、貴族名はまだ貰ってない。血筋名は“ドーラ”。その…一応、ローファスの婚約者になる」

 

 頭を下げたまま自己紹介をして、最後の方は少しだけ照れ臭そうに口にするフォル。

 

 あっさりと頭を下げられた事に一瞬呆気に取られたアンネゲルトだが、“ローファスの婚約者”という言葉を聞いた瞬間、再度瞳に剣呑さを宿す。

 

「へぇ、婚約者? 平民上がりの下級貴族が、大貴族ライトレス家の嫡男の? 愛人とかなら兎も角、あろう事か婚約者? 平民育ちじゃ分からないかも知れないけれど、貴族社会じゃ常識外れも良い所——」

 

「…おい」

 

 言い掛けたアンネゲルトの手をローファスが掴み、言葉を遮る。

 

「その辺にしろと言ったのが、聞こえなかったか——アンネゲルト」

 

 ローファスより敵意にも似た視線を受け、アンネゲルトは怯んだ様に口を噤む。

 

 そして唇が切れる程に歯を食い縛り、涙目でローファスを睨む。

 

「何よ…何よ何よ何よ! なんでアンタがそんな目で私を見るのよ!?」

 

 ヒステリックに、衝動的に、そして何処か悲しそうに、アンネゲルトは叫ぶ。

 

「婚約の話なら、私とも出てるじゃない! 知ってるわよ、アンタが色々な家から来てる縁談を全部断ってるって! なのに、なんで私は保留のままなの!? その件で私がどれだけ実家からせっつかれてると思ってるの!? 自分はちゃっかり婚約者作って…その気が無いならさっさと断ってよ! ローファスは——私をどうしたいのよ!?」

 

 アンネゲルトは感情のままに、己の内を吐き出す様に叫んだ。

 

 ローファスはそれを、ただ黙って聞いていた。

 

 沈黙の中、周囲の視線がローファスに集まる。

 

 どうすんのこの地獄みたいな空気——そんな目を、ヴァルムとオーガスはローファスに向けていた。

 

 ローファスは掴んでいたアンネゲルトの手を優しく握り直す。

 

 そして、真っ直ぐな目をアンネゲルトに向けた。

 

「…アンネ」

 

「な…き、急になんで愛称で呼ぶのよ…」

 

 真面目な声で突然呼ばれ、アンネゲルトは狼狽える。

 

 そんなアンネゲルトの手を引き、ローファスはその華奢な身体を抱き寄せた。

 

「ちょ、え? な…なに…」

 

 顔を赤らめ、動揺を見せるアンネゲルト——その耳元で、ローファスは囁く様に言う。

 

「——婚約を保留にした件、すまなかった」

 

「え、ちょ…耳…」

 

 アンネゲルトは耳まで真っ赤にし、ローファスから離れようともがく。

 

 それをローファスは優しく抑え、耳元での囁き続ける。

 

「もっと早くに話し合うべきだったが、他でも無いお前に甘えていた。本当に、すまなかったと思っている」

 

「ぁ…い、いいわよ、そんなの…貴方、南に遠征に行ったり、忙しそうだったし…ゆっくり話す時間が無かったのは事実だし…」

 

 ローファスの手の中で、しおらしくもじもじとするアンネゲルト。

 

 ローファスはそんなアンネゲルトの朱に染まった頰に優しく触れる。

 

俺達(・・)の件は、今度ゆっくり話し合おう。帝国の件を片付けたその後で…構わないか?」

 

「わ、私達(・・)の、事を…? そ、それは、勿論——良い、けど…」

 

 顔を赤らめながら頷くアンネゲルトを、ローファスは優しく抱き寄せた。

 

 緊張か、はたまた羞恥か、小さくなり顔を真っ赤にしてぷるぷると震えるアンネゲルトを胸に寄せ、ローファスは疲れた顔で静かに息を吐く。

 

 そんなローファスとアンネゲルトのやり取りを、周囲は唖然とした表情で見ていた。

 

 特にカルデラは、うわコイツやりやがった…と信じられないものを見る様な目でローファスを見ている。

 

 因みにフォルは、「昔はキス一つにも動揺してて可愛かったのに…」と遠い目をしていた。

 

 

 扉の前で、リルカは神妙な顔で佇んでいた。

 

 通路の奥より、アベルが現れる。

 

「…どうしたリルカ、こんな所で。中に入らないのか? もうそろそろ国境に差し掛かるとシギルから——」

 

 もう直ぐ帝国領に入る——その旨をローファス達に伝えに来たアベル。

 

 しかしそれを、リルカが手を突き出して制止した。

 

「待って——今は入らない方が良い」

 

「…中で何かあったのか?」

 

「うん。今地獄みたいな空気だから、少し時間空けた方が良いかも」

 

 中の様子を伺っていたリルカが、悩まし気に言う。

 

 言いつつもリルカの頰はややひくついており、苛立ちにも似た空気を発していた。

 

「…何があった?」

 

 目を細めるアベルに、リルカはじっと扉を見据える。

 

「——ロー君が女関係で修羅場って、そしたらなんか女誑し発動して場を収めた」

 

 ムスッとしており、不機嫌さを隠しきれていないリルカ。

 

「一先ず、場は収まってるのか…」

 

 どうやら色恋沙汰のトラブルがあった様だが、ローファスが場を収めたらしい。

 

 だが、今やその様子を伺っていたリルカの方が、心中穏やかでは無いらしい。

 

 中の空気は地獄というが、こちら側も大概なのではなかろうか、とアベルは肩を竦めた。

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