悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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113# 帝国

 それは、遡る事一カ月前——

 

 

 淡く輝く光の蝶——光の小精霊(エレメント)

 

 先導する様に宙を舞うそれを、レイモンドは追っていた。

 

 己を操り、召喚獣(友人達)を使って王都を破壊した《闇の神》。

 

 多くの犠牲が出た。

 

 ローファス達に救われ正気を取り戻し、哀れな犠牲者達に報いる為に死のうとすら考えた。

 

 操られていたとはいえ、ここまでの事をしでかしておいて一人生きながらえるのは不条理だ。

 

 しかし、六神教が主神——光神は言った。

 

“死に逃げるな、生きて抗え。死ぬのはその後でも遅くはない”

 

 その言葉は、絶望していたレイモンドに一つの目的を見出させた。

 

 光神の言う通り、死ぬ事はいつでも出来る。

 

 しかしその前に、自分にはやるべき事がある。

 

 先の騒動の折、自身を乗っ取っていた《第二の魔王》なる人格はローファスの手により消滅した。

 

 しかし事の発端——忘れられる筈も無い、夜の公園のベンチにて自身を飲み込んだ翡翠の魔力、頭の中に直接響いた謎の声。

 

 《闇の神》なる存在。

 

 奴を野放しには出来ない。

 

 召喚獣(友人達)と王都の民達——何の罪も無い彼らの命は、《闇の神》の計略により散った。

 

 この上無く理不尽に、レイモンドの理想から掛け離れた形で。

 

 許す事など、出来る筈がない。

 

 《闇の神》には、然るべき報いを受けさせる。

 

 自分が死ぬのは、その後で良い。

 

 それは、かつてレイモンドが望んだ理想に向けた歩みではない。

 

 その歩みは己の最期に向いており、諸悪の根源たる《闇の神》を道連れにする為の限り無く後ろ向きなもの。

 

 故に、ローファス達と共に歩む訳には行かなかった。

 

 ローファスは、きっと“前を向け”と言うだろう。

 

 今となっては、そんな彼が直視出来ぬ程に眩く思えた。

 

 これは己の最期に向けた死出の旅路。

 

 その道は、レイモンドが望みに応える様に光の小精霊(エレメント)が示してくれる。

 

 光とは即ち、太陽より降り注ぎ、万物を照らすもの。

 

 光という属性は、この世の至る所に存在する。

 

 《闇の神》の象徴ともいえる翡翠の魔力——その反応を察知した光の小精霊(エレメント)が、レイモンドに伝える。

 

 翡翠の魔力の反応は、この大陸に断片的に存在している様だが、その中でも大きな反応は二つ——聖竜国と、帝国。

 

 特に一際大きな反応を示しているのが帝国である。

 

 光の小精霊(エレメント)の具現たる光の蝶は、より正確な位置をレイモンドに示すべく、前を進む。

 

 それを追うレイモンドは——ガタガタと震えていた。

 

 場所はステリア領、国境に聳え立つ氷雪山脈。

 

 道無き道を、降り積もった雪の中で腰まで埋めながら、レイモンドは光の蝶を追って進む。

 

 服は王都を出た時のままの白を基調とした外套、防寒具は一切無し。

 

 それでも高位の魔法使いたるレイモンドであれば、魔法障壁がある為大きな問題は無い。

 

 寒さ程度、魔法障壁による空気の層が防いでくれる——そう思っていた。

 

 その認識自体は間違いではない。

 

 事実としてレイモンドは、真冬の空の下で半袖で出歩いたとしても快適に過ごす事が出来る——それが、所謂寒いと表現される程度の温度であれば。

 

 北方ステリア領——特に氷雪山脈の気温は極寒、水を垂らせば即座に凍て付く程の。

 

 吹雪の中、降り積もる雪の中を突き進めば、如何に魔法障壁があるといっても一溜まりもない。

 

 氷雪山脈の寒気は、魔法障壁が生み出す薄っぺらい空気の層程度では防ぐ事は出来ない。

 

「な、舐めていた…北方の寒さを…」

 

 レイモンドは、凍えながらも突き進む。

 

 まともな生物では動く事すら出来なくなる極寒の吹雪の中、震える程度で済んでいるのは一重にレイモンドが強大な魔力を持ち、自身の身を強化しているからに他ならない。

 

 死出の旅路、終わりに向けた片道切符——その覚悟があろうと、寒いものは寒い。

 

 そんなレイモンドに、光の蝶はまるで早くしろとでも言うように速度を早める。

 

「そうか…()は寒さを感じないのか。羨ましいね」

 

 レイモンドは苦笑しながらも、歩みを進める——帝国に向けて。

 

 

 科学と錬金術の国——帝国エリクス。

 

 かつて、魔法大国たる王国シンテリオと、長きに渡る戦争を繰り広げていた。

 

 科学と魔法の戦争は、王国より現れた一人の魔人により、終わりを迎える。

 

 結果としては停戦——しかし、実質的には帝国の敗北だった。

 

 魔人の圧倒的な力の前には帝国の科学兵器は意味を成さず、帝国の領土——特に国境付近は破壊の限りを尽くされ、兵士は雑草でも狩る様に殺害された。

 

 その恨みを、帝国の住民は五十年もの月日が流れた今でも忘れていない。

 

 それは、帝国と王国の国境付近——かつて都市だったものが、未だ復興出来ずに瓦礫として残されているから。

 

 目に見える形として、魔人が破壊して瓦礫と化した建造物が風化しながらも生々しく残り、それは否が応でも、魔人の恐ろしさと残虐さを後世に伝えた。

 

 帝国の首都、《中央都市》には数多くのビルが立ち並び、空に無数に敷かれたレールをモノレールが走る。

 

 夜も昼の如く煌々と輝き、近代的——否、未来的な都市を築いている。

 

 しかし辺境——特に南の王国側の国境付近は、同じ国とは思えぬ程に貧困化が進んでいた。

 

 貧富の格差は広がり、正しく《中央都市》と辺境は天と地の差。

 

 そんな国境付近のスラム街にて、ボロ布を身に纏った少年が走っていた。

 

 身体も何処か薄汚れており、その出立はまるで身寄りの無い孤児。

 

 そんな少年を、大の男が複数人で追い掛けていた。

 

 辺境のスラム街では、特に珍しくも無い光景。

 

 勢い余った少年は躓き、転倒する。

 

 懐に隠し持っていた果物が転がり、男達に取り囲まれる。

 

 男の一人が子供の髪を掴み、引っ張り上げた。

 

「——うっ」

 

 苦痛に呻く少年に、男は怒りの形相を向ける。

 

「手間取らせやがって、盗人が」

 

「新鮮な果物がどれだけ高価か、知らねぇ訳無ぇよな?」

 

 男の一人が懐よりナイフを取り出した。

 

 少年はその目を恐怖に染める。

 

「果実一つ分——まぁ、スラムのガキ一匹の値段にしちゃ高過ぎる位か」

 

「売る気か食う気か知らねーが、身の程は弁えねーとな。で、このガキどうする? 埋めるか、検体(・・)として役場に提供するか」

 

 “検体”——その言葉を聞いた瞬間、少年は血相を変えて暴れ出した。

 

 男の一人がそれを蹴り上げ、黙らせる。

 

「無いな。こんな小汚ぇガキ一匹、紹介料(・・・)より手数料(・・・)の方を多く取られる」

 

「…最近、色々と警備の目も厳しいしな。ま、埋める(・・・)か」

 

 男達の間で交わされる不穏な会話。

 

 上から押さえ付けられ、身動きの取れない少年は、絶望の表情を浮かべる。

 

 男の一人が何とも気軽にナイフを振り上げた。

 

「——ストップ」

 

 男達の背後より響く静止の声。

 

 その声の主に男達の視線が向けられる。

 

 そこに立って居たのは、十代後半と思われる若い女だった。

 

 色素の抜けた様な白い髪、色白の肌、赤みがかった瞳——所謂、アルビノと呼ばれる色素異常症の少女。

 

 男達は、その少女の事を知っている。

 

 その目を引く出立は、スラム街でも珍しい。

 

 友人という程親しくは無いが、同じスラムに住む住民として隣人程度の付き合いはあった。

 

「アマネ…? 何でお前が止める? 親無しのガキだぞ」

 

 男の一人が眉を顰める。

 

 白髪の少女——アマネは、男達の足元に数枚の紙幣を投げた。

 

「買うよ、それ(・・)

 

「買う? この小汚ぇガキを?」

「果物の方! 人身売買する気はないよ! 役所じゃあるまいし!」

 

 アマネはプンスカと怒りながら男達に近付き、その手にある新鮮な果物を引ったくる様に奪う。

 

「…ま、まいど」

 

 戸惑う男達を、アマネはキッと睨み付けた。

 

「ほら、離してやんなよ。その子の仲介(・・)があって今の商談は成立したんだ」

 

「いや、仲介って」

 

 ただのコソ泥だろ、と男達は笑う。

 

 アマネは軽く息を吐き、果物に目を落とす。

 

「この果物だって、どうせ盗品だろ」

 

「は、はあ!? し、証拠あんのかよ?」

 

 狼狽する男の胸に、アマネは人差し指を指す。

 

「あんたらに新鮮な果実を仕入れるルートがあるとは思えないけどね。それとも、警備でも呼ぶ?」

 

「よ、呼べば良いだろ! 証拠なんて何処にも…」

 

「大の男が意地張ってんじゃないよ。それとも、商談は不成立かい?」

 

 アマネは果物をぐっと男の腹に押し付け、地面に投げられた紙幣に目をやる。

 

 男の一人が舌打ちし、紙幣を拾った。

 

「ま、どうせ貧乏人ばっかのここじゃ売れるか怪しかったしな。今回はお前の顔を立ててやるよ」

 

 男の一人が少年を離し、男達は背を向けて去って行った。

 

 アマネはホッと息を撫で下ろし、解放された少年に目を向ける。

 

「…危なかったね。これに懲りたら——」

 

 言い掛けたアマネは、口を閉ざす。

 

 少年は既に走り去っていた。

 

 アマネは手の中に残った、少し煤汚れた果実を眺め、深い溜息を吐いた。

 

 別に見返りを求めて助けた訳でも無いが、丸一日労働して稼いだ金を手放してしまった。

 

 今の手持ちでは黒パン一つ買えない。

 

 それでも目の前で年端もいかぬ子供が殺されるよりはマシかと、アマネは前向きに考え、帰路に着こうと振り返る。

 

 眼前には、天を突く程の大男が立っていた。

 

 浮浪者の如き装いのその巨漢は、何処か焦点の合っていない目でアマネを見下ろしていた。

 

「ぁ…」

 

 アマネは思わず声を発する。

 

 この男を、見た事があった。

 

 最近スラム街に来た流れ者で、若い女が襲われたという噂もある危険な男。

 

 あまり近寄りたくない類の人間。

 

「金持ち?」

 

 男の口から、野太い声が発せられる。

 

 アマネは半歩後退り、首を傾げる。

 

「…え?」

 

「君、お金持ち? 子供、助けてた」

 

「いや…私は金持ちなんかじゃ…」

 

 離れようとしたアマネの白く華奢な手を、男の巨木の如き腕が掴む。

 

 アマネは咄嗟に振り払おうとするが、圧倒的な腕力差でびくともしない。

 

 ヤバい、とアマネは顔を青くする。

 

「僕、お腹減ってて…」

 

「…悪いけど、無一文だよ。さっき使ったので最後。見てたんだろ?」

 

 気丈に答えるアマネ。

 

 こういった手合いは、弱気な態度を見せると付け上がる。

 

 引かず強気に、それがアマネがスラムで培った処世術。

 

 しかしそれは——話が通じるというのが前提の話。

 

 男はアマネの細腕を力任せに握り締めた。

 

「っ(つぅ)…」

 

 顔を苦痛に歪めるアマネに、男は顔を近付ける。

 

「嘘。貧乏なら子供、助けない。嘘、良くない」

 

 辿々しい言葉を発しながら、男はアマネの腕を締め上げていく。

 

 まるで、正直に言わないと引き千切ると言わんばかりに。

 

 身の危険を感じたアマネは、咄嗟に男を突き飛ばした。

 

 片や2mに迫る巨漢、片や華奢な少女。

 

 そこにあるのは圧倒的体格差。

 

 少女の細腕から繰り出される力など高が知れており、男からすれば微風も同じ——その筈。

 

 しかし、男は突き飛ばされた。

 

 少女の細腕からは考えられぬ常識外れの膂力でもって。

 

 尻餅を付いた男は、目を丸くして驚く。

 

 そして男は、目を血走らせて叫んだ。

 

「お、おま、おまおまおま、お前! そ、そう(・・)なのか!?」

 

「あー…まずった…」

 

 咄嗟とはいえやってしまったとアマネは顔を顰め、そのまま走り出す。

 

 尻餅を付いた男に背を向け、全力で。

 

 しかし男の行動も早かった。

 

 即座に飛び起きると、まるで獣の如き執念でアマネを追う。

 

「お前、悪魔(・・)悪魔(・・)、金になる」

 

 ぼそぼそと不穏な言葉を呟きながら、男は追う。

 

 体格差、歩幅、体力——あらゆる面で男が優っており、アマネが追い付かれるまでに然程時間は掛からなかった。

 

 男が剛腕を振るい、アマネを突き飛ばした。

 

 蹲り、顔を苦悶に歪ませるアマネに男は覆い被さる。

 

「離せ! この——」

 

「抵抗、無駄。大人しく、しろ」

 

 暴れるアマネに、男は苛立った様子で腕を振り上げた。

 

 諦めに近い心境で硬く目を瞑るアマネ。

 

 終わりは突然やってくる、そんな事はスラムで暮らしていれば身に染みて知っている。

 

 しかし、それがまさかここまで急で理不尽なものとは。

 

 世の理不尽に恨み言を綴りながら衝撃を待つが、しかし拳はいつまで経っても振り下ろされない。

 

 アマネはふと目を開ける。

 

 男の巨木の如き腕は、それと比べると小枝の如き細腕に掴まれ、動きを止めていた。

 

「君。淑女に対して、そう乱暴を働くものではないよ」

 

 淡い栗色の髪を靡かせ、白を基調とした見慣れぬコートを纏った少年が、不敵な微笑みを浮かべてそこに立っていた。




*作者から一言*
 これよりレイモンド編が始まります。
 ローファスの登場は8/5更新の「124# 朝暮」までお預け…

 待ち切れないという方はカクヨム様の方で先行更新しておりますので、そちらをご覧くださいませ。
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