悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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123# 怠惰の名を冠す者

 ジャバウォックの肉体に、大した意味は無い。

 

 レイモンドは当初、人間型の兵器が装甲や武装を纏っているのだと思った。

 

 しかし違う。

 

 装甲で覆われた人間は飽く迄も媒体であり、本体では無い。

 

 内蔵された人間——素材にされた遺体は、ジャバウォックをジャバウォックたらしめる為の依代。

 

 ジャバウォックとは個の兵器ではなく、群を個に集約する為の装置。

 

 破壊された《機獣》の部品の集合体であり、部品が一欠片でも存在する限り、ジャバウォックが本当の意味で破壊される事は無い。

 

 究極的なスクラップ品のリサイクル。

 

 それこそが決戦兵器“jab-wock1719”——ジャバウォックの本質。

 

 

 出力を極限まで上げた極光の魔法弾幕。

 

 これまでの魔力出力を抑えていた弾幕とは文字通り桁違いの威力。

 

 ジャバウォックはそれに、無数の《機獣》の頭部より放たれるドラゴンブレス級の光線の弾幕で応戦するが、容易く押し負ける。

 

 次いでその身より無数の光球を生み出して放つが、それすらもレイモンドの最大出力の魔法弾幕の前には一歩及ばない。

 

 レイモンドの魔法の雨は、ジャバウォックの翡翠の魔力障壁すら穿ち、その身に数多の風穴を開けた。

 

 ジャバウォックは両翼と四肢を失い、胴体には幾つもの風穴が開き、頭の半分以上が消し飛んだ。

 

 脳、心臓、臓器——大凡急所と呼べる箇所は軒並み消し飛び、尚もジャバウォックは倒れない。

 

 ジャバウォックの失われた部位は、周囲を漂う部品が即座に集まり、穴を埋める様に修復される。

 

 そしてジャバウォックは、まるでレイモンドが行使した魔法の弾幕を真似る様に、翡翠の魔力を迸らせて光の球の弾幕を形成する。

 

 ジャバウォックの頭上には、レイモンドの光輪を真似る様に部品が寄り集まって合金の輪を形造る。

 

 合金の輪の中央に翡翠の光が収束し、一筋の破壊の光が放たれた。

 

 同時に、展開されている光の球の弾幕も一斉放射される。

 

 レイモンドもそれに応じ、合金の輪より放たれた破壊の光には光輪の極光の光で、光の球の弾幕には極光の魔法弾幕で返す。

 

 白と翡翠の衝突。

 

 ジャバウォックが行使する光の出力は爆発的に上昇したが、それでもレイモンドの魔法の方が優勢。

 

 しかし、ジャバウォックが押し切られる事は無い。

 

 ジャバウォックは押し切られる寸前で出力を上げ、更に持続的に上げていく。

 

 そして遂には、レイモンドの魔法を押し返し始めた。

 

『無尽蔵、馬鹿げた出力——まるでローファスだな…』

 

 ジャバウォックの内より溢れる、無限ともいえる程の翡翠の魔力。

 

 その魔力総量は、目減りする所か刻一刻と増加している様に感じられる。

 

 外部からの供給を受けているのだろう、とレイモンドは推察する。

 

 であれば、レイモンドは数と力で押し潰すのは現実的ではない。

 

 レイモンドは魔法が押され始めた段階で《移ろう蛍火(ルシオルムーヴ)》により転移し、ジャバウォックの光の射線から逃れる。

 

 レイモンドが転移したのは、更に上空。

 

 月を背に六枚の翼を広げ、ジャバウォックを見下ろす。

 

『…誇ると良い。この戦いは君の勝ちだ。認めよう、私一人(・・・)では君に勝つのは不可能だ』

 

 それは、敗北の宣言。

 

 しかし当然、ジャバウォックはそれに答えない。

 

 ジャバウォックは無機質に機械的に、光の弾幕をレイモンドに向ける。

 

 レイモンドは更に転移し、光の弾幕を避ける。

 

『…一対一の勝負は私の敗北だ。しかし、これは正々堂々の試合ではない。故に——敗北はしたが、その上で私は、あらゆる手段を持って君を破壊する』

 

 転移したレイモンドの周囲に、三つの魔法陣が展開される。

 

『——召喚』

 

 レイモンドの残存魔力の、八割近くを消費して発動される三の召喚魔法。

 

 レイモンドの魔力により肉体が構築され、三種の魔法陣より生み出されるのは、そのいずれもが“王”の名を冠する魔物。

 

 召喚陣より現れたのは、雷を纏う巨竜、瘴気を纏う巨大な蝶、煤けたローブを纏う髑髏。

 

 “雷の竜王ジャブダル”、“毒の森王ハーラーハラ”、“死の墓王フィリップ”。

 

 そのいずれもが、本来ならば災害級すら超越する強者——危険度だけでいうならば、神獣にも迫る者達。

 

 しかし、それはレイモンドの魔力で構成された擬似的な召喚。

 

 本来の実力の七割も出せれば良い方であるが、レイモンドは三体を並行的に活動させる必要がある為、発揮出来る力は更に落ちる。

 

 それでも、“王”を冠する魔物の力は、あらゆる障害を跳ね除ける程に強力。

 

 三体の“王”を前に出し、レイモンドはこれまでで最も強大な魔力の高まりを見せる。

 

 そして——呪文詠唱(・・・・)を始めた。

 

『《—— 嗚呼、主よ。偉大なる者、全知全能の者、この世全ての父よ——》』

 

 それは古代語による詠唱——即ち、古代魔法の発動の予兆。

 

 ジャバウォックは即座に反応し、弾幕を放たんと照準をレイモンドに合わせる——瞬間、合金製の片翼が両断された。

 

 ジャバウォックの背後に居たのは、今の今までレイモンドの傍に居た筈の、煤けたローブを纏った骸骨——“死の墓王フィリップ”。

 

 フィリップの手には剣が握られており、ジャバウォックが振り向く間も無く凄まじい剣速でその身を切り裂かれる。

 

 フィリップは生前、剣の達人だったスケルトン。

 

 その剣の腕は、レイモンドの剣術を遥かに上回る。

 

 ジャバウォックは切り裂かれた部位を即座に繋ぎ合わせ、光刃(レーザーサーベル)を出して応戦する。

 

 ——が、適応が間に合わず、光刃(レーザーサーベル)諸共、再度肉体をバラバラに切り刻まれた。

 

 圧倒的な技量差——しかし、断面の損傷が殆ど無く、繋ぎ合わせるだけで済む斬撃は、部品による修復を必要とせず、ジャバウォックにとって痛手になり得ない。

 

 ジャバウォックは切り裂かれた肉体を繋ぎ合わせるよりも前に、全身の武装と周囲に漂う部品を総動員して光線と光の球による攻撃に移行する。

 

 全方位より武装部品の照準がフィリップに向けられた所で、天より千を超える雷が降り注いだ。

 

 それは“雷の竜王ジャブダル”の雷魔法。

 

 降り注いだ雷は、周囲を漂う数多の部品に伝播する。

 

 高圧電流を直接叩き込まれた部品の多くは、一時的な機能停止に追いやられ、光線の弾幕は不発に終わる。

 

 手を潰されたジャバウォックは、即座に次の手段に移行する。

 

 感電を免れた僅かな部品をその身に集結させ、現状に最適な形態に変形していく。

 

 それはあらゆる状況に適応する事に特化した、ジャバウォックの十八番。

 

 剣にも雷にも対応し、尚且つ複数を相手にするのに特化した形態へ。

 

 フィリップが絶えず斬撃を浴びせるが、ジャバウォックは切り裂かれながらも構わず変形を続け、異形な形状へと変化していく。

 

 しかし、この変化は歪な形のまま、錆びついた歯車の如く異音を発しながら動きを止める。

 

 周囲を漂う瘴気。

 

 瘴気が部品一つ一つに纏わりつき、一部を腐食させて接続が阻害されていた。

 

 瘴気を生み出しているのは“毒の森王ハーラーハラ”。

 

 誰もを魅了する程に美しい色鮮やかな翅をはためかせ、腐食と毒の効力を持つ鱗粉を拡散している。

 

 動けなくなったジャバウォック。

 

 それは三体の“王”による、実質的なジャバウォックの完封。

 

 それでも所詮は一時的に動きを封じただけであり、完全に破壊するまでには至らない。

 

 時間経過により、この状況にすら適応して抜け出す可能性もある。

 

 しかしこの間もレイモンドは詠唱を続けており、古代魔法の発動まで残り僅か。

 

 時間稼ぎとしては充分な働き。

 

 ジャバウォックの動きは完全に停止し、かと思えば変形途中だった部品全てがばらけ、本体たる人型のみが残された。

 

 それに止めでも刺すかの様に、フィリップの斬撃とジャブダルの雷撃が降り注ぐ。

 

 斬撃、雷撃、そして瘴気——それらは全て、翡翠の障壁により阻まれる。

 

『——…』

 

 それは、これまでの障壁とは比べ物にならない程の高密度な魔力障壁。

 

 レイモンドが詠唱を中断し、驚き目を見開く程の。

 

 ジャバウォックは障壁越しに、じろりとレイモンドを睨み付けた。

 

 怪しく輝く翡翠の双眸。

 

 それはこれまで無機質だったジャバウォックが見せた、初めての苛立ち、生物らしさ。

 

 目が合った瞬間、レイモンドはジャバウォックが襲来した時と同様に、凄まじい怖気に襲われる。

 

 それは或いは——上位者との邂逅による、生物的恐怖。

 

 ジャバウォックは何処か気怠げに片腕を上げると、手の中に魔力が収束していく。

 

 瞬間的にレイモンドは、詠唱を中断して無詠唱で五重の《天照す光環(オーレオール)》を展開する。

 

 魔人化して魔法の質が著しく向上している上での、上級防護魔法の五枚重ね。

 

 過剰ともいえる防護障壁の層は、ジャバウォックが手の中の魔力を解放した瞬間、全てが消し飛んだ。

 

 ジャバウォックを囲む様にしていたジャブダルも、フィリップも、ハーラーハラも、等しく一瞬で消滅する。

 

 絶句するレイモンド。

 

 ジャバウォックは手に光刃(ビームサーベル)を生み出し、宙を蹴って一瞬でレイモンドの元まで飛来する。

 

 ジャバウォックの突然の変わり様に気圧されたレイモンドだったが、即座に光の槍を手に生み出して振るわれる光刃(ビームサーベル)を受ける。

 

 光刃(ビームサーベル)と光の槍の押し合いとなるが、僅かな拮抗も虚しくレイモンドは押し負ける。

 

 全身から翡翠の魔力が溢れ出し、常識外れな程に高められたジャバウォックの膂力により、光刃(ビームサーベル)はレイモンドを切り裂いた。

 

 致命傷は避けたが、レイモンドの肩からは少なくない血が流れる。

 

 ジャバウォックはそれを注視し、目を細めた。

 

「因子の接続が出来ない…? 光神(・・)の加護か——忌々しい」

 

 唐突なジャバウォックの言葉に、レイモンドは目を見開く。

 

 喋れた事にも驚きではあるが、ジャバウォックの口より発せられたのは、レイモンドからして聞き捨てならない言葉だった。

 

『今、光神の加護と言ったか…? 何者だ、貴様…!』

 

 レイモンドの問いに、ジャバウォックは心底ダルそうに溜息を吐く。

 

「…俺様が何者かだと。それは今、必要な問い掛けなのか、《第二の魔王》よ。貴様はこれから俺様の手に掛かってミンチに——」

 

『《——これは信仰、これは巡礼、これは礼讃、これは親愛——》』

 

 気怠げに答えるジャバウォックの言葉に重ねる様に、レイモンドは詠唱を続ける。

 

「は…? な、貴様ッ——」

 

 ジャバウォックは一瞬眉を顰めるが、詠唱が続けられている事に気付くと顔色を変えた。

 

「——まだ呪文詠唱を続けて…!」

 

 ジャバウォックは苛立たしげに光刃(ビームサーベル)を振るうが、レイモンドは《移ろう蛍火(ルシオルムーヴ)》にて転移して躱す。

 

 ジャバウォックの頭上に姿を現したレイモンドは、呪文詠唱の最後の一節を唱え終え——魔法の発動を宣言する。

 

『《——堕としましょう、貴方の全てを。共に堕ちましょう、私の全てを賭けて——陽堕しの明星》』

 

 魔人化したレイモンドの、完全詠唱による古代魔法。

 

 夜空が白く染まった。

 

 天の更に上より、森羅万象を蒸発させる破滅の光が降りて来る。

 

 回避不能、防御不可——国すら滅ぼす災厄の光。

 

 ジャバウォックは天の光を仰ぎ見て舌打ちし、即座に高密度の翡翠の魔力障壁を展開する。

 

 しかし、直ぐに諦めた様に障壁を解いた。

 

「——騙し討ちとは…やってくれたな」

 

『君からは色々と話を聞きたい所だが、その余裕も無かったのでね』

 

「ふん、まあ良い。こちら(・・・)も出て来るのにそれなりに時間が掛かったからな」

 

 迫る破滅の光を前に、怯えるでも無く逃げるでも無く、ジャバウォックとレイモンドは落ち着いた様子で言葉を交わす。

 

『それで? 君が何者かをまだ聞いていないのだが』

 

「…良かろう。まんまとしてやられたからな、その褒美だ。俺様は“アケーディア”——いや、今は“スロウス”か」

 

『スロウス…』

 

 目を細めるレイモンドに、ジャバウォック——その依代となった骸の男は嗤う。

 

「この名をしかと胸に刻んでおけ。受肉した暁には、真っ先に貴様を殺してやる」

 

 悪魔の如く吊り上がった口は、直後に降り注いだ破滅の光に飲まれた。

 

 

 ジャバウォック、《機獣》の部品全てが光に飲まれて消失。

 

 そして山脈地帯の一部が陥没した。

 

 擬似的な召喚魔法の連発、度重なる上級魔法の行使、魔人化(ハイエンド)、極め付けに古代魔法の発動——これによりレイモンドは魔力の大半を失った。

 

 幸いにも魔力枯渇には至らなかった為、一晩も休めば魔力はある程度回復する。

 

 スラムに戻るだけの余力も無い為、レイモンドは山脈で一晩を明かす事になる。

 

 天然の洞窟——が見つけられなかった為、最低限の魔力で洞穴を掘り、光魔法が発する熱で暖を取りながら夜を明かす。

 

 少ししてから航空艦隊——巨大戦艦とかなり数を減らした円盤の編隊が帝国方面に戻って行くのが見て取れた。

 

 緊急の手紙を出してからまだ二時間程——ローファスが対応したにしては流石に早過ぎる。

 

 ステリアが対処してくれたか、とレイモンドは安堵の息を吐く。

 

 それにもしローファスが対応していたならば、艦隊は全滅しているだろうとも。

 

 とはいえ、ステリアで一体どれ程の被害が出たのだろうかと、一抹の不安を覚えつつ、魔力の回復を待った。

 

 レイモンドがスラム——住居としている廃墟に戻ったのは、明け方の事。

 

 そこにあったのは、荒れ果てた廃墟と、泣いている子供達。

 

 そしてそれに寄り添う年長の少年、ショウ。

 

 アマネの姿は、何処にもなかった。

 

「レイ…! お前、今まで何処に行ってたんだよ…!」

 

 ショウは呆然と立ち尽くすレイモンドの胸ぐらを掴み、泣くのを堪える様に怒鳴った。

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