悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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125# 入国

 国境付近、遥か上空。

 

 ローファスが造り出した特殊な人造魔石を燃料に、度を越した速度で空を駆けていた飛空艇イフリートは、速度を落としていた。

 

 昨晩、ローファスの緊急招集を受けてからの一晩中フル稼働。

 

 距離にして、大陸随一といえる国土面積を誇る王国を、南から北に突っ切る形で縦断する程の距離。

 

 本来であれば、如何に古代遺物(アーティファクト)たる飛空艇といえど、最高速度で飛ばし続けても数日は掛かるであろう距離。

 

 転移も無しにここまで短時間での移動を可能としたのは、他でも無いローファスが非常用に持たせていた人造魔石の働きあっての事。

 

 しかしながら、燃料としての魔石は飽く迄も消耗品。

 

 飛空艇の性能を、過剰な魔力でもって限界以上に発揮させ、その上で一晩中の稼働とあっては、如何にローファスが造り出したものといえど、内包する魔力は底をついた。

 

 国境付近での速度低下——もとい、飛空艇本来の速度に戻ったのは、仕方の無い事であった。

 

 レイモンドの手紙にあった座標は、国境に広がる氷雪山脈のど真ん中。

 

 座標や手紙のタイミングから見るに、恐らくは帝国の奇襲に気付いたレイモンドが、王国の危機を知らせる為に送ったものなのだろうとローファスは推察していた。

 

 手紙の情報量の少なさから、余程切迫していたのだろう、とも。

 

 道中は、ローファスがライトレス領のユスリカと使い魔越しにステリア襲撃について詳細を聞きつつ、その情報を同行する面々に共有したりしていた。

 

 そんな折に突如として修羅場が展開され、ローファスが女誑しを発動してそれを収めたり、それによりリルカが膨れっ面になったりという一幕があった。

 

 そんな最中だった——アベルが国境付近に差し掛かった事と、ローファスの人造魔石が焼き切れて速度が落ちる旨の報告をしに来たのは。

 

 速度も落ちるという事なので、ローファスら面々は、気分転換も兼ねて甲板に出る事にした。

 

 

 甲板の最前列に、かつて四天王と呼ばれた四人が並び立っていた。

 

 オーガス、アンネゲルト、ローファス、ヴァルム——それぞれが別の未来で、《金剛》、《荊》、《影狼》、《竜駆り》の二つ名で呼ばれていた者達。

 

 それぞれが(いただき)を極め、王とまで呼ばれた者達は、山脈の先にある未だ見えぬ帝国を見据えていた。

 

 ふとローファスが、前を見据えたまま口を開く。

 

「…セラに会って行かなくて良かったのか、ヴァルム」

 

「民間の被害は無いのだろう。それに、ステリアには《剣聖(師匠)》も居た。万が一は無い。セラに会うとしても、帰りで充分だ」

 

「そうか」

 

 ヴァルムの言葉に、ローファスは短く返す。

 

 続いてローファスは、アンネゲルトに目を遣る。

 

「アンネゲルト、結界に反応は?」

 

「無いわよ、相変わらずね。そもそもあの手紙の魔法具、結構稀少なものでしょう。毎回同じ連絡手段を使うとは限らないんじゃない?」

 

 アンネゲルトは肩を竦める。

 

 ローファスはアンネゲルトに、ある指示を出していた。

 

 それは所謂、レイモンドが用いた手紙の魔法具——《渡鳥の便り》に対する逆探知。

 

 この魔法具は発動後、鳥に変化し飛翔して目標の人物に届けるという仕様上、その距離に応じて届くまでに時間を要する。

 

 しかし《渡鳥の便り》は、発動した際に目標の人物に微細な魔力を飛ばしてマーキングし、それを目印として一直線に空を飛ぶという特性がある。

 

 《渡鳥の便り》は、遺跡より発掘された古代遺跡(アーティファクト)の一つであり、その詳細は解明されていない部分も多い。

 

 しかし、レイモンドが行方不明後に寄越した手紙——《渡鳥の便り》を前に怒り狂ったローファスは、この手紙をアンネゲルトと共同で研究して組み込まれた術式の全容をある程度解明していた。

 

 術式の仕組みさえ分かってしまえば、それに対策するのは容易——優れた魔法技術を誇るアンネゲルトであれば。

 

 レイモンドが手紙を使用し、その宛先とする可能性が高いのは間違い無くローファスである。

 

 故にアンネゲルトは、ローファスの周囲に《渡鳥の便り》対策の荊の結界を展開していた。

 

 これにより、もしもローファス宛に《渡鳥の便り》が使用された場合、その使用した場所を補足するのは勿論の事、手紙そのものを掌握して簡易的な使い魔として使役する事も可能である。

 

 それは、一種の呪い返しに近い法式であるが、ここまで見事に術式を組み上げているのは、偏にアンネゲルトの技術あってのもの。

 

 とはいえ、優れた対策結界があろうとも、当の《渡鳥の便り》が使用されなければ無意味。

 

 アンネゲルトはチラリとローファスを見る。

 

「…なんで愛称じゃないの」

 

 “アンネ”ではなく、“アンネゲルト”呼びだった事が気に入らなかったのか、アンネゲルトはじとっと半目でローファスを睨む。

 

 ローファスは何とも言えない顔で前を向き、暫し沈黙してから口を開く。

 

「まだ慣れん。少し時間をくれ」

 

「…ん、分かった」

 

 何処かぎこちなく、それでいて甘酸っぱい雰囲気を放つ二人に、隣で見ていたオーガスが耐えきれなくなった様に「っかー!」と声を上げた。

 

「お前ら惚気振り撒いてんじゃねぇよ。てかローファス、マジで気ぃ付けろよ? 今のお前、連れのお嬢さん方からまあまあ大概な視線向けられてるからな?」

 

 オーガスの指摘に、ローファスはふと後ろを振り向く。

 

 フォルとリルカがさっと視線を逸らし、その中でも目を逸らさず、寧ろ不機嫌さを隠そうともしていないカルデラと目が合った。

 

 フォル様の前で何してんの? とでも言わんとした様子で、今にも切り掛かって来そうな雰囲気のカルデラ。

 

 主に敵意を向けるんじゃない、とローファスは思わなくもないが、今はそれを口に出すのも億劫である。

 

 ローファスは取り敢えず静かに前を向き、見なかった事にする。

 

 何やら背後からの圧力が増した気がするが、今は気にしない事にした。

 

 父ルーデンスの妻が母ただ一人なのは、一途な気質も当然あったのであろうが、こういった男女のいざこざを嫌っていたからなのかも知れないなと、ローファスは遠い目をする。

 

 

 そんなやり取りを眺めていたのは、リルカの横に並ぶアベルだった。

 

 アベルからして、かつて共に戦った仲間と、敵対して手に掛けた四天王と共に行動しているというのは、奇妙な感覚だった。

 

 しかし、その感覚は決して不快ではない。

 

 寧ろ、敵対する事無く、味方陣営として彼ら四天王が共に居る事にこの上無い頼もしさを感じていた。

 

 そして同時に、かつてのあの時、もっと話し合う事が出来れば、あの様な悲劇は起きなかったのではないかと。

 

 特にローファスに対しては、その言動の厳しさから勘違いしていた部分もあったのではないかと、アベルは考えていた。

 

「…どしたの、アベル。酷い顔」

 

 アベルの様子に気付いたリルカが、やや心配そうに覗き込む。

 

 アベルは肩を竦めて見せた。

 

「まあ…色々とね」

 

「なに、色々って」

 

「いや…うん。今の彼らを見ていると、どうしてもね。本当に前回は、敵対しか道は無かったのだろうかと」

 

 リルカは「あぁ」と理解した様に頷く。

 

「はいはいはい、罪悪感ね。あったあった、私もそこ通った。分かるわー、その感覚」

 

「軽いなリルカ…」

 

「私もロー君と過ごして罪悪感に苛まれた時はあったけど…でも、私はあの時の選択に後悔は無いよ。改めて考えてみても、ああしないと王国が滅んでたと思うし。前回のロー君達は本気だったし、私達も本気だった——それだけじゃん」

 

「…随分と割り切っているんだな」

 

「前回と今回は違うから。前回敵同士でも、今回恋人同士になる事もあるし。まあ——ロー君の恋人は、私だけじゃないみたいだけど」

 

 やや冷ややかな目でローファスを見るリルカ。

 

 アベルは苦笑する。

 

「ライバルは多そうだな」

 

「そうだよー? ライバルはここに居るだけじゃないからね」

 

「他にも居るのか…? 凄いな…」

 

「顔良くて強くて財力あって、名誉も立場もある…そりゃみんなほっとかないよね。縁談話も凄い来てるらしいし、それに——」

 

 リルカはすっと、アベルの隣に視線を移す。

 

 常人では気付けない程に微細な魔力の揺らぎ、感覚的には精霊に近い存在を感じる。

 

 アベルに付いているもう一つの人格。

 

「この前言ってたよね。確か、女の子だったんだっけ」

 

 びくりと、アベルの隣に居る魔力の揺らぎが反応した。

 

 なんか怪しんだよなーと、やや疑わしげな目を向けるリルカ。

 

 魔力の揺らぎは、アベルの背に隠れる様に引っ込んだ。

 

 アベルは顔を引き攣らせる。

 

「ここにもライバル、か? 当人は否定しているし…というか、本当に勘弁してくれ。例えそう(・・)だったとしても、身体は僕なんだ…」

 

「どうかな? 分離する手段は探せばあるかも知れないし。それに、もしかしたらその子に釣られてアベルもロー君の事を…」

 

「ちょっと待て。何故そうなる」

 

「…幾らアベルでも、ロー君はあげないからね?」

 

「いらないし、僕にそっちの趣味は無い」

 

 アベルは本気で嫌そうに溜息を吐いた。

 

 まあ、とリルカは仕切り直す様にローファスらを見る。

 

「何はともあれ、今回はみんな仲間になって良かったね。前回より戦力も圧倒的だし、これならきっと——」

 

 滅亡の未来を回避出来る。

 

 そんな確信にも似た想いを胸にするリルカを前に、アベルは一人憂を見せる。

 

仲間(・・)、か」

 

「…? なに、どしたの」

 

「これは以前、ローファスとも話した事があるんだが…今の僕には、ローファスの隣に立てるだけの力は無い」

 

 加護の有無に関わらず、とアベルは付け加える。

 

 アベルとローファスの間には、あまりにも掛け離れた実力差がある。

 

 ローファスはきっと、アベルに背を任せて戦う事は無い。

 

 それは一重に、アベルの実力が足りていない為。

 

「ロー君と比べたら、誰だって力不足になっちゃうよ」

 

「本当にそう思うか?」

 

 アベルの視線の先には、ローファスと肩を並べ、仲間(・・)として立つ四天王達の姿があった。

 

 (いただき)に立つ者達と、自分達の間には明確な線引きがある様に、アベルには見えていた。

 

 それは仲の良し悪しでは無く、明確な実力の線引き。

 

 今のアベルやリルカでは、加護を得た所でこの線は越えられない。

 

 ローファスの仲間として、肩を並べて戦う資格は無い。

 

 故に、今よりももっと強くならねばならないと、アベルは決意を胸に秘める。

 

 ふと、アベルの横を通り過ぎ、そんな越えられぬ筈の線引きなど知らぬとばかりに踏み越え、ローファスの元へ歩く者がいた。

 

 フォルと、その後ろに続くカルデラの二名。

 

 フォルは、立ち並ぶ四人——そのローファスの隣に、無遠慮にも立った。

 

 アベルは、これまでフォルを敢えて意識しない様にしていた。

 

 それ故に、今まで気付けなかった。

 

「リルカ…ファラティアナは、加護を得ているのか?」

 

 アベルの問いに、リルカは首を振って否定する。

 

「いや? 水神の祠には行ってない筈…だけど」

 

「なら、彼女に一体何があったんだ…」

 

 アベルの頰を、汗が伝う。

 

「恐らくだが、今のファラティアナ…前回よりも強い——圧倒的に」

 

 それは越えられぬ線を容易く踏み越え、ローファスの隣に並び立つ事が許される程に。

 

 船乗り貴族——《精霊憑き》ファラティアナ・“ドーラ”・ローグベルト。

 

 暗黒騎士第三席——《天剣》カルデラ・イデア・コールドヴァーク。

 

 この二名は、線の向こう側に立っていた。

 

 

 フォルが立ったのは、アンネゲルトとは反対側。

 

 ローファスとアンネゲルトの間に割って入る事は無かったが——とはいえそれでもその行為は、嫌でもアンネゲルトの目を引いた。

 

 アンネゲルトが何か言うよりも前に、フォルが先んじて口を開く。

 

「——先に言っとくけど。アタシは、アタシとローファスの間に誰かを入れる気は無い」

 

 そう言い放つフォルに、アンネゲルトは鋭く目を細める。

 

 ローファスを挟み、ひりついた空気が流れる中、フォルは「でも…」と言葉を続ける。

 

「アンネゲルトさんとローファスの間に入る気も無い——それじゃ駄目かな?」

 

 にっと笑い掛けるフォルに、アンネゲルトはぷいっと外方を向く。

 

「…それは、今するべき話ではないわ。私とローファスの間柄は、今はただの友人でしかないから」

 

 冷たくそう口にするアンネゲルト。

 

 しかし、肌を刺す様なピリついた空気は、多少軟化した様に思える。

 

 ローファスは事の成り行きを無言で見守りつつ、決しておくびにも出さないが、内心では安堵の息を吐いていた。

 

 今回は意図せぬ形での顔合わせとなったが、もしも次があるとするなら、完璧なお膳立てとメンタルケア、そして万全な事前説明を確実に行なった上で、茶会という形で行おうとローファスは心に誓う。

 

 

 ——と、そんな折。

 

 ローファスの周囲に張られた荊の結界が、反応を示した。

 

 それはたった今、レイモンドがローファス宛に《渡鳥の便り》を使用したという事。

 

「…! アンネゲルト!」

 

「分かってるわよ!」

 

 ローファスに向けて放たれた《渡鳥の便り》のマーキング——その魔力を逆探知する形で辿り、アンネゲルトは手紙の本体そのものを掌握する。

 

「——捕捉したわ」

 

 そして手紙をアンネゲルトの荊で飲み込み、擬似的な使い魔とする事で、手紙を介してレイモンドの様子を窺う事も可能にする。

 

 しかし、手紙を介してレイモンドを見たアンネゲルトは、悲鳴にも似た声を上げる。

 

「…って、レイモンド!? 傷だらけじゃない貴方!」

 

 アンネゲルトが見たのは、魔人化しているにも関わらず、満身創痍な程に全身に傷を負ったレイモンドの姿。

 

 アンネゲルトの様子から、事態は想定以上に切迫していると断じ、ローファスは即座に行動に移る。

 

 誰に断りを入れるでもなく、ローファスは上空に魔法陣を展開させた。

 

 同時、ローファスは右腕を上げ、肘から先が暗黒に染まる。

 

 それは右腕のみの、部分的な魔人化(ハイエンド)

 

 それは非常に繊細な技術であり、相当な集中力を要するが、その分魔力の消費は全身の魔人化(ハイエンド)よりも抑えられる。

 

 右腕だけとはいえ、ローファスの突然の魔人化(ハイエンド)に、周囲は目を見開いて驚く。

 

 しかしその内二名——リルカとアンネゲルトが注目していたのは、魔人化(ハイエンド)に対してではなく、上空に展開された魔法陣。

 

 その度を越した異常性に、リルカとアンネゲルトは絶句する。

 

 その魔法は、謂わばローファスの固有(オリジナル)魔法。

 

 しかしその術式は、基本に忠実なローファスらしからぬ歪な作り。

 

 魔法学の基本、定石から掛け離れた、滅茶苦茶な構成——まるで子供の落書きの様。

 

 それもその筈。

 

 ローファスがこの魔法を作り出したのは、ライトレスの麒麟児、天才と呼ばれていた幼少期。

 

 好奇心の赴くままに、自身がやりたいと感じた事をこの上無く自由な発想でもって作り上げ——そして、ライトレス領を滅亡寸前に追いやる程の魔法災害を引き起こした。

 

 これは、人が扱える範疇を超えた魔法。

 

 魔人化(ハイエンド)により、人外と化した状態でなければ扱えない、埒外の魔法。

 

 先の王都襲撃の折には使えなかった。

 

 王都中に召喚獣が蔓延り、それと抗戦する王国軍の存在があったから。

 

 しかしもしもこの魔法を行使していたならば、レイモンドはあの時、ローファスを前に何一つとして出来ずに敗北するしか無かったであろう。

 

「番外魔法——《(ニュクス)》」

 

 ローファスが魔法名を宣言したと同時、上空の魔法陣は黒く円状の形を帯び始め、まるで天に蓋をするかの如く、太陽を覆い隠した。

 

「——ちょ、待って! 何する気よそれ!? ローファス…!?」

 

 アンネゲルトの制止の声も虚しく、辺り——かなりの広範囲に掛けて、闇に包まれる。

 

 朝から夜に、環境が——世の理が書き換えられた。

 

 この瞬間、ヴァルムとアベルが、その身に起きた異変を感じ取る。

 

 雷、炎——その属性の魔力を込める事が出来なくなっていた。

 

 ローファスは、状況について行けていない周囲を尻目に、口を開く。

 

「すまんが、先に行く。貴様らは飛空艇で追って来い。場所はアンネゲルトが知っている」

 

 それだけ言い残したローファスは、夜の暗闇に溶ける様に様に姿を消した。

 

 それが転移などという単純(・・)な移動ではないと理解したのは、魔法陣から術式を読み取り、魔法の深淵を垣間見たリルカとアンネゲルトのみ。

 

「…ほんと、毎度ムッチャクチャやるね——ロー君は」

 

 リルカの口からぼそりと出たのは、呆れを孕んだ様な軽口。

 

 しかしその表情におちゃらけた気配は一切無く、そこにあったのは魔法と、ローファスに対する畏怖であった。

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