悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜リピート・ヴァイス〜   作:黒川陽継

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 ローファスが帝国に赴いた理由は幾つかある。

 

 レイモンドの助けを求める手紙に応じたというのも当然理由の一つであるが、それが全てではない。

 

 ユスリカ経由で伝えられた初代——暗黒神からの伝言。

 

 “帝国に《闇の神》の断片あり”

 

 ローファスからして六神側に付いた気は毛頭無いが、《闇の神》は友人に——レイモンドに手を出した。

 

 それは《闇の神》を明確に敵と定めるのに充分過ぎる理由。

 

 そもそも“断片”とやらが何を示すものなのかは分からず、また暗黒神——引いては六神の口車に乗せられる形となっているのもこの上無く癪である。

 

 だが、帝国の襲撃やレイモンドの救援要請とタイミングが重なっている以上、何かしらの関係があると考えるのが普通。

 

 とはいえ、“断片”を潰すのは飽く迄もついで。

 

 レイモンドの無事が確認できた以上、ローファスには重大な目的——私怨がある。

 

 カルロスに重傷を負わせた帝国兵——アザミという名の男。

 

 王国より帝国に向かう空の道中、使い魔を介してユスリカより詳しい情報を得ていた。

 

 アザミという名、異形化した特徴、その他にも帝国兵の不死身とも呼べる程の再生力などの基本情報。

 

 レイモンドと相対していた帝国兵らにも一応尋ねはしたが、あの中にアザミの特徴と一致する者は居なかった。

 

 故に、無力化して影に引き摺り込み、殺害した——一人は取り逃したが。

 

 如何に不死身といえど、所詮は再生力が優れているだけ。

 

 それも、再生限界は存在するらしい。

 

 そんな相手、ローファスからすれば別に珍しくも無い。

 

 動きを封じて再生限界が来るまで殺し続ければ良いだけなのだから、同格以上でも無ければ対処は容易である。

 

 

 ローファスはデスピアの飛行速度を上げながら、帝国の首都たる中央都市に向かう。

 

 アザミは、昨晩のステリア領襲撃の指揮官クラスだったという。

 

 ならば軍の駐屯地、或いは中央都市に帰還している可能性が高い。

 

 帝国軍の駐屯地の場所などは知らない為、一先ずは中央都市を目指す。

 

 アザミに対してはカルロスの孫たるカルデラにも思うところがあるであろうが、ローファス自身譲る気は無かった。

 

 故に、先に見つけた方が仕留める——ローファスが飛空艇を離れる前、カルデラとはそう話を付けていた。

 

「…俺の身内に手を出したのだ。タダで済むと思わぬ事だ」

 

 ローファスの口より漏れる、抑えられた怒りの声。

 

 帝国中央都市に、現代最強の魔法使いの魔の手が迫っていた。

 

 

 飛空艇イフリートの船室。

 

 そこには、飛空艇の転移機能《転送》で回収されたレイモンドの姿があった。

 

 手傷を負ったレイモンドを、ヴァルム、オーガス、アンネゲルトの三人が囲む。

 

 レイモンドが王国を離れてから、大凡一月ぶりの再開。

 

「レイモンド! なんて酷い傷…! 特に左の頬…こんなに赤く腫れて…」

 

 アンネゲルトが泣きそうな顔でレイモンドの頰にハンカチを当てる。

 

 身体に無数に受けた傷の中でも特に重傷といっても過言では無い頰の打撲痕。

 

 他でも無いローファスにやられたとは流石に言えず、レイモンドは曖昧に微笑む。

 

「ありがとう、アンネ。ヴァルムにオーガスも。久しいね」

 

 再会を喜ぶレイモンドの顔を、ヴァルムはまじまじと見る。

 

「まさか、お前がそこまでの傷を負うとはな。余程の強敵と当たったか。特に頰の傷…未だに魔力が渦巻いている。なんと禍々しい…」

 

 レイモンドの頰の傷にこびり付く様に残る魔力を興味深そうに見るヴァルム。

 

 そこにオーガスが真顔で突っ込む。

 

「いや、どう考えてもローファスの魔力だろ。俺でも分かんだぞ。お前らが分からない訳ねぇよな?」

 

「バカ言わないでオーガス! ローファスはレイモンドの危機に真っ先に飛び出して行ったのよ!? そんな酷い事する訳ないじゃない!」

 

 アンネゲルトはオーガスを責めるようにヒステリックに叫びながら、レイモンドの頰を渦巻く魔力をちらりと見る。

 

 気の所為かと思いたかったが、見れば見るほどローファスの魔力の特徴と酷似——というより、ローファスの魔力そのものであった。

 

「…え、嘘。本当にローファスにやられたの? 違うわよねレイモンド?」

 

 やや自信無さげに小声で問い掛けるアンネゲルト。

 

 レイモンドは苦笑する。

 

「少し弱気になっていた所に、喝を入れてくれただけさ。それにポーションもくれたしね。傷の心配はいらないよ」

 

 言いながらレイモンドは、ローファスから受け取ったポーションを一息に呷る。

 

 市販品では考えられない程の魔力回復の効力を実感——それだけでも一般では売り出されない最高級品のポーションである事が伺えた。

 

 但し——傷は回復しない。

 

 マナポーションだった。

 

「…」

 

 暫くは痛みに悶えろというローファスからのメッセージだろうかと、レイモンドは遠い目をする。

 

「だ、誰か手持ちにポーションは無い!?」

 

 焦った様にあわあわとするアンネゲルト。

 

 思わず吹き出すヴァルム。

 

 ダハハハと指を刺して笑うオーガス。

 

「あー…倉庫にストックがあるから持ってくるよ」

 

 リルカが肩を竦めつつ船内に戻ろうとした所で、アベルが手でそれを止めた。

 

 アベルは静かにレイモンドの前まで歩み寄ると、懐から一本のポーションを差し出した。

 

「レイモンド…これを」

 

「君は——アベル…カロット」

 

 レイモンドはじっとアベルを見据え、ポーションを受け取る。

 

「何故…どうして君がここにいる。アステリアと一緒ではないのか」

 

「アステリアは王都だ。ここには、ローファスの付き添いで来た」

 

 そう口にするアベルに、レイモンドは鋭く目を細める。

 

「学園では、アステリアはずっと君を追い掛けていた。アベル・カロット…彼女は、君と一緒に居たいとは言わなかったのか」

 

 レイモンドの視線から逃れる様に、アベルは目を逸らす。

 

「アステリアとは…会っていない」

 

「何故」

 

 アベルは目を伏せた。

 

「…彼女の隣に居る資格は、今の僕には無い。僕は弱い。だから、強くならないといけないんだ」

 

「それは、彼女を置いていく理由にはならない。まさか、彼女が付いて来れないとでも?」

 

「いや、そういう訳では…ただ、今の僕では彼女を守れない」

 

 レイモンドは受け取ったポーションを握り締め、その拳でアベルの胸を力無く打つ。

 

「近くに居なくては、守れるものも守れないだろう」

 

 やけに重みのあるレイモンドの言葉に、アベルは目を見開く。

 

「レイモンド…」

 

「いや…すまない。これは八つ当たりだ。この苛立ちは自分自身の不甲斐無さ故——君にぶつけるのはお門違いだな」

 

 レイモンドは自戒する様に目を伏せ、ヴァルム、オーガス、アンネゲルトに向き直る。

 

「知り合いが、帝国兵に攫われた」

 

 レイモンドの言葉に、場が静まり返る。

 

「知り合いって、帝国の?」

 

「そう。帝国人だ」

 

 眉を顰めるアンネゲルトに、レイモンドは首肯する。

 

「お前は、その知り合いを助けたいと?」

 

「ああ、絶対に助け出す」

 

 ヴァルムの問いに、レイモンドは力強く頷く。

 

「成る程な。つまり、帝国軍をぶっつぶせば良いんだな」

 

「——その通りだ」

 

 拳を打ち合わせるオーガスに、レイモンドは頼もしげに微笑む。

 

「相手は軍、ひいては国だ。それでも、力を貸してくれるか?」

 

 レイモンドの問いに、三者は迷わず頷く。

 

 軍、国——そんなもの、彼らにとっては大した壁では無い。

 

 彼らはこの時代に生まれた究極の個であり、その気になれば個々で国家転覆程度やってのけるだけの“力”を持つ。

 

「…そう言えば、ローファスは?」

 

 ふとアンネゲルトが疑問の声を上げた。

 

 レイモンドの危機に真っ先に飛び出して行ったローファスが、何故この場に居ないのかと。

 

「彼は、別件があると一人で行ってしまった。中央都市の方へ向かっていったが…」

 

 悩ましげにローファスが飛び去った方角を眺めるレイモンド。

 

 オーガスは鼻を鳴らした。

 

「んだよあの野郎。協調性ってもんがねぇのか」

 

「ローファスも、オーガスにだけは言われたくないだろうな」

 

「お前も大概だろうがヴァルム!」

 

 オーガスが殴ろうと拳を振るい、ヴァルムがそれをひょいと避ける。

 

 馬鹿騒ぎをする男達に、アンネゲルトは額に青筋を立てた。

 

「遊んでる場合じゃないでしょアンタ達! 先ずはレイモンドの知り合いが何処に攫われたのかを探らないと——」

 

 アンネゲルトが言い掛けた所で、その足元の影よりぬっと暗魚が顔を出し、尾鰭を翻して何かを打ち出した。

 

 打ち出されたそれは、オーガスの顔にべちんと当たる。

 

「んあ!? んだこりゃ…!?」

 

 オーガスが顔を顰めつつ引き剥がしたそれは、暗黒の魔力で構成された呪文の束。

 

 アンネゲルトが眉を顰めつつそれを注視し、目を見開く。

 

「…! ちょっと、それ貸して!」

 

 オーガスかは引ったくる様に奪い取ると、アンネゲルトはじっと暗号化された呪文を読み込み、目を見開く。

 

「ちょ——ローファス、これ…」

 

 アンネゲルトの影に潜む暗魚が再び顔を出すと、口を開く。

 

『帝国軍は侮れない相手だ。作戦(・・)通りにやれ』

 

 使い魔越しに響くローファスの声。

 

 それだけ言うと、暗魚は影の中に消えた。

 

「アンネゲルト…その呪文の束は? 作戦とは一体…」

 

 困惑するレイモンドに、アンネゲルトは答える。

 

「…帝国(ここ)に来るまでの間に、色々と作戦を立てていたの。帝国軍と戦闘は予想出来たから」

 

 帝国兵の力や特性、《機獣》について。

 

 ローファスは使い魔を通してライトレス領のユスリカより情報を得、それを元に作戦の立案などをしていた。

 

 とはいえ、ローファスは情報を又聞きしているだけとは思えぬ程に帝国軍に対して精通している様ではあったが。

 

 作戦会議の中心はローファス——そしてアベルとリルカの三名。

 

 共有された情報は帝国兵や《機獣》の弱点、注意するべき人物など。

 

 この三名は何故(・・)か、帝国軍について異様ともいえるレベルで詳し過ぎた。

 

 アンネゲルトはその事について気にならなかった訳ではないが、先ずはレイモンドを助けねばと、追及する事は無かった。

 

 故にヴァルム、オーガス、アンネゲルトの三名は、帝国軍の戦力とそれの対策をある程度は理解している。

 

「この呪文の束には、座標が記されてるわ。その、攫われた知り合いの居場所が」

 

「…!」

 

 レイモンドは目を見開く。

 

「何故ローファスが…魔力探知か」

 

 ローファスの魔力探知の範囲は、大都市を網羅する程に広大。

 

 話を聞いたローファスが、気を利かせて魔力探知による捜索をしてくれたのかとレイモンドは納得する。

 

 しかしアンネゲルトは首を横に振った。

 

「違う、魔力探知なんて“ちゃち”なものじゃない。ローファスは、そんな事をする(・・・・・・)必要は無かった筈だから」

 

「なに…?」

 

 眉を顰めるレイモンドを尻目に、アンネゲルトはリルカに目を向ける。

 

「リルカ、と言ったかしら。さっきローファスが使った魔法がどんなものなのか、貴女も分かって(・・・・)いるのよね?」

 

「ん…まあね」

 

「流石ね、ローファスの連れ合いなだけあるわ。なら、これ(・・)も読めるわよね。貴女に渡す様に書いてあるわ」

 

 アンネゲルトは、リルカに向けて暗黒の呪文の束を魔力に乗せて投げ渡す。

 

 ふわふわと舞うそれを受け取り、リルカは目を通す。

 

 しこたま詰め込まれた膨大な情報に顔を引き攣らせつつ、リルカは読み進める。

 

 常人では理解出来ない、ローファスにより複雑に組み上げられた術式暗号を解きながら。

 

 そしてリルカは、みるみる内に顔を青くした。

 

「なに…それ」

 

 そこに記されていたのは、座標情報だけではなかった。

 

 状況が読めず、困惑の色を見せる周囲の意識を集める為、アンネゲルトは手を打った。

 

「一先ずは、その座標に向かいましょう。あまり時間は無いけれど、詳細は道中で話すわ」

 

 リルカは目的地の座標を操縦席のシギルに伝えるべく、焦った様子で船内に走った。

 

「皆、落ち着いて聞いて」

 

 務めて落ち着いた口調で、アンネゲルトは話す。

 

「私達は、急いで対処する必要がある。このままだと、下手をすれば王国が滅ぶわ」

 

 場は、戦慄した。

 

 

 王国が滅ぶ——そんな言葉を、フォルは動じず、それどころか寧ろ上の空に近い状態で聞いていた。

 

 聞こえていない訳でも、事の重大さが理解出来ていない訳でも無い。

 

 フォルはただ、ローファスが一人で向かった方角をぼんやりと見つめる。

 

 地平の先まで眺めても、ローファスの姿が見える訳も無い。

 

 王国の危機——それは大変、由々しき事態だ。

 

 でもそんな中でも、ローファスは、また一人で行ってしまった。

 

 ローファスに肩を並べる仲間達も、誰一人としてローファスを追おうと言う者は居ない。

 

 きっとそれは、ローファスの実力を知っているから——信じているから。

 

 彼らが薄情とはいわない——ただ、フォルの後ろ姿は少しだけ、寂しさを帯びていた。

 

「——アイツ…また一人で行きやがった」

 

 それは、誰にも聞こえぬ程の小さな呟き。

 

 後ろに控えるカルデラすらも気付けぬ程の。

 

 そんなフォルの様子に、唯一気付いたのは、ずっと共に過ごしていたカルデラでも、かつての仲間であったアベルやリルカでも無い——アンネゲルトであった。

 

「良いわよ、行っても」

 

「——え?」

 

 唐突に掛けられたアンネゲルトの言葉に、フォルは動揺する。

 

「いや、でも…」

 

「私達は、レイモンドを助ける為にここに来たの。でも、貴女は違うでしょう」

 

 アンネゲルトは続ける。

 

「貴女が付いてくる事を、ローファスは止めなかった。レイモンドが助けを求める程の場所に行くっていうのにも関わらず。つまり、相応の実力はあるって事でしょう。少なくとも——あのローファスの後を追おうだなんて、馬鹿げた事を考える位には」

 

 フォルは目を丸くし、己の頬を触れる。

 

「…アタシ、そんなに顔に出てたか?」

 

「貴女の顔なんて見ないわよ。なんと無く、そうなのかなって思っただけ」

 

 アンネゲルトはぷいっと顔を背け、フォルは苦笑する。

 

「でも、行って良いのか? 王国が滅ぶかも知れないんだろ?」

 

「別に、帝国軍程度(・・)、私達だけでも充分だから。ローファスの作戦(・・・・・・・)もあるし。行くなら行きなさい。貴女、ローファスの婚約者なんでしょう」

 

 目も合わさずに言うアンネゲルトに、フォルは口元を緩める。

 

「ローファスが気を許すだけあって、良い人だなぁ——アンネ(・・・)さんは」

 

「な——なに気安く愛称を…!」

 

 ばっと振り返るアンネゲルト。

 

 しかし既に、フォルはカルデラと共に姿を消していた。

 

 アンネゲルトは肩を震わせると、甲板の床をヒールで踏み付ける。

 

「もう! なんて生意気な娘!」

 

 一人ヒステリックに怒鳴るアンネゲルトに、男性陣はやや緊張した面持ちで顔を見合わせていた。

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